【東京ダンジョン4】
【東京ダンジョン4】
豪奢な天蓋付きのキングサイズベッド。
そこはつい先程まで、狂乱と法悦が渦巻く魔界の宴の舞台であった。
高級なシルクのシーツは無惨に乱れ、甘く、そして濃密すぎる極黒の魔力が、目に見えるほどの陽炎となって部屋中に立ち込めている。
「ふははははっ! どうだ、我が極上の魔力の味は! しっかりと骨の髄までしゃぶり尽くしたであろう!」
乱れ切ったベッドの中央で、全裸のまま胡座をかいているのは、絶世の美少女・恋問持子である。
身長175cm、神が計算し尽くしたような「黄金比」のプロポーションと白磁の肌。
その魂には三国志の暴君・董卓が宿り、中身は完全なるスケベなオッサンである彼女は、誇らしげに豊かな胸を張っていた。
彼女の周囲には、極上の魔力交換(という名の蹂躙)を終え、幸せそうな寝息を立てる下僕たちが転がっている。
持子はニヤニヤとだらしない笑みを浮かべながら、すぐ傍で眠る『第一下僕』本多鮎のピンク色の髪をワシャワシャと撫で回した。
「うふふ……持子様ぁ……もっと、もっと私を理不尽に……」
寝言でさえ究極のドMっぷりを発揮する鮎に、持子は満足げに頷く。
次いで、持子の手が伸びたのは、小柄でふわふわとした茶髪の美少女、花園美羽だ。
持子は美羽の柔らかな胸を、むにゅっ、むにゅっ、と容赦なく揉みしだく。
「んんっ……持子さん……私、持子さんの泥棒猫ですぅ……」
甘く重い依存的な声を漏らす美羽に、持子は「うむ、良い鳴き声だ」と鷹揚に頷いた。
さらに持子は、ベッドの端で身を丸めているグラマラスな王道女神、アスタルテの豊満な尻に、容赦なく裸足を乗せてぐりぐりと踏みつける。
「あぁんっ! 我が神っ……! もっと、もっとお踏みくださいませぇっ!」
持子の足の裏からの刺激だけで、アスタルテは限界まで感じて身をよじらせた。
「まったく、わしがいなければ生きていけぬ可愛い奴らめ!」
持子が王の器を見せつけるように高笑いした、その時である。
ズルリ……ッ。
ベッドの脇、鮎の影が不自然に歪み、そこから一人の少女が姿を現した。
金髪に真紅の瞳、三百年の時を生きる吸血鬼の元女王、ルージュである。
彼女は現在、鮎の使い魔として影の中に住んでいるのだ。
「……はぁ。まぁた酷い状態ですこと」
ルージュは呆れ果てた溜息を吐きながら、部屋中に充満するドロドロとした魔力とエロスの気配に顔をしかめた。
しかし、次の瞬間。
「すぅぅぅぅぅぅぅっ……はぁ〜っ。あら? 意外と美味しいですわね、この魔力」
ちゃっかりと深呼吸をして、部屋に漂う持子の極黒の魔力を美味しそうに吸い込んでいる。
「当たり前だ!」
持子が、隠すことなく全裸のまま胸を反らせて偉そうに言い放つ。
「わしがたっぷりと共を可愛がってやったからな! この空間は今、極上の愛と魔力に満ち溢れておるのだ!」
「あははははっ! わしの愛にひれ伏すがいい!」
得意絶頂の極黒の魔王。
しかし、その威厳は次の瞬間、あっさりと崩壊する。
ピシッ!
