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【大禍つ炉編 裏切りの大公爵と、甘き破滅のプレリュード】

【大禍つ炉編 裏切りの大公爵と、甘き破滅のプレリュード】


東京湾の地下深く、冷たい海水の圧力を物理的にも魔術的にも完全にシャットアウトした巨大な空間。

米国プロメテウス財団『エクリプス』極東支部の司令室は、幾つもの青白いモニターの光に照らされ、静まり返っていた。


「……見事なものだ。魔王の魔力タンクが、日を追うごとに着実に底を突きかけている」


最高級の革張りチェアに深く腰掛け、イタリア製の葉巻をくゆらせながら、司令官ヴィンセント・オーウェンは歓喜の笑みを漏らした。


彼の視線の先にある巨大モニターには、芸能事務所『スノー』のタレント寮から発せられる霊的波長――『極黒の魔力』の推移グラフが表示されている。

かつては計測限界を振り切るほどの圧倒的な出力を見せていたその波長は、今や見る影もなく細く、不安定に明滅を繰り返していた。


「推しへの忠誠心よりも、己の醜悪な過去へのトラウマと罪悪感を選んだか。愚かな……しかし、それこそが愛や絆という名の『人間性バグ』を抱え込んだ神造キメラの限界だ」


オーウェンは、モニターに映る『七星宝刀』の呪力波長が、持子の魔力をポンプのように吸い上げているデータを確認し、満足げに頷いた。


彼の魂の奥底には、三国志の時代において董卓を暗殺するための『連環の計』を仕組んだ策士、王允おういんの記憶が息づいている。人の心の脆弱さ、特に「愛されたい」「嫌われたくない」という渇望を突くことにおいて、彼ほどの天才はいない。


『……順調のようだな、王允よ』


突如、司令室の影が異常なほどに濃くなり、部屋の温度が数度下がった。

オーウェンの背後にそびえ立つ壁の闇から、地獄の瘴気を煮詰めたような重低音が響き渡る。


ソロモン七十二柱の第一位、東方の悪魔王『バエル』の気配であった。


「ええ。全ては『あの方』――あなたのシナリオ通りに進んでおりますよ、バエル卿」


オーウェンは振り返ることなく、余裕の笑みを浮かべて葉巻の灰を落とした。


「あのアホな魔王は、己の部屋に隠し持った七星宝刀によって、無意識のうちに魔力を『地獄の門』の鍵穴へと注ぎ続けている。あとは、彼女の精神を完全に孤立させ、宝刀のろいへの依存をさらに深めさせれば……12月のクリスマス、聖なる夜の魔力が高まるタイミングで、彼女は完全に魔力を使い果たし、自壊するでしょう」


『ククク……良いぞ。忌まわしき貂蝉の肉体を依代とする魔王が地に堕ち、門が開くその瞬間。我が眷属たちが、このちっぽけな島国を真の地獄へと変え、お前の愛娘の魂も解放されるであろう』


「ええ。世界は秤だ。娘一人を救うために、この国を蠱毒の壺へと沈める。実に合理的で美しい取引です」


オーウェンはデスクに置かれた娘・ルチアの写真に優しい眼差しを向けてから、再び冷徹なフィクサーの顔に戻った。


「さて、魔王の精神をさらに追い詰めるための『最後の一押し』を仕掛けましょうか。……スノーの厳重な結界の外へ、哀れな小鳥が単独で這い出てくるタイミングを狙ってね」


オーウェンは、通信コンソールの特定の周波数にアクセスし、高度な魔術による秘匿回線テレパシーを開いた。


***


「……はぁっ。今日も今日とて、わたくしの美しい腕がスーパーのレジ袋で千切れそうですわ……」


身を切るような冷たい風が吹く、都内の裏通り。

プラチナブロンドの優雅なウェーブヘアに、アメジストの瞳を持つイギリスのトップモデル、シャーロット・シンクレアは、両手に提げた大量の買い物袋の重みに耐えかねて、人通りのない路地裏で足を止めた。


彼女の中身は、悪魔学における大公爵『グレモリー』である。かつては時間を透視し、広大な領地を支配した高位悪魔。

しかし、恋問持子と本多鮎という二人のバケモノに完全に心を折られ、屈服した彼女は、今やスノーの最下層である『奴隷』として、雑用や買い出しを押し付けられる不憫な日々を送っていた。


「鮎様ときたら、大禍つ炉での死闘から回復した途端、また『持子様のお世話は一秒たりともわたくし以外の泥棒猫には譲りませんわ!』と張り切って……その分、重労働な日用品の買い出しが全部わたくしに回ってくるなんて、理不尽極まりないですわ!」


