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「巫女はバズり、魔王は影に立つ」

【除夜祭、元始祭、そしてバズりまくる氷川神社の朝】


 十二月三十一日、二十二時。


 凍てつくような冬の夜気の中、氷川神社の境内は厳かな空気に包まれていた。

 一年の罪穢れを祓い、新しい年を迎えるための重要な神事――『除夜祭じょやさい』である。


「おおぉぉぉ……」


 神殿の奥から、宮司である風間助平の低く威厳のある祝詞のりとが響き渡る。

 その両脇には、権禰宜ごんねぎの装束を纏った風間洋助と桐子が控え、神聖な儀式を滞りなく進行していた。普段は気さくな洋助や、優しく微笑む桐子も、今は別人のように神聖なオーラを放っている。


(すごい……みんな、本物の神職さんなんだ……!)


 恋問持子は、氏子総代や崇敬会の人々に混ざり、少し離れた席からその様子を息を呑んで見つめていた。白衣と緋袴ひばかまの巫女装束に身を包んだ持子の隣には、同じく巫女姿の楓や、手の空いている「スノー」の面々も静かに参列している。


 厳粛な除夜祭が終わると、いよいよ迎春の準備だ。


「よし! 各自、所定の配置につけ! 粗相のないようにな!」


 助平の号令とともに、簡単な最終確認が行われ、全員が嵐の前の持ち場へと散っていく。

 持子の配置は、社殿(本殿)の中だった。

 新年の家族祈祷を申し込んだ参拝客に向けて、神職と巫女のペアで交代しながら『巫女舞』を奉納する大役である。


 薄暗い社殿の奥。持子は神楽鈴をギュッと握りしめ、隣で静かに待機する楓の肩にピトッと身を寄せた。


「な、なまら緊張してきた……っ。楓ちゃん、間違えないかな……?」

「……大丈夫です。事前の舞は完璧でしたから」


 楓は淡々と答えながらも、冷えた持子の手をそっと握り返してくれた。


 ――ゴォォォォン……。


 遠くの寺から、除夜の鐘の音が風に乗って微かに聞こえてくる。社殿の中に大きな時計はない。

 スッ、と楓が巫女装束の袖を少しめくり、腕につけた最新のアップルウォッチに視線を落とした。デジタルの数字が『23:59』から『0:00』へと切り替わる。


「――時間です」


 楓の呟きと同時だった。祭壇の前に立っていた助平が、深く一礼をしてから、社殿に控える一同へ向き直った。


「新年、あけましておめでとうございます。今年も一年、よろしくお願い致します」

「「「あけましておめでとうございます!」」」


 持子たちが一斉に頭を下げた、まさにその直後だった。


「あけおめーっ!!」

「うぇーい! 今年もよろしくーっ!」

「おい、お賽銭! お賽銭投げろ!」


 ドドドドドドッ!! と、まるでせきを切ったように、境内から凄まじい喧騒と足音が押し寄せてきた。

 陽気に騒ぐ若者のグループや、泥酔して千鳥足になっているおじさん、そして、神殿の中で「新年祈祷」を受けるために案内されてくる家族連れ。


「ご祈祷、入ります!」

「はいっ!」


 すぐさま、洋助と楓のペアが最初の祈祷へと向かう。


 シャンッ、シャンッ……!


 静寂を切り裂くように、楓の美しく洗練された巫女舞が社殿に舞う。


(すごい熱気……! 神社のお正月って、こんなにすごいんだ……)


 持子は、次々と押し寄せる参拝客の波を裏から見つめ、興奮で胸を高鳴らせていた。しかし同時に、一時間に何回も舞を奉納する激務に、(朝まで身体、保つのかな……)と少しだけ不安がよぎる。


 最初の舞を終えた楓が、少し息を弾ませて控え室に戻ってきた。


「ふぅ……。次は順番ですよ。準備はいいですか?」

「う、うんっ! がんばる!」


 持子が気合を入れると、すれ違いざま、楓が小さな声でポツリと呟いた。


「……持子お姉さんなら、大丈夫ですよ」

「えっ?」


 持子が振り返ると、楓はプイッと顔を背けて足早に去っていってしまった。その耳の先は、ほんのりと赤く染まっていた。「ちゃん」と呼ぶのは、やはりまだ気恥ずかしかったらしい。


(……っ! 楓ちゃん、なまら可愛い……っ!)


