【東京ダンジョン3】
【東京ダンジョン3】
【予知不能のカオスと、盤上の盤外戦術】
ドゴォォォォォォンッ!! ガガガガガガッ!!
現世と魔界の境界が溶け落ちた帝都地下3000メートル『Cの戦場』。
ソロモン王が使役したとされる七十二柱の大悪魔、その内の三柱――アスモデウス、ハルファス、エリゴスによる三位一体の連携は、絶対的な絶望としてTIAたちに重くのしかかっていた。
「見えていますよ、風間洋助。貴方が右へ三歩移動し、刀を上段に構える未来が」
エリゴスが軍馬を操り、優雅に槍を突き出す。
キィィィィンッ!!
《建御雷》で弾く洋助だが、その防御姿勢すらもエリゴスの予知の範疇。
すかさず、ハルファスの築いた塔から魔界の重機関銃が火を噴き(ズドドドドドドッ!!)、アスモデウスの幾何学的な魔力砲撃(バシュゥゥゥゥッ!!)が洋助の退路を塞ぐ。
「チッ……! 流石に腹立つな、あいつの予知能力!」
洋助は防護外套を焦がしながら、舌打ちをした。
悪魔の真名と序列が割れている以上、正道は「対抗天使」の召喚や弱点を突くことだ。エリゴスに対する守護天使はハリアエル。だが、今この極限状態の戦場で、そんな高位の天使を呼び出す儀式など行えるはずもない。
「洋助さん! このままでは押し切られます! エリゴスの予知がある限り、こちらの攻撃はすべて先読みされてカウンターの餌食です!」
土御門朔夜が、炎の蛇『騰蛇』と水の女神『天后』の式神を盾にしながら叫ぶ。
洋助は、血塗れの顔でニヤリと笑った。
「なら、あいつの『予知』の許容量をパンクさせるまでだ」
「パンク……? どうやって!」
「エリゴスの本質は『戦術と予知』だ。理路整然とした軍事戦略を教える悪魔だからこそ……『理屈の通じない盤外戦術』に弱い」
洋助は、背後で狂戦士と化している龍胆組・霊学会の面々を指差した。
「鬼頭さん! お前らの相手は、あの馬に乗った気取った騎士だ! やれるか!」
「アァ!? 誰に指図してやがる!! 俺たちは俺たちの獲物を殺すだけだァァァッ!!」
禁忌の呪薬を致死量スレスレまで打ち込んだ鬼頭豪三は、両目が完全に血走り、口から泡を吹きながら咆哮した。
「野郎共! あの馬の足をへし折れェェッ!!」
ドダダダダダダダッ!!
龍胆組の構成員たちが、武器すら持たず、四つん這いになりながらエリゴスに向かって突進していく。彼らの動きには「戦術」も「武術」も欠片もない。ただ純粋な暴力と、薬物による狂乱だけだ。
「……愚かな。統制のない突撃など、自ら死地に飛び込むようなもの」
エリゴスが冷笑し、迎撃の槍を構える。
「朔夜!」
洋助が鋭く叫んだ。
「お前が持ってる式神の中で、一番『ヤバくて』『言うことを聞かない』特級の怨霊を、あのエリゴスの目の前に召喚しろ!」
「はあ!? 何言ってるんですか! 制御不能の特級怨霊なんか出したら、味方まで被害が出ますよ!」
「俺たちが防ぐ! いいから出せ! 戦場をカオスにしろ!」
「ああもう! 知りませんからね!」
朔夜は半ばヤケクソになりながら、懐から黒く染まった最上級の呪符を取り出した。
「急々如律令! 封印解除! 顕現せよ、『大百足』の怨念ッ!!」
ドグチャァァァァァァァッ!!!!