ドンッ、とネギや大根、高級ティッシュが詰め込まれた袋を地面に置き、シャーロットは痛む肩をトントンと叩いた。

彼女は人間と完全に融合しているため、魔力枯渇で消滅することはないが、その肉体はただの人間と同等に脆い。過酷な肉体労働は普通に筋肉痛を引き起こすのだ。


『――随分と、惨めな生活を送っているようだな、グレモリー』


「ヒッ!?」


脳内に直接響いた、甘く冷酷な声。

シャーロットはビクッと肩を震わせ、慌てて周囲を見回した。誰もいない路地裏の影が、不気味に蠢いているように見える。


「オ、オーウェン……司令官……!」


『声に出すな。念話で答えろ。スノーの結界の外で一人になる瞬間を待っていたぞ。お前がスノーに下僕として飼われている間抜けな悪魔だということは、とっくに承知している』


(な、何の用ですの!? わたくしは持子様と『下僕の契約』を結んでおりますのよ! これ以上、スノーを裏切るような真似をしてバレたら、鮎様に大剣で三枚おろしにされた後、エティエンヌ様に燃やされてしまいますわぁ!)


シャーロットは、ガタガタと歯の根を鳴らしながら必死に抗弁した。


『安心しろ。お前を物理的な危険に晒すつもりはない。お前の“過去・現在・未来の透視タイムサイト”と“読心能力”は、貴重な情報源だからな』


オーウェンの声には、蛇のような狡猾さが孕んでいた。


『お前が結んだ下僕の契約……それは「主である持子に危害を加えてはならない」「持子に嘘をついてはならない」というものだったな?』


(そ、そうですわ! だから、わたくしはスパイなんて……!)


『ならば、簡単だ。危害を加えなければいい。嘘をつかなければいい。……ただ、純粋な“善意”と“心配”から、主の心の傷を労ってやればいいのだよ』


(……善意? 心配、ですの?)


『持子は今、ダンジョンの最深部で見た自分自身の過去……“偽・董卓”の醜悪な姿を見られたことで、激しい自己嫌悪とトラウマに陥っている。そして、周囲の下僕たちがその姿を本当はどう思っているのか、疑心暗鬼になっているはずだ』


オーウェンは、シャーロットの脳内に毒を注ぎ込むように囁いた。


『お前は、それを心配してやるだけでいい。“雪様や鮎様は立派すぎて、持子様の過去の罪を本当に心の底から受け入れているのか、同じ下僕として心配ですわ”と。……それは嘘ではないだろう? お前自身、あの肉塊のようなオッサンの姿を見て、ドン引きしたのだからな』


(ッ……!!)


シャーロットは息を呑んだ。確かに、嘘ではない。

女子会では必死に取り繕ったが、あの時の持子(偽・董卓)の姿は、美を司る大公爵のシャーロットにとって、生理的嫌悪を催すほどに醜悪だった。


『事実を基にした、主への“思いやり”。これならば、下僕の契約の強制力には引っかからない。……やれ。魔王の精神を完全に孤立させ、あの宝刀への依存を深めさせろ。さもなくば、バエル卿がお前の魂を永遠の地獄の炎で焼き尽くすだろう』


(あ、ああぁぁ……っ、わかり、わかりましたわ……! やりますわ、やらせていただきますわぁっ!)


バエルの名を出され、シャーロットは恐怖で完全に思考を停止し、命令に屈した。

通信が切れ、静寂が戻った路地裏で、シャーロットは冷たいアスファルトにへたり込んだ。


「ごめんなさい……ごめんなさい持子サマ……わたくし、痛いのは絶対に嫌なんですのぉ……っ」


***


翌日の午後。

タレント寮の持子の自室は、分厚いカーテンが引かれ、昼間だというのに薄暗かった。


持子は、部屋の中央のソファに膝を抱えて座り、テーブルの上に置かれた『七星宝刀』を、生気のない黄金の瞳でじっと見つめていた。


(……魔力が、溜まらん)


