魔王軍、全戦力開示
【合気武道部3】
土御門朔夜による「主要七クラン」や裏社会の歴史に関する講義が一段落すると、今度は本多鮎が立ち上がった。
「ふぅ……朔夜くん、お疲れ様ですわ。ここからは、わたくし本多鮎が、このスノー――引いては、我が主である持子様が有する『絶対的戦力』について説明いたしますわよ」
ピンク色の髪を揺らし、インテリタレントらしい知的な笑顔を浮かべる鮎だが、その声の端々には持子への狂信的な愛とプライドが隠しきれずに漏れ出ている。
「わ、私たち……まだ何も知らないのに、こんな国家機密みたいなことばっかり聞いて大丈夫なんですか……?」
阿部凛花が、配られた「写真入り・プロフィール付き極秘資料」を震える手で持ちながら尋ねる。
「大丈夫ですわ。どうせあなたたちはもう、持子様の魔力に触れてしまった以上、表の世界だけで生きていくことは不可能ですから♡」
鮎の極上の笑顔による死刑宣告に、一年生たちはゴクリと喉を鳴らした。
「さて、分かりやすく『RPG』のパーティに例えて説明してさしあげますわね。資料の3ページ目を開きなさい」
鮎の指示で、全員が資料をめくる。
「まず、第一下僕にして最大の忠犬、このわたくし『本多鮎』ですわ。役割は【盾兼・狂戦士】。持子様から与えられた魔力で、デュラハンの大剣や弁慶の薙刀を操り、持子様を護る絶対の盾となりますわ」
鮎が誇らしげに胸を張る。
「第一下僕……って、持子先輩、下僕をナンバリングしてるんですか?」
高橋玲央が呆れたようにツッコミを入れた。
「む?」
持子は腕を組んで、少し考え込んだ。
「ナンバリングというよりは……単純に、下僕にした順番かな」
その言葉を聞いた瞬間。
「……っ!」
鮎の表情が凍りつき、その大きな瞳にみるみるうちに涙が溜まり始めた。第一下僕としての絶対的なプライドが、『ただの順番』という事実によって崩れ去り、今にも泣き出しそうな顔になっている。
「お、おおっと! 違うぞ鮎!」
持子は慌てて身を乗り出し、フォローを入れた。
「わしが『可愛がっている順番』だ! 鮎が一番可愛くて、一番の忠犬だぞ!」
「あぁっ……! 持子様ぁっ♡」
持子の言葉に、鮎は一瞬でパァッと花が咲いたような笑顔になり、ボフンッ! と顔を赤くして身悶えした。チョロすぎる。
「ええっと……次に、第二下僕の『花園美羽』。彼女の役割は【暗殺者】。気配を絶ち、七属性の短刀で敵の急所を的確に葬り去りますわ。……まあ、わたくしにとってはただの泥棒猫ですけれど」
鮎がチッと舌打ちをする。
「さ、第三下僕は……『エティエンヌ・ド・ロシュフォール=ノクティス』? なんかすごく強そうな名前ですね」
門蒼真が資料の文字を読み上げた。
「ええ。エティエンヌは『フランス裏社会の王』であり、空間跳躍や強力な魔法を扱う、まさに【万能勇者】ですわ。……ちなみに、持子様に惚れ込むあまり、男から絶世の金髪美女へと女体化して海を渡ってきた究極の変態ドMですわよ」
「はえっ!? お、王!? 王様なの!?」
主将の千手美貴が、桁違いの肩書きに目を丸くして身を乗り出した。
「「「そっちじゃなくて、女体化!?」」」
一年生たちが一斉に、生物学の限界を突破した設定に悲鳴を上げる。
「四人目、第四下僕の『アスタルテ』。彼女は【僧侶(ヒーラー兼バッファー)】ね。元は古代の豊穣の女神だから、魔力回復や強化の魔法に関しては右に出る者はいませんわ。愛が重すぎてすぐポンコツになりますけれど」
「そして第五下僕……そこの端っこでお茶を淹れている彼女、『シャーロット・シンクレア』。中身は悪魔学の大公爵・グレモリーですわ。役割は【探知・予知】。戦闘力は皆無ですが、透視能力で交渉や裏工作を担いますわ」
