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覚醒の代償と、魔王の采配

【合気武道部6】


「さあさあ! どんどん行きますわよ!」

「次はそこのお調子者の殿方、佐藤君ですわね!」


エティエンヌとアスタルテが、ニコニコと極上の笑みを浮かべながら、今度は二足歩行の醜悪な魔物をポイッと佐藤陽翔の目の前に放り投げた。


「ひえっ!? お、俺の番っすか!」


陽翔は慌てて後ろに跳び退きながら、構えをとった。


(……俺は不器用で、合気武道の技もみんなみたいに上手くできない。でも……!)


陽翔は両手にグッと力を込め、自身の丹田の奥にある『魔力』を引きずり出した。

これまでは、手のひらサイズの小さな「闇の手」しか出せなかった。しかし今の彼には、確かな変化が起きていた。


ボワァッ……!


陽翔の右手に、二回りほど大きくなった、漆黒の魔力の塊が凝縮された。持子のように自由に「闇の手」として伸ばし操ることはまだできないが、代わりにその闇を硬い『塊』にしたのだ。


「俺って……昔、野球のピッチャーだったんだよね!!」


陽翔は、ワインドアップの美しいフォームから、右手の『闇のボール』を魔物の顔面めがけて全力で投げ放った。


ズドォォォォォンッ!!


「ギェアッ!?」


剛速球の闇のボールが魔物の顔面に直撃した瞬間、凄まじい威力の爆発が起き、魔物の頭部が丸ごと消し飛んだ。

首なしの巨体がドサリと倒れ込み、消滅した直後、カラン……と綺麗な魔石が床に転がった。


「「「ええええええっ!?」」」

「すっげえ威力……! 持子先輩からもらった魔力、ヤバすぎだろ!」


陽翔自身が一番驚き、自分の右手をまじまじと見つめている。


「よし、次は私ですね!」


異常な身体の柔らかさを持つ阿部凛花が一歩前に出た。


「ギルルルルッ!!」


別の悪魔が、鋭い爪を振りかざして凛花に襲いかかる。

凛花は陽翔のように魔力を投げることはできないが、極黒の魔力を薄く自身の身体に纏わせることに成功していた。


(合気武道は、円の動きで相手の力を受け流す……!)


凛花は、襲い来る悪魔の腕にそっと両手を添え、流れに逆らわずに回転しようとした。――その瞬間である。


ブチィィィィッ!!


「ギャァァァァッ!?」


凛花が手を添え、少し力を受け流そうとしただけで、魔力で異常強化された身体能力と合気の理が合わさり、悪魔の太い腕が根元からあっさりと千切れ飛んでしまったのだ。


「えっ!?」


凛花自身が驚きながらも、身体は反復練習の通りに動き続ける。千切れた反動で体勢を崩した悪魔に対し、流れるように切り返しの手を悪魔の喉元へ添えた。


ボンッ!!


今度は、悪魔の首から上がトマトのように弾け飛び、完全に消滅してしまった。

ゆっくりと悪魔の身体が消え、大きめの魔石がボロッと落ちる。


「……私の、手……魔力、ヤバすぎます……」


凛花は、悪魔の血すら付いていない自分の両手を見て戦慄した。

続く高橋玲央と南原紗良も、魔力を身に纏い、完璧な入り身投げや的確な当身で悪魔や魔物を難なく瞬殺していった。


「……なるほど。一年生たちの魔力、凄まじいな」


副主将の森盛夫が、腕を組んで静かに頷く。


「でもさ」と、主将の千手美貴が首を傾げた。「逆を言えば、さっきまで魔力を全く使わずに、純粋な身体能力と技術だけで悪魔をノーダメージで投げ殺した私たちって……」

「ふはははは! 全くその通りだ!」


持子が腕を組んで、意気揚々と声を上げた。


「魔力に頼らず、純粋な肉体と技術のみで魔物を屠るとは! 千手、森、そして門! 貴様らの身体能力と戦闘センス、控えめに言ってなまら凄まじいぞ!」

「ええ、本当に」


花園美羽も、感心したように深く頷いた。


「魔力ゼロで悪魔の首を折るなんて、正直、悪魔よりあなたたちの方がよっぽど怪物バケモノですよ。本当に人間ですか?」

「えっ……そ、そうかな?」


絶賛され、千手は「えへへ……」と照れくさそうに頬を掻き、森や門も「恐縮です」と居心地が悪そうに少しだけ顔を赤らめた。


その後、一年の魔力を見て千手、森、門の三人も魔力を纏ってみると、浅い階層の魔物など、もはや彼らにとっては止まって見えるスライム同然となり、簡単に蹴散らすことができた。


「ふははは! 素晴らしいぞ貴様ら!」


持子が高笑いを上げる。


「特に佐藤! 貴様の魔力の使い方が一番器用だぞ! 遠距離から一方的に敵の頭を吹き飛ばせるなど、最高の砲台ではないか! よくやった!」


持子に頭をガシガシと撫で回され、陽翔は「えへへへっ! もっと褒めてください持子先輩!」と鼻の下を限界まで伸ばしてデレデレになっていた。


「はーい、皆さん! ストップでーす!」


周囲の魔物を粗方片付けたところで、美羽がパンッと手を叩いた。


「魔物の痕跡からの発見の仕方など、まだまだ教えることは山のようにありますが、今日のチュートリアルはこれでおしまいです!」

「うむ。皆、よく頑張ったな。わしもなまら満足だぞ!」


持子も大きく頷き、部員たちの健闘を称えた。

笑顔で魔石を拾い集める合気武道部の面々を見つめながら、美羽は少しだけ離れた場所で、静かに彼らを観察していた。


(……純粋な『魔力量』だけなら、あの子たち全員、私よりもずっと上ですね)