 妹からの不器用なデレを受け、持子の不安は完全に吹き飛んだ。


「よーし! お姉ちゃん、頑張っちゃうぞーっ!」


 持子は気合十分に神楽鈴を鳴らし、社殿の表へと飛び出していった。


     * * *


 怒涛のような深夜の祈祷ラッシュを乗り越え、空が白み始めた午前七時。

 氷川神社では、年の初めを祝う『元始祭げんしさい』が執り行われていた。


 祭員は宮司である助平、そして権禰宜の洋助と桐子。

 そして、神前に奉納される巫女舞は、楓と持子による「二人舞」であった。


 ――シャンッ、シャンッ……。


 黒髪のクールな修羅の巫女と、純真で可憐な美少女巫女。

 息のピッタリと合った、まるで水面を滑るような完璧な舞。合気武道で鍛えられた持子の天才的な身体操作は、楓の洗練された所作と見事に調和し、見る者すべてを圧倒する神々しいオーラを放っていた。


 社殿の外から覗き見ていた参拝客たちは、そのあまりの美しさに息を呑み、無数のスマートフォンがカシャカシャとシャッター音を鳴らしていた。


「――ふぅ。見事であったぞ、二人とも」


 元始祭が滞りなく終了し、助平が満足げに頷いた。


「さて、わしと楓はこのまま社殿に残り、祈祷を続ける。洋助、桐子、持子は、先に朝の食事と休憩をとってきなさい」

「分かりました、宮司。楓、爺さんを頼むぞ」

「はい、兄さん」


 洋助、桐子、そして大役を終えてホッと息をついた持子の三人は、社殿を後にして休憩所(食事処)へと向かうために外へ出た。


「いやぁ、持子ちゃん。本当にすごい舞だったよ。初めてとは思えないくらい――」


 洋助が笑顔で労いの言葉をかけながら境内を見渡し、ふと、その言葉をピタリと止めた。


「……えっ?」


 桐子も目を丸くし、持子も「ひゃうっ」と小さく悲鳴を上げた。

 そこには、異様な光景が広がっていた。


「待って、なにあれ! 振る舞い酒の屋台に外国のスーパーモデルがいるんだけど!?」

「美しすぎる……! 甘酒ください!!」

「授与所! スノーの本多鮎だ! 隣は花園美羽じゃん!!」


 甘酒の振る舞い所では、エティエンヌ、ルージュ、アスタルテ、そしてイギリスのトップモデル激似のシャーロットが、圧倒的な美貌と神々しいオーラで参拝客を釘付けにしていた。

 授与所では、ピンク髪のトップモデル・本多鮎と、アイドルスマイル全開の花園美羽が接客を行っており、もはやアイドルの握手会かのような凄まじい長蛇の列が形成されている。