持子は、自身の丹田に意識を集中させるが、本来ならば無限に湧き上がってくるはずの『極黒の魔力』が、チョロチョロとした小川のようにしか感じられない。

周囲の人間からの情念や、食事から得たカロリーを魔力に変換しても、まるで穴の開いたバケツのように、どこかへと抜け落ちていくのだ。


そして、その『穴』の正体が目の前の宝刀であることは、薄々感づいていた。


だが、手放せない。

この剣を封印してしまえば、地獄で焼かれている貂蝉を見捨てることになる。自分の身代わりとなって苦しむ唯一の純愛を、どうして見捨てられようか。


「……わしは、どうすればいいのだ。竜には拒絶され、魔王としての力も失いつつある。こんな中途半端な化け物……」


持子が重い溜息を吐いた時、控えめなノックの音が響いた。


「持子サマ。シャーロットですわ。お茶をお持ちしましたの」


「……入れ」


ワゴンに高級なダージリンティーと焼き菓子を乗せて、シャーロットが恭しく入室してきた。

彼女はテーブルにお茶をセットすると、宝刀を見つめて沈み込んでいる持子の顔を、アメジストの瞳でそっと窺った。


そして、胸の奥で(神様、どうかお許しを!)と十字を切りながら、オーウェンに指示された『毒』を吐き出した。


「……持子サマ。お顔色が優れませんわね。やはり、大禍つ炉での戦闘……いえ、あのお姿を見られたことが、まだ心に引っかかっているのですか?」


ビクッ、と持子の肩が震えた。


「お前……わしを笑いに来たのか」


「滅相もありませんわ! わたくしは、持子サマの『下僕』ですのよ! ご主人様が苦しんでおられるのを、ただ心配しているだけですわ」


シャーロットは、完璧な憂いの表情を作って見せた。


「ただ……わたくし、少し心配なのです。雪社長や、鮎様たちのことが」


「……雪や、鮎が?」


持子は、虚を突かれたように顔を上げた。


「ええ。雪社長は1000年を生きる大陰陽師。鮎様は早大生のインテリでトップモデル。皆様、あまりにも完璧で、立派すぎる方々ですわ。……だからこそ、持子サマのあの過去の罪……『権力に溺れ、醜悪な姿に成り果てた真実』を、本当に心の底から、微塵の嫌悪感もなく受け入れているのかどうか……わたくし、同じ下僕として心配になってしまうのですわ」


「なっ……」


持子の息が止まった。

それは、持子が最も恐れ、必死に見ないようにしていた『疑心暗鬼』そのものだった。


「も、もちろん、皆様は持子サマを愛していらっしゃいます! でも……完璧な方々だからこそ、無意識のうちに『本当は無理をして受け入れている』のではないかと……。もし、持子サマがこれ以上、己の醜い弱さを曝け出してしまったら……いつか、愛想を尽かされてしまうのではないかと……」


シャーロットは、自分の言葉が嘘ではない(自分自身がドン引きした事実がある)ため、下僕の契約の縛りを受けることなく、淀みなくスラスラと言葉を紡いだ。


「……っ!」


持子の脳裏に、作戦室での竜の氷のような視線がフラッシュバックした。


『お前が昔のモッチの皮を被っていようと、中身が血に塗れた醜悪な化け物だということは、分かっている』

『お前は、モッチじゃない』


(そうだ……竜にすら拒絶されたのだ。雪だって、鮎だって……本当は、わしの中身がキモいオッサンだと知って、無理をして合わせてくれているだけかもしれない。これ以上、わしの情けない姿や、魔力をコントロールできないポンコツぶりを見せれば……必ず、呆れられて捨てられる……!)


「シャーロット……お前は……」


「わ、わたくしはただの奴隷ですわ! 出過ぎた真似をいたしました! お忘れくださいませ!」


シャーロットは、持子の顔が絶望的な蒼白に染まるのを見て、自分の言葉が完全に『致命傷』を与えたことを悟り、逃げるように部屋を退出した。


(やりましたわオーウェン司令官! これで勘弁してくださいませぇ!)


一人残された部屋で。

持子は、震える両手で顔を覆った。


「……言えない。雪にも、鮎にも……わしの魔力が枯渇しかけていることも、この剣が手放せないことも……もう、何も相談できない……っ」


嫌われたくない。見捨てられたくない。

孤独を恐れるあまり、持子は自ら心の防壁を高く築き上げ、自分自身を狭い牢獄へと閉じ込めてしまった。


その脆弱な精神の隙間を縫うように、七星宝刀はさらに強欲に、持子の丹田から魔力をドクドクと吸い上げ始めた。


***


それから数日間。

持子の様子は、誰の目から見ても明らかにおかしかった。


食事の際、いつもなら嬉々として巨大なオムライスやラーメンを平らげる持子が、半分も食べずに「……もう腹いっぱいだ」と箸を置く。


雪が「持子、少し顔色が悪いわよ。何かあったの?」と心配して声をかけても、「な、なんでもないぞ! わしは魔王だ、常に健康体である!」と不自然に強がり、そそくさと自室に引き篭もってしまう。


