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【家族の団欒と、無自覚タラシの猛威】

【家族の団欒と、無自覚タラシの猛威】


 氷川神社の風間家・居間。

 先ほどまでの凄まじい「ギャップ萌え」の衝撃から何とか立ち直った風間家の面々は、持子を特等席のソファーの中央に座らせ、温かいお茶と豪華な茶菓子で彼女をもてなしていた。


「わぁっ、このお饅頭、なまら美味しいです!」


「ふふっ、ゆっくり食べていいからね、持子お姉ちゃん!」


「うんっ! ありがとう、高子ちゃん!」


 持子は両手で上品な和菓子を持ち、ハムハムと幸せそうに頬張っている。その横では高子がニコニコと笑い、立花雪もまた、普段の厳しい社長の顔を崩して、楽しそうにお茶を啜っていた。


 和やかな空気の中、風間家の面々は、チラチラと雪の方へも畏敬の眼差しを向けていた。

 無理もない。この美しい女性社長・立花雪は、日本の霊的防衛を担う彼らからすれば、千年以上の時を生きる『生きた伝説』にして、大陰陽師その人なのだ。


 楓こそ、かつて魔王(董卓)としての持子が暴れるたびに、事後処理や世話で雪と顔を合わせる機会が多かったが、洋助や桐子、高子にとって、伝説の存在とこうして同じ卓を囲んでお茶を飲むなど、通常ならあり得ないほど感動的な出来事であった。


「それにしても、雪さんとこうしてゆっくりお話しできる機会があるなんて、本当に光栄です」


 洋助が、感銘を受けたような真摯な瞳で雪を見つめた。


「伝説の大陰陽師殿……なんて言うと堅苦しいですかね。でも、本当に千年の時を生きているなんて嘘みたいだ。雪さんは、息を呑むほどお綺麗ですね」


 ――ズキュゥゥン!!


 長身で、息を止めるほど端正な顔立ちの美青年。そんな洋助から、一点の曇りもない爽やかな笑顔でストレートに「綺麗だ」と褒めちぎられたのだ。


「あ……っ、えっと……」


 雪に向けられた言葉だというのに、隣で聞いていた持子の顔が、ボフゥッ! と一瞬で沸騰した。


(な、なまらかっこいい……っ! なにあの王子様みたいな笑顔! 声も甘くて、鼓膜が溶けそう……っ!)


 免疫が全くないピュアな十六歳の持子にとって、洋助の『無自覚タラシ』の破壊力は致死量を超えていた。持子は「はわわ……」と目を回し、ソファーの上でグラッと姿勢を崩して気を失いかける。完全にチョロい。


「……あら。洋助さんは、口が上手いのね」


 一方の雪は、涼しい顔でティーカップを傾け、完璧なポーカーフェイスを貫いていた。


 ――しかし。


(…………っっっ!)


 雪の胸の奥深くでは、およそ百年ぶりに、心臓がトクンッと特大の音を立てて跳ね上がっていた。


(なんなのこの男……っ! 無自覚に息を吐くように女を口説くとは聞いていたけれど、至近距離で食らうと危うく変な声が出そうになったわ……!)


 千年を生きる大陰陽師の分厚い鉄面皮の裏側で、雪は必死に動悸を抑え込んでいた。


「ぐぬぬぬぬ……ッ!!」


 そんな雪の涼しい(ように見える)ポーカーフェイスを見て、一人だけハンカチをギリギリと噛み締めて悔しがっている男がいた。祖父の助平である。


(わ、わしが若い頃、雪殿にいくら熱烈なアタックをしても『坊や』扱いで全く見向きもされなかったというのに……! 洋助め、なんというタラシの才能……っ!)


