【極黒の魔王と、感覚で覚えるモデル道】
【極黒の魔王と、感覚で覚えるモデル道】
持子のモデルレッスンは、控えめに言って「感覚的」すぎた。
「そこはもっとグワァーッと歩いて、ターンでバァーン! だ! 分かるか凛花!」
「はいっ、持子先輩! グワァーッて来て、バァーン! ですね!」
論理的思考を放棄した擬音語だけの指導。
しかし、身長180センチの元バレエダンサーである阿部凛花は、持子への強烈な憧れと愛、そしてダンジョンで培った『念話』の繋がりによって、その抽象的なイメージを完璧に受信していた。
「ふむ、違うな。骨盤の入りが甘い」
持子が凛花の背後に回り、そのしなやかな腰骨や肩甲骨に直接ペタペタと触れて矯正していく。
「ひゃんっ♡ も、持子先輩の手……っ、そこ、ダメですぅ……はぁんっ♡」
持子に触られるたび、凛花の口から甘くエッチな声が漏れ出す。
「いちいち興奮するな! 馬鹿者!」
持子は顔を真っ赤にして凛花の背中をパシッと叩いた。
「こっちが恥ずかしくなるだろうが! なにかわしが、なまら悪いことをしている気分になるではないか!」
「えへへ……持子先輩になら、どんな悪いことされてもいいですよぉ……♡」
「ええい、真面目にやれ!」
持子は呆れながらも、凛花の骨格の美しさと吸収力には舌を巻いていた。
持子のオーラを間近で浴び続けた凛花は、ただの「明るい努力家」から、圧倒的な存在感を放つ本物のモデルへと見事に『化け』ようとしていたのだ。
一方で、高橋玲央は持子のレッスンで完全に壁にぶち当たっていた。
「『バァーン!』では分かりません! 重心の角度と歩幅を、もっと論理的に、教科書通りに説明してください!」
完璧主義の玲央にとって、持子の擬音レッスンは相性が最悪だったのだ。
玲央は顔も身体も美しく非の打ち所がないが、その生真面目さゆえに、モデル特有の「崩し」や「抜け感」を表現するのが難しかった。
結局、玲央はイギリスのトップモデルであるシャーロットから教えを乞うことになった。
「レオサン、ココノ角度ハ、もう少しリラックス、デスワ」
「なるほど。……Charlotte, should I drop my shoulders a bit more like this?(シャーロット、もう少し肩を落とした方がいいですか?)」
「Yes! Perfect!(ええ! 完璧ですわ!)」
玲央は英語が少し話せるため、シャーロットとのコミュニケーションは非常にスムーズだった。
英語の勉強も兼ねたその論理的なレッスンで、玲央は着実にポージングの基礎を固めていった。
役者やタレント業のレッスンでは、鮎が圧倒的な手腕を発揮していた。
「……鮎先輩の教え方は、本当に分かりやすいです」
レッスン後、タオルで汗を拭きながら玲央が感嘆の息を漏らした。
「ええ。感情の乗せ方から間の取り方まで、すべてが言語化されていて完璧です。近日公開される鮎先輩の主演映画、一足先に事務所の試写で玲央さんと一緒に拝見しました」
南原紗良も、眼鏡を押し上げながら熱を込めて語る。玲央も大きく頷き、目を輝かせた。
「はい! 普段タレント業で大活躍されていて、テレビで見ない日はない鮎先輩ですが……スクリーンでのあの鬼気迫る演技には本当に圧倒されました。劇場での公開が今から待ちきれません! だからこそ、演技に関してもこれほど詳しく、プロフェッショナルに教えられるのですね!」
後輩たちからの熱烈な賛辞に、鮎はふふっと先輩らしく上品に微笑んだ。
「ありがとう、二人とも。あの映画は私にとっても大きな挑戦だったから、一般公開前にそう言ってもらえると嬉しいわ。タレントとしての見せ方も、役者としての表現も、根本的な部分は繋がっているのよ。……さぁ、映画の詳しい感想はまた後でゆっくり聞かせてもらうとして。おしゃべりはここまで。レッスンを続けるわよ!」
***
数週間後。
スノーの徹底的なバックアップと、過酷なレッスンの成果は、早くも目に見える『結果』となって表れた。
「凛花! 凄いぞ! 大手ファッション雑誌の専属モデルオーディション、見事に合格だ!」
社長室で雪から報告を受けた凛花は、「きゃあああっ!」と歓喜の悲鳴を上げ、隣にいた持子にギュッと抱きついた。
「やりました! やりましたよ持子先輩っ! 私、持子先輩の背中に一歩近づけました!」
「うむ! よくやったな凛花! 貴様の努力の賜物だぞ!」
持子に撫でられ、凛花は恍惚とした表情を浮かべる。
元バレエダンサーとしての挫折を乗り越えた彼女は、ここから大躍進を遂げることとなる。
「玲央さんも、テレビドラマのレギュラー出演が決まったわ。かなり良い役柄よ」
「ありがとうございます! 私の完璧な型が評価されたのですね!」
元々「次期エース」と期待されていた玲央も、順当に素晴らしい役を勝ち取っていた。
「そして紗良さん。あなたにも、深夜ドラマのゲスト出演が決まったわ。少しの出番(ちょい役)だけど、大事な一歩よ」
「……ありがとうございます。雪社長」
子役出身でありながら、最近はいまいちブレイクしきれず役を貰えていなかった紗良にとって、このちょい役は喉から手が出るほど欲しかったチャンスだった。
(これをきっかけにして、絶対に這い上がってみせます……!)
紗良の瞳の奥で、冷たくも激しい野心の炎が燃え上がる。
(……ふふっ。あの忌まわしいおっぱい事件で鼻の下を伸ばしていた、あのスケベザル(佐藤くん)を完全に見返すためにも……私が大女優になって、あいつを一生私のマネージャーとしてこき使ってやるんですから……!)
あの屈辱的な事件の記憶をガソリンに変え、紗良はヤンデレ気味な重い愛情と強烈な対抗心を胸に、静かに、そして力強く台本を握りしめたのであった。




