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覚醒者たちの初戦

【合気武道部5】


放課後。

合気武道部の一同は、東京・高田馬場にある古びた雑居ビルの前に立っていた。


「……ここが、現在東京最強の武闘派ギルド『TIA(高田馬場囲碁愛好会)』の本部……ですか?」


プライドが高く努力家の高橋玲央が、信じられないという顔でボロボロの看板を見上げる。


「見た目に騙されるな。中は完全な要塞だぞ」


絶世の美貌を持つ極黒の魔王・恋問持子が、先陣を切ってビルの地下へと続く重厚な扉を開け放った。


『ウィィィン……』


扉の奥に広がっていたのは、外観からは想像もつかない、無数のモニターと巨大なサーバー群が並ぶ、まるでSF映画のようなサイバーパンクな指令室だった。


「おおっ! 持子きゅん! よく来てくれたぞい! 今日もなまら美しいのう、デュフフフ!」


指令室の奥から、エロ本を片手に鼻の下を伸ばした白髭の小柄な老人が、すっ飛んできた。TIAの代表であり、かつて『日本五大化け物霊能者』と呼ばれた風間助平である。


「ふははは! 久しぶりだな助平! わしの可愛いひよっこ共を連れてきてやったぞ!」

「……持子先輩。あの、あのお方が日本の裏社会のトップ……なんですか?」


南原紗良が、冷静な毒舌を忘れてドン引きしている。


「うむ。わしの限界オタクにして、義理の祖父にあたる男だ。なにせ、わしにタラシ文句を連発してきた次期トップの風間洋助は、このジジイの孫だからな!」


(※現在、風間洋助と婚約者の葉室桐子は新婚旅行中につき不在である)


日本の裏社会のトップと、世界的なトップモデルが、エロ本を片手に下品な雑談と猥談で大盛り上がりしている。合気武道部の面々はその圧倒的なカオス空間に、開いた口が塞がらなかった。


「……代表、みっともない真似はお控えください。新人の恐怖心が別の意味で限界を突破しています」


カチャカチャとキーボードを叩きながら、銀縁メガネの官僚系イケメン・霞涼介が冷ややかな声で窘めた。彼は分刻みのエクセルデータで部員たちの実地試験の結果を完璧に処理している。


「霞の言う通りです。化け物の力を封じるはずのTIAが、これではただの変態の集まりに見えます」


霞の隣から、氷のように冷徹な声が響いた。

漆黒の長髪を揺らし、特務エージェントの黒い制服に身を包んだ美少女――風間楓である。


「ひっ……!」


お調子者の佐藤陽翔をはじめ、合気武道部の一年生たちが一斉に息を呑んだ。

一度だけ向けられた、あのすべてを断ち斬るような『修羅の殺気』の記憶が蘇ったのだ。


楓は冷たい目で一年生たちを見渡し、淡々と告げた。


「簡単な体力測定と魔力測定は終わりました。全員、東京ダンジョンに入るための肉体的・魔力的な基準値は完全にクリアしています。一般人にしては、すごいですね。驚きました」


言葉とは裏腹に全く驚いていない無表情で、楓はデスクの上に分厚い書類の束をドンッと置いた。


「では、東京ダンジョンに入るための『同意書』、TIAの『機密情報保持契約』、そして『情報漏洩しないことの誓約書』にサインしてください。もし漏洩した場合、あなたたちの命の保証は一切しません」