 かつての初恋相手の反応の差に、助平は血の涙を流していた。


「――洋助さん?」


 ゴゴゴゴゴ……という、背筋の凍るような低い音が、居間に響き渡った。

 見れば、洋助の隣に座る桐子が、百合の花のような極上の微笑みを浮かべている。だが、その背後には絶対零度の黒いオーラが渦巻いていた。


「あまり、持子や雪さんをからかわないでくださいな。持子が本気にして倒れそうになっているではありませんか。……ね?」


「おっと、ごめんごめん! 俺はただ、素直な感想を言っただけなんだけどな」


 妻の放つ「闇の魔力を絶対殺すマン」としての強烈な圧(殺気)に、洋助は「ははは」と呑気に笑って頭を掻いた。


「全く……兄さんは昔から無自覚にこれだから、裏社会殺したい男ナンバーワンなんて呼ばれるんですよ」


 楓が呆れたようにため息をつき、気絶寸前でフワフワしている持子の背中に、そっと手を当てた。


「はい、持子先輩。少し楽になりますよ」


 ポォン……と、楓の手のひらから温かい光の神術(回復魔法)が放たれる。

 清らかな神気に包まれ、持子のショート寸前だった脳内がスッとクリアになった。


「はっ……! わ、私、イケメンオーラにあてられて昇天しそうになってました……っ! ありがとうございます、楓さん!」


 持子はブンブンと頭を振って正気を取り戻すと、パァッと顔を輝かせて、隣の桐子の方を向いた。


「桐子お姉さん!」


「え……? あ、ええ、持子。大丈夫?」


「はいっ! ……あの、桐子お姉さん、こんなに素敵な旦那様がいて、なまら幸せですね!」


 持子は、一切の嫉妬や邪心のない、純度100%のキラキラした瞳で桐子の両手を取った。


「こんなにかっこよくて優しいお兄さんが旦那様だなんて……私のお姉さん、本当にすごい! すごいすごーいっ!!」


「…………っ」


 桐子の目が、丸く見開かれた。

 洋助にときめいた持子を見て、実は先ほどまで(持子……お姉さんとして、もう一度洋助さんへの想いを厳しく再教育わからせる必要があるかしら?)と、笑顔の下で密かに釘を刺す準備をしていたのだ。


