【学園祭1】
【学園祭1】
10月の澄んだ秋空の下、私立聖ミカエル学園は学園祭の熱気と喧騒に包まれていた。
芸能科の華やかな出し物がひしめく中、合気武道部の部室は、凛とした和の空間へと様変わりしていた。
出し物『和風甘味処・武士の休息』。
その名の通り、部員たちは全員、ピシッとした道着に袴姿で開店準備に追われている。
「佐藤くん! そこの毛氈の敷き方が歪んでいます! 私の完璧な美意識に反します、やり直し!」
「ええ〜、玲央ちゃん厳しすぎっすよぉ〜。紗良ちゃん手伝ってー」
「……嫌です。佐藤くんの不器用菌がうつりそうなので」
「グサッ!? 相変わらず毒舌の切れ味が日本刀!!」
お調子者の佐藤陽翔が、プライドが高く完璧主義の高橋玲央と、冷静な毒舌家・南原紗良に挟まれて泣き言を漏らしている。
その横では、無口で真面目な門蒼真が黙々と机を運び、異常な身体の柔らかさを持つ阿部凛花が、なぜか開脚ストレッチをしながら提灯を飾っていた。
そんな和気藹々とした準備風景の中。
絶世の美貌と黄金の瞳を持つ極黒の魔王にして、合気武道部三年生の恋問持子は、背手に何かを隠し持ちながら部室の入り口に立っていた。
(ふははは……。先ほど旧校舎の裏で、なまら活きの良い『低級霊』を捕まえたぞ。プルプルしていて、食感が良さそうだ。開店前のオヤツとして、後でこっそり食ってやるわい)
持子の手の中では、黒いスライムのような低級霊が「ギィィ……」と微かな悲鳴を上げながらもがかれていた。
持子がニヤニヤとよだれを垂らしそうになっていた、その時である。
『ヌルリ……』
部室の開け放たれた窓から、どんよりとした負のオーラを纏った別の低級霊が、三匹、ゆらぁ〜っと侵入してきたのだ。
学園祭の高揚感に引き寄せられたのだろう。
(おおっ!? 追加のオヤツが向こうからやって来たではないか! 運が良いぞ、わし!)
持子が舌舐めずりをし、捕獲のために一歩踏み出そうとした、次の瞬間――。
「あ、またなんか気持ち悪いのが来たっすね。パーンッ!!」
『ギャアッ!?』
佐藤が、まるで蚊でも叩くような軽いノリで両手を打ち合わせた。
その拍手の衝撃波で、一匹の低級霊が「パチュンッ!」と破裂して霧散した。
「もう、ホコリが落ちるじゃないですか! バシンッ!!」
『ゴベェッ!?』
凛花が、長い腕をしならせた強烈なビンタを虚空に見舞うと、二匹目の低級霊が床に叩きつけられ、そのままドロドロに溶けて消えた。
「ひっ!? なんですかあれ、不潔です!」
「キャアア! 完璧な型が崩れますぅ!」
霊的なものに免疫のない紗良と玲央は、悲鳴を上げて部室の隅っこへ猛ダッシュで逃げ込む。
「……スッ」
最後に残った一匹。
門が無表情のまま、丸太のような太い腕を伸ばしてその低級霊の首根っこをガシッと掴んだ。
『ギ、ギィィィ……!?』
「……お前、邪魔だ」
ポイッ。
門は、まるでゴミでも捨てるかのように、低級霊を窓の外の彼方へとフルスイングで投げ捨てた。「キィィィィン……」という音が遠くで響く。
「……………………は?」
持子は、捕まえていた低級霊を手に持ったまま、完全にポカーンと固まっていた。
そして、無意識のうちに、手に持っていた低級霊を口に運び――。
『ギャアアアアッ!?』
パクッ。モグモグモグモグ……ゴクン。
「「「「「…………っ!!?」」」」」
持子のその野性味溢れる捕食シーンに、今度は部員全員がドン引きして硬直した。
「も、持子ちゃん……っ!? 今、なんか黒くてウニョウニョしたの食べたよね!? それって食べて大丈夫なの!?」
主将の千手美貴が、童顔を青ざめさせてツッコミを入れる。
「……お腹、壊さないのか?」
副主将の森盛夫も、寡黙な顔に明らかな動揺を浮かべていた。
持子はハッと我に返り、胃袋に落ちた低級霊の味を反芻しながら、ドヤ顔を作った。
