【聖夜の狂騒と、氷の女帝の暗躍】
【聖夜の狂騒と、氷の女帝の暗躍(前編)】
12月24日、クリスマスイブ。
東京の超一等地にそびえ立つ、高級タワーマンションの最上階。
芸能事務所『スノー』で最も稼ぎ出している世界的トップモデル、恋問持子に与えられた無駄に広すぎるペントハウスは、今宵、規格外の熱気と喧騒に包まれていた。
壁一面の巨大なガラス窓の向こうには、宝石箱をひっくり返したような東京の夜景が広がっている。
しかし、室内の光景は、その絶景すら霞んでしまうほどに華やかで、そしてカオスだった。
(……ふぅ。雪先生の無茶振りには本当に死ぬかと思ったが、何とかなっているようだな)
部屋の隅で、ノンアルコールのシャンパンを傾けながら、スノーの副マネージャーである土御門朔夜は、密かに安堵の息を吐いていた。
彼が安堵している理由は、部屋の中央で元気に暴れ回っている持子の姿にある。
大禍つ炉の深層から帰還して以来、持子は自室にあの忌まわしい『七星宝刀』を隠し持ち、急速に魔力を失いかけていた。
だが、ここ数日で持子の魔力は完全に回復し、顔色もすこぶる良くなっている。
その真相は、スノーの社長である立花雪の、恐るべき有能さ(EXランク)にあった。
雪は、持子が宝刀を隠し持っていることなど、とっくの昔に気づいていたのだ。
しかし、雪はあえて持子を問い詰めなかった。
「今の持子は過去の罪悪感に苛まれ、精神的に極めて不安定な状態にある。あの剣を無理やり取り上げれば、持子の心は完全に壊れてしまう」――そう正確に見抜いたのだ。
ならばどうするか。
雪が下した決断は、『剣の牙だけを折る』という極めて困難かつ離れ業の封印術であった。
数日前の深夜。雪は朔夜を使い、持子が深い眠りに落ちている隙を突いて、宝刀の呪いそのものではなく、魔力を外部(地獄の門)へと吸い上げている『魔力吸引の術式』だけをピンポイントで特定した。
そして、六壬の天才陰陽師である朔夜の技術と、雪自身の規格外の霊力を合わせ、その術式の『裏口』に強固な陰陽術のフタ(封印)を施したのである。
おかげで、宝刀は持子の手元にあるまま、魔力の吸引だけが完全にストップした。
精神的な拠り所(呪い)を残したまま、肉体的な衰弱だけを防ぐ。まさに、氷の女帝たる雪の完璧な采配だった。
「……それにしても。なんで僕まで、こんな格好をさせられているんだ……」
朔夜は、自身の身を包む深いスリットの入った黒のセクシードレスを見下ろし、深い溜息をついた。
歴とした男子であるはずの彼だが、華奢な体つきと銀髪ショートボブの美貌のせいで、エティエンヌや鮎たちに「今日はクリスマスパーティーですわよ! 朔夜も可愛いドレスを着なさい!」と強制的に着せ替えられてしまったのだ。
「ヒャッハー! メリークリスマスだぜお前たちぁ!! さあ、肉だ! ケーキだ! 今日は遠慮せずにガンガン食えぇぇっ!」
朔夜のぼやきを掻き消すように、リビングの中央で、極黒の魔王・恋問持子が上機嫌な声を張り上げた。
かつての魔力枯渇の不調など嘘のように、持子の全身からは圧倒的な覇気と、健康的なエネルギーが満ち溢れている。
そして、そんな彼女を取り囲む空間は、まさに『男の夢(煩悩)』を具現化したような、反則的な美女と美少女の博覧会と化していた。
「あぁ……ここは天国か……? いや、天国以上のエデンっす……」
合気武道部の一年生、佐藤陽翔は、鼻血を押さえながらフラフラと足元をよろめかせた。
無理もない。彼の視界に広がるのは、常識を凌駕する美の暴力だ。
まず目に飛び込んでくるのは、185センチの絶世の金髪美女エティエンヌと、豊穣の女神アスタルテの『セクシーサンタ』コンビ。
