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「神前婚儀――極黒の魔王は妹となる」

【神前にて、極黒の魔王は妹となる】


秋の気配が少しずつ風に混じり始めた、九月の空。

帝都の中心にありながら、深い静寂と緑に包まれた赤坂・氷川神社の鳥居前に、一台の黒塗りの高級タクシーが静かに停車した。


「ふぅ……」


後部座席で、恋問持子こいとい もちこは、自身の身を包む最高級の黒留袖の重みを感じながら、小さく、けれど重厚な吐息を漏らした。


身長一七五センチの圧倒的な長身。

白磁のように滑らかな肌。

そして、前世のカルマとして背負い込んだ、かつて己を破滅させた傾国の美女・貂蟬ちょうせんと瓜二つの、直視すら躊躇われる絶世の美貌。


その完璧な容姿は、重厚な和装を纏うことで一層の凄みを生み出し、窓の外を歩く参拝客が思わず足を止めて見惚れるほどだった。


「ため息をつくと、せっかくの着物が台無しになりますよ、持子さん」


隣に座る、静かで理知的な声。

持子の所属する芸能事務所『スノー』の社長であり、日夜書類仕事という名の戦場で奮闘する立花雪たちばな ゆきだった。


「雪……。わしはあの京都の奥深くにある始まりの神社で、桐子お姉さんと本当の『姉妹の契り』を結んだ身だ。葉室家の人間として、そして妹として、この神聖な場に相応しい振る舞いができるか、少しばかり身が引き締まる思いなのだ」


「腹をくくりなさい。今日のあなたは『スノーの恋問持子』でも『極黒の魔王』でもありません。葉室桐子の妹として、凛と胸を張りなさい」


雪の静かだが絶対的な響きを持つ言葉に、持子は**コクリ**と力強く頷いた。


「……分かった。わしのカオス魔力で葉室をまるごと護ると誓ったのだ。堂々と振る舞ってやろうぞ」


「その意気です。私はこのままタクシーで、披露宴会場の最終確認へ向かいます。後のことは、葉室家の娘としてしっかり頼みましたよ」


**ガチャッ。**


持子が車を降りると、雪は完璧なアドバイスを残し、そのままタクシーで走り去っていった。

**ブロロロロ……**と遠ざかるエンジン音を背に、持子は神社の境内へと一歩を踏み出す。


**ザクッ、ザクッ。**


玉砂利を踏みしめる音が、澄んだ空気の中に吸い込まれていく。


「…………」


渡り廊下の角を曲がったところで、**コンッ**と軽やかな足音が重なった。

顔を上げると、そこには美しい振袖に身を包んだ少女が立っていた。

葉室鶴子はむろ つるこ。桐子の実の妹である。


「……持子お姉さん」


「鶴子、か」


かつては生意気な口を利くこともあった鶴子だが、今は持子を「姉」として心から敬う、真っ直ぐな瞳を向けていた。

二人は風間洋助という一人の男を愛し、共に散っていった「失恋の同志」でもあった。


「すごく似合っています、その着物。持子お姉さん、本当に綺麗……」


「ふん、お主こそ。その振袖、わしの美貌には及ばぬが、よく似合っておるぞ。……今日は、泣かないと決めているのか?」


持子の問いに、鶴子は**ふっ**と自嘲気味に、けれど優しく笑った。


「泣くわけないです。お姉ちゃんが、あんなに幸せそうなんだから。私が泣いたら、台無しになっちゃう」


**ギュッ。**


鶴子は帯の前で両手を強く握りしめていた。

持子は静かに歩み寄り、その震える手を、自身の白く長い指で**そっと**包み込んだ。


「今日一日は、わしも『葉室持子』として振る舞う。お主の隣で、共に胸を張ってな」


二人は連れ立って、控室の扉へと向かった。

**ガララッ**と静かに引き戸を開ける。


そこには、葉室家当主・嗣綱つぐつなと、母・長子ちょうこ

そして、部屋の中央に座す、神聖な白無垢姿の葉室桐子がいた。


「……あ……」


持子は息を呑んだ。

桐子の髪は、雪のように真っ白だ。かつての死闘の代償。

しかし、今の彼女の顔は、そんな哀れみを微塵も寄せ付けないほどに、神々しく、凛々しく、幸せに満ちていた。

今日の主役は、間違いなくこの姉なのだ。


「お義父様、お義母様。……桐子お姉さん、本当に、本当に綺麗です」


その心からの言葉に、嗣綱と長子は目元を潤ませ、深く頷いた。


「ありがとう、二人とも。あなたたちに見守ってもらえること、本当に嬉しく思うわ」


桐子の白い手が、持子と鶴子の手を優しく撫でた。


**ピーヒョロロォォ……ポポンッ……。**


境内に雅楽が響き渡る。参進の儀。

赤い和傘の下、新郎・風間洋助を先頭に、花嫁行列がゆっくりと進む。

洋助の黒の紋付羽織袴姿は、息を呑むほどの『男前』であり、隣を歩く桐子を絶対に護り抜くという凄絶な決意に満ちていた。


神前での儀式は、神々の見守る中で静かに、滞りなく進んでいった。


挙式が終わり、両家は「親族紹介」のため別室へと移動した。

**ピーン**と張り詰めた、けれど確かな絆を感じさせる緊張感が漂う和室。


**ガタッ。**


まず、風間家の祖父・風間助平が、裏社会の覇者としての貫禄を湛えて立ち上がった。


「本日は幾久しく、お慶び申し上げます。親族を紹介いたします。まず、祖父の風間助平でございます」


続いて、隣に座る女性が**スッ**と立ち上がる。


「長女の、風間楓です」


さらに、その隣の少女も**ピンッ**と背筋を伸ばす。


「次女の、風間高子です」


助平が最後に深く一礼した。


「風間家一同、桐子殿を家族に迎えられたこと、心より感謝いたします。今後とも、幾久しくよろしくお願い申し上げます」


続いて、葉室家側。

**ガタッ**と、父・嗣綱が静かに立ち上がった。


「新婦の父、葉室嗣綱でございます」


続いて、母・長子が優雅に立ち上がる。


「母の、長子でございます」


そして――。

持子が、その圧倒的な存在感を放つ長身を**スッ**と立たせた。

黒留袖の裾が**さらり**と畳に擦れ、室内の空気が一段と引き締まる。


「妹の、恋問持子です」


凛とした、けれど慈愛に満ちた声が響く。


最後に、鶴子が真っ直ぐな瞳で立ち上がった。


「同じく、妹の鶴子です」


嗣綱が、洋助と風間家を見据え、深々と頭を下げた。


「……手塩にかけて育てた、自慢の娘です。どうか末永く、よろしくお願いいたします。我ら葉室家も、今後とも幾久しく、よろしくお願い申し上げます」


**サアッ……。**


両家が同時に深く頭を下げ合う。

顔を上げた洋助と桐子の目が合い、二人は最高に幸せな微笑みを交わした。


風間家と葉室家。

二つの強大な「家」が、持子や鶴子という「妹たち」の祝福を受け、本当の家族として固く結ばれた瞬間だった。


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