「あうっ!?」
ルージュが、つかつかと歩み寄るなり、無防備な持子の乳首を指で鋭く弾いたのだ。
「何をするのだ貴様ぁっ!?」
涙目で胸を押さえる持子を冷ややかな目で見下ろし、ルージュは腰に手を当てて説教を始める。
「マスター(鮎)を可愛がりすぎですわ! それに、部屋を見渡しなさいな。やりすぎですのよ!」
ルージュの指差す先には、魔力の過剰摂取で完全に伸びきったエティエンヌとアスタルテの姿もあった。
絶世の金髪美女へと女体化した元真祖のエティエンヌは、「持子様ぁ……私を抱いて……」と狂信的な笑みを浮かべて白目を剥いており、イギリスのトップモデルの容姿を持つ元大悪魔シャーロットに至っては、「ひぃっ……あぎぃっ……もう許してぇ……」と涙目でピクピクと痙攣している。
「う、うーん……」
流石の持子も、やり過ぎたか、と頭を掻いた。
「わ、わかった。やり過ぎた。……よし、少し回復させてやるか」
持子はポンと手を打つと、まずは一番近くにいた鮎の唇を塞いだ。
「んむっ……ちゅ……」
直接的な口付けによって、持子から濃密な魔力が鮎へと注ぎ込まれる。
「はぁっ……持子様……! 極上の魔力、ありがとうございます……っ!」
瞬時に覚醒した鮎が、狂信的な瞳で持子にすがりつく。
「次は美羽だ。ほれ」
「んちゅっ……ぷはぁっ! ああっ、持子さんの匂い、持子さんの魔力ぅっ!」
美羽がヤンデレ気質全開で持子の腕に絡みつく。
「エティエンヌ、起きろ」
「んんっ……ああっ! 持子様からの直々の御口付け……! 私、死んでもいい……!」
究極のドMへと成り果てたエティエンヌが、圧倒的な包容力のある胸で持子を抱き寄せる。
「アスタルテ、口を開けろ」
「ひぎぃっ! あぁぁっ、我が神……っ! 奥まで、もっとわたくしを満たしてくださぁい!」
豊穣の女神アスタルテが、艶かしい声を上げて持子の腰にすがりつく。
「最後だ、シャーロット。ほれ」
「ひっ! あ、あぎぃっ! ご、ご主人様ぁっ! わたくしめのような奴隷にまで……っ!」
高慢な英国貴族風の容姿に似合わぬ完璧な土下座の姿勢のまま、シャーロットが涙を流して喜ぶ。
全員の回復が完了した瞬間、下僕たちの目に危険な光が宿った。
「持子様ぁ……もう一度、私を……」
「持子さぁん……ずっと一緒に……」
「私を抱いてください……」
「我が神……っ!」
「ご主人様ぁっ!」
鮎から順に、全裸の持子に次々と抱きついていく。
再び、底なしの愛欲の泥沼が始まろうとした、まさにその時。
「待ちなさい!!!」
ルージュの鋭い声が、ピンク色の空気を一刀両断した。
「……ん? どうした、ルージュ。お前もわしの愛が欲しいのか?」
呑気な顔で首を傾げる持子に、ルージュは真剣な表情で首を振る。
「違いますわ! 今、ここ……東京の地下深く、かつて御影がいたあたりから、とてつもなく強力な魔力を感じるの!」
ルージュの真紅の瞳が、床下――遥か地の底を見据えていた。
三百年の時を生きる吸血鬼の元女王としての、鋭い感覚だ。
「このままだと、やばいですわよ。……あんた、魔王・持子なんでしょう? 貴方の治める地なんでしょう!」
ルージュの挑発的な煽りに、持子の黄金の瞳がギラリと光った。
「ふはははっ! その通りだ!!! この東京は、極黒の魔王たるわしの庭だ! わしの庭で勝手に暴れる不届き者がいるというのか!」
持子が立ち上がり、魔王の威厳を放つ(全裸だが)。
「私の空間把握能力(魔眼)と探索魔法が、ビンビンと感じてますわよ!」
ルージュが告げると、持子はすぐさま指示を飛ばした。
「シャーロット! 観ろ!」
「ひっ! は、はいっ! ご主人様!」
ビクッと肩を揺らしたシャーロットが、慌てて己の能力、『過去・現在・未来の透視』を発動させる。
アメジストの瞳が怪しく輝き、地下深くの光景を読み取っていく。
「こ、これは……! ご主人様、地下深くに、莫大な穢れと魔物が渦巻く……『ダンジョン』のようなものが形成されておりますわ! しかも、無限に湧き出しているような……!」
シャーロットの報告に、持子はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「ほぅ……ダンジョン、だと? わしの庭に、勝手に迷宮など作りおって。……ならば」
持子は拳を鳴らし、言い放つ。
「間引きに行くか!!」
「「「はいっ! 持子様(さん/我が神/ご主人様)!!!」」」
下僕たちが一斉に忠誠を誓う。
「……ちょっと待ちなさい」
ルージュが、冷ややかな視線を一堂に向けた。
「あんた達、まずは服を着なさい。……いや、その前にお風呂に入りなさい!」
ルージュは鼻をつまんで顔をしかめる。
「エロい匂いが酷いわ、もう! そんな状態でダンジョンに行ったら、魔物達にすぐ囲まれますわよ!」
「ちっ、うるさい奴め。……皆の者、風呂だ! わしの背中を流す栄誉を与えてやるぞ!」
「「「はいっ!!!」」」
バシャァァァァッ! キュッキュッ!
