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【学園祭3】

【学園祭3】


「うぅぅ……わしをいじめるな……。わしだってパニックになっておるんだぞぉ……」


極黒の魔王たる恋問持子が、道着姿のまま部室の床に正座し、完全にいじけモードに入っていたその時である。


『ギギギギギギッ……!!』


部室の外、学園の廊下から、先ほどの低級霊とは比べ物にならないほど禍々しく、巨大な負のオーラを放つ『中級霊』が、凄まじいスピードで飛来してきた。

開け放たれたドアの向こうを、黒いヘドロのような怪物が猛スピードで駆け抜けていく。


「な、なんだあれ!? デカいっすよ!?」

「ひぃっ!?」


佐藤陽翔が叫び、高橋玲央と南原紗良が悲鳴を上げて後ずさった瞬間。

廊下の奥から、凛とした、しかし絶対的な霊力を帯びた少女の『小さな声』が響き渡った。


「――祓え」


『ピシィィィィィンッ!!』


たった一言。

その声が空気を震わせた瞬間、猛スピードで逃げていた中級霊の動きがピタリと止まり、次の瞬間、内側から膨張するようにして『パァァァァンッ!!』と弾け飛んだ。

断末魔を上げる暇もなく、中級霊は眩い光の粒子となって完全に消滅する。


「「「「「えっ…………?」」」」」


合気武道部の部員たちは、廊下で起きたその圧倒的な『霊の消滅エクソシズム』を目の当たりにし、言葉を失って完全にフリーズした。

光の粒子が舞い散る廊下を、コツ、コツと静かな足音を立てて歩いてくる人影があった。


「はぁ……。逃げ足が早すぎます。まったく、学園祭の高揚感に当てられて湧いて出るとは……」


漆黒の長髪を揺らし、氷のように冷徹で美しい顔立ちをした一般科の二年生。氷川神社の巫女であり、特務機関TIAの特級エージェントでもある『風間楓』であった。

楓は小さくため息をつきながら、開け放たれた合気武道部の部室へと視線を向けた。


「……ん?」


楓の足が、ピタリと止まった。

彼女の霊視の目が、部室の中にいる合気武道部の面々――千手、森、門、佐藤、阿部、高橋、南原の全員から、モワァァァァ……と滲み出ている『黒いオーラ』を正確に捉えたのだ。

それは、楓が嫌というほど見知っている、極黒の魔王・恋問持子と全く同じ波長、同じ成分の『魔力』であった。


そして、その部員たちの中心で、小さくなって正座している持子の姿。


「……………………」


スーッ……。

楓の美しい瞳から、一切のハイライトが消え失せた。

部室の温度が、物理的にマイナス十度ほど急降下したかのような錯覚。

風間楓の、理性を投げ捨てた絶対零度の怒り――『修羅モード』のスイッチが入った瞬間であった。


「ヒッ!?」

「な、なんだこの空気……っ! 息が、できない……っ!」


一般人である部員たちが、本能的な死の恐怖を感じて喉を掻き毟る。

楓は、無表情のまま、音もなくスススッ……と部室の中へ滑り込み、正座している持子の目の前に立った。


「か、楓……? お、お疲れ様……」


持子は、ガタガタガタガタッ! と生まれたての小鹿のように全身を震わせ、引きつった笑顔を浮かべた。


『ゴスッ』


「あだうっ!?」


次の瞬間。楓は一切の容赦なく、その足で、正座している持子の豊かな太腿を上から冷酷に踏みつけた。


「も・ち・こ・せ・ん・ぱ・い?」


地を這うような、怨念の籠もった楓の冷たい声。


「どうして、合気武道部の一般人の皆さんの身体から、持子先輩と全く同じ魔力が『プンプン』と出ているんですか?」

「ひぃぃぃっ!! そ、それはだな楓! 違うのだ、決してわざとではなくて……っ!」

「もしかして……先輩。この合気武道部の部員全員を、先輩の『下僕』にしたんですか?」


ギリギリギリッ……! と、太腿を踏みつける足に体重が乗る。


「「「「「下僕!?」」」」」


楓の口から飛び出したパワーワードに、千手や玲央、紗良たちが目を丸くして驚愕の声を上げた。

しかし。


「げ、下僕……っ」

「持子先輩の……」

「下僕……♡」


なぜか、門蒼真、佐藤陽翔、阿部凛花の三人だけは、その単語を聞いた瞬間、顔を『ボッフゥゥゥンッ!』と茹でダコのように真っ赤に染め上げ、モジモジと身体を捩り始めてしまったのである。