 だが、そんなドロドロとしたヤンデレの思惑など、この純粋無垢な「妹」の真っ直ぐな称賛の前では、あまりにも馬鹿馬鹿しく、そして毒気が抜かれてしまった。


「……ふふっ。ええ、そうね。ありがとう、持子」


 桐子の背後の黒いオーラがスッと霧散する。

 彼女は、まるで本物の慈愛に満ちた姉のように優しく微笑むと、そっと手を伸ばし、持子の柔らかな髪を「よしよし」と優しく撫でた。


「えへへ……っ」


 撫でられた持子は、子犬のように目を細め、心底嬉しそうに桐子の手に頬を擦り寄せた。愛に飢えていた彼女にとって、この温もりは何よりのご褒美だった。


「……バカな先輩ですね、本当に」


 それを見ていた楓も、ふっと口元を綻ばせた。

 かつてのセクハラ魔王とは違う、あまりにも素直な姿が面白く、そして何より愛おしく感じた楓は、桐子の反対側からそっと手を伸ばし、持子の頭をポンポンと撫でた。


「あ、楓さんも……えへへ」


「あーっ! 桐子お姉ちゃんも楓お姉ちゃんもズルい! 高子も持子お姉ちゃん撫でるーっ!」


 高子も元気よく飛びついてきて、持子の頭をワシャワシャと無邪気に撫で回す。


「わぁっ、ちょ、ちょっと高子ちゃん、くすぐったいよぉ……っ! あはははっ!」


 三人の「姉妹」たちに囲まれ、髪を撫でられてクスクスと笑い合う持子。

 その光景は、どこからどう見ても、温かく平和な『本物の家族』そのものだった。


「……私、幸せです」


 持子が、ふと、瞳に涙を滲ませて呟いた。


「孤児院にいた頃はずっと一人ぼっちだと思ってたのに……。こんなに優しくて、温かい家族ができるなんて……夢みたい」


 その言葉に、居間の空気が優しく、じんわりと温かくなる。

 雪は、微笑ましくその光景を見守りながら、チラリと洋助と助平の方に視線を送り、顎でクイッと持子の方を促した。

(あなたたちも、家族でしょう?)という、無言の合図である。


「……ははっ。違いないな」


 洋助が優しく笑い、立ち上がって持子の後ろに回ると、大きな手で持子の頭をポンと撫でた。


「うむっ! わしも義理の祖父として、たっぷりと愛情を注がねばな!」


 助平も満面の笑みで、持子の頭をガシガシと豪快に撫でた。


「ひゃうっ!? お、洋助お兄さんに、お祖父ちゃんまで……っ!」


 家族全員から一斉に頭を撫でられ、持子は恥ずかしさと、それ以上の圧倒的な幸福感で顔を真っ赤にした。


「あ、ありがとうございます……っ♪ 私、皆さんのこと、だーいすきですっ!!」


 満開の向日葵のような、とびきりの笑顔。

 記憶を失った魔王の少女は、この氷川神社の温かい居間で、初めて心からの「家族の愛」を知るのだった。




【大禍つ炉編 幕間:波乱のランチタイムと、年末年始の足音】


「それじゃあ、そろそろみんなでお昼ご飯にしましょうか」


 桐子のその一言で、風間家の居間は一気にランチタイムの準備へと移行した。


 ――トントントントントンッ!

 ――ジュワァァァァァッ!


 台所からは、小気味良い包丁の音と、食欲をそそる油の爆ぜる音が聞こえてくる。


 キッチンに立つのは、エプロン姿の桐子と楓の二人だ。普段は「闇の魔力を絶対殺すマン」として恐れられ、神話級の宝具を振り回す彼女たちだが、家庭的なスキルもカンストしていた。流れるような手際で食材を捌き、あっという間に何品もの料理を同時進行で仕上げていく。


 その傍らでは、高子が踏み台に乗りながら、「ふむふむ……」と真剣な顔で二人の手元を見つめ、調味料を渡したり野菜を洗ったりと、健気にお手伝い(花嫁修業?)をしていた。


「わぁ……みんなすごいなぁ。私も手伝います!」


 持子がソファーから立ち上がり、袖をまくりながら意気揚々とキッチンへ向かおうとした。


 しかし。


「――やめなさい」


 持子の襟首を、雪がガシッと背後から掴んだ。


「えっ?」


「あなた、簡単なものしか作れないでしょう。しかも、その簡単な目玉焼きすら焦がして失敗するじゃない。足手まといになるから座っていなさい」


 雪の容赦のない(そして事実に基づいた)辛辣なツッコミ。

 その瞬間、持子の顔がカァァァッ! と林檎のように真っ赤に染まった。


「ゆ、雪さんのバカっ!! そんなわけないでしょ! 私だって、やればできるんだからっ!」


 持子はツンデレ全開でプイッとそっぽを向くと、ズンズンと足音を立ててキッチンへと乗り込んだ。


「桐子お姉さん、楓さん! 私にも何か――」


 意気込んでみたものの。

 目の前で繰り広げられる、プロの料理人のような桐子と楓の無駄のない超高速連携コンビネーションを前に、持子はピタッと固まってしまった。


(え、えっと……。切るものもないし、炒めるのも終わってるし……私、何をすればいいんだろう……)


 完全に所在を無くし、キッチンのど真ん中でオロオロと立ち尽くす持子。

 そんな迷える子羊を救ったのは、風間家の心優しき天使だった。


「持子お姉ちゃん! こっちのお皿出すの、手伝って!」


「! うんっ! 分かった、高子ちゃん!」


 高子の優しいフォローに、持子はパァッと顔を輝かせ、彼女の後をちょこちょことついて行った。


 頭を使う複雑な料理はできなくても、持子には高倉老人から叩き込まれた『合気武道』で培った、圧倒的な身体能力と直感がある。

 食器棚から大量のお皿を取り出すと、持子はまるで達人のような無駄のない歩法で、シュバババッ! とダイニングテーブルを駆け回り、一瞬のうちに完璧な配置でテーブルセッティングを終わらせてしまった。


「ふっ……! 配置完了ですっ!」


 ドヤ顔で腰に手を当てる持子。

 料理の役には立たなかったが、配膳係としては完全にオーバースペックな動きに、洋助と助平は「おお……」と謎の拍手を送っていた。


     * * *


「「「いただきまーす!」」」


 テーブルに並べられたのは、派手な高級食材を使ったものではない、どこにでもある『家庭料理』だった。

 だが、それがとてつもなく美味しかった。


「んん〜っ! なまら美味しいっ!!」


 持子は目をキラキラさせながら、肉じゃがや卵焼きをパクパク、モグモグと物凄い勢いで頬張っていた。


「桐子お姉さんも楓さんも、なまらお料理上手なんですね! お店が出せちゃいそう!」


「ふふっ、ありがとう持子。たくさん食べてね」


「先輩がそんなに大口を開けて食べるから、ほら、口の周りについてますよ」


 楓が呆れたようにため息をつきながらも、持子の口元をペーパーナプキンで優しく拭ってやる。かつてのセクハラ魔王の世話を焼くのとは違い、今の無垢な先輩の世話を焼くのは、存外に悪くない気分だった。


