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【穢れの奔流と、飛将軍の咆哮】

【穢れの奔流と、飛将軍の咆哮】


圧倒的な質量と死の気配を纏い、第一下僕である本多鮎へと振り下ろされた最強の猛将・呂布の『方天画戟』。


それを真横から弾き飛ばしたのは、漆黒の閃光――米国プロメテウス財団『エクリプス』のエージェントであり、SSSクラスの武神、高倉竜リュウの振るうタクティカル・ハルバード『執行者の黒曜石』であった。


『ガギィィィィィィィィィィンッ!!!』


大禍つ炉の最深部に、鍛え抜かれた神代の亡霊の武と、現代の超常科学が結集した兵装が激突する、甲高く耳を劈くような爆音が鳴り響いた。


ただ武器が衝突したその余波だけで、周囲に立ち込めていた濃密なドス黒い穢れの海が円形に吹き飛び、暴力的な暴風となって合気武道部の面々や下僕たちを打ち据える。


「……ッ!」


鬼神と化した呂布の幻影が、人間離れした膂力で無理やり押し返そうとするが、竜の身体は巨岩のように微動だにしない。


長年の厳しい鍛錬と血の滲むような死線によって鋼のように引き締まった、無駄のない強靭な肉体。

竜は重心を低く沈め、合気武道の理を極めた完璧な体捌きで、呂布の狂気じみた圧力を、ハルバードの柄を通して足元の石畳へと見事に逃がしていた。


『ミシミシィッ!』と、竜が踏みしめる足元の床石が蜘蛛の巣状に砕け割れる。


「な、あなた……!」


間一髪で命を救われ、荒い息を吐く本多鮎が、驚愕に瞳を見開く。

持子に狂信的な愛と絶対の忠誠を誓う「第一下僕」であり、常人離れした狂戦士のような膂力を誇る彼女でさえ、先ほどの呂布の一撃には完全に押し負けていたのだ。


「……邪魔だ。下がっていろ」


竜は、背後の鮎や、その後ろでへたり込みガタガタと震えている幼馴染の持子を一瞥することすらなく、極寒の氷河のように冷徹な声で言い放った。


「ここは、俺が引き受ける」


『オォォォォォォォォォォォォッ!!』


獲物を横槍で邪魔された呂布の亡霊が、怒髪天を衝くような咆哮を上げた。

周囲の大禍つ炉の穢れを強引に吸い込み、限界まで膨張したその三メートル近い巨体から、どす黒い怨念のオーラが立ち昇る。


対する竜の瞳は、一切の感情を排し、静まり返っていた。


「……死人の未練が、これ以上この国を汚すな」


竜が踏み込む。

音すらなかった。


空間を削り取るような神速の踏み込みから放たれた『執行者の黒曜石』の刺突が、呂布の胸ぐらへ向けて一直線に穿たれる。


『フンッ!』


呂布は鼻を鳴らし、方天画戟の柄でそれを乱暴に弾き返そうとする。

だが、竜は矛先が触れる刹那、手首を柔らかく返し、刃の軌道を滑らかに、かつ鋭角に変化させた。合気の『円の理』を、長柄の武器に応用した神業である。


「なっ……」


呂布の剛腕による防御を紙一重ですり抜けた漆黒の刃が、亡霊の巨大な肩口を深く抉り取る。


『ズガァァァァッ!!』


ハルバードに内蔵された対消滅エネルギーが炸裂し、呂布の幻影の一部がジューッという肉を焼くような音を立てて消滅した。


『グゥゥォォォォォォォッ!!』


痛覚すらも穢れで鈍麻しているのか、呂布は怯むことなく即座に反撃に出る。

嵐のような方天画戟の連続突き、薙ぎ払い、振り下ろし。


岩盤を砕き、空間そのものを歪めるその圧倒的な暴力の連撃を、竜は最小限の動きで――まるで激流の中を悠々と泳ぐ魚のように――全て紙一重で躱し、あるいはハルバードの柄で柔らかく受け流していく。


「……す、すげえ……。あれが、持子先輩の幼馴染の……本物の武神の戦い……!」


後方で陣形の指揮を執っていた佐藤陽翔が、絶望的な状況下でありながら、そのあまりにも美しく洗練された武の極致に見惚れて息を呑んだ。


だが、戦況を俯瞰する佐藤の耳に、南原紗良の氷のように冷たく、切羽詰まった声が届く。


「サル! 見惚れている場合ですか! 右翼から、再生した重装歩兵と騎馬兵の群れが来ます! 穢れの濃度が先ほどの三倍に達しています、このままでは陣形が呑み込まれます!」