カルトシンガーであり暗殺者である美羽は、自身の魔力総量が少ないからこそ、技術と暗殺術を極めてきた。


(持子様の極黒の魔力に適応したあの子たちは、間違いなく怪物級のポテンシャルを秘めています。……だからこそ、私は負けられない。戦闘時の魔力以外の技、索敵、隠密、そして裏社会で生き抜くための狡猾な知識を、もっともっと鍛え上げないと……いつか、持子様の隣の『特等席』を、奪われてしまいますから……!)


美羽の愛らしい瞳の奥に、ほんの少しの焦りと、決して誰にも負けないという強烈な執着(ヤンデレの嫉妬)の炎がチラリと揺れた。

一方、その後方では。


「ふふっ……持子様の魔力を分け与えられた子供たち、とても愛らしいですわね」

「ええ。なかなかに逞しい魂をお持ちですわ」


エティエンヌとアスタルテの二人が、慈愛に満ちた優しい眼差しで合気武道部の面々を見守っていた。

彼女たちの心にあるのは、美羽のような嫉妬ではない。『持子様が愛しているものは、わたくしたちも愛する』――それこそが、彼女たちの果てしなくスケールの大きな愛情であった。


「さあ! みんなで魔石を換金しますよぉっ!」


美羽が指を一本立てて、裏社会の経済システムをレクチャーし始める。


「魔石の換金は、ここを管理しているTIAが窓口になって行います。その際、換金総額の『一割』が、東京ダンジョンの維持・運営費として引かれます。まあ、税金みたいなものですね」

「なるほど。ショバ代ですか」

「そして、残りの九割の売上は一旦『株式会社スノー』の口座に入ります。そこからさらに国への税金や事務所の手数料が引かれて、最終的に皆さんの口座に『給料』として振り込まれるんです」

「給料……? でも俺たち、一般科のただの高校生っすよ?」


陽翔が首を傾げる。


「ふはは! だからこそ、形式上の役職が必要なのだ!」


持子がビシッと扇子を突きつけた。


「芸能事務所であるスノーの『所属タレント』として、芸能科の阿部、高橋、南原には給料を出す! そして、一般科の千手、森、門、佐藤! 貴様ら四人は、今日からスノーの『雑用係』兼『臨時マネージャー』として採用する! うちのモデルやタレントの付き人という名目で、堂々と給料を払ってやるわ!」

「おおーっ! 俺、芸能人のマネージャーっすか!」


陽翔が目を輝かせる。


「よし、では今ここで、誰が誰の付き人をやるか担当を決めてやるぞ!」


持子は、腕を組んで部員たちを値踏みするように見渡した。


「まず、高橋! お前のマネージャーは、門だ!」

「あ……は、はい。門くん、よろしくね……」


玲央は顔を背けながらも、その頬を僅かに赤らめていた。(……やった。実は門くんのストイックなところ、すごく気に入ってたんだよね……!)内心の喜びを必死に隠している。


「次! 南原の担当は、佐藤だ!」

「……持子先輩の決定なら、従います」


紗良は冷たい声で答えながらも、その眼鏡の奥の瞳は、陽翔を見つめて熱い光を放っていた。(……持子先輩、完璧です。これで堂々と佐藤くんと……ふふっ♡)完全に惚れ込んでいる南原である。


「よし! 次に阿部だが……お前の担当は、千手だ!」

「主将が私のマネージャーですか?」

「うむ! 凛花はモデル志望で、現場は女だらけになるからな。そこに森のような無骨な男を放り込んでは、森が萎縮して可哀想であろう。同性の千手なら全く問題なかろう!」

「なるほど! 確かにそうですね。千手先輩、よろしくお願いします!」

「そして最後! 美羽のマネージャーは、森だ!」

「……はぁっ!?」


美羽が、心底嫌そうな声を出した。


「なんで私がこんな無口な筋肉の付き人をさせられなきゃいけないんですか!?」

「……俺だって、キャーキャー騒がしいシンガーの付き人なんて御免被る」


森も、やれやれとため息をついてそっぽを向いた。


「ふははは! 良い良い!」


持子はウンウンと頷きながら、一人で深く納得していた。


(千手と森は、こっそり付き合っている恋人同士だからな! もし森が他の女子の担当になれば、千手がヤキモチを妬くやもしれん。だが、互いに全く好みのタイプではない美羽と森の組み合わせなら、千手も安心して見ていられるという完璧な采配よ!)


極黒の魔王にしては珍しく、他人の恋愛事情に配慮した細やかな気配りであった。

当の千手も、持子の意図に気づいたのか、森とチラリと視線を合わせて小さく笑い合っている。


「さあ! 担当も決まったことだし、事務所に帰って美味い飯を食いに行くのだ!」


持子の号令に、部員たちが一斉に歓声を上げる。


魔王とその仲間たちは、新たな「仕事」と絆を胸に、賑やかに地上へと続くゲートを目指して歩き出したのであった。


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