【学園祭8】
【学園祭8】
【学園祭 合気武道部演武】
学園祭二日目、午前。
体育館に設置された特設の畳ステージは、熱気と静寂が交差する独特の空気に包まれていた。
合気武道部の『演武』が、今まさに始まろうとしているのだ。
「ふははは! 集まったな愚民ども! これより、我が聖ミカエル学園合気武道部による、至高の武の体現を披露してやろう!」
マイクを握りしめ、特設ステージの中央で傲岸不遜にふんぞり返るのは、絶世の美貌と黄金の瞳を持つ極黒の魔王――恋問持子である。純白の道着と漆黒の袴が、175cmの『黄金比』のプロポーションを凛々しく包み込んでいる。
「きゃあああっ! 持子様ぁぁっ! かっこいいーっ!」
「演武! 演武! お願いします!」
観客席からは、女子生徒たちの黄色い歓声と野太い声援が入り乱れていた。
持子がスッと右手を挙げると、会場は水を打ったように静まり返る。
「合気武道の演武は、時間が決まっておる。ゆえに、本日は一人技を三本ずつ掛け合う形式とする! 演武である以上、誰がどう攻め、どう受けるかはあらかじめ決まっておる『形』の披露だ」
持子の隣で、小柄で童顔の主将・千手美貴が、明るくハキハキとした声でマイクを引き継いだ。
「みんな、合気道って聞いたことあるよね? でもね、私たちがやってる『合気武道』には、合気道の原型である『大東流合気柔術』の技がしっかりと残されてるの。関節を完全に極めたり、急所を打ったりする、実戦的でとても『危険な技』がいっぱいあるんだよ!」
「ああ。だからこそ、動きの理屈が分かるように、まずは一年生たちが『観客の目に見える速度』で披露する」
長身で筋肉質の副主将・森盛夫が、寡黙な声で締めくくった。
(……本当の速度でやったら、素人には何が起きたか全く理解できんからな)
持子は内心でツッコミを入れつつ、「はじめい!」と扇子を振り下ろした。
『オォォォォスッ!!』
気合の入った声と共に、一年生五人(門、高橋、佐藤、阿部、南原)が畳の中央へと進み出た。
「一本目! 『引落』!」
門蒼真が鋭い踏み込みで佐藤陽翔の手首を掴みにかかる。佐藤はそれを受け流しつつ、身体の転換を利用して門の死角へ入り込み、真下へと相手の重心を崩し落とした。
『バァァァンッ!』
「おおっ! すげえ、触れただけで倒れたぞ!」
観客からどよめきが起こる。佐藤の天才的な受け身と、門の丁寧な崩しにより、技の構造が誰の目にも明らかだった。
「二本目! 『脇詰落』!」
今度は高橋玲央が南原紗良に向かって突きを放つ。南原は冷静な瞳で軌道を見切り、腕を絡め取りながら相手の脇関節を極め、そのまま床へと制圧した。
『ドスゥッ!』
「痛そうだけど、流れるみたいに綺麗だ……!」
「三本目! 『霞投』!」
「四本目! 『撞木』!」
「五本目! 『逆襷』!」
異常な柔軟性を持つ阿部凛花が、腕を交差させて極める『逆襷』で鮮やかに相手を宙に舞わせる。
『パパァァンッ!』と、畳を叩く見事な受け身の音が響く。
意図的にスピードを抑え、一つ一つの関節の極まり方、重心の崩し方を「見せる」一年生たちの演武。それは観客にとってアクション映画の解説を見ているように分かりやすく、会場は「なるほど!」「美しい!」と大きな拍手に包まれた。
「うむ! 一年生ども、よくやった!」
持子が拍手を送りながら、マイクを握り直して不敵に笑う。
「さて。観客の諸君。今見てもらった『引落』『脇詰落』『霞投』『撞木』『逆襷』の五つの技。これらがどのような理屈で動いているか、理解できたな?」
持子の言葉に、観客たちがウンウンと頷く。
しかし、持子の背後で、千手と森がスッと立ち上がり、恐ろしいほどの殺気――いや、武術家としての『気迫』を放ち始めた。
「では、次はわしたち三年生が、今の『全く同じ五つの技』を行う」
持子の黄金の瞳が、獲物を狙う鷹のように鋭く細められた。
「合気武道において、同じ技でも長く続けていくことで、どこまで高みに至るのか。その『熟練度の違い』を……とくと己の網膜に焼き付けよ!!」