胸元が大きく開いた赤い衣装からこぼれんばかりの双丘が、動くたびに豊かに揺れている。
「持子様ぁ♡ わたくしからのクリスマスプレゼントは、この身体ごと捧げますわぁ!」
「あ、あのっ……持子様、わたくしも、一生懸命奉仕させていただきますわ……っ」
二人が持子にすり寄るたびに、佐藤の煩悩メーターが限界突破の警告音を鳴らす。
「フン、サンタなどありきたりですわ! 今日はご主人様のソリを引く、わたくしというトナカイに存分に乗って(跨って)くださいませ!」
ピンク髪のダイナマイトボディを惜しげもなく晒す『セクシードレス風トナカイ』衣装の本多鮎が、ツノのついたカチューシャを揺らしながらマウントを取る。
さらに、元大公爵のシャーロットと、モデル志望の阿部凛花の長身コンビが、漆黒の『セクシーメイド』姿で優雅にお辞儀をしている。
そして、花園美羽や吸血鬼の元女王ルージュ、果ては男である朔夜までもが、色気たっぷりのセクシードレス姿で会場に華を添えているのだ。
だが、佐藤たち合気武道部の男子部員たち(と一部の女子)の視線を最も釘付けにしていたのは、何と言っても今日の主役、恋問持子であった。
「去年はサンタだったからな! 今年は趣向を変えて、セクシーメイドにしてみたぞ!」
175センチの黄金比ボディを包むのは、フリルとガーターベルトが蠱惑的な、超ミニスカートのメイド服。白磁の肌と、絶対領域の破壊力は、もはや国家兵器レベルだった。
「……ふははは! お前たち、今日は特別だぞ! 先日はわしの不調で随分と心配をかけたからな。その詫びと言ってはなんだが……今日はいつもと逆に、わしが、お前たちに奉仕してやろう!」
持子は、普段の傲岸不遜な態度を脇に置き、銀のお盆にノンアルコールのシャンパングラスと色鮮やかなオードブルを乗せて、得意げに胸を張った。
「さあさあ、お嬢様方、ご主人様方。何をお飲みになりますかな? 粗茶ですが、お注ぎしましょうぞ!」
中身がオッサンである魔王が、ウインクと共に「ご主人様」「お嬢様」と媚びる姿。
そのすさまじいギャップと破壊力に、会場の空気が一瞬で沸騰した。
「あああああぁぁぁっ!! 持子様が……持子様がわたくしに『お嬢様』とお酌を!? 尊い! 尊すぎますわ! むしろわたくしがグラスになりますわぁっ!」
鮎がその場で崩れ落ち、カーペットに顔を擦り付けて感涙にむせぶ。
「も、持子様のメイド服……! あぁっ、食べ物を持ってきてくださるなんて……はわわわわ……っ♡」
美羽が顔を真っ赤にして、鼻からツーッと一筋の血を流して気絶寸前になっている。
「えへへへっ……持子先輩! 私、お触りしてもいいですかっ!?」
メイド姿の阿部凛花が、両手をワキワキと動かしながら、欲望剥き出しの変態スマイルで持子ににじり寄った。
「……お前は本当に自分の欲望に忠実だな。全く、呆れるわい」
持子は苦笑しながらも、今日くらいは心配をかけた詫びとして許してやるかと、トントンと自分の胸の谷間を指差した。
「仕方ないな。少しだけだぞ。ほれ、来い」
持子が阿部の頭をグッと引き寄せ、自身の豊満な胸の谷間に、阿部の顔をダイレクトに押し付けた。
「むっふぅぅぅぅぅぅっ……!! 神の、神のクッションですぅぅっ……! 私、このまま窒息して死んでも悔いはありませんんんっ!!」
阿部が、至福の表情で胸の中でモガモガと身悶えする。
「なっ!? ず、ずるいですわ! わたくしも!」
「私もですぅ!」
「俺も!!」
「俺はいいからちょっとだけ見せてくれ!!」
エティエンヌ、美羽、そして佐藤や門たちまでが一斉に持子に向かって殺到しようとする。
