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【学園祭6】

【学園祭6】


【学園祭 『ミュージカル・ショーケース』】


聖ミカエル学園の学園祭、午後の部。

合気武道部の熱気冷めやらぬ中、舞台は芸能科の特設ステージへと移っていた。


芸能科のクラス出し物である『ミュージカル・ショーケース』。

演目は、あの世界的名作『レ・ミゼラブル』の第一幕ラストを飾る大合唱曲「ワン・デイ・モア(One Day More)」である。

登場人物それぞれの想いが交錯し、幾重にもメロディが重なり合う、圧倒的な熱量を要求される難曲だ。


特設ステージの前は、すでに身動きが取れないほどの大観衆で埋め尽くされていた。

それもそのはず、午前中に行われた【オール男子キャスト】による公演が、学園祭の歴史に残る大成功を収めていたからだ。


「午前の部、ヤバかったよね……!」

「うん! ジャン・バルジャン役の流星くん、金髪碧眼の超絶美形で聖騎士みたいだったし!」

「涼介くんのマリウスも、銀縁メガネ外して官僚系イケメンのオーラ全開だったし!」

「なにより朔夜くんのコゼットよ! 男子なのに銀髪ショートボブで、そこらへんの女子より可憐で美少女だったんだけど!?」


午前の部の凄まじいハードルを前に、午後の部【オール女子キャスト】の面々は舞台裏で出番を待っていた。

彼女たちは全員、同じ芸能科に所属する『同級生』である。


「ふははは! いよいよわしたちの出番だな! 刮目せよ、わしの完璧な男装マリウスを!」


恋問持子が、身長175cmの長身に19世紀フランスの学生服をバッチリと着こなし、腕を組んでふんぞり返っていた。その黄金の瞳と、神が計算し尽くした『黄金比』の絶世の美貌が男装に合わさることで、宝塚の男役トップスターもかくやという圧倒的なイケメンオーラを放っている。


「あぁっ……持子姉さん、すごくかっこいい……! 本当の王子様みたい……!」


コゼットの可憐なドレスに身を包んだ葉室鶴子が、頬を赤らめて持子を見上げていた。同級生でありながら、鶴子は義理の姉である持子に強烈な憧れと慕情を抱いている。


「ふはは! であろう、鶴子! わしの隣に立つに相応しい、可愛いコゼットだぞ!」


持子に頭を撫でられ、鶴子は「えへへ……」と嬉しそうに目を細めるが、すぐにハッとして心配そうな表情を浮かべた。


「で、でも……持子姉さん、歌はともかく『セリフ』は大丈夫なの!? 稽古の時、すっごく……その、ひどかったじゃない……!」


鶴子の指摘はもっともだった。持子の中身は三国志の暴君・董卓であり、「わしがマリウスだ!」と横柄なオッサン丸出しの演技しかできず、細かいセリフを喋らせると絶望的なまでに大根役者なのだ。


「ふん! 心配するな鶴子! セリフなど歌の勢いで誤魔化せばよいのだ! わしの身体能力を舐めるな!」


言葉(演技)の知能指数は底辺だが、かつて絶世の美女と呼ばれた『貂蝉』のベースを持つこの身体は、歌や踊りといった芸能事においてチート級のポテンシャルを秘めていた。


「ふふっ。持子さんは歌になると人が変わりますからね。それに、私の歌で全てを支配してあげますから安心してください」


ジャン・バルジャン役の衣装に身を包んだ同級生の花園美羽が、静かに微笑んだ。身長150cmと小柄でふわふわとした茶髪の美少女だが、カルトシンガーとして名を馳せる彼女の表現力は、すでにプロの領域にある。


『カン、カン、カン……』


開演のベルが鳴り響き、ざわついていた客席が水を打ったように静まり返る。

客席の最前列付近には、この舞台を見届ける『特別な観客たち』が陣取っていた。


「あぁぁっ……! 舞台衣装を纏われた持子様! 今すぐステージに這い上がってそのブーツの裏を舐め回したいですわぁっ!」

ピンク髪のインテリタレントにして第一下僕・本多鮎が、ハァハァと荒い息を吐いている。


「ごきげんよう。マスターの影の中からでも、持子様の圧倒的なオーラはビンビンに伝わってきますわね」

鮎の影の中から、三百年の時を生きる吸血鬼の元女王ルージュが顔を覗かせる。


「あぁんっ……! 我が神……っ! 男装も素敵ですわ……っ! 胸の奥がキュンキュンして……ああっ♡」

サファイアブルーの瞳を持つグラマラスな女神・アスタルテが、両頬を押さえて身悶えする。


「ひ、ひぃぃっ……! わ、わたくしのようなスノーの奴隷など、足元にも及びませんわぁっ……!」

イギリスのトップモデルでありながら小物感全開の大悪魔シャーロットが、完璧な土下座に近い姿勢でステージを見上げている。


そして、その後ろで静かに見守る二人。


「……相変わらず、無駄に顔とプロポーションだけは完璧ですね。」

特級エージェントの風間楓が、呆れた声を出しながらも手元の『PENTAX K-1 Mark II』のファインダーを持子たちに向けている。


「ふふっ。ええ、私の可愛い妹たちだわ。持子も鶴子も、とても輝いているわね」

白髪の大和撫子・葉室桐子が、極上の笑顔と気品溢れるお嬢様口調で優しく微笑んでいた。


——さらにその後方。


熱狂する最前列から少し離れた立ち見席の最後尾に、弱小芸能事務所「スノー」の社長、立花雪の姿があった。


(……あの子ったら、またあんなに堂々としちゃって)