鮎の冷たい視線を浴び、部屋の隅で控えていたシャーロットが「ひぃっ!」と情けない声を上げた。
「ワ、ワタクシ、スノーノドレイデスワ……ッ! センリョクナンテ、トンデモナイ……ッ!」
イギリスのトップモデルが、ガタガタと震えながらお茶のトレイを抱え込んでいる。
「……なんか、色々と設定が渋滞しすぎてて、頭が追いつかないっす……」
佐藤陽翔がこめかみを揉みながらうめいた。
「まだまだですわよ!」
鮎はニヤリと笑うと、自身の足元の『影』に向かって声をかけた。
「出なさい、ルージュ」
ズズズッ……。
鮎の足元の影が不自然に歪み、そこからゆっくりと、真紅の瞳を持つ金髪の美女がせり上がってきた。
「あっ!!」
陽翔がバンッと立ち上がり、指を差した。
「あの、学園祭の時に鮎さんと一緒に見に来てくれてた美少女だ!」
他の部員たちも、「あ、本当だ」「特設ステージの最前列にいた人だよね」と頷き合う。
「ごきげんよう」
ルージュが優雅にスカートをつまんでカーテシー(挨拶)をした。
「わたくしは三百年の時を生きる吸血鬼の元女王、ルージュですわ。今はマスター(鮎)の下僕として、影の中から魔法でサポートしておりますのよ」
「えっ!? 300歳????」
陽翔の脳が完全にバグった。
「あんな美少女なのに!? こんなに可愛いのに300歳!? いやいやいや、嘘でしょ!? めちゃくちゃ可愛いのに!?」
「「「(陽翔の奴、また煩悩全開だ……)」」」
他の部員たちが生温かい目を向ける中。
「……」
ルージュは、非常に微妙な顔をしていた。
(『美少女』とか『可愛い』と言われるのは、とても嬉しいですけれど……『300歳』をそこまで大声で連呼されると、なんとも複雑な気持ちになりますわね……)
美貌を褒められた喜びと、年齢を強調された乙女心の狭間で、吸血鬼の元女王はなんとも言えない表情で頬を引き攣らせた。
「……色々と話すと長くなりますけれど、要するに」
鮎はパンッと手を叩き、一年生たちを鋭く見据えて話をまとめた。
「持子様率いる我々『下僕同盟』は、現在、世界の裏社会においても恐怖と畏怖の対象となっている、ということですわ。つい先日も、東京ダンジョンの深層で悪魔狩りやゴロツキの間引きを行ってきましたのよ。……これ、非常に重要ですから、しっかりと脳味噌に刻み込んでおきなさい」
会議室が、シン……と静まり返る。
世界的トップモデルでありながら魔王。そして、その配下にいる吸血鬼、悪魔、女神、暗殺者、そしてフランス裏社会の王。
自分たちがどれほど途方もない組織の傘下に入ってしまったのか、一年生たちは肌で理解し、震え上がっていた。
「ということで!」
鮎が再び明るいインテリトーンに戻り、綺麗に話をまとめた。
「座学ばかりでは実感が湧かないでしょうから、明日は皆で『東京ダンジョン』へ見学に行きますわ! その後は、地上で低級の霊や妖を相手にした実戦チュートリアルを行います!」
「「「ダ、ダンジョン見学!?」」」
「はい、本日の講義はここまでですわ。事前に配布した資料をしっかり読み込んでおくこと。質問のある方はどうぞ〜!」
鮎が優雅に微笑む。
「……あの」
恐る恐る手を挙げたのは、高橋玲央だった。
「ダンジョンって、危険じゃないんですか……? 私たち、まだ合気武道の基礎しか……」
「ふははは! 心配するな玲央!」
持子が立ち上がり、極黒のオーラを纏って不敵に笑った。
「万が一ヤバいモノが出た時は、わしと下僕どもがまとめて四方投げにしてくれるわ! 明日はピクニック気分でついてくるが良い!」
魔王の頼もしくも恐ろしい宣言に、合気武道部の一年生たちは「は、はいっ!」と声を裏返して返事をするしかなかった。