「くそっ! 千手先輩、森先輩、少しラインを下げて密集陣形に! 阿部、門! 俺が隙を作るから、崩れたところに最大火力をぶち込め!」


佐藤の的確な指示が飛ぶ。


大禍つ炉の真の恐怖。

それは、際限なく流れ込んでくる『穢れの奔流』だった。


地獄の門の隙間から吐き出されるドロドロとした黒い泥のような瘴気は、倒したはずの西涼の騎馬兵や武将たちを次々と蘇らせ、さらに凶悪な化け物へと変異させていく。


「グルルルルッ!!」


巨大な重装騎馬兵が、地響きを立てて合気武道部の防衛ラインに突っ込んでくる。


「させないよっ!」


主将の千手美貴が、見えない入り身で懐に潜り込む。

だが、穢れで質量を増した軍馬の突進力は、彼女の予想を超えていた。


「くぅっ……! 重い……っ!」


完全に流しきれず、千手の身体が後方へズルズルと押し込まれる。


「……動くな、千手」


その背中を、副主将の森盛夫が太い腕でガシッと支え、共に強引な合気で敵の重心を崩して背負い投げる。


「よし、ここからは俺の『嫌がらせ』のターンだぜ!!」


佐藤陽翔は、自身の丹田から持子直伝の『極黒の魔力』を引きずり出した。

彼の両手から、漆黒のドロドロとした無数の『闇の手』が地を這って伸びていく。


「うりゃっ! 足元がお留守だぜ!」


『ヒヒィィィンッ!?』


佐藤の闇の手が、突撃してくる後続の騎馬の足首に絡みつき、強引に引き倒す。

さらに、倒れた騎馬兵の兜の隙間を細い闇の指で突いたり、弓兵の弦を弾いて切ったり、大剣を振りかぶる武将の手首を小石のような魔力弾で撃ち抜いたりと、佐藤は戦場全体を見渡し、ひたすらに『敵が最も嫌がる嫌がらせ』を乱発した。


「今だッ! 阿部、門! 崩れたところにぶち込め!!」


「はいっ! 持子先輩の視界を遮るゴミは、私がお掃除します!」


佐藤の嫌がらせによって敵の陣形がグズグズに崩れたその瞬間、身長180センチのモデル志望、阿部凛花が美しく舞った。


元バレエダンサーの彼女は、極黒の魔力を薄く両腕に纏い、倒れかけた巨漢の武将の腕にそっと手を添える。

川の淀みに同調するように柔らかく回転し、合気の理を乗せて力を「流す」。


『ブチィィィィィィッ!!!』

「ギャアァァァッ!?」


無自覚な恐るべき殺傷力。

魔力と合気が融合した回転の力は、巨漢の武将の太い腕を根元からあっさりと千切り飛ばした。


「……オラァッ!!」


同時に、門蒼真が踏み込む。

佐藤の闇の手に足をとられ、前のめりになった重装歩兵の胸板に対し、門は渾身の力を込めた強烈な掌底を叩き込む。


剛と柔が融合した『円の理』による浸透系の打撃が、分厚い鎧を透過し、敵の内部の霊的コアを完全に粉砕した。


『ドゴォォォォンッ!!』


「……型が崩れるのは美しくありませんが、仕方ありませんね!」


完璧主義者の高橋玲央が『魔力の刀』を振るい、佐藤の援護を受けながら、無駄のない入り身投げで残った敵の首を次々と刎ね飛ばしていく。


佐藤のトリッキーな指揮と嫌がらせ、そして阿部や門たちの絶大な火力が噛み合い、合気武道部のラインは死闘を演じながらも確実に敵の波を食い止めていた。


***


「……皆様、これ以上の瘴気は危険ですわ! わたくしの結界の側に寄って!」


一方、スノーの下僕たちの戦線。

豊穣の女神アスタルテが、サファイアブルーの瞳から極上のバフと回復魔法を展開するが、流れ込む穢れの濃度が彼女の浄化能力を上回り始めていた。


「チッ……! 魔殺しの聖剣の光すら、この泥のような闇に喰われるというのですか!」


五百年の長きにわたりヨーロッパの夜を支配してきた純血の真祖の吸血鬼、エティエンヌ・ド・ロシュフォール=ノクティスが、焦立ちの声を上げる。


身長185センチの絶世の金髪美女へと女体化した彼女の前には、先ほど空間跳躍と聖剣の斬撃で消滅させたはずの猛将・華雄、李傕、郭汜の三人が、莫大な穢れを吸い込んで二回りも巨大化し、復活を果たしていた。