「でも、これから年末年始で忙しくなるから、気合を入れないとな」


 洋助がご飯をおかわりしながら、ふと真面目な顔で言った。


「ああ。手伝いの者たちもたくさん来るし、神職や巫女たちのまかない料理も大量に作らねばならんからな。桐子と楓には、また苦労をかける」


 助平が宮司としての顔になり、深く頷く。


「ええ。御祈祷の数も桁違いですし、新年の巫女舞も舞わなければなりません。参拝者の方々へのお神酒や甘酒の振る舞いもありますから……」


 桐子が、年末年始の恐ろしいスケジュールを思い浮かべて苦笑した。


「本当に、寝る時間がなくなりますね。企業への出張祈祷もびっしり入っていますし……」


 楓も、エージェントとしての任務と巫女としての激務のダブルパンチを想像し、少しだけ遠い目をした。


「みんな、本当に大変なんですね……」


 持子は箸を止め、心配そうに家族たちの顔を見回した。

 そして、ギュッと拳を握りしめ、黄金の瞳に決意の炎を宿して立ち上がった。


「あの! 私も、お手伝いしたいです!」


 ――ピタッ。


 居間の空気が、一瞬にして凍りついた。


「「「「やめた方がいい(ダメ)!!」」」」


 助平、洋助、桐子、楓の四人から、息の合った完璧なストップがかかった。


「持子殿のお気持ちは死ぬほど嬉しいが、年末年始の氷川神社の忙しさは戦場じゃ! 気を失ってしまうぞ!」


「そうそう。持子ちゃんはコタツでみかんでも食べて、ゆっくりお正月番組を見てた方がいいよ」


 家族たちの必死の説得に加え、ソファーでお茶を飲んでいた雪までもが呆れ顔で口を開いた。


「私も、年末年始の神社のお手伝いは絶っっ対にお勧めしないわ。……あなたがどれだけ不器用か、よく思い出してみなさい」


「むぅぅっ! みんなして私を子供扱いして!」


 持子は頬をぷくーっと膨らませて抗議した。


「私だって、もう十六歳だもん! 家族なんだから、みんなが大変な時に一緒に頑張りたいのっ! 絶対にお手伝いしちゃうぞーっ!!」


「おーっ!!」


 持子の謎の気合に、事態をよく分かっていない高子だけが両手を挙げて「おーっ!」と元気よく同調した。


「あー……」


 桐子と楓が、顔を見合わせて深いため息をつく。

 この、ツンデレで気弱なくせに、一度「誰かのために」と決めたら絶対に引かない真っ直ぐで頑固な性格。それは、記憶を失う前も後も、恋問持子という少女の変わらない本質だった。


「……仕方ありませんね。絶対に無理はしないという約束で、できる範囲でお願いしましょうか」


「そうね。簡単な案内や、裏方の仕事なら……」


 楓と桐子が折れると、洋助と助平も「まあ、本人がそこまで言うなら」と苦笑いして肩をすくめた。


「やったぁ! ありがとうございます!」


 持子は満面の笑みでバンザイをした。

 記憶を失った少女の、神社でのドタバタな年末年始のお手伝い。

 それが、新たなカオスと波乱(ギャップ萌え)を巻き起こすことなど、この時の彼女はまだ知る由もなかった。




【完璧な巫女舞と、カオスすぎる助っ人たち】


 氷川神社の境内。冬の凛とした冷たい空気が漂う中、楓は持子を連れて、敷地の奥にある木造の古い武道場へと足を踏み入れていた。


「わぁ……。すごく立派な道場ですね」


 持子がキョロキョロと周囲を見回す。


(持子先輩……魔王としての魂は眠ってしまっても、あの神がかった『身体能力』と『芸能のセンス』は、身体が覚えているはず)


 楓は、かつて魔王だった持子が、見よう見まねで完璧な神楽舞を披露した時のことを思い出していた。今の気弱な持子に、果たしてそれができるのか。


「持子先輩。覚えていないでしょうけれど……あなたがここで舞の稽古をするのは、これで『二回目』になります」


「えっ? 私、前にもここで……?」


「ええ。ですから、とりあえず見て、覚えてください」


 楓はそう言うと、道場の中央に進み出た。


 シャンッ……!


