【学園祭9】
【学園祭9】
学園祭二日目、午後。
午前中の圧倒的な合気武道部の演武から一転し、舞台は再び芸能科の特設ステージへと戻っていた。
芸能科による出し物『ミュージカル・ショーケース』。
昨日の【オール女子キャスト】、午前の【オール男子キャスト】に続き、本日の午後はクラスメイトたちによる【ダブルキャスト版】の公演が行われていた。
『ワアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』
「すごいっ! 午後のメンバーもヤバい!!」
特設ステージを囲む観客たちの熱狂は、昨日と全く変わらない。いや、むしろ学園祭の熱気は最高潮に達していた。
さすがはプロの卵が集まる芸能科。キャストが変わろうとも、その圧倒的な歌唱力と演技力は完全に観客の心を支配している。
「ふははは! さすがわしのクラスメイトたちだ! ダブルキャストの奴らも、なまら良い声を出しておるではないか!」
舞台裏の暗がり。
絶世の美貌を持つ極黒の魔王・恋問持子は、昨日の男装マリウスの衣装から一転、目立たない裏方用の黒いスタッフTシャツを着て、満足げに腕を組んでいた。
「ふふっ、本当にすごい熱気ね。持子姉さん」
隣では、可憐なドレスを脱いだ葉室鶴子が、同じくスタッフTシャツ姿で微笑んでいる。
「ええ。でも、持子様がバックコーラスで全力を出してしまうと、メインキャストを完全に喰ってしまいますから、適度に手抜きでお願いしますね?」
元清純派アイドルにしてカルトシンガーの花園美羽が、ジト目で持子に釘を刺した。
昨日の主役たちである持子、鶴子、美羽の三人は、今日の公演では裏方に回り、音響のサポートやバックコーラスを務めているのだ。
「分かっておる! わしの圧倒的カリスマが漏れ出んように、しっかりセーブして歌ってやるわい!」
『ダダダダァァァンッ!』
ステージからラストの重厚な和音が響き、午後の部もまた、割れんばかりのスタンディングオベーションの中で見事に幕を閉じた。
***
そして、太陽が沈み、聖ミカエル学園は幻想的な夜に包まれた。
待ちに待った『後夜祭』の始まりである。
グラウンドに特設された巨大なメインステージ。
その周囲や入り口には、芸能科の生徒たちが本気を出して飾り付けた、LEDテープライトやネオン管風のイルミネーションが煌々と輝いていた。
とりわけ、ステージ横に設置された『ONE DAY MORE』と光り輝く巨大なネオン装飾のフォトスポットは、まるでプロのブロードウェイのような雰囲気を醸し出し、生徒たちの撮影待ちの行列ができている。
「静粛に! これより、学園祭出し物コンテストの表彰式を行う!!」
マイクを持った実行委員の声が夜空に響き渡り、全校生徒がグラウンドに集結して息を呑む。
合気武道部の模擬店も、その他のクラス展示も、すべてはこの瞬間のために全力を尽くしてきたのだ。
「今年の栄えあるグランプリは……!!」
『ドロドロドロドロ……(ドラムロール)』
『ジャンッ!!』
「芸能科三年! 『ミュージカル・ショーケース』です!!」
『ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
グラウンドが爆発した。
「「「やったぁぁぁぁぁっ!!」」」
持子たち芸能科のクラスメイト全員が、互いに抱き合い、涙を流して歓喜の声を上げる。
「表彰状の授与です。代表者、ステージへ!」
クラスを代表してステージに押し上げられたのは、昨日の公演でジャン・バルジャンという大役を見事に演じ切った、小柄な茶髪の美少女・花園美羽であった。
「お、おおっ……!」
美羽は、震える手で大きな表彰状とトロフィーを受け取る。
「ひと言、お願いします!」
マイクを向けられた美羽は、大観衆を前に大きく深呼吸をした。そして、グラウンドの最前列で腕を組んでドヤ顔をしている持子を、真っ直ぐに見つめた。
「……っ、こ、この賞は! 私たち芸能科全員の絆と……そして何より、私を地獄から救い出してくれた、世界で一番大好きな『持子様』のおかげですぅぅぅっ!! 持子様、愛してまぁぁぁすっ!!」
「「「ヒューーーッ!!」」」