「ヒャハハハ! いい女だなァ! 何度でも嬲ってやるぜェ!」


華雄が下卑た笑いを浮かべ、瘴気を纏った巨大な矛をエティエンヌの脳天へと振り下ろす。


「……下劣な男の相手は、もううんざりですわ」


エティエンヌは真紅のルージュを引いた唇を冷酷に歪めると、自身の足元――深く濃い影を指差した。


「出なさい。わたくしの愛しき半身」


『ズズズズズズッ……!!』


エティエンヌの影が底なしの沼のように広がり、そこから、尋常ならざる死の気配を纏った一体の『騎士』が這い出してきた。


身長二メートルに達する筋骨隆々の美丈夫。その身には、アンドラスの骸と黒狼の呪力が編み込まれた漆黒の甲冑を纏っている。

エティエンヌが創造した「魂の半身」にして絶対守護存在、『影騎士シャドウ・ナイト』である。


影騎士は、無言、無表情のまま、片膝をついて主であるエティエンヌに深々と一礼した。

彼から放たれる圧倒的なカリスマとフェロモンは、戦場にあっても異質なまでの美しさを誇っている。


「さあ、我が騎士よ。あの下品な亡霊たちを、塵ひとつ残さず排除なさい。そして、我が神(持子様)の安寧を護るのです」


『御意』


エティエンヌと思念を共有する影騎士は、言語を介すことなく主の意思を完璧に理解した。

その手には、対象の存在そのものを切断する概念武装『黒剣』が握られている。


「チィッ! なんだそのナメた野郎は! まとめて串刺しにしてやるゥ!」


華雄が激昂し、全霊の力で矛を突き出す。


だが、影騎士は微動だにしない。いや、動いたことすら、誰の目にも見えなかった。

無音。無駄ゼロ。一切の感情も殺意の波動すら生じさせない、完全なる「処刑」の挙動。


『スゥッ……』


影騎士が黒剣を軽く振ったかのように見えた、次の瞬間。


「……ガ、ア……?」


突進してきた華雄の巨体が、鎧ごと、矛ごと、そして『存在の因果』ごと、綺麗に斜めに両断されてズレ落ちた。

血一滴すら流れない。不死の再生すら許さない、「斬られた」という結果だけがそこに残された。


「な、なんだとォ!?」

「バケモノか、テメェは!!」


驚愕した李傕と郭汜が、左右から同時に影騎士へと襲いかかる。

だが、影騎士は足元の影に溶け込む『影同化』の能力で瞬時に姿を消した。


「どこへ消えた!?」


「ここですわよ」


空間跳躍で李傕の背後に回ったエティエンヌが、魔殺しの聖剣を振り下ろす。

それを防ごうとした李傕の足元の影から、影騎士が音もなく飛び出した。


『ドシュゥゥゥッ!!』


黒剣が李傕の霊的コアを背後から正確に貫き、存在を消滅させる。


「クソッ、クソッ!」


郭汜が恐怖に顔を引き攣らせて逃げ出そうとするが、エティエンヌの『極黒・ノクティス・パニッシュメント』と、影騎士の黒剣による十字の挟撃が彼を捉えた。


「ギャアァァァァァァッ!!!」


郭汜は、防御・再生・不死すら無効化する二つの絶対的な刃によって微塵に切り刻まれ、完全なる虚無へと還っていった。


「ふふっ。よくやりましたわ、我が騎士。さあ、持子様のもとへ向かいますわよ!」


***


一方、戦場の喧騒から完全に切り離された敵陣の最後尾。

乱戦の奥深くで、西涼軍の陣形をコントロールしている二人の男がいた。

董卓の最側近であった知将・李儒りじゅと、董卓暗殺の首謀者である王允おういんの亡霊である。


「フン。小賢しい鼠どもが。ならば、重装騎兵部隊を全軍、前線に投入しろ。一網打尽にすり潰してやる」


李儒が冷酷に扇を振り下ろした、その瞬間だった。


『――持子様の敵は、私が全部殺す』


戦場の喧騒を完全に置き去りにしたような、氷のように冷たく、ヤンデレ特有の淀んだ狂気に満ちた声が、李儒の耳元で囁かれた。


「なっ――!?」


李儒が振り向くよりも早く、頭上の暗闇から小柄な少女が音もなく降下してきた。

花園美羽である。


彼女は風間楓から伝授された気配を完全に絶つ歩法「無足」だけでなく、風魔裏隠衆で地獄の忍術修行を積んできた成果を、今ここで惜しみなく解放した。


「手始めに、これでも喰らいなさい!」


美羽の手から放たれたのは、特級呪具の短刀……ではなく、ピンを引き抜かれた数発の『対霊魔術手榴弾』であった。