 神楽鈴の清らかな音が鳴り響く。楓は、特級エージェントとしての冷徹な歩法(無足)を応用し、雪のように静かで、それでいて神々しく美しい『巫女舞』を舞い始めた。


 ――クルリ、スッ。


 流れるような袖の軌跡、足の運び、鈴の音色。そのすべてが芸術品のように完璧だった。


「すごい……なまら綺麗……」


 持子は息を呑んで見惚れていた。


「はい。では、やってみてください」


 舞を終えた楓が、持子に神楽鈴を手渡す。


「え、ええっ!? 一回見ただけだよ!? む、無理だよぉ……」


 持子はオロオロと鈴を握りしめ、パニックを起こした。しかし、合気武道の達人・高倉老人に叩き込まれた圧倒的な身体能力と、トップモデルとして研ぎ澄まされた身体感覚は、持子の脳のキャパシティを軽々と凌駕していた。


「えっと……右足から出て、こう、かな……?」


 シャンッ。


 鈴を鳴らし、持子がふわりと舞い始めた。その瞬間、空気が変わった。


 ――スッ、クルリ。シャンッ……!


 先ほどの楓の舞を、まるでビデオの再生のように一寸の狂いもなく、完璧なタイミングと優雅さで再現していく。気弱でオドオドしていたはずの少女が、舞い始めた途端に「神に仕える巫女」そのものの美しいオーラを放っていた。


「……っ!」


 楓の鋭い眼が、驚きで見開かれた。


(完璧……。いえ、私よりも所作が柔らかくて、美しいくらいです。やはり、芸能と身体を動かすことに関しては、本当に『天才』ですね……!)


「ふぅ……。どう、ですか……?」


 舞を終え、元の気弱な少女に戻った持子が、不安そうに上目遣いで尋ねてくる。

 楓は、ふっと口元を綻ばせた。


「……素直に驚きました。完璧です。持子先輩、お正月の御祈祷での巫女舞は、先輩にも舞ってもらいますね」


「本当!? やったぁ!」


 持子はパァッと花が咲いたような笑顔になり、鈴を胸に抱きしめた。

 そして、モジモジと少し頬を赤らめながら、楓に一歩近づいた。


「あの……楓さん」


「はい。何ですか?」


「私……記憶がなくなっちゃったけど、楓さんと家族になれて、なまら嬉しいの。だから……できれば、私のこと、『持子お姉ちゃん』って呼んでほしいな……なんて」


 恥ずかしそうに指を絡ませながら、上目遣いで甘えてくる持子。

 楓は、一瞬だけ言葉に詰まり、耳の先をほんのりと赤く染めた。


(なっ……! こんな小動物みたいな瞳で……バカな先輩のくせに、破壊力が高すぎます……っ)


 楓はコホンと咳払いをして、必死にクールな表情を取り繕った。


「……分かりました。では、条件があります。私のことも、『楓ちゃん』と呼んでください」


「えっ!」


 持子の黄金の瞳が、さらにキラキラと輝きを増す。


「いいの!? うんっ! 楓ちゃん!!」


「……ええ。持子お姉ちゃん」


 純真無垢な姉と、不器用なツンデレの妹。

 二人は顔を見合わせて、心底嬉しそうに「えへへ」「ふふっ」と笑い合った。


     * * *


「はーい、それじゃあ次は授与品(お守り)の特訓だよー!」


 道場から戻ると、今度は「天才電脳少女」の高子が、先生役として待ち構えていた。

 机の上には、色とりどりのお守りやお札がズラリと並べられている。


「持子お姉ちゃん、いい? こっちの交通安全のお守りが八百円、厄除けのお札が千二百円、破魔矢が二千円ね!」


「う、うん……! いっぱいあるね……」


「じゃあ、お札一枚とお守りを三個ください! 一万円からでお願いします!」


「えっ!? えっと、えっと……千二百円足す、八百円掛ける三で……三千六百円……?」


 ――カチャカチャカチャッ!