「うるさいっ!! 触るのは女子だけだ! 男はすっこんでおれ! あと下僕どもは普段から触っておるだろうが! 今日は合気武道部の慰労も兼ねておるのだ!」
持子は、群がる面々を『見えない入り身』と合気の体捌きで次々と躱し、笑いながらシャンパンを配って回った。
そんな狂騒の渦から少し離れた窓際のテーブル。
民間霊的組織【TIA】の特級エージェントにして修羅の巫女・風間楓は、少し気恥ずかしそうに自身の赤い衣装の裾を引っ張っていた。
「……持子先輩。本当に、私がこれを着るのですか? 私はただ、少し顔を出しに来ただけなのですが……」
楓が身にまとっていたのは、持子が去年のクリスマスに着ていた『セクシーサンタ』の衣装だった。
実は、持子と楓は身長こそ持子の方が少し高いものの、プロポーション(特に胸の豊満さや腰のくびれ)の体型がほぼ一緒なのだ。そのため、持子のお下がりの衣装が、恐ろしいほどに楓の身体にジャストフィットしていた。
「何を言うか! パーティーにはドレスコードというものがあるのだ! まったく、お前はTIAの戦闘服か地味な服ばかり着ておるからな。……うむ、それにしても」
持子は、ウンウンと腕を組みながら、サンタ姿の楓を上から下まで舐め回すように眺めた。
「やはり、楓は美しいな。その凛とした佇まいに、セクシーな衣装が絶妙なギャップを生んでおる。見とれてしまうわい」
「なっ……」
普段は冷徹な修羅の巫女として恐れられる楓だが、持子から真っ直ぐに褒められると、悪い気はしないのか、少し頬を朱に染めて照れ臭そうに視線を逸らした。
「……ありがとうございます。持子先輩にそう言っていただけるのは、嬉しいです。でも、そこは『楓ちゃん』でしょ約束もう忘れましたか?」
楓は、照れ隠しのように持子の頬を軽くつねった。
「あいたたっ! わかった、わかった! わしが悪かった!」
持子が頬をさすりながら抗議する。
「やっぱりわしも恥ずかしいのだ! !」
「では、『楓姐さん』でもいいですよ?」
楓が、からかうように悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「むぐぅ……わかったよ。楓ちゃん、でいいだろ」
持子が渋々といった様子で「楓ちゃん」と呼ぶと、楓は満足そうに目を細めた。
「よしよし。素直で可愛いですね、持子先輩」
楓は姉のような優しい手つきで、持子の頭をポンポンと撫でた。
「こら、撫でるな! わしは魔王だぞ!」
持子は笑いながら楓の手を払いのけ、今度はお返しとばかりに楓の頭を撫で返した。
「お前も撫でてやるわい! わしゃしゃしゃ!」
「あははっ、やめてください、髪が乱れます」
二人で子供のように笑い合う。
「ふふっ……まあ、姉妹だからな」
持子が微笑ましく言うと、楓も柔らかく頷く。
「ええ。義理の、ですね」
風間洋助と葉室桐子が結婚したことにより、桐子の義妹となった楓。そして持子もまた、桐子と姉妹の契りを結んだ事により風間家との強い繋がりの中で、家族のような絆を感じていた。
「もぐもぐ……美味しいです。流石は雪社長が手配したお肉ですね。……もぐもぐ」
楓は笑い合った直後、再び凄まじいスピードでローストチキンを平らげ始めた。
「楓さん、食べるペース早すぎませんか? 喉に詰まりますよ」
高橋玲央が、呆れたようにウーロン茶のグラスを差し出す。
「すみません。なにせ、今日はTIAの本部が地獄のような修羅場ですからね。たくさん食べておかないと」
楓は、チキンの骨を皿に置き、ふぅと息を吐いた。