(※夏合宿での『おっぱいを見せる・揉ませる』という不純な約束による、ある種の主従関係の記憶が刺激されたためである)


「……ほら。あそこの三人なんて、下僕という言葉に完全に発情して顔を赤くしているじゃないですか。一体、裏でどんな破廉恥な洗脳を施したんですか?」

「ち、違うのだぁぁぁぁっ!!」


持子は涙目で首をブンブンと横に振った。


「わしにも分からんのだ! 合宿の時に、みんなの疲れた筋肉を身体を癒やしてやろうと、魔力を使ってマッサージをして身体を回復してやっただけなのだ! 決して、下僕になどしていないのだ!」

「……ただの回復魔力で、一般人が全員覚醒するわけないでしょう」

「ほ、本当だ! 嘘じゃない! 信じてくれ楓ぇぇぇっ!」


持子のあまりにも必死な(そしてアホっぽい)涙の訴えに、楓は数秒間じっとその黄金の瞳を見つめ返し……やがて、「はぁぁぁ……」と深々と、本当に疲れたようなため息を吐いて、持子の太腿から足を下ろした。


「……分かりました。先輩のそのバカみたいな顔を見れば、悪意がなかったことくらいは分かります」

「か、楓ぇ〜〜っ!」


持子が安堵の涙を流す中、楓はクルリと背を向け、今度は合気武道部の部員たちへと向き直った。


「皆さんは、今から学園祭の出し物で色々と忙しいでしょうから……この不可解な現象については、学園祭がすべて終わってから、私からきちんと説明致します」


楓は懐から、真っ白な和紙で包まれた美しい『お守り』を七つ取り出し、部員たち一人一人に手渡していった。


「今は、このお守りを必ず身につけておいて下さい。強力な結界が張ってありますから、先ほどの霊のような悪いものは絶対に近づいてきません。皆さんの漏れ出ている魔力も、これで抑え込めます」

「あ、ありがとうございます……」

「な、なんだかすごい本格的……」


部員たちが恐る恐るお守りを受け取る。


「それから……」


楓は、静かな声で言葉を続けた。


「皆さんがこうなってしまったのは、持子先輩の魔力が引き金になったのは事実でしょう。ですが……これだけ綺麗に魔力が定着しているということは、皆さん自身に、元々『覚醒する素養』があったんだと思います。ですから……」


楓はそこで言葉を区切り、再びクルリと持子の方へ視線を向けた。


「これ以上、持子先輩を虐めてはいけません。……宜しいですね?」


『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…………!!!!』


その瞬間。

楓の背後に、阿修羅の如き凄まじい『殺気』のオーラが具現化して立ち上った。

「持子先輩を虐めたら、物理的・霊的に社会から抹殺する」という、特級エージェントとしてのガチの威圧感。

常人であれば、その殺気を浴びた瞬間に心臓が止まってショック死していてもおかしくないほどの、絶対的な暴力の気配であった。


「「「「「ヒィィィィィィッ!!!??? は、はいぃぃぃぃぃっ!!!」」」」」


千手も、森も、一年生たちも。

合気武道部の全員が、顔面を土気色にして、首がもげるほどの勢いでガクガクと何度も頷いた。


天下の魔王である持子を震え上がらせる、最強の後輩・風間楓。

彼女の圧倒的な霊力と修羅のオーラにより、合気武道部の『集団覚醒事件』は、一旦の(強引な)幕引きを見せるのであった。


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