「ふ、ふはははは! 心配無用だ! あまり美味しくはないが、これはこれで癖になるぞ! ちょっとピリ辛なグミみたいなものよ!」
強がりながら笑う持子だったが、すぐに黄金の瞳をスッと細め、不思議そうな顔で一年生たちを見回した。
「……というより。お前達全員、今の『低級霊』が見えておったのか? 門、佐藤、阿部に至っては、普通に物理干渉して潰したり捨てたりしておったではないか」
持子の言葉に、一年生たちは顔を見合わせた。
「あ、やっぱりこれ、普通の人には見えないヤツなんですね?」
「実は、あの夏合宿が終わって、東京に戻ってからなんか見えるようになっちゃったんですよねー」
佐藤がケラケラと笑いながら答える。凛花も「私もです!」と頷き、玲央と紗良は「見たくないのに見えちゃうんです……」と身を寄せ合って震えている。門はただ無言で頷いた。
「さらに言うと、ですね」
佐藤が、ニヤッと笑って右手を前に出した。
「これってなんでしょうね? 見えるだけじゃなくて、こんなのも出せるんっすよ。ほいっ」
『モワァァァァッ……』
佐藤の右手に、黒い霧のような、禍々しくも力強いオーラが重なるようにして現れた。
それは、持子が普段から使っている『闇の手』そのものであった。持子のように遠くまで伸ばすことはできないようだが、自らの手に重ねて発現させている。
「……俺も、出せる」
「わ、私もですぅ! なんかモヤモヤしてますけど、温かいんですよ?」
門と凛花も、それぞれの手に同じような闇のオーラを纏わせてみせた。
「…………ッ!!!」
持子の脳内で、警報がけたたましく鳴り響いた。
(な、なんだとぉぉぉっ!? あやつら、わしの極黒の魔力の一部を扱えるようになっておるではないか!!)
持子の思考回路がフル回転する。
原因は、火を見るより明らかだった。
あの地獄の夏合宿。持子は疲労困憊の部員たちに対し、「魔法のマッサージ」と称して、自身の魔力を流し込み、彼らの肉体を回復させていたのだ。
暴食の魔王たる持子の、強大すぎる魔力。それを直接注ぎ込まれた結果、彼らの眠っていた霊的・魔術的な素養が『覚醒』してしまったに違いない。
(や、ヤバいヤバいヤバい!! TIAからは、『一般人で覚醒者が出たら速やかに報告しろ』と厳命されておる! しかも原因がわしのマッサージだなんてバレたら、面倒な始末書どころか、ひよっこ共が機関にモルモットとして回収されるかもしれん!)
持子の背筋に、滝のような冷や汗が流れた。
どうする? なんと誤魔化す?
絶世の美女の顔が、見る見るうちに「アホの子」のように引きつっていく。
「あーーーー……。ええっと、それはだな! うん! 若さゆえのプラシーボ効果というか、気のせいというか! ほら、中二病の延長線上みたいなもので……!」
目が泳ぎまくり、声が裏返る持子。
何かを隠そうとしている時、あるいは悪いことをした時の、持子特有の完全にアウトな挙動不審である。
そして、そんな彼女の態度を、長年(?)の付き合いである三年生コンビが見逃すはずがなかった。
「…………持子ちゃん」
千手の声が、一段階低くなった。
小柄で童顔な彼女だが、その瞳には主将としての鋭い光が宿っている。
「その顔、なんかやらかした時の顔だよね。言いなさい」
「ギクゥッ!?」
「…………(ジロッ)」
さらに、長身で筋肉質の森が、無言のまま、圧倒的なプレッシャーを持子へと放つ。
退路は完全に絶たれた。
「うぅ……っ」
持子は観念したように肩を落とし、ズルズルとその場に正座した。
「…………多分、わしのせいだ。合宿のマッサージで、わしの力が移ったんだと思う……ごめんなさい」
天下の暴君・董卓の魂を持つ極黒の魔王は、学園祭の華やかな空気に包まれた部室の真ん中で、後輩たちの前で小さくなって白状するのであった。




