嵐の前の晩餐
【合気武道部4】
「……あの、よろしいでしょうか」
静まり返る会議室で、冷静な毒舌家・南原紗良がスッと手を挙げた。
「質問があります。学校でよく、持子先輩に冷たい言葉を浴びせたり、強烈な『焼き(物理)』を入れたりしている、風間楓先輩についてです。彼女も、その……こちらの世界の人間なんですか?」
「ビクゥッ!?」
楓の名前が出た瞬間、持子の肩が大きく跳ねた。
「あ、あれは、その……なんだ。わしが少し愛情表現を図ろうとした時の、あやつの照れ隠しというか……」
持子はモジモジと身体をよじらせて視線を泳がせた。
(……本当は、わしが脂ぎったオッサン思考で妄想スキンシップを図ろうとして、容赦なくみぞおちに強烈な肘打ちを食らっただけなのだがな……!)
極黒の魔王が、途端にバツの悪そうな顔をして巨体を小さくする。
「楓さんについてですね」
本多鮎が、持子を庇うように(というより持子のセクハラ被害者である楓に少し同情しつつ)一歩前に出て、極めて真剣な表情を作った。
「良い質問ですわ、南原さん。……風間楓さんは、我がスノーの所属ではありませんが、TIAの『特級エージェント』ですの。その戦闘力は、この日本においても間違いなくトップクラスの『怪物』ですわ」
「……怪物」
主将の千手美貴が、ゴクリと生唾を飲み込む。
「ええ。もし彼女の機嫌を損ねたり、敵に回すようなことがあれば……あなたたちなど、瞬きをする間に消し炭にされますわよ。死にたくなければ、絶対に彼女には逆らわないようにしてくださいね。……『絶対』ですわよ?」
鮎の底冷えするような警告。
「「「…………っ!!」」」
合気武道部の一年生たちは、顔を見合わせて激しく、そして何度も首を縦に振った。
(……思い出した。いつぞや、あの先輩から一瞬だけ放たれた、あの冷徹で修羅のような尋常じゃない『殺気』……!)
お調子者の佐藤陽翔も、無口で真面目な門蒼真も、あの時の氷のように冷たく、すべてを断ち斬るような楓の眼差しを思い出し、ガタガタと震え上がっていた。
「じゃ、じゃあ他のクランってどうなんスか!? 敵対してる組織とか、ダンジョンの悪魔ってどんなヤバい奴らが……!」
恐怖に駆られた陽翔が、前のめりになって矢継ぎ早に質問を投げかける。
「そうです! 私の完璧な型が通用しないような未知の敵のデータを……!」
「関節技が効かない妖怪はいますか!?」
玲央や阿部凛花も、次々とパニック気味に声を上げた。
『パンッ!!』
鮎が手を強く叩き、騒ぎをピシャリと制止した。
「そこまでですわ! これ以上の情報は過多になります。他のクランや外の敵のデータよりも、まずは今日、自分の中に目覚めた『魔力』としっかり向き合ってみてくださいな。今日の講義はこれでおしまい! 解散ですわ!」
『バンッ!!』
鮎が宣言したその直後、会議室の重厚な扉が勢いよく開け放たれた。
「ちょっとぉ! もう終わっちゃったんですか!?」
そこに立っていたのは、小柄でふわふわとした茶髪の美少女、花園美羽であった。
「えっ、私の番は!? 新入りのひよっこ達に、この私――持子様の最高に可愛い下僕としての偉大さを語る時間は!?」
美羽が頬を膨らませて抗議する。
「遅いですわよ、泥棒猫」
鮎が余裕の笑みで鼻で笑った。
「美羽、あなたの出番は『明日』からですわ。明日の東京ダンジョン見学、エティエンヌと一緒にこのひよっこ共を引率して案内してあげなさいな」
「えぇーっ……あのデカい金髪の吸血鬼と一緒ですかぁ……? まあ、持子様のためなら我慢しますけど。……あれ? 鮎先輩は行かないんですか?」
美羽が怪訝そうな顔をする。
「わたくしは、明日は大切な『プロモーション活動』がありますのよ」
鮎はふふっと口元を手で覆い、誇らしげに胸を張った。
「わたくしの主演映画のシークレット情報が、ついに明日、大々的に解禁されるんですの! そのための会見やメディア対応で、大忙しですわ!」
「な、なんだと!?」
椅子にふんぞり返っていた持子が、ガタッ! と立ち上がった。
「鮎、貴様、映画に出るのか!? わし、そんなこと一言も聞いておらんぞ! 言えばいいではないか!」
「ふふふ。言えば持子様のことですもの、嬉しさのあまり『わしの可愛い忠犬が映画で主演だぞ!』って、あちこちで言いふらすじゃないですか。どんな映画かって? それはもちろん……『内緒』ですわ♡ では皆様、ごきげんよう!」
クルリと身を翻し、鮎は主演女優のオーラを漂わせながら、足早に会議室から出て行ってしまった。
「……むぬぅ、あの鮎め! わしに隠し事をするとは、なまら生意気な奴だ!」
持子がぷんぷんと腕を組んで怒るが、その黄金の瞳の奥は、忠犬の大躍進を嬉しそうに見守る光を帯びていた。
「まあよい! 気づけば外はもう真っ暗だし、なまら遅い時間だ。お前らも腹が減ったであろう!」
持子は振り返り、合気武道部の面々を見渡した。
「今日はわしが奢ってやる! みんなで美味いご飯でも食べて帰るぞ!」
「「「おぉーーっ!!」」」
「あ、私も行きますぅっ! 持子さんの隣の席は私の指定席ですからね!」
美羽がすかさず持子の腕にギュッと抱きつく。
「ヒャッハッハ! なら、俺様も保護者としてついてってやるか! 飯なら俺の奢りで……」
土御門朔夜が、俺様スマイルを全開にして上着を羽織ろうとした、その時である。
『ガシッ……』
「……え?」
朔夜の肩を、背後から伸びてきた白く細い手が、万力のような力で掴み止めた。
振り返ると、そこには極上の微笑みを浮かべた社長、立花雪が立っていた。
「さ・く・や・く・ん? あなたはどこへ行くつもりかしら?」
「ひっ!?」
「副マネージャーのあなたには、移籍してくる三人の膨大な書類手続きと、各所への根回しという『重要任務』が山積みで残っているはずよね?」
雪の、絶対零度のプレッシャーが朔夜の全身を包み込む。
「あ、は、はいっ!! 喜んで!! スノーの副マネとして、粉骨砕身、徹夜で書類の海にダイブさせていただきます!!」
朔夜は秒速で『僕(従順な優等生)』モードへと切り替わり、完璧な直立不動の姿勢をとった。
「よろしい。じゃあ持子、みんなをよろしくね。気をつけて帰るのよ」
「うむ! わかったぞ雪!」
雪に首根っこを掴まれ、ズルズルと社長室へと連行されていく不憫な美少年・朔夜の姿を横目に、持子と美羽、そして合気武道部の面々は、賑やかな笑い声を上げながら、夜の東京の街へと繰り出していくのだった。