「大禍つ炉の穢れの排出が完全に止まったわけではありません。祖父(風間助平)や霞さん、高子は、徹夜で地下作戦室のモニターと睨み合いです」
「それは……本当にお疲れ様です……」
「兄様と桐子お姉さんは、こんな状況でも『せっかくのクリスマスイブだから』と、新婚デートを強行しました。……まあ、あのお二人が街にいれば、どんな悪魔が出ても即座に灰になりますから、ある意味最強の防犯パトロールですが」
「妹と言えば……今日は鶴子も来ればよかったのに。あいつも合気武道部の連中と歳が近いし、話も合うだろうに」
持子が残念そうに言うと、楓は少し困ったように肩をすくめた。
「鶴子お姉さんは、東京ダンジョンの巡回の仕事です。……すごく来たがっていましたよ。『持子お姉さんのセクシーメイド服を生で拝みたいですぅぅっ!』と、血涙を流しながら地下に潜っていきましたから」
「……あいつは本当に可愛いやつだ。残念だ」
『カシャシャシャシャシャッ!』
突如、凄まじいシャッター音が二人の耳を打った。
見れば、本多鮎がプロ仕様の超高級一眼レフカメラを構え、レンズを限界まで近づけて二人を激写していた。
「……素晴らしいですわ! やっぱりお二人の写真、最高に綺麗ですわ!」
鮎が興奮冷めやらぬ様子でカメラのモニターを確認する。
「お二人はお顔立ちもプロポーションもよく似ていらっしゃるのに、纏っている雰囲気が全然違う……。極黒の魔王たる持子様の妖艶さと、修羅の巫女たる楓さんの凛とした清廉さ。この対比が、恐ろしく美しくって面白い、目を引く写真になるのよねぇ! 楓さん、スノーでモデルになればいいのに!」
「本当ですぅ! 楓お姉様、めちゃくちゃ映えますよ!」
美羽も横から顔を出し、ブンブンと首を縦に振って同意する。
二人の絶賛に、楓はにこやかに、丁寧な口調のまま何の気負いもなく言い放った。
「いえいえ、滅相もありません。私は『劣化持子』ですからね」
「「…………ッ!!!」」
その瞬間。
鮎と美羽の動きが、文字通り完全にフリーズした。
顔面からサァーッと血の気が引き、二人の瞳孔が極限まで見開かれる。
それは、二人にとって思い出したくもない、凄惨な『トラウマ』の記憶であった。
以前、まだ楓とそれほど親しくなかった頃。鮎と美羽は陰口で「楓さんは綺麗だけど、持子様という絶対的な美の基準がいると、どうしても劣化に見えるわよね」「ええ、所詮は劣化持子ですぅ」と囁き合っていたのだ。
その直後、背後に立っていた楓に地獄のような笑顔で頭を叩き割られそうになり、美羽に至っては物理的に頭を地面に踏みつけられ、「殺される」という本物の恐怖を味わったのである。
「あ、あ、あゆ先輩……」
「み、美羽……わたくしたち、終わりましたわ……クリスマスイブに走馬灯が見えますわ……」
二人がガタガタと震え、滝のような冷や汗を流して抱き合っていると、持子が呆れたように割って入った。
「おい楓、もう許してやってくれ。こいつら、本気でチビりそうになっておるぞ」
持子が苦笑しながら言うと、楓はプッと吹き出し、そのまま腹を抱えて笑い始めた。
「ふふっ、冗談ですよ、冗談。二人とも、最高に面白い顔をしていますね」
楓が涙を拭いながら言うと、フリーズしていた鮎と美羽は、腰から砕け落ちるようにしてその場にへたり込んだ。
「ほ、ほ、本当に怖かったんですからね……っ! 楓さんのあの時の笑顔、夢に出るレベルですのよ……っ!」
「そうですぅ! 私、本気で三途の川の向こうで李儒と王允がメリークリスマスって手を振ってるのが見えましたよぉ……っ!」
半泣きで抗議する二人に、楓は「すみません」と手を合わせる。
「楓ちゃんはもう、人が悪いんだから」
持子も笑いながら、鮎と美羽の背中をポンポンと叩いて慰めた。