鮎や美羽がスキンシップを図ろうとしても、「わ、わしは今、高尚な思索に耽っておるのだ! 近づくな!」と、わざとらしい魔王の威厳を盾にして遠ざけた。


「……持子様、絶対におかしいですわ」


スノーのラウンジで、第一下僕の本多鮎は、眉間に深いシワを寄せて腕を組んだ。


「同感です。あんなに私たちが近づくのを嫌がるなんて……持子様に限ってありえません。絶対に何か、重大な悩みやストレスを一人で抱え込んでいらっしゃいます」


花園美羽が、七牙の短刀を手で弄びながら、ギリッと歯ぎしりをする。


「大方、あのダンジョンでご自身の過去のお姿を見られたことや、高倉竜とかいう小僧に拒絶されたことが原因でしょうけれど……持子様は、わたくしたちに心配をかけまいと、無理をして強がっていらっしゃるのですわ」


エティエンヌが、憂いを帯びた表情でため息をついた。


「わたくしたちの愛が、まだ持子様の心の底まで届いていない証拠……。ああ、わたくしの母性が、不甲斐なさで張り裂けそうですわ!」


「……ならば、どうしますの? このまま持子様が衰弱されるのを黙って見ているのですか?」


ルージュが、真紅の瞳を細めて問う。


「そんなこと、許されるはずがありませんわ!!」


鮎が、バンッ! とテーブルを強く叩いて立ち上がった。


「わたくしたちは、持子様の『下僕』ですわよ! ご主人様が限界を超えて苦しんでいらっしゃるのなら、わたくしたちが……ありったけの『愛』と『極上の奉仕』で、そのお心とお身体を、強制的にでも癒やし尽くさねばなりませんわ!」


「賛成です! 持子様が思考を放棄してしまうくらい、私たちがドロドロに甘やかして、気持ち良くさせてあげればいいんですぅ♡」


美羽の瞳に、ヤンデレ特有の危険なハイライトが宿る。


「ええ、素晴らしい提案ですわ! わたくしの真祖の魔力と技術を総動員して、持子様を極上の快楽の渦へと沈めて差し上げますわ!」


エティエンヌも立ち上がり、両手を組んで恍惚とした表情を浮かべた。


「アスタルテ! あなたのバフ魔法も必要ですわよ!」


「ひゃんっ!? わ、わたくしは、皆様の足手まといにならないように、頑張ってサポートしますわ……っ!」


かくして。

「ご主人様のストレスを愛で癒やす」という、あまりにも一方的で過激な暴走計画が、下僕たちの間で可決されたのである。


***


「……くっ、また魔力が……。このままでは、明日の撮影で歩くことすら……」


自室のベッドで、持子は七星宝刀を胸に抱きしめながら、浅い呼吸を繰り返していた。


宝刀が魔力を吸い上げる速度は、日に日に増している。己の醜態を隠そうとすればするほど、孤独感が増し、その精神的ストレスがさらなる魔力の流出を引き起こすという完全な悪循環に陥っていた。


