合気武道部、裏の世界へ
【合気武道部1】
狂騒の学園祭が幕を閉じ、秋の気配が少しずつ深まり始めた夜。
芸能事務所『スノー』の社長室は、ピリリとした神妙な空気に包まれていた。
「……というわけなのだ、雪」
最高級のペルシャ絨毯の上で、絶世の美少女にして極黒の魔王・恋問持子が、身を縮めるようにして綺麗に正座をしていた。
その視線の先には、事務所の社長であり、持子が『推し』であり『母』として強烈に崇拝する立花雪が、デスク越しに静かに座っている。
「わしの魔力にあてられたせいで、合気武道部のひよっこ達(一年生)まで『覚醒』させてしまったのだ。……一般人を裏の世界の力に巻き込むなど、王としてあるまじき失態。わしは、どう責任を取れば……」
持子の中身は三国志の暴君・董卓である。かつて力で全てを支配し、破滅した前世を持つ彼女だからこそ、純粋な仲間たちを危険な領域へ引きずり込んでしまったことに、強い罪悪感を抱いていた。
そんな持子を見て、雪はふっと優しく、そして頼もしい笑みを浮かべた。
「持子、悪いことばかりじゃないわよ」
「え……?」
「東京ダンジョンができてから、この街には確実に低級の霊や妖が増えているわ。それに伴って、タチの悪い『狩る側』の人間もね。そんな時代に、自分の身を護れる力を持てたことは、あの子たちにとって絶対にプラスになるはずよ」
雪の言葉に、持子はハッと顔を上げた。
「……そうか。そうだな、雪!」
「ええ。ただ、現実的な問題もあるわ」
雪は手元のタブレットをスライドさせながら、冷静な社長の顔つきになった。
「一般科の千手さん、森くん、門くん、佐藤くんの四人は、放課後や休日の時間の融通が利くからいいわ。でも、芸能科の阿部さん、高橋さん、南原さんの三人は……うちとは『別の芸能事務所』に所属しているのよ。覚醒した彼女たちを護るなら、手元に置く必要があるわね」
「ぬおっ! そういえばそうであった!」
「というわけで、専門家の意見を聞きましょうか」
雪が内線ボタンを押すと、ガチャリと社長室の扉が開いた。
「呼ばれたからには、俺様が完璧に解決してやるよ、社長――って、雪さん!」
自信満々な『俺様』オーラを漂わせて入ってきたのは、銀髪のショートボブが目を引く、そこらへんの女子より可憐な美少年。陰陽庁から出向中の副マネージャー・土御門朔夜だ。
しかし、デスクに座る雪の「絶対零度の視線」を浴びた瞬間、朔夜の態度は秒速で切り替わった。
「は、はいっ! 喜んで副マネージャーとして粉骨砕身させていただきます!!」
『シュタッ!』
朔夜は一瞬で持子の隣に並び、背筋をピンと伸ばして美しい正座を決めた。圧倒的な従順さである。
そして朔夜の後ろから、プラチナブロンドの髪とアメジストの瞳を持つイギリスのトップモデルにして、スノーの最下層『奴隷(雑用係)』へと叩き落とされた元・大悪魔のシャーロット(グレモリー)が、オドオドとついてきた。
「ワ、ワタクシ……スノーノドレイ、デス! シャチョーサン、ゴシュジンサマ(持子)……オヨビ、デショウカ……ッ!」
シャーロットはまだ日本語が堪能ではなく、カタコトの怪しい日本語でビクビクしながらお辞儀をした。
「おうシャーロット、頭下げすぎだ。絨毯に顔がめり込むぞ」
正座をしたまま、朔夜がシャーロットのプラチナブロンドの頭をポンッと優しく撫でる。
俺様気質で生意気、そして雪の前では従順な僕となる朔夜だが、同じスノーの裏方として働く部下のシャーロットには非常に甘く、面倒見が良いのだ。
「アゥッ……サクヤサン、アリガトウゴザイマスワ……」
シャーロットは頼れる上司の朔夜に撫でられ、ホッとしたように瞳を潤ませた。
「で、雪先生。例の件ですね。僕の調査結果を報告します」
朔夜がハキハキとした体育会系の口調でタブレットを操作する。
「阿部凛花と南原紗良の二人は、現在まったく売れておらず、所属事務所も期待をかけていない『飼い殺し』状態です。少額の違約金と移籍金で、僕がパパッと引き抜いてきます」