「な、なんだこの参拝者の数は……!? 例年の朝とは桁が違うぞ!?」


 洋助が冷や汗を流しながら、鳥居の外まで続く果てしない行列を見て絶句した。


 ――その異常事態の原因は、手伝いの美女たちだけではなかった。

 境内のあちこちで、スマホの画面を見つめる若者たちが興奮気味に囁き合っている。


『おい、ネットのトレンド見ろ! さっきの7時の元始祭の巫女さんの動画、バズりまくってるぞ!』

『うわ、本当だ! 「氷川神社の巫女が世界的トップモデルの恋問持子に激似」って!』

『しかも、もう一人の黒髪の巫女さんも持子にそっくりじゃないか!?』

『なにこれ、奇跡のダブル持子!? 顔面偏差値どうなってんだこの神社!!』


 X(旧Twitter)やInstagramのタイムラインは、完璧な巫女舞を披露した持子の写真と、「もう一人の持子似の美女」である楓の写真で埋め尽くされていた。


「あ、あわわ……っ。洋助お兄さん、桐子お姉さん、なんかみんな、こっち見てませんか……?」


 持子が、周囲から向けられる熱狂的な視線に気づき、オロオロと桐子の背中に隠れた。


「……洋助さん。これは、少し厄介なことになりましたわね」


 桐子が、完璧な微笑みの裏で鋭い視線を周囲に走らせる。

 美しすぎる外国人美女の振る舞い酒。

 トップ芸能人による授与所。

 そして、ネットを震撼させる「二人の恋問持子」による奇跡の巫女舞。


 氷川神社の正月は、休憩する間も与えられないほどの、かつてない超特大のカオスと熱狂の渦へと飲み込まれていくのであった。


     * * *


【裏社会の掃除と、大陰陽師の「影武者」計画】


 氷川神社の社務所、その奥に位置する静かな客間。

 外の喧騒が嘘のように遮断されたその部屋で、風間洋助は一人の初老の男と向かい合っていた。


「――洋助。神社を中心とする半径二キロ圏内、裏社会のゴロツキや闇組織の構成員どもは、あらかたウチの若い連中に『排除』させた」


 くたびれたトレンチコートを着たその男は、警視庁の課長・葛西研二かさい けんじ警視正であった。

 彼は霊力を持たない「非能力者」である。しかし、長年の刑事生活で培われた常人離れした『勘』と執念だけで、これまで数々の霊能犯罪者を追い詰めてきた男だ。TIAの代表である風間助平とは、古い事件からの腐れ縁でもある。


「ありがとうございます、葛西さん。警察が物理的なバリケードを張ってくれたおかげで、随分と助かりました」


 洋助は真剣な顔で頭を下げた。


「TIA側でも、持子ちゃんにちょっかいを出そうと境内に侵入してきた使い魔や式神など、監視の目を持とうとする輩は事前にすべて処理できています。物理・霊的ともに、今の氷川神社は完全な要塞です」

「……だが、厄介なのは『一般人』の方だな」


 葛西が、忌々しそうに懐からタバコを取り出そうとし、神社の中であることを思い出して舌打ちとともに引っ込めた。


「参拝客の連中が面白半分で撮った動画が、ネットで爆発的に拡散されちまってる。俺たち警察の権力を使っても、一般人のSNSの波までは完全に統制しきれねぇ」

「ええ。引き続き、警察の警戒と排除をお願いします」

「ああ、分かってる。爺さんにもよろしく言っといてくれ」


 葛西がコートの襟を立て、客間を後にする。


 ――ガチャリ。


 葛西と入れ違いになるようにして、客間のドアが開いた。


「あら。警察の犬……いえ、優秀な番犬はお帰りかしら?」


 涼やかな声とともに現れたのは、スノーの社長にして大陰陽師・立花雪。そしてその後ろには、銀髪の美少年である副マネージャー・土御門朔夜が、分厚いタブレットを抱えて付き従っていた。


「雪さん、朔夜。……なんだ、そのタブレットは」

「報告ですよ、洋助さん」


 朔夜が、洋助の前にタブレットを差し出す。画面には、ダークウェイブ(裏社会のネットワーク)にたった今アップロードされたばかりの画像と映像が映し出されていた。


「持子にちょっかいを出そうと、探りを入れてきた愚かな組織が二つあったから……物理的に『潰して』きたわ。その事後報告の映像よ」


 雪が冷酷な笑みを浮かべる。

 画面を覗き込んだ洋助は、思わず「うっ……」と顔をしかめた。

 修羅場を幾度も潜り抜け、あらゆる死地を見てきた洋助ですらドン引きするほどの、徹底的で凄惨な破壊の痕跡。


「……いくらなんでも、やりすぎじゃないですか?」

「甘いわね、洋助さん。このくらい徹底的にやらないと、ハイエナどもへの『見せしめ』にならないでしょう?」

「はいっ! その通りです!! 僕も完全に雪先生と同じ意見であります!!」


 雪の言葉に、朔夜が背筋をピンと伸ばし、秒速で同意した。普段の「俺様」キャラはどこへやら、雪の前では完全に忠実な犬(優等生モード)である。


「はぁ……」


 洋助は呆れたようにため息をつき、本題を切り出した。


「雪さん。あの持子ちゃんの巫女舞の動画……すでに裏社会の連中も目にしているはずです」


 洋助の瞳に、鋭い光が宿る。


「あの可憐な動画を見れば、持子ちゃんが『魔王』ではなくなっていること、あるいは極端に弱体化していると、連中に受け取られる状況になりそうです。……何か、手はあるんですか?」