「あははは! 美羽の奴、こんな大舞台でも公開告白かよ!」
クラスメイトたちが爆笑し、持子は「ふははは! 苦しゅうないぞ美羽!」と大きく手を振って応えた。
「さあ! グランプリを受賞した芸能科の皆さん! 後夜祭のフィナーレとして、もう一度あの曲をお願いします!」
実行委員の粋な計らいにより、ステージ上にダブルキャストを含めた芸能科のメンバー全員がズラリと並び立った。
『バッ!』
グラウンドの照明が落とされ、深い闇が訪れる。
「みんな! 用意されたペンライトを出して!」
その合図と共に。
『カチッ、カチッ、カチッ……!』
全校生徒が手に持っていたLEDペンライト(サイリウム)が一斉に点灯し、グラウンドが赤、青、黄色といった極彩色の光の海へと変貌した。
『ジャーン……!』
重厚なイントロが鳴り響く。
曲はもちろん、『レ・ミゼラブル』の「ワン・デイ・モア(One Day More)」。
ステージ上の芸能科メンバー全員による、魂の大合唱が始まった。
「♪ 明日には〜遠く〜 旅立つ〜君〜……」
持子がテノールで力強く牽引し、鶴子のソプラノが美しく響き、美羽の重厚なバルジャンが底辺を支える。
「♪ ワン・デイ・モア!(明日には!)」
それに合わせて、客席の全校生徒が、まるで一つの巨大な生き物のように、リズムに合わせてサイリウムの光を大きく揺らした。
ザァァァァッ、ザァァァァッ!
右へ、左へ。
光の波がうねり、ステージと客席が完全に一体化する。
(……なまら綺麗だ……)
持子は歌いながら、目の前に広がる圧倒的な光の海に心を奪われていた。
董卓として天下を恐怖で支配した前世では、決して見ることのできなかった光景。誰かを怯えさせる火の光ではなく、全員の心が一つになった、平和で熱狂的な光の波。
「♪ 明日にはぁぁぁぁぁっ……!!」
『ダァァァァンッ!!』
最後の音が消え、数千のLEDの光がピタリと止まる。
そして、今日一番の、地鳴りのような大歓声が夜空を震わせた。
「みんな、最高だよーっ!」
熱狂冷めやらぬ中、実行委員長がマイクを握る。
「さあ、後夜祭の本当のフィナーレです! みんなに配られた『LEDスカイランタン』の準備をしてください!」
生徒たちの手元に、和紙でできた小さな気球のようなものが配られていく。中には火を使わない安全なLEDライトが仕込まれており、手元には細い凧糸がしっかりと結びつけられていた。
「これ、すごくロマンチックね……!」
鶴子が、オレンジ色にポワァンと光るランタンを両手で包み込みながら、目を輝かせた。
「ええ。ディズニー映画みたいで、SNS映え間違いなしですね」
美羽も、トロフィーを片手にランタンの紐をしっかりと握っている。
「最後は、みんなで願いを込めて、このランタンを夜空に浮かべましょう! スリー、ツー、ワン……リリース!!」
『ふわぁぁぁぁぁっ……』
数百のオレンジ色の光が、生徒たちの手から一斉に放たれ、夜空へとふわりと舞い上がっていった。
糸で繋がれているため飛んでいってしまうことはないが、頭上数メートルの空間を埋め尽くす無数の光は、まるで星空が地上に降り注いできたかのような、息を呑むほど幻想的な光景だった。
「わぁぁっ……! すごい、すっごく綺麗……!」
鶴子が涙ぐみながら夜空を見上げる。
(願い、か……)
持子も、自身の持つランタンの光を見上げながら、そっと目を閉じた。
(ラーメン二郎を一生無料で食いたい。……いや、そうではないな)
極黒の魔王は、周囲で笑い合う仲間たち――鶴子、美羽、そして合気武道部のひよっこ達の顔を思い浮かべた。
(この、バカバカしくも愛おしい日常が。この光のように、いつまでも温かく続けばいい)
「持子姉さん! 何をお願いしたの?」
鶴子がニコニコと覗き込んでくる。
「ふはは! もちろん、世界征服(トップモデルへの道)に決まっておろうが!」
持子は照れ隠しにふんぞり返り、夜空に浮かぶ無数の光に向けて、極黒の魔王らしい高笑いを響かせた。
光と歌声に包まれた、聖ミカエル学園の熱い学園祭の夜は、優しく、そして最高にエモーショナルな光景と共に、静かに更けていくのであった。