雪は、ステージの中央に立つ持子の姿を眩しそうに見つめていた。表向きは事務所の社長と所属タレントという関係だが、雪にとって持子は、手のかかる、けれど愛おしくてたまらない『娘』のような存在だった。


(覚醒してからは、態度はデカいし、言葉遣いはおかしいし、ラーメン二郎ばかり食べて借金は作るし……本当にどうなることかと思ったけど……)


雪の脳裏に、これまでの騒がしくも温かい日々が蘇る。


(こんなに立派なステージに立って、みんなの中心で輝いて……。ふふっ、本当に大きくなったわね、持子)


社長としての打算など微塵もない。ただ純粋に、我が子の成長を喜ぶ母親の優しい微笑みが、雪の口元に浮かんでいた。


『ジャーン……!』


重厚なイントロが鳴り響き、ステージの中央にピンスポットが落ちる。


「♪ 一日〜生きる〜 この過酷な〜日々を〜……」


『ゾワァァァァッ……!』


美羽ジャン・バルジャンの第一声だけで、観客全員の鳥肌が総立ちになった。逃れられない運命の重圧を背負った男の魂の叫びが、一瞬にして会場を『レ・ミゼラブル』の世界へと引きずり込む。

そして、マリウスのパートへ。


『スパーンッ!』


ステージの袖から、マントを翻して持子マリウスが躍り出た。


「♪ 明日には〜遠く〜 旅立つ〜君〜……」

「「「「「キャアアアアアアアアッ!!」」」」」


持子が歌い出した瞬間、客席の女子たちから鼓膜が破れんばかりの悲鳴が上がる。音楽に乗った瞬間、持子の身体(貂蝉の芸能スペック)が完全に主導権を握り、恋と革命の狭間で引き裂かれる青年の悲哀を見事に表現していた。


(な、なまら気持ちいいぞ! 歌うだけなら、頭を空っぽにしても身体が勝手に動くわい!)


そこへ、コゼット役の鶴子が合流する。


「♪ 明日には……っ、あ、会えない……の……?」


(ヤバい……っ! 美羽ちゃんも持子姉さんもプレッシャーが凄すぎて、声が……っ!)


同級生二人の規格外のパフォーマンスに呑まれ、鶴子の声が緊張で震えかけた。

その時。


『ガシッ!』

「……っ!?」


持子が、鶴子の手を力強く、そして優しく握りしめ、自分の方へと強く引き寄せた。


「♪ 君と共に〜 いる〜!!」


黄金の瞳が至近距離から鶴子を射抜き、愛する妹を引っ張り上げるような強引なエネルギーが放たれる。


(……っ! 私だって、持子姉さんの隣にふさわしいヒロインなんだから!)


鶴子の中で不安が吹き飛び、凛と澄み切った高音がステージに響き渡る。持子の力強いテノールと、鶴子の美しいソプラノが見事なハーモニーを生み出した。


後方で見ていた雪は、思わず胸の前で両手を組んだ。


(持子……。ただ自分が目立つだけじゃなくて、ちゃんと周りを引っ張って……仲間を支えられるようになったのね……)


ただの傍若無人な暴君ではなく、深い慈悲で仲間を護り抜く『真の王の器』。その片鱗をステージの上で発揮する我が子の姿に、雪の目から思わず温かい涙がこぼれ落ちそうになる。


曲はいよいよクライマックスの大合唱へ。

クラスメイトたちが次々とステージに上がり、メロディと歌詞が複雑に絡み合う。


「♪ ワン・デイ・モア!(明日には!)」

「♪ 我らの旗を!(自由に!)」

「♪ 探り出せ!(秘密を!)」


美羽の重厚なバルジャンが底辺を支え、持子の圧倒的なカリスマ性が全体を牽引し、鶴子の澄んだ声が華を添える。クラス全員の歌声が一つになり、巨大なうねりとなって客席を呑み込んでいく。


「♪ 明日にはぁぁぁぁぁっ……!!」


『ダァァァァンッ!!』


全キャストが正面を見据え、完璧なフォーメーションでポーズを決める。

最後の音が消え、一瞬の静寂。

そして。


『ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』


割れんばかりの、地鳴りのような大歓声とスタンディングオベーションが会場を揺るがした。


「はぁっ、はぁっ……! や、やったわね、持子姉さん……!」

「ふはははは! わしの歌声に酔いしれたか観客ども! よくやったぞ、鶴子!」

「ふふっ、二人とも最高のコーラスだったわよ」


ステージの上で、やり切った笑顔を交わす持子と鶴子、そして美羽。


(……ええ、最高のステージだったわよ。私のかわいい、自慢の娘)


鳴り止まない拍手の中、立花雪は誰よりも優しく、そして誇らしげに、ステージで光り輝く持子に向けて力いっぱいの拍手を送っていた。


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