『ガチャッ!』


「なっ!?」


突然、自室のドアが乱暴に開け放たれた。

そこに立っていたのは、シルクのネグリジェや、過激なランジェリー姿に身を包んだ、鮎、美羽、エティエンヌ、ルージュ、アスタルテの『下僕フルメンバー』であった。


「お、お前たち!? ノックもせずに何事だ! わしは今、一人で……!」


「問答無用ですわ、持子様!」


鮎が、ズカズカと部屋に踏み込んでくる。


「持子様が一人で悩みを抱え込み、わたくしたちを頼ってくださらないのであれば……わたくしたちから、強制的に『愛(魔力)』を注入させていただくまでですわ!!」


「ちょ、待て! お前ら、目がヤバいぞ! 近づくな、わしは魔王だぞッ!」


持子が慌てて七星宝刀を隠そうとするが、魔力枯渇で力が入らない。


「持子様ぁ♡ 今日は私が、いーっぱい撫でてあげますからねぇ♡」


美羽がベッドにダイブし、持子の背中側に回って、その華奢な肩から首筋にかけて、しなやかな指先でマッサージを始めた。


「ひやぁっ!? ま、待て美羽、そこは変な声が……っ!」


「さあ、持子様。わたくしの胸に顔を埋めて、全てを忘れてくださいませ」


エティエンヌが、185センチの長身と豊満なバストで、持子を正面からすっぽりと抱きしめる。真祖の冷たくも心地よい肌の感触と、極上の薔薇の香りが持子の鼻腔を満たす。


「むぐぅっ!? エ、エティエンヌ、息が……おっぱいが……っ!」


「わたくしは足の方を失礼いたしますわね。……ふふっ、持子様のおみ足、相変わらず大理石のように滑らかで美しいですわ」


ルージュが持子のストッキングを脱がせ、ふくらはぎから太ももにかけて、吸血鬼特有の妖艶な手つきで撫で上げる。


「あ、あのっ! わたくしは、皆様の愛が持子様の奥深くまで届くように……『豊穣の感度倍増バフ』をかけさせていただきますわね……っ!」


アスタルテが、顔を真っ赤にしながら、持子の身体にピンク色の魔法陣を展開した。


「ば、馬鹿者! アスタルテ、余計なバフをかけるな! あぁぁっ、指先が触れただけで、背筋がゾクゾクするぅぅっ!」


持子の黄金の瞳が、快感でトロンと潤み始める。


「持子様。わたくしたちは、持子様の過去がどうであろうと、中身がどのような魂であろうと……今の、この美しく愛おしい持子様の全てを、狂おしいほどに愛しておりますのよ」


鮎が、持子の耳元で甘く、そして狂信的な熱を込めて囁いた。


「だから……もう、何も考えず、わたくしたちの愛の濁流に身を委ねてしまえばよろしいのですわ」


「あ……鮎……お前ら……っ」


持子の心に築かれていた孤独の防壁が、彼女たちの異常なまでの愛撫と、直接注ぎ込まれる高純度な魔力(愛)の波状攻撃によって、ガラガラと崩れ去っていく。


(ダメだ……。わしは、魔王なのに。こんな、女どもの愛撫で、思考が……溶けていく……っ!)


「んんっ……♡ はぁっ……あぁ……っ、そこ、気持ちいいぞ……もっと、もっと撫でろ……っ」


持子の口から、魔王の威厳など微塵もない、甘く淫靡な嬌声が漏れ出した。


身体中に注ぎ込まれる極上の快楽と、仲間からの圧倒的な肯定感。それは、極度のストレスと自己嫌悪に苛まれていた持子にとって、砂漠で見つけたオアシスのような、絶対的な『現実逃避』の甘い毒であった。


「ふふふ……持子様、とっても可愛らしいお顔ですわ。さあ、夜はまだまだ長いですわよ……♡」


「持子様、私のことも、ちゃんと見てくださいね……♡」


下僕たちによる、狂気に満ちた、しかし純度100%の愛の奉仕。

持子は抗うことを完全にやめ、その快楽の沼の底へと、自ら進んで堕ちていった。


***


「……ククク……ハハハハハハハッ!!」


エクリプスの司令室で、モニターを見つめるヴィンセント・オーウェンは、腹を抱えて狂喜の笑い声を上げていた。


モニターのグラフが示すのは、絶望的な矛盾の連鎖だった。

下僕たちが持子に注ぎ込む莫大な『愛の魔力』。それは確かに一時的に持子の肉体を満たすが、持子が快楽に溺れ、思考を放棄(現実逃避)すればするほど、彼女の魂を縛る『七星宝刀』への抵抗力は失われていく。


結果として、注ぎ込まれた魔力は持子を素通りし、凄まじい勢いで宝刀へと、すなわち『地獄の門』へと吸収されていくのだ。


「愚かな、あまりにも愚かな下僕どもめ! 貴様らの過保護な愛が、結果的に魔王の器をただの快楽に溺れる『メス』へと成り下がらせ、我が計画を何十倍も加速させていることにも気づかずに!」


オーウェンは、ワイングラスを高らかに掲げた。


「愛こそが最大の毒。絆こそが最悪の呪い。……さあ、カウントダウンの始まりだ。12月の聖なる夜……クリスマスの光の中で、魔王が完全に魔力を奪われ、ただの無力な少女へと退行するその瞬間を、楽しみに待とうではないか!」


甘い逃避の代償は、あまりにも重い。


スノーの自室で快楽の波に揺られながら、持子の魂の奥底で、かつて天下を統べた暴君の記憶が、宝刀の呪いによって少しずつ、確実に『封印』の深淵へと引きずり込まれていた。


誰一人として気づかぬまま、決定的な破滅へのプロローグは、静かに、そして官能的に奏でられ続けていたのである。


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