【学園祭5】
【学園祭5】
10月の澄み切った秋晴れの下、聖ミカエル学園の学園祭は最高潮の盛り上がりを見せていた。
合気武道部の部室を改装した『和風甘味処・武士の休息』の前には、朝からとんでもない長さの長蛇の列ができていた。
その原因は、ズバリ「顔」である。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりか?」
凛とした純白の道着に、漆黒の袴姿。
神が計算し尽くした『黄金比』のプロポーションを持ち、世界的トップモデルとして君臨する恋問持子が、完璧な所作と極上の笑みで接客を行っていたのだ。
「お、おう……! ま、抹茶と、その……特製肉厚ぜんざいを一つ!」
「かしこまった。少々お待ちを」
以前の暴君・董卓の魂が表に出すぎた持子であれば、「さっさと注文せんか下郎!」と怒鳴りつけていたかもしれない。しかし、今の持子は違う。合気武道の精神と、仲間たちとの絆を経て、接客業をソツなくこなせるまでに精神的な『成長』を遂げていたのだ。
とはいえ、これだけの絶世の美女が給仕していれば、当然厄介な客も湧いてくる。
「ねえねえお姉さん、ぜんざいより君の連絡先が欲しいな〜。ちょっと後で抜け出さない?」
「おっと」
チャラいヤンチャな他校の男子生徒が、ニヤニヤしながら持子の手首を強引に掴もうとした、その瞬間。
『クルリ、スパーンッ!』
「えっ? ほわっ!?」
持子は一切の力を使わず、合気の理を用いて男子生徒の力を受け流し、手首を柔らかく巻き込むようにして彼自身の重心を崩した。そのまま痛めつけることなく、やんわりと背中を押して部室の出口へとエスコートする。
「当店の『ワンポイント護身術クリニック』、身をもっての体験感謝するぞ! 痛い目を見たくなければ、お帰り願おうか」
「ひぃぃっ! す、すんませんっしたぁぁ!」
鮮やかすぎる撃退劇。本当に痛めつけることなく、平和裏にトラブルを解決するその姿に、店内で見ていた一般客から「おおーっ!」と拍手が巻き起こった。
「ふはは! わしの完璧な捌きを見たか! どうだ千手、森!」
「うんうん、持子ちゃん、接客も護身もバッチリだよ!」
「ああ。綺麗な入り身だった」
奥で調理を担当している主将の千手美貴と副主将の森盛夫も、持子の成長ぶりに目を細めて頷いた。
そんな大盛況の部室に、さらにとんでもないVIPが二人、姿を現した。
「持子ちゃーん! 遊びに来たわよー!」
「ごきげんよう、持子」
『ザワァァァァァッ!!』
部室周辺の空気が、爆発的な歓声に包まれた。
テレビで見ない日はない超売れっ子インテリタレントの本多鮎と、フランス人形のように美しい金髪碧眼の美少女、ルージュである。
「うおおおおおっ!! 鮎さんだぁぁぁっ!! 生の鮎さんだぁぁっ!!」
お調子者の佐藤陽翔が、鼻息を荒くして歓喜の声を上げる。高橋玲央や阿部凛花といった女子部員たちも「キャーッ! 鮎先輩! 一緒の子も可愛いー!」と大興奮だ。
無口な門蒼真や森でさえ、嬉しそうに小さく頷いている。男女問わず、トップタレントの鮎のカリスマ性は絶大だった。
「おお、鮎にルージュではないか!」
持子が歩み寄る。
鮎は持子を見るなり、頬をピンク色に染め、瞳を潤ませた。
(あぁぁっ! 袴姿の凛々しいご主人様! 今すぐその足元にひれ伏して『持子様ぁっ!』と叫びたいですわ! でも……この普通の学園祭というシチュエーションで、仲の良いお友達ごっこをするのも、これはこれで最高のプレイ……っ!)