「あぁん、持子様、私の胸で泡立てて……」
「ずるいです鮎先輩! 持子さん、私の背中も……」
「我が神、このアスタルテの……」
バスルームからは、相変わらずわちゃわちゃとしたエロティックな騒ぎ声が聞こえてくる。
ルージュは脱衣所で腕を組みながら、呆れながら待っていた。
「時間かかりすぎですわよ……」
ようやくお風呂から上がり、各々が戦闘に映えそうな服(ドレスやメイド服、特務の制服など)に着替え始めた。
「どうだ、ルージュ!」
持子が、自信満々に仁王立ちになった。
その身体に纏っているのは、戦闘服……ではなく、極小面積の黒いレースのブラジャーとパンティであった。
「このブラとパンティはどうだ! 勝負下着だぞ!」
「おおおっ……! 持子様、極上ですわ!」
「持子さん、最高に可愛いですぅ!」
「私を……私をその足で踏んでください!」
「我が神……神々しい……!」
「ご、ご主人様、お似合いですわぁっ!」
下僕たちは、目をハートにして一斉に拍手喝采を送る。
「どうでもいいですわ! 見えないでしょうが!」
ルージュがたまらずツッコミを入れる。
「上に服を着たら、下着なんて関係ありませんのよ! 何が悲しくて戦いに行く前に下着の品評会を見せられなきゃならないんですの!」
「馬鹿者! 気持ちの問題だ!」
持子が胸を張って言い返す。
「見えないところにも気を使う、それが世界的トップモデルであるわしの流儀だ!」
「馬鹿はあんたですわっ!」
ルージュは頭を抱え、下僕たちを見回した。
「どうしてみんな、ツッコミを入れないのよ!? おかしいでしょう、この状況!」
しかし、鮎も美羽もエティエンヌもアスタルテもシャーロットも、ただただ持子を崇拝の眼差しで見つめるばかりである。
ここで、ルージュは深く悟った。
(あーー……持子と下僕たちは、完全に上下関係が固定されていて、誰も持子に逆らえないのね……)
狂信的な愛と絶対服従のヒエラルキー。
そこには、常識的なブレーキなど存在しないのだ。
「ルージュ」
ふと、鮎がインテリモードの丁寧な口調でルージュに話しかけてきた。
「もう少し、持子様には優しく言って差し上げて。持子様は繊細なのですから」
「……マスター鮎」
ルージュは、大きな溜息を吐き出し、天井を仰いだ。
恩人であり、このカオスな集団を唯一まともにコントロールできる絶対的プロデューサー、立花雪の顔を思い浮かべる。
「雪さんがいないところでは……わかったわ。私がいないと、この話、一行も進まないのですわね……!」
三百年の時を生きる吸血鬼の元女王は、自らがこの狂ったパーティーにおける『唯一の常識人・兼・ツッコミ役・兼・進行役』であることを、骨の髄まで痛感させられたのであった。