今やこうして笑い合えるほどの強固な絆で結ばれていた。
一方、バルコニーの近くでは、合気武道部の青春が密かに、そして劇的に動こうとしていた。
丸太のような太い腕を持つ硬派な一年生、門蒼真が、意を決したように高橋玲央の前に立ちはだかっていたのだ。
「……高橋」
「は、はい。何でしょうか、門くん」
門の真剣な表情に、玲央は少し頬を染めて居住まいを正した。
「俺は、お前が好きだ」
一切の誤魔化しもない、真っ直ぐな言葉。
「大禍つ炉での戦いで、お前の背中を見て確信した。俺の合気で、俺のこの腕で、必ずお前を守る。だから……俺と、付き合ってくれ」
周囲の喧騒が、一瞬だけ遠のいたように感じられた。
玲央の瞳が大きく見開かれ、完璧な美少女フェイスが、一瞬にしてゆでダコのように真っ赤に染まる。
「……っ!」
玲央は、両手で口元を覆い、感極まったように震える声で答えた。
「……完璧な、型(告白)です。無駄がなく、美しく、真っ直ぐで……。はい……! 喜んで、お受けしますわ!」
玲央が大喜びで門の胸に飛び込む。
「うおおおおおっ!! 蒼真のヤロー、抜け駆けしやがってぇぇぇっ!!」
「裏切り者! おっぱい同盟の絆はどうしたんだよぉぉっ!」
その様子を見ていた佐藤と阿部が、涙目になりながら門の背中をバンバンと叩く。だが、その顔は満面の笑みで、仲間の恋の成就を心から祝福していた。
「……っ」
その温かい流れを見て、童顔の眼鏡っ娘、南原紗良はギュッと拳を握りしめた。
(今です。私も……今なら、佐藤くんに、私の気持ちを……!)
紗良は意を決して、佐藤の背中をチョンと突いた。
「さ、佐藤くん……。あの、私、実は……前から、佐藤くんのことが……」
「おっ! あっちで持子先輩が巨大なクリスマスケーキの切り分けを始めたぞ! すげえ、三段重ねだ! 紗良ちゃんも行くか!?」
「えっ、あ、ちょっ……」
佐藤は、紗良の言葉を完全にスルーして、ケーキの方へと猛ダッシュで走っていってしまった。
「…………」
残された紗良の瞳の奥で、極寒のシベリアのような絶対零度の殺意が渦巻いた。
(……絶対に殺す。あのケーキ、物理法則を無視して粉砕してやります……)
悲喜こもごも、騒がしくも温かい日常。
TIAの本部では助平や涼介、高子が徹夜でシステムと睨み合い、洋助と桐子は街をデートしながら巡回しているという裏側の事実を知りつつも、持子はこのペントハウスの幸せな空間を心から愛おしく思っていた。
(あぁ……。やはり、わしの周りはバカばかりだが、愛おしい奴らだ)
前世で信じた者に裏切られ、孤独の中で死んだ董卓の魂が、この温かい光の中で少しずつ癒やされていくのを感じる。
ただ、一つだけ。
「……雪、遅いな」
持子は、窓の外の夜景を見つめながら、ポツリと呟いた。
絶対的な推しであり、自分をこの世界に繋ぎ止めてくれている、立花雪。彼女だけが、「どうしても外せない仕事がある」と言って、まだこのパーティーに到着していなかった。
雪がいてくれれば、この完璧な夜は本当に完成するのに。
持子は、早く彼女の顔が見たいと、メイド服のスカートの裾を無意識に握りしめていた。
――しかし。
持子も、そして雪自身すらも、まだ気づいていなかった。
七星宝刀による『魔力の吸引』を強引に塞いだことで、持子の体内に逃げ場のない莫大な魔力が、パンパンに蓄積し続けているという、恐るべき真実に。
そして、その魔力の臨界点が、この『聖夜』に設定されていたことに。
華やかなクリスマスパーティーの裏側で、最悪の悲劇への秒針は、静かに、そして確実にその『零時』へと向かっていた。