内心でド変態な歓喜に打ち震えながら、鮎はあくまで「気さくな先輩タレント」の仮面を被って「持子ちゃん」と呼んだ。
「お前たちが来てくれて、なまら嬉しいぞ! だが……」
持子は、周囲を取り囲み始めた黒山の人だかりと、パシャパシャと光るスマホのカメラのフラッシュを見て、苦笑いした。
「これだけの美少女が揃えば、大騒ぎになるのは必然。この騒ぎだから、少し休憩したら程々で帰ってくれ。ほれ、わしからの奢りだ」
持子は、お盆に乗せた湯気立つ『特製肉厚ぜんざい』を二つ、ドンッ! とテーブルに置いた。
「わ、わたくしはお茶だけで良くてよ……」
ルージュが、その『肉厚ぜんざい』という字面の圧の強さに、少し引きつった声を出した。
「肉厚って……お肉が入っているの? だいぶ体重は落ちてきたけど、ここでそんなカロリー爆弾を食べたら、また……」
ルージュは自身のスッキリとしたお腹のあたりをそっと撫でた。以前はタプタプの「浮き輪」ができていたが、過酷なダイエットの末、見た感じ大分お腹の浮き輪は無くなってきているのだ。
「ふははは! 勘違いするなルージュ! 本当の肉が入っているわけではない!」
「えっ?」
「中に入っている『お餅』が、まるで分厚い肉のステーキのように極厚で、食べ応え抜群だから『肉厚ぜんざい』と名付けたのだ! 表面をカリッと香ばしく焼き上げ、中はとろけるような極上の分厚いお餅だぞ!」
「あ、お餅なのね……!」
「なんの根拠もないが、絶対に大丈夫だ! なまら美味いから食え、ルージュ!」
持子の全く理にかなっていない、しかし妙な説得力のある言葉に押され、ルージュは恐る恐るスプーンを手にした。
甘く煮詰められた小豆の海から、ずっしりと重い、極厚の焼き餅を掬い上げ、パクリと口に含む。
「…………っ!」
ルージュの金糸雀のような美しい瞳が、パァァァッ! と見開かれた。
上品な甘さの小豆と、外はカリッ、中はモチモチの分厚いお餅の食感が、口の中で完璧なハーモニーを奏でる。
「おいひぃ……っ♡」
ルージュの顔に、見ている者すべてが幸せになるような、純粋で天使のような笑顔が咲き誇った。周囲の客たちから「おおぉぉ……」という尊いものを見た時のようなため息が漏れる。
「ふふっ、本当に美味しいわね。お餅の弾力がたまらないわ」
隣で鮎も、タレントとしての完璧な笑顔を振り撒きながら、優雅に(内心はご主人様からのご褒美という事実に発情しながら)ぜんざいを平らげていく。
「ふははは! であろう、であろう!」
持子が腕を組んで自慢げに笑う、その極上の笑顔の空間。
『……最高の、瞬間です』
合気武道部の部室の入り口。
喧騒の少し外側で、写真部の腕章をつけた風間楓が、静かにカメラを構えていた。
学園祭の記録撮影のために校内を回っていた彼女は、偶然にもこの奇跡のようなタイミングに立ち会ったのだ。
楓の手には、彼女の愛機であるフルサイズデジタル一眼レフカメラ『PENTAX K-1 Mark II』が握られていた。
そして、そのボディに装着されているのは、極上のボケ味と圧倒的な解像感を誇る大口径単焦点レンズ、『HD PENTAX-D FA★ 85mm F1.4 ED SDM AW』。
(絞りは開放。手前の観客と背景の道場を美しく溶かし……彼女たちの笑顔と、持子先輩の誇らしげな表情にピントを……)
楓は息を詰め、ファインダー越しに完璧な構図を切り取る。
トップモデル、インテリタレント、そして金髪の美少女が織りなす、日常の中の非日常的な輝き。85mmの単焦点が描き出す、立体的で息を呑むほど美しい世界。
『カシャリ……ッ』
心地よく、重厚なシャッター音が部室の入り口で微かに響いた。
PENTAX K-1 Mark IIが捉えたその一枚は、極上のボケ味の中に浮かび上がる天使の笑顔と、合気武道部の温かな空気を、色鮮やかな永遠として見事に封じ込めたのであった。