 持子は慌てて電卓を叩くが、指が震えて「36000」などととんでもない数字を打ち込んでしまう。


「ひゃうっ!? 違う違う! マイナス一万円だから……あばばばばっ……!」


 持子の頭から、プシューッと白い煙が吹き上がった。元々お勉強が苦手で、算数レベルの計算すら怪しい持子にとって、暗算と接客のマルチタスクなど完全にキャパオーバーであった。


「……ダメですね。遅すぎますし、お釣りを間違えまくって大赤字になります」


 楓が呆れたようにバッサリと切り捨てる。


「うぅぅ……ごめんなさい……私、バカだから……」


 机に突っ伏してシクシクと泣き真似をする持子。


「よし、授与所はダメね! 持子お姉ちゃんは、完璧だった『巫女舞』と、参拝客のみんなへの『振る舞い酒(甘酒)』の係に決まり!」


 高子がポンと手を打ち、持子の役割が無事に(?)決定したのだった。


     * * *


「いや、そもそも持子をこれ以上表に出すのは危険よ! 変な輩に目をつけられたら――」


 雪が頭を抱え、年末年始のシフト表を握りつぶそうとした、その時だった。


「持子さぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!」


 バンッ!! と居間の障子が勢いよく開き、ピンクの髪を揺らしたダイナマイトボディの美女――本多鮎が、涙目で飛び込んできた。


 その後ろには、呆れ顔のルージュと、妖艶な笑みを浮かべるエティエンヌ、そして神々しいオーラを放つアスタルテの姿があった。


「あ、鮎さん!? それにみんなも、どうしたの!?」


「仕事が忙しいって聞いていたのに……」と雪が顔を引きつらせる。


「ええ! わたくしの年末のテレビ収録、持子さんに会いたい一心で、すべて『巻き』で終わらせてまいりましたわ!! ルージュも一緒ですの!」


「ちょっと鮎、引っ張らないでよ! まったく……あんたたちだけじゃ、どんな大ポカやらかすか分からないから、わたくしが頭脳労働サポートしに来てあげたのよ」


 頭の切れる吸血鬼の女王ルージュは、フッと鼻で笑いながらも、やる気満々で袖をまくった。


「わたくしもおりますわよ、持子さん♡ ああ、巫女姿の持子さん……想像しただけでわたくしの血が沸騰しますわぁっ!」


 エティエンヌが身悶えしながらハァハァと荒い息を吐く。


「Oh! The divine energy here is fantastic! (おお! ここの神気、素晴らしいですわ!)」


 愛と豊穣の女神であるアスタルテは、お正月に向けて高まり続ける神社の「清浄な魔力エネルギー」を肌で感じ、ウットリと天を仰いでいた。


「ちょっと……! スノーのトップタレントたちを神社の裏方に使う気!? パニックになるわよ!」


 雪が必死に止めようとするが、ルージュやエティエンヌは数百年生きるバケモノであり、実務能力や計算能力は常人を遥かに凌駕している。どこに配置しても「超有能な即戦力」なのだ。


「はっはっは! いやあ、助かるなぁ!」


 宮司の助平が、豪快に笑い飛ばした。


「年末年始の神社は、猫の手……いや、バケモノの手でも借りたいほどの忙しさだからな! 人がいればいるだけ助かるというもの! 全員、存分に働いてもらうぞ!」


「ええ。美人がこれだけ揃えば、参拝客も喜ぶだろうしね」


 洋助もニコニコと笑って歓迎している。


「みんな、手伝ってくれるの!? ありがとう!!」


 持子が、パァァッ! と満面の笑みで下僕たちを振り返った。


「あぁっ……! 持子さんの『ありがとう』いただきましたわぁっ!!」


「持子さん、最高ですにゃーっ!(いつの間にか美羽もいる)」


 ドMの吸血鬼、ヤンデレのモデル、泥棒猫の忍者、日本語学習中の女神、そして記憶喪失の純真な魔王。


 誰もが振り返る超絶美少女と美女たちが集結し、氷川神社の年末準備は、かつてないほど華やかで、そしてカオスな熱狂の渦へと巻き込まれていくのであった。


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