『ドガァァァァァァァンッッ!!!』


李儒と王允の周囲で、目も眩むような閃光と爆発が連鎖する。吹き飛ぶ護衛の騎馬兵たち。

さらに爆発と同時に、致死性の『魔力猛毒煙幕』が周囲一帯を紫色に染め上げた。


「ゲホッ……!? ゴホッ! な、なんだこれは……ッ! 毒か!?」

「クソッ、目が見えん……!」


混乱し、むせ返る李儒と王允。彼らが騎兵を前線に出して護衛が手薄になった一瞬の隙を、美羽は絶対に見逃さなかった。


紫色の煙幕の中を、まるで重力が存在しないかのように立体的に飛び回る美羽。

彼女の両手には、忍術修行で習得した二丁の『小型魔力サブマシンガン』が握られていた。


『ダダダダダダダダダッ!!』

「ギャアァァァッ!」


銃口から放たれる高圧縮の聖闇魔力弾が、周囲の残存兵たちを次々とハチの巣に変えていく。

戦場を縦横無尽に掻き回し、徹底的にパニックを誘発させる。


「どこだ……! どこにいる、小娘ェッ!」


王允が剣を振り回して絶叫した瞬間、煙幕の背後から、音もなく這い寄る影があった。


「ここですよぉ♡」


美羽は両手の銃を捨て、瞬時に『七牙の短刀』を抜刀。

万物の理である五行と「聖」「闇」の属性を合成した必殺の刃が、閃光となって煌めいた。


七牙連斬しちがれんざん』。


『シュバァァァァッ!!!』


李儒と王允の首が、同時に、そして一切の慈悲もなく掻き切られた。


「ガ……ッ……」


首を失った軍師たちの幻影は、絶望に目を見開いたまま、穢れの海へと崩れ落ちた。


「ふふっ。持子様を脅かすゴミは、私が残らずお掃除してあげますからね」


返り血を浴びながら、美羽は恍惚とした笑みを浮かべてその刃の血を舐めとった。


***


合気武道部の奮闘、エティエンヌと影騎士の圧倒的蹂躙、そして美羽の暗殺により、戦局は大きく動いたかに見えた。

しかし、大禍つ炉の深淵から湧き出る穢れの奔流は、いよいよ限界を突破しようとしていた。


「ハァッ……ハァッ……!」


全身から血を流し、息も絶え絶えになりながらも、本多鮎はデュラハンの大剣を杖代わりにして立ち上がっていた。


高倉竜が呂布の猛攻を引き受けてくれているおかげで命を繋いだが、彼女の肉体はすでに限界を超えていた。


「持子様……。持子様は、わたくしが……護り、ます……わ……」


口から一筋の血を流しながらも、その瞳に宿る狂信的な愛は微塵も揺らいでいない。

だが、当の持子は。


『……見ろ。お前の愛する下僕たちが、お前の過去の罪のせいで傷ついていくぞ』


穢れの海の中央、地獄の門の真ん前で、贅肉にまみれた醜悪な『偽・董卓』が、下卑た笑い声を上げながら持子の脳内に直接語りかけていた。


「ちが、違う……わしのせいでは……」


持子は耳を塞ぎ、ガタガタと震えながらうわ言のように繰り返した。


『違うものか。お前がここへ来なければ、奴らはお前を護るために血を流す必要などなかった。お前という【暴君】が存在する限り、周囲の人間は常に破滅へと導かれるのだ』


「やめろ……やめろぉぉぉっ!!」


持子の黄金の瞳から、ボロボロと絶望の涙がこぼれ落ちる。


彼女の魂の奥底で、前世のトラウマがフラッシュバックしていた。

欲望のままに権力を貪り、忠臣を殺し、民を蹂躙した記憶。

そして最後は、最も信頼していた呂布に裏切られ、首を刎ね落とされたあの絶対的な恐怖と絶望。


しかも、目の前で呂布と死闘を繰り広げているのは、かつて自分を一番理解してくれていたはずの幼馴染、高倉竜。

彼から作戦室で突きつけられた氷のような拒絶。


『モッチは、そんな顔をしない』


(そうだ……竜の言う通りだ。わしは、モッチではない……。わしの中身は、完全なる男で、三国志の時代に天下を恐怖で支配した暴君・魔王なのだ……)


持子は、自身の完璧な白磁の肌を掻き毟りながら、どす黒い自己嫌悪の底へと沈み込んでいく。


(こんな絶世の美少女の皮を被っていても、中身は醜く汚れきった化け物だ。竜がわしを拒絶するのは当然だ。雪も……鮎も、美羽も、いつか必ずわしの本当の醜さに気づき、軽蔑して去っていくのだ……!)