『スッ……』
千手、森、持子の三人が、三角形になるように畳に立った。
構えはない。ただ自然体で立っているだけなのに、会場の空気がビリビリと凍りついたように重くなる。
「行くぞ」
森が低く呟いた瞬間。
『ドンッ!!』
巨体がブレた。観客の目には、森が瞬間移動したようにしか見えなかった。
森の強烈な突きが千手の顔面を捉える――かと思われたその刹那。
『ヒュッ!……ドゴォォォォォンッ!!!』
「え……?」
観客の誰かが、間の抜けた声を漏らした。
何が起きたのか、全く見えなかったのだ。
千手の姿がフッと掻き消えたかと思うと、次の瞬間には、巨漢の森が空中で完全に横回転し、頭から畳に叩きつけられていた。凄まじい衝撃音が体育館を揺らす。
「これが入りの見えない『引落』だよーっ!」
千手がニコニコと笑いながら言う。
「休む暇はないぞ!」
今度は持子が、倒れた森に向かって踏み込む。
『バシュッ!』
起き上がりざまの森の腕を持子が捉えた。
「これが『脇詰落』だ!!」
『メキョォォォッ!』という、骨が軋むような恐ろしい音と共に、森の巨体が再び畳にめり込む。力ではなく、完全な円の理。
「甘いよ持子ちゃん!」
千手が持子の死角から飛び込む。
「ふはは! 『霞投』!!」
持子の黄金の瞳が光り、腕が交差した瞬間、千手の身体が紙屑のように宙に舞い上がった。
しかし、千手は空中で猫のように反転し、無傷で着地する。
そこからは、常人の動体視力では追えない次元の攻防だった。
『ダァァァンッ!』『ドゴォォッ!』『バチィィィンッ!』
関節を破壊する『撞木』、腕を十字に極めてへし折る『逆襷』。
一年生たちが丁寧に分かりやすく見せてくれた「あの技」が、三年生の手にかかると、一瞬で相手の命を刈り取る絶死の兵器へと変貌していたのだ。
一歩間違えれば確実に骨が砕け、首の骨が折れる。
そんな極限の攻防を、三人は涼しい顔で――いや、むしろ歓喜の笑みを浮かべながら超高速で掛け合っている。
『パァァァァンッ!!』
最後に、三人が同時に技を放ち、綺麗に三角形の立ち位置へと戻り、残心を決めた。
沈黙。
体育館は、あまりの迫力と恐怖に、水を打ったように静まり返っていた。
「……はぁっ、はぁっ……」
やがて、誰かが息を吐く音を皮切りに。
『ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
割れんばかりの、地鳴りのような大歓声とスタンディングオベーションが爆発した。
鳴り止まない拍手の中、息一つ乱していない三年生の三人が並び立つ。
小柄な主将・千手美貴が、マイクを握って優しく微笑んだ。
「みんな、びっくりさせちゃってごめんね! 今見てもらったように、大東流から受け継いだ私たちの技は、本当はとても危険な技ばかりなの」
「ああ。一歩間違えれば、相手を再起不能にする」
副主将の森が、静かに頷く。
「でもね」と、千手は言葉を継いだ。
「『形』として、攻めと受けが決まっているからこそ、私たちはこの危険な技を安全に使い、後世に残していくことができるの。形の稽古を通じて、お互いの命を預け合いながら、ギリギリの感覚を研ぎ澄ましていく」
最後に、持子がマイクを受け取り、黄金の瞳で観客席をぐるりと見渡した。
「ふはは! そういうことだ! 危険な技を封印するのではなく、『形』という器に収めることで、わしたちは限界まで己の肉体と精神を高めることができる! 同じ技でも、一年、三年、十年と長く続けていくことで、その理は無限に深まり、高まっていくのだ!」
持子は不敵に笑い、ビシッと扇子を突きつけた。
「相手を思いやり、共に強くなる! この終わりのない高みへの探求こそが、合気武道の最大の『楽しさ』である! ――以上! 合気武道部、演武を終了する!」
『オォォォォォォォスッ!!!』
部員全員の気合に満ちた声と、体育館の屋根を突き破らんばかりの大喝采の中、極黒の魔王と超人たちによる、大迫力の演武は幕を閉じたのであった。