「うむ、さすが朔夜だ! 的確な調査だな!」
「しかし、問題は高橋玲央です」
朔夜は少し眉をひそめた。
「彼女もまだ役者として売れてはいませんが、完璧な美貌と真面目さから、所属事務所の『次期エース候補』として期待が非常に高い。まともに移籍交渉をすれば莫大な金がかかりますし、最悪の場合、事務所同士の泥沼の抗争に発展するかもしれません」
「ふむ……金で解決できないとなると、面倒だな」
持子が唸る。
すると、雪がニッコリと極上の笑顔を浮かべ、シャーロットを一瞥した。
「……シャーロット?」
「ヒッ!?」
雪の低く凄みのある声に、元大悪魔はビクゥッ! と肩を跳ねさせた。
「あなた、高橋さんの事務所について、何か『見える』んじゃないかしら?」
「ハ、ハイッ! ワタクシ、スノーノタメニ、ミマスワァッ!」
シャーロットはアメジストの瞳を妖しく光らせた。彼女の能力『過去・現在・未来の透視と読心』が発動する。
「え、エート……ミエマスワ! タカハシノジムショ……『スターライト・プロモーション』。ココノシャチョーサン、ウラチョウボ? デ、オカネ、カクシテマスワ! ケイマンショトウ、デス! ソレト、センムサン! トテモ、エッチナコト……シテマス! ジャクテン、イッパイ、アリマスワ!」
たどたどしいカタコトの日本語で、シャーロットが懸命に透視したビジョンを読み上げる。
「よしよし、よくやったなシャーロット。無理すんなよ」
朔夜がすかさずシャーロットの肩を抱き寄せ、優しくフォローに入る。
「雪さん、僕が補足します。スターライトの社長はケイマン諸島に裏帳簿で脱税の資産を隠しています。さらに専務は所属タレントへのセクハラと証拠隠滅、おまけに社員の横領まで視えたみたいですね。……うちの可愛い部下にかかれば、お堅い芸能事務所の弱みなんて丸裸ですよ」
「ふはははは! 素晴らしいぞシャーロット! 朔夜の通訳も完璧だ!」
持子が感心して膝を打つ。
「決まりね」
雪は満足げに頷き、パンッと手を叩いた。
「阿部さん、高橋さん、南原さんはスノーで引き抜く。そして、持子」
「はっ!」
「合気武道部の部員全員を、私たちの傘下に置くわ。そしてTIAクランに出向という形にして、私たちで実力をつけさせる。いつか彼らが表の世界でも裏の世界でも自分たちの足で立てるように、独り立ちさせるのよ」
「雪……!」
「持子。あなたが責任を取りなさい。魔王なんでしょ? 王として、責任と覚悟を持って、あなたの仲間たち、友達を導き、育てなさい」
雪の凛とした、深い愛情に満ちた言葉。
持子は顔をパァッと輝かせ、勢いよく頷いた。
「わかった! わしに任せておけ! 最高の軍団に育て上げてやるぞ!」
「よろしい。それと持子、あなたは明日は仕事が入っていないわね?」
「うむ、明日は学校と部活だけだぞ」
「なら、明日の放課後、部活が終わったら部員全員をここに連れてきなさい。今後のことをきちんと説明するから」
「わかった!」
「ふふ、頼もしいわね。……朔夜くん、シャーロット」
雪が再び二人を呼ぶ。
「持子のサポートと部員たちの世話は、あなたたち副マネージャーと雑用係の仕事でもあるからね。よろしく頼むわよ」
「……はぁ。なんで俺様が女子高生のお守りなんか……」
朔夜が思わず本音(俺様)を漏らしかけた瞬間、雪の冷たい視線が突き刺さる。
「はいっ! 喜んで!! スノーの副マネとして、完璧にサポートさせていただきます!」
秒速で『僕』モードに戻った朔夜に、シャーロットも慌てて頭を下げる。
「ワタクシモ、サクヤサントイッショ、ガンバリマスワ!」
「よし、持子はもう帰っていいわよ。明日はみんなを連れてきなさい」
「うむ! わかった!」
持子はデレデレの限界オタク顔になりながら、大人しくマンションへと帰っていった。
持子が去った後、雪はすぐに自身のスマートフォンを手に取り、TIAの代表である風間助平へと電話をかけた。
「……ええ、風間代表。立花です。合気武道部の件ですが……」