「「「…………っ!!」」」


とんでもない緊張感が部屋を支配し、部員たちは震える手でペンを握り、次々とサインを済ませていく。


「ご苦労様でした」


書類を回収した楓は、身分証とダンジョンのゲートキーが一体となった黒いカードを、部員たちに一枚ずつ配っていった。


「最後、持子先輩」

「おお、わしの分もあるのか! 大儀である!」


持子がドヤ顔でカードを受け取ろうとした瞬間。


「今度からはこのキーを使って、正規のゲートから入ってください。勝手に結界を抜けて入っては、もうダメですよ」


楓がジト目で釘を刺す。


「ふはは! わかっておるぞ、楓!」


『ガシッ!』


「……え?」


次の瞬間、楓の白く細い手が、持子の襟首を万力のような力で掴み上げた。


「――『楓ちゃん』でしょう。もう忘れたんですか?」


氷点下の瞳が、至近距離から魔王を射抜く。


「ひぃっ!? あ、あああ! わかっておるぞ『楓ちゃん』! なまら可愛い後輩の言う通りにするぞ!」


持子が必死に頷くと、楓はパッと手を離し、完璧な作り笑いを浮かべて優雅にお辞儀をした。


「よろしい。では、いってらっしゃいませ」


「「「(……この組織で一番ヤバいのは、間違いなくあの人だ)」」」


極黒の魔王さえも秒速で屈服させる特級エージェントの姿に、部員全員が心の中で震え上がった。



***



TIAの専用エレベーターを下り、一行はいよいよ『東京ダンジョン』の浅層へと足を踏み入れた。


今回の引率メンバーは、持子に加え、暗殺者の花園美羽、フランス裏社会の王(女体化)エティエンヌ、豊穣の女神アスタルテという、スノーが誇る規格外の面々である。


「うわぁ……本当に、東京の地下にこんな空間が……」


阿部凛花が、広大な洞窟のように広がるダンジョンを見回して驚嘆の声を上げた。

浅層と呼ばれるこのエリアには、すでに多くの民間クランの戦闘員や、魔石を狙う賞金稼ぎたちがひしめき合い、ゴブリンや低級の悪魔を相手に血みどろの戦闘を繰り広げていた。

剣戟の音、魔法の爆発音、そして魔物の断末魔が絶え間なく響き渡る。


「……ふふっ。みなさん、初めて本物の悪魔や魔物を見たというのに、随分と落ち着いていますわね。怖くないんですの?」


金髪の絶世の美女、エティエンヌが優雅に微笑みながら尋ねた。


「怖いですけど……」


高橋玲央が、眼鏡をクイッと押し上げて答える。


「以前、風間楓さんに向けられたあの『殺気』に比べれば、低級悪魔の咆哮なんて子犬の遠吠えみたいに感じますから。平気です」


「あら、それは素晴らしい良い経験をしましたわね」


エティエンヌは、女子高生たちの予想外に肝の座った態度に深く感心した。


「さーて、それじゃあ体験だけと思っていましたが、ここで実地チュートリアルを始めますよぉっ!」


あざといアイドルスマイルを浮かべた美羽が、パンッと手を叩いた。


「エティエンヌさん、アスタルテちゃん! 手伝ってください!」

「ええ、任せてくださいな」

「我が神(持子様)のひよっこ達のためなら、このアスタルテ、粉骨砕身いたしますわ!」


ズバァァァァッ!!

ドゴォォォンッ!!


三人の規格外の下僕たちが一瞬で前線へと飛び出し、わずか数秒後。


「ギィィィィッ……!」


ボロボロにされ、手足を封じられて半殺し状態になった人間大の悪魔が、ズサザーッと部員たちの目の前に放り投げられた。


「よし! まずは主将の千手! 貴様がその悪魔を倒せ!」


持子が腕を組んで、無茶振りを放つ。


「えっ!? 私!?」

「うむ! 人型だから、合気武道が通じるはずだ! 大丈夫、いけるいける!」

「いけるわけないでしょぉぉっ!?」


千手が抗議するのも聞かず、持子は半殺しの悪魔の背中を蹴り飛ばし、無理やり千手の方へと押し付けた。


「ギャルルルルッ!!」


追い詰められた悪魔が、死に物狂いで鋭い爪を振り上げ、千手の喉元へと襲いかかる。


(……速い!)


千手の一瞬の遅れ。

しかし、その隙を埋めるように、長身の影がスッと千手の前に割り込んだ。


『ガキィッ!!』


「……っ!」


副主将の森盛夫が、鍛え抜かれた両腕で『十字受け』の型を作り、悪魔の凶悪な爪の一撃を完璧に受け止めたのだ。


「森くん!」

「今だ、千手!!」


森の寡黙な声に呼応し、千手美貴の身体がバネのように弾けた。

森が受け止めて悪魔の重心が浮いたその一瞬の『虚』を突き、千手は最速のスピードで悪魔の懐へと潜り込む。


「せいやぁぁぁっ!!」


合気武道・裏落とし。

千手の小さな身体から放たれた円の理が、悪魔の巨体を宙に舞わせ、脳天から石の床へと激突させた。


メキョォォォッ!!