『そうだ。誰も本当のお前など愛してはいない。だから……全て壊してしまえ。お前を拒絶する世界など、この穢れの海に沈めて、俺と共に永遠の地獄で殺し合おうぞ!』


偽・董卓の甘く呪わしい囁きが、持子の魂を完全に漆黒の闇へと引きずり込もうとしていた。


その時だった。


「……よそ見をしている暇があるのか? 亡霊」


極寒の氷河のごとき、研ぎ澄まされた竜の声が、戦場に響き渡った。


『ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!』


凄まじい衝撃波が、ダンジョンの空間そのものを歪ませた。


穢れを無限に吸い込み、鬼神と化した呂布の連撃は、もはや災害と呼ぶべきレベルに達していた。

方天画戟が振り下ろされるたびに岩盤が粉砕され、周囲の空気がプラズマ化して爆ぜる。


しかし、高倉竜はその嵐のような暴力を前にしても、決して退かなかった。

彼は呂布の攻撃の『芯』を見切り、さらにその懐深くへと踏み込んでいったのだ。


『ガァァァァァァッ!!』


呂布が、全霊の魔力と怨念を込めた必殺の薙ぎ払いを放つ。回避は不可能。

だが、竜は迎撃しなかった。


彼は静かに目を閉じ、自身の呼吸を極限まで深く沈めた。


「――『至高の純潔しこうのじゅんけつ』」


竜の口から、祈りのような絶対的な宣告が紡がれた。


その瞬間、竜の身体から、これまで抑え込まれていた『武の極致』とも呼べる、澄み切った無色のオーラが爆発的に膨れ上がった。

魔力でも霊力でもない、人間の肉体と精神の限界を超越した『技術と意思』の結晶。


竜は、迫り来る呂布の方天画戟の側面に、『執行者の黒曜石』の刃を、羽毛が触れるかのような柔らかさでそっと添えた。


刹那。

呂布の放った災害級の破壊エネルギーが、竜のハルバードを伝い、竜の身体を通り抜け――そのまま、完璧な『円の軌道』を描いて、呂布自身へと逆流した。


「なっ……!?」


呂布の幻影が、初めて恐怖に目を見開いた。

自らの全力が、百倍にも千倍にも増幅されて己に返ってくる。


「――還れ。地獄の底へ」


『ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!』


竜の静かな宣告と共に、逆流したエネルギーが呂布の巨体を内側から木端微塵に吹き飛ばした。


悲鳴を上げる間もなかった。

三国志において無双を誇った最強の猛将の亡霊は、一瞬にして光の塵となり、穢れの海へと完全に霧散していった。


「……呂布が、やられた……!?」


残された西涼の騎馬兵たちの動きが、一瞬だけピタリと止まる。


荒れ狂う暴風の中心で、高倉竜は静かにハルバードを下ろし、短く息を吐いた。

その顔には僅かな疲労の色が見えたが、その背中は、どんな強大な悪魔よりも圧倒的に大きく、頼もしかった。


「……りゅう……」


へたり込んでいた持子は、その奇跡のような光景を、ただ呆然と見上げていた。

かつて自分の首を刎ね落とし、永遠のトラウマを植え付けた最強の死神・呂布が、自分の幼馴染の手によって消し飛ばされたのだ。


「……おい。いつまでそこで泣いている」


竜が、ゆっくりと振り返り、持子を見下ろした。


その瞳は、作戦室の時のような氷のような拒絶ではなかった。だが、優しさがあるわけでもない。

ただ、ひどく厳しく、真っ直ぐな視線だった。


「お前が何者だろうと、過去にどれだけの罪を背負っていようと……今、お前を護るために、あいつらが死にかけているぞ」