電話口の向こうで、持子の限界オタクである助平が「持子きゅんのためなら何でもするぞい!」と即答したのが聞こえた。
かくして、日本の裏社会を牛耳るトップダウンの意思決定により、合気武道部の未来は瞬く間に決定されたのである。
***
翌日。午前十時。
雲一つない秋晴れの空の下、都内の一等地に構える中堅芸能事務所『スターライト・プロモーション』の応接室は、地獄のような重圧に包まれていた。
「……ですから! 高橋玲央は我が社の次期エース候補! いくらスノーさんからの申し出とはいえ、そう簡単に移籍など……!」
恰幅の良いスターライトの社長が、ハンカチで滝のような冷や汗を拭いながら必死に抵抗していた。
彼の目の前のソファには、足を組んで優雅に微笑む立花雪。
その背後には、学校を休んでスーツを着込んだ美少年の土御門朔夜と、完璧なトップモデルの美貌を放つシャーロットが控えている。
ちなみに、阿部と南原の所属事務所の引き抜きは、今朝の九時にすでに完了していた。朔夜が「違約金と移籍金、これで手を打ちな。あんたらにとっても悪い話じゃねえだろ?」と俺様スマイルで札束を積むと、『えっ、あの売れない二人を買い取ってくれるんですか? ラッキー!』と、文字通り秒殺であった。
しかし、高橋玲央はそうはいかない。
「……そう。次期エース、ですか」
雪はクスリと笑うと、背後の朔夜とシャーロットに視線で合図を送った。
「シャーロット、出番だぜ。俺の可愛い部下の実力、見せてやれ」
「ハイッ! サクヤサン!」
シャーロットが一歩前に出た。プラチナブロンドの髪が揺れ、アメジストの瞳が、獲物を狙う蛇のように冷酷に光る。
「シャチョーサン……アナタ、タレントノミライ、タイセツ? デモ……アナタ、ケイマンショトウニ、ウラチョウボ、カクシテマスネ?」
「なっ……!?」
カタコトの日本語が、かえって異様な不気味さを醸し出す。
「ソレト……センムサン。センゲツ、エッチナDM、オクッテマス。ホテルノリョウシュウショモ、アリマスワ。……ケイリブチョーサン、オカネ、トッテマスネ。……ワタクシ、ゼンブ、ミエテマスワ!」
『ピシッ……!!』
社長の動きが、完全に凍りついた。
「な、なななな、なぜそれを……ッ!?」
社長の顔面から一瞬にして血の気が引き、土気色へと変わる。
「ヒャッハッハ! そういうことだ、オッサン」
すかさず朔夜が一歩前に出て、シャーロットの肩を抱きながら、俺様全開のドSスマイルで社長を見下ろした。
「俺の優秀な部下がこれだけハッキリ視たんだ。言い逃れはできねえぞ。社長さんの脱税データと、専務のセクハラ証拠……世間や文春に出回って事務所が丸ごと吹き飛ぶのと、高橋玲央一人を手放すの……どっちが安上がりか、頭の良いオッサンなら分かるよな?」
「こ、これは……脅迫だぞ!」
「あら、人聞きの悪い。私たちはただ、『円満な移籍』のための『ご相談』をしているだけですよ?」
雪が、極上の笑顔のまま、テーブルの上にポンッと分厚い茶封筒(違約金と移籍金)を置いた。
「アメとムチ、どちらを選ぶかは社長次第ですが……もしムチを選ばれるなら、スノーとTIA、そして陰陽庁の総力を挙げて、御社を『物理的かつ社会的に』更地にさせていただきますが?」
「ヒッ……!!」
魑魅魍魎が跋扈する裏社会のトップエージェントたちが放つ、本物の殺気。
カタギの芸能事務所の社長が耐えられるはずもなかった。
「……お、折れます。高橋玲央の移籍……喜んで、お受けいたしますぅぅっ!」
社長は泣き崩れながら、移籍合意書に震える手でサインをした。
「ヨクデキマシタワ、シャチョーサン」
シャーロットが、ホッとしたようにカタコトで微笑む。
「おう、よくやったなシャーロット。完璧な仕事だぜ」
朔夜も満足げにシャーロットの頭をポンポンと撫でた。
「契約成立ですね」
雪と朔夜、シャーロットの三人は、スマートに立ち上がった。