「グゲェェッ……!」


悪魔は痙攣し、そのまま半分黒い霧となり半分肉体が残り倒れた。


「ふははは! 見事な連携だ! 人型の悪魔なら合気で殺せるであろう!」


持子が手を叩いて絶賛する。


「いや、死ぬかと思ったよ!」


千手が肩で息をしながらも、森と拳を突き合わせて笑い合った。


「はい、皆さん集まってくださーい!」


美羽が、悪魔が消滅した後に残った黒い結晶体のようなものを拾い上げた。


「悪魔や魔物が死んでも、こうやって身体の一部が残ったり、こういう『魔石』をドロップすることがあります。取り出す時は短刀で切り裂くのでちょっとだけグロいですが、裏の世界で生きるなら絶対に覚えて下さいね」


美羽は手際よく、呪具の短刀を操って魔石を綺麗に磨き上げる。


「見てください、良い大きさで質も最高です。これ一個で、裏の市場なら最低でも100万円は下りませんよぉ♡」


「「「ひゃ、100万円!!??」」」


部員たちの目の色が一瞬で変わった。


「それに、魔石だけじゃなくて、悪魔の『死体そのもの』を持って帰れたら、素材として高額で売れることもあります! ただ、悪魔の種類によって相場は激しく変動するので、TIAが提供している『極秘の買取情報サイト』をちゃんとスマホでチェックしてくださいね。苦労して解体して持って帰っても、二束三文でお金にならないこともありますから」


美羽はアイドルスマイルのまま、極めて生々しくリアルな裏社会の金銭事情をレクチャーし、部員たち全員にプロ用の『解体用ナイフ』を配り始めた。


「……なるほど。需要と供給のバランスを見極め、費用対効果の高い獲物を狩る。完全にビジネスですね」


紗良がナイフの刃先を確認しながら、冷静に頷く。


その時。


「皆様、お話しの途中ですが、今度は新しい魔物を捕まえてきましたわ!」

「今度は少し骨がありますわよ!」


エティエンヌとアスタルテが、今度は二メートル近い巨体を持つ、牛の頭をした魔物(ミノタウロスのような化け物)をポイッと投げ落とした。


「ブモォォォォォッ!!」

「な、なんだアイツ! 人型だけどデカすぎるっす!」


陽翔が尻餅をつく。


「さあ、今度は1人で倒してみて下さいな! ……身体の大きな、そこの門君。行ってみましょうか!」


エティエンヌが、無口で真面目な門蒼真を指名した。


「……俺か」


門はゴクリと唾を飲み込み、構えをとった。


巨漢の魔物が、地響きを立てて突進してくる。門は持ち前のパワーで正面から受け止めようとするが、魔物の圧倒的な膂力に弾き飛ばされ、壁に激突した。


「ぐはっ……!」

「蒼真!」

「大丈夫ですわ! わたくしにお任せを!」


すかさず、豊穣の女神アスタルテが美しいサファイアブルーの瞳を輝かせ、両手を掲げた。


「我が神(持子様)の愛しき教え子よ! 豊穣の光に癒やされなさい!」


ポワァァァァッ……!


アスタルテから放たれた極上のバフ(回復魔法)が門を包み込むと、彼の身体の傷は一瞬で塞がり、さらに筋力とスタミナが倍増した。


「おおっ……力が、無限に湧いてくる……!」


門は再び立ち上がり、今度は力任せではなく、持子に教わった『合気の理』を使って魔物の突進を受け流し、巨体の足を払って見事に投げ倒した。


ズスゥゥゥンッ!!


「ふはははは! 素晴らしいぞ蒼真! お前も立派な魔物ハンターの第一歩を踏み出したな!」


持子が高笑いを響かせ、部員たちも興奮と歓喜の声を上げる。


魑魅魍魎が跋扈する東京ダンジョン。

合気武道部の面々は、魔王とその規格外の下僕たちという最強のセーフティネットに守られながら、この狂った裏世界での『狩り』の極意を、着実に、そして逞しく学んでいくのであった。


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