 雪は、フッと妖艶に微笑んだ。


「ええ。簡単なことよ。『影武者』を立てるわ」

「影武者……? できますか? あの魔王の圧倒的なオーラと姿を、完璧に偽装できる人間なんて……」

「当てはあるわ。洋助さん、この部屋、少し借りてもいいかしら?」

「……どうぞ。俺は外の警備に戻ります」


 洋助は深く詮索することをやめ、客間を出て行った。


     * * *


「朔夜、エティエンヌを連れてきなさい」

「はいっ! ただちに!」


 数分後。朔夜に連れられて、振る舞い酒の法被を着たエティエンヌが客間に入ってきた。


「お呼びですの、雪社長? わたくし、今最高に神気を浴びて絶好調ですのに……」

「エティエンヌ。あなたの『影騎士』を呼び出しなさい」


 ――ピクッ。


 エティエンヌの肩が跳ね、その美しい顔が驚愕に染まった。


「ど、どうしてそれを……!? わたくし、雪社長にも隠しておりましたのに!」

「いいから。時間がないの、早く呼び出しなさい」


 雪の絶対零度の命令に逆らうことなど、ドMの吸血鬼にできるはずがない。


「くっ……分かりましたわ」


 エティエンヌが床にひざまずき、印を結ぶ。


「――出なさい、持子様の影より!」


 ポポンッ!


 間抜けな音とともに、部屋の隅の影から一人の騎士が飛び出してきた。


 そこに立っていたのは、身長175cm、神が計算し尽くしたような「黄金比」のプロポーションと白磁の肌、黄金の瞳を持つ絶世の美少女――すなわち、魔王・董卓としての『恋問持子』と完全に瓜二つの姿をした影武者であった。

 かつて東京ダンジョンの深層で、エティエンヌがアンドラスの骸と黒い狼の皮、そしてアスタルテのバフと下僕たち全員の血を混ぜ合わせて造り上げた「究極の守護騎士」。


 元々は2メートル近い筋骨隆々の「絶世の美男子」として誕生したのだが、前世のトラウマから男同士のBL展開を極度に恐れる持子(董卓)が激しく拒絶したため、エティエンヌが即座に持子自身の姿へと調整し直したものだ。持子本人の血が混ざっているため、その威圧感や魔王のオーラは、正しく董卓そのものであった。


「どうして、ここまで分かるのですか……! これはわたくしが五百年かけてようやく辿り着いた魔術の結晶ですのよ!?」


 エティエンヌが悔しそうに声を上げる。


「五百年? ふふっ……私は一千年以上生きているのよ。若造が、大陰陽師を舐めないことね」


 雪は鼻で笑うと、ジッと影騎士を観察した。


「……姿やオーラは、正しく魔王・董卓そのものね。でも、表情が全くないし、喋れない。それに肌の色も少し黒っぽい(ダスク)わ」

「それは影の性質上、仕方のないことですわ!」

「エティエンヌ。この影騎士……私が少し、手を加えてもいいかしら?」


 雪が、極上の笑みを浮かべながら尋ねた。


「え……? し、しかし、これは吸血鬼の秘術の塊ですわ。いくら雪社長でも、他者の魔術の結晶に直接干渉するのは、極めて難しいはず……」

「いいのね?」


 雪が、有無を言わさぬ圧を放つ。


「ヒィッ! は、はいっ! 好きになさってくださいませ!」


 エティエンヌが即座に平伏したのを見て、雪はスッと影騎士の前に歩み寄った。


「――『還れ』」


 雪がパチンと指を鳴らすと、影騎士の姿がドロドロと溶け崩れ、なんとエティエンヌの影ではなく、雪自身の足元に広がる『影』の中へと吸い込まれていった。


「なっ……! わたくしの影騎士が、雪社長の影の中に……!?」

「これで、裏社会の連中も完全に『本物の魔王』だと錯覚するはずよ」


 大陰陽師の規格外の力技に、エティエンヌは「化け物ですわ……」と震え上がった。


「さて、準備は整ったわね。朔夜、事務所に行くわよ。連中がこれ以上嗅ぎ回る前に、この『魔王』の健在ぶりを、裏社会のネットワークに堂々と見せつけてやるのよ」

「はいっ! お供します、雪先生!」


 朔夜がタブレットを抱え直して、力強く頷く。


「ふふふ……あははははっ!」


 誰もいなくなった客間に、千年を生きる大陰陽師の、底知れぬ企みに満ちた冷酷な笑い声が響き渡った。

 魔王の力が失われた氷川神社。しかし、それを守る大人たちは、ただ防戦に回るほどヤワな存在ではなかったのである。


一つグチを、プロット頑張って作りました。

書き出しました。キャラクターたちが好き勝手します。

困った。

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