竜の視線の先。

そこには、限界を超えて魔力を振り絞り、血と汗に塗れながらも、西涼の軍勢から必死に陣形を維持している合気武道部の面々がいた。


佐藤が懸命に闇の手で援護し、千手や森が壁となり、阿部や門が敵を打ち倒している。

美羽が傷だらけになりながらも敵の奥深くから帰還し、エティエンヌと影騎士がルージュやアスタルテを護りながら死闘を繰り広げている。


そして、ボロボロになりながらも、持子に敵を近づけまいと大剣を振るう鮎がいた。


「あ……」


持子の胸の奥で、何かが熱く弾けた。

偽・董卓の呪いによって縛り付けられていた視界が、一気に開けていく。


(そうだ……。あいつらは、わしが化け物だと知っていても、わしの側にいてくれているのだ……)


鮎は、自分が中身がオッサンであることなどとうに知っている。それでも、狂信的な愛を捧げてくれている。

美羽は、「持子様だけの完全な所有物」として、重い執着を向けてくれている。

合気武道部のひよっこ共も、命を懸けて一緒に戦ってくれている。

エティエンヌは、自らを女にしてまで、絶対の愛でわしを包んでくれている。


(竜は、わしを拒絶したかもしれない。……だが、わしには、今のわしを愛し、信じてくれる仲間がいる。家族と呼べる下僕がいる……!)


『何を迷う! お前は俺だ! 誰も信じるな! 全て壊せぇぇっ!』


偽・董卓が焦ったように叫び、再び持子の精神を泥で覆い隠そうとする。


「……黙れ」


持子の口から、低く、しかし確かな力強さを持った声が漏れた。

彼女は、震える両足に力を込め、ゆっくりと、だが力強く立ち上がった。


「わしは董卓だ。血に塗れた、醜悪で最悪な暴君だ。……その過去は、決して消えん」


持子は、黄金の瞳を鋭く見開き、地獄の門の前に立つ醜悪な巨大な肉塊――偽・董卓を真っ直ぐに睨み据えた。


「だがな! 今のわしは、芸能事務所『スノー』に所属するトップモデルにして! 愛する仲間と下僕たちを統べる『真の王』なのだ!!」


『ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!』


持子の全身から、これまでとは比較にならないほど巨大で、圧倒的な『極黒の魔力』が爆発的に噴出した。

それは、周囲に漂う大禍つ炉の穢れすらも強制的に従え、飲み込み、自身の力や美貌に変換する、文字通りの『覇王の力』であった。


「わしを護るために血を流す仲間たちを、これ以上傷つけることは許さん! わしの愛する者たちを脅かす過去のカルマなど……わし自身の手で、完膚なきまでに蹂躙してくれるわ!!」


絶世の美少女の皮を被った、極黒の魔王の完全なる復活。

その圧倒的な覇気を前に、偽・董卓の幻影が、初めて恐怖に顔を引き攣らせて後ずさった。


そして、持子の背後で限界を迎えていた鮎や美羽、合気武道部や下僕たちの顔に、パァッと希望の光が宿る。


「……フッ。少しはマシなツラになったじゃねえか」


高倉竜は、背中で持子の魔力の爆発を感じながら、口角をわずかに上げて微笑んだ。

しかし、その笑みはすぐに冷徹なエージェントのものへと戻る。


「行くぞ、魔王。ここからが本番だ」


地獄の門が、さらに大きく鳴動する。

最大のトラウマを乗り越え、己の罪と向き合った魔王と、その絶対の守護者たる仲間たち。


大禍つ炉の深淵における最終決戦が、今、真の幕を開けた。


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