かくして、立花雪率いる『スノー交渉部隊』による、阿部、高橋、南原の強引かつ華麗な引き抜き工作は、朔夜とシャーロットの息の合ったコンビネーションにより、わずか半日でコンプリートされたのである。
魔王・持子と合気武道部の仲間たちが、これから先も共に笑い、共に戦うための強固な地盤は、大人たちの暗躍によって、完璧に整えられたのだった。
***
放課後の合気武道部。
いつものように活気あふれる声が響くはずの道場は、今日に限って異常なまでのパニック状態に陥っていた。
「ど、どういうことですか!? 私の所属事務所から突然、『今日付けで株式会社スノーへ移籍になった』と連絡が来たんですけど!?」
プライドが高く、常に完璧な型を崩さないはずの高橋玲央が、スマホを握りしめたまま完全にテンパって叫んでいた。
「……信じられません。法的な手続きや違約金、タレントの同意を一切無視した、わずか半日での電撃移籍。異常事態です」
冷静な毒舌家である南原紗良も、眼鏡の奥の瞳を揺らしながら、信じられないものを見るように画面を凝視している。
「わ、私もですぅ……! スノーって、持子先輩のいる事務所ですよね!? なんでいきなり……っ!?」
異常な身体の柔らかさを持つ阿部凛花が、パニックのあまりタコのようにクネクネと身をよじらせている。
「お、おいおい、なんか芸能科の女子たちがパニクってて、全然稽古になる雰囲気じゃないぞ?」
お調子者の佐藤陽翔が、オロオロと周囲を見渡す。
「……ああ。動揺したまま技を掛ければ、怪我に繋がる。今日の稽古は無理だ」
無口で真面目な門蒼真が、冷静に状況を判断して首を振った。
「ちょっとみんな、落ち着いて! 移籍ってどういうこと!?」
主将の千手美貴が慌てて三人を宥めようとするが、副主将の森盛夫が「主将、これは俺たちが口出しできる問題じゃない」と静かに制止した。
『パンッ!!』
その時、道場に鋭い柏手が鳴り響いた。
絶世の美貌と黄金の瞳を持つ極黒の魔王、恋問持子が、腕を組んで一年生たちを見下ろしていた。
「ええい、やかましいぞひよっこ共! その移籍の手回しは、わしが社長に頼んでやったことだ!」
「「「ええええええっ!?」」」
「お前たち三人は、今日からわしと同じ事務所の所属となった! それだけではない。お前たちのその『異常なまでの身体能力の向上』……魔力による覚醒についても、きちんと説明せねばならんな」
持子は袴の裾を翻し、ビシッと道場の出口を指差した。
「今日の稽古はここまでだ! 全員、道着を着替えてついてこい! わしの事務所『スノー』で、すべてを説明してやる!」
***
「……す、すっげえ……」
「……ああ。デカいな」
佐藤と門が、口をポカンと開けてビルを見上げていた。
持子に連れられてやってきたのは、都内の一等地、港区の超一等地にそびえ立つ、巨大で近代的なガラス張りの高層オフィスビルだった。
かつての『スノー』は、社長の立花雪と、所属タレントの持子しかいない、雑居ビルの一室にある零細事務所であった。しかし、持子が世界的ブランド『リュクス・アンペリアル』のメインビジュアルに抜擢され、本多鮎や花園美羽、そして土御門朔夜といった規格外のメンバーが加わった現在――スノーは怒涛の大進撃で売上を爆発的に伸ばし、今やこの超高級ビルのワンフロアをまるまる借り切るほどの大企業へと成長していたのである。
『チーン』
専用のエレベーターが開き、無駄に広くて大理石が敷き詰められたエントランスホールに足を踏み入れた瞬間、合気武道部の面々はさらに度肝を抜かれることになった。
「うわぁっ……!」
千手が驚きの声を上げる。
エントランスの正面。天井まで届かんばかりの巨大な電飾パネルに、息を呑むほど美しい持子と、インテリタレントの本多鮎の、ハイブランドの広告ビジュアルがデカデカと飾られていたのだ。
黄金の瞳で世界をひれ伏させるような、圧倒的で暴力的なまでに美しい持子の姿。
それは、道場で「アツゥイ!」と茹でダコになっていたり、ラーメン二郎のニンニク臭を漂わせていたり、温泉で女子の裸を見てヨダレを垂らしていた「いつもの持子」とは、完全に別次元の存在だった。
「……そ、そうだった。持子先輩って、世界的に成功してる、とんでもないトップモデルだったんだ……」
高橋が、信じられないものを見るようにゴクリと生唾を飲み込む。
「……ええ。普段の言動がメチャクチャすぎて完全に忘れていましたが……彼女は、間違いなく世界のトップに立つ人間です」
南原も、巨大なパネルの持子と、目の前で「ふはは! なまらデカいパネルだろう!」と鼻を膨らませている実物の持子を見比べながら、戦慄していた。
「さあ、案内するぞ! 会議室へ向かえ!」
***
通されたのは、数十人は座れるであろう巨大な会議室だった。
窓からは東京の夜景が一望でき、中央には重厚な一枚板のテーブルが鎮座している。
「適当に座れ!」
持子に促され、部員たちは恐る恐る、最高級のふかふかな革張りの椅子に腰を下ろした。座り心地が良すぎて、逆に全員の緊張感が限界突破している。
『ガチャリ』
「オマタセ、イタシマシタワ。オチャ、ドウゾ……デスワ」
静かに扉が開き、プラチナブロンドの髪を揺らした長身の美女が、お盆に乗せた高級なティーカップを運んできた。
その顔を見た瞬間。芸能科の三人――特に、モデルを志す阿部凛花が、ガタッ! と椅子から立ち上がり、彫像のように固まった。
「シャ……シャーロット・シンクレア!? イギリスのトップモデルの!? 嘘でしょ、なんで!?」
阿部の絶叫に、高橋と南原も「えっ!? あの世界的モデルが、なぜお茶汲みを!?」と目を剥いた。
「アゥッ……ワタクシ、スノーノ、ドレイ(雑用係)デスワ……」
シャーロットはカタコトの日本語でビクビクと答えながら、ガタガタと震える手でお茶を配っていく。
「ふはは! 気にするな凛花! こいつはただの下働きだ!」
「トップモデルを下働きって、この事務所のヒエラルキーどうなってるんですか!?」
阿部が頭を抱えたその時。
「――お待たせしてごめんなさいね」
凛とした、しかしどこか温かみのある声と共に、社長の立花雪が会議室へ入ってきた。
その後ろには、銀髪ショートボブの儚げな美少年、土御門朔夜と、ピンク髪のインテリタレント、本多鮎が続いている。
三人が上座に座り、シャーロットは雪の斜め後ろに、両手を前に組んで静かに控えた。
「まずは、簡単な自己紹介からさせてもらうわね」
雪が微笑むと、隣の朔夜がスッと立ち上がり、完璧な角度でお辞儀をした。
「初めまして。株式会社スノーで副マネージャーを務めております、土御門朔夜です。雪社長の右腕として、君たちを全力でサポートさせていただきます。どうぞよろしく」
ハキハキとした、非の打ち所がない完璧な優等生スマイル。
(……なんだこの爽やかイケメン。持子先輩の隣にいると、なんか腹立つな……)
佐藤が内心で少しだけ嫉妬する。
続いて、鮎が立ち上がった。
「所属タレントの本多鮎ですわ。今回は阿部さんたちの移籍、歓迎いたしますわよ。……まぁ、持子様の『第一下僕』の座は、誰にも譲りませんけれど♡」
最後だけ持子に向けてネットリとした視線を送り、鮎は優雅に着席した。
「そして私が、この事務所の社長を務めている立花雪よ。みんな、今日は突然こんなところに呼んでしまってごめんなさいね。特に、急な移籍で驚かせてしまった三人には、本当に申し訳なく思っているわ」
雪は、深く、誠実に頭を下げた。
その真っ直ぐで慈愛に満ちたオーラに、張り詰めていた部員たちの緊張が、少しだけフッと和らぐ。
「……社長さん」
千手が、主将として代表して口を開いた。
「持子から、『魔力による覚醒』について説明があると言われて来ました。私たちに、一体何が起きているんですか?」
森も、隣で無言のまま真剣な眼差しを雪に向ける。
雪は顔を上げ、会議室に集まった合気武道部の七人を、一人一人しっかりと見つめた。
そして、ゆっくりと、しかしはっきりとした口調で、この世界の『裏側』の真実を語り始めた。