空間が悍ましい音を立てて裂け、そこから全長三十メートルを超える、漆黒の巨大な百足の怨霊が這い出してきた。
何万もの脚がコンクリートを削り(ガリガリガリガリッ!)、無差別に猛毒の瘴気を撒き散らす。
「ギシャァァァァァァァァッ!!」
制御不能の特級怨霊は、目の前にいたエリゴスの軍馬に向かって、理不尽極まりない突進を仕掛けた。
「なっ……!?」
常に余裕の笑みを浮かべていたエリゴスの顔が、初めて驚愕に歪んだ。
彼の予知能力は、戦術や論理に基づいた未来予測には無類の強さを誇る。しかし今、彼の目の前に迫っているのは。
『薬物で発狂し、仲間を踏み台にして飛びかかってくるヤクザの群れ』と、『味方の術者すら無視して無差別に暴れ回る特級怨霊』である。
(右から3人目の男が飛びかかってくる……いや、途中で転倒し、その背中を踏んで別の男が……? 予測不能! さらにこの巨大な蟲は、どこへ向かって……!?)
エリゴスの脳内で、無数のあり得ない未来の分岐が爆発し、予知演算が完全にオーバーフローを起こした。情報の遮断、いや、ノイズの過剰供給による処理落ちだ。
「この……野蛮な豚どもがァァッ!!」
ドゴォォォォッ!! ガブリィィッ!!
鬼頭の放った泥臭い呪詛の塊がエリゴスの盾を割り、巨大百足の顎が軍馬の首に深く噛み付いた。
「エリゴスが押されている!? 馬鹿な!」
アスモデウスが三つの頭を揺らし、驚愕の声を上げた。
【聖女の覚悟と、奇跡の戦線復帰】
戦場がかつてないカオスへと突き進んでいく中、後方の安全圏――退避ブロックの最前列には、信じられない人物が立っていた。
「……後方で、待っていられるわけがないでしょう。私の『すべて』が、あそこで命を懸けているというのに」
白髪をきっちりと結い上げ、百合の花のような気品を漂わせる大和撫子。八咫烏の次期代表にして洋助の絶対の婚約者、葉室桐子であった。
作戦室の指揮を高子に任せ、彼女は単身、地獄の最前線へと降り立っていたのだ。
(もしも、洋助さんの戦線が崩れそうになったら……その時は、私の残り少ない寿命をすべて燃やしてでも、『天の岩戸』を開いて彼を救う……!)
洋助のためなら己の命すら喜んで投げ出す。その極めて深く、重い愛情と覚悟を胸に秘め、彼女は戦場を見据えていた。
そこに、朔夜の式神に守られながら、二人の傷だらけの戦士が後送されてきた。
「ゲホッ……! くそっ、くそっが……!」
「ああっ……姉様、洋助さん……申し訳ありません……!」
全身の骨が砕け、内臓を損傷し、血の海に沈みかけている霞涼介と葉室鶴子だ。二人はすでに虫の息であり、死は秒読みだった。
「涼介さん、鶴子!」
桐子は血だまりを厭わず駆け寄り、極上の微笑みを浮かべたまま、二人の胸に両手を当てた。
「しっかりしなさい。こんなところで倒れることを、私は許可していなくてよ?」
「き、桐子……お姉さん……! どうして、ここに……」
「喋らなくていいわ。……『天照・絶対浄化』」
カァァァァァァァァァァッ……!!!!
薄暗い地下空間を、太陽そのものが降臨したかのような、圧倒的で温かい光が包み込んだ。
死にかけの肉体を瞬時に再生し、霊力を全回復させる。他者から見れば奇跡としか呼べない高度な神術であったが、日本トップクラスの光の神術の使い手である桐子にとっては、造作もない、ごく「簡単な事」だった。
メキメキメキッ! スゥゥゥゥ……。
霞の砕けた骨が繋がり、鶴子の傷口が完全に塞がっていく。
「なっ……馬鹿な、私の致命傷が……わずか数秒で完治しただと!?」
「力が……力が湧いてきますわ! 姉様、ありがとうございます!」
驚愕する二人をよそに、桐子は立ち上がり、周囲で悲鳴を上げているTIAのエージェントや各クランの重傷者たちにも次々と光を放ち(パァァァァッ!)、瞬く間に戦線の死傷者をゼロにしてしまった。
「さあ、涼介さん、鶴子。洋助さんの力になってあげてちょうだい」
桐子が、慈愛に満ちた目で二人を戦場へと送り出す。
「……了解しました。最高峰の回復支援、感謝します!」
「姉様の愛、確かに受け取りましたわ! さあ、反撃ですの!!」
全回復し、さらなる闘志を燃やした二人は、再び絶望の戦場へと舞い戻っていった。
【決死の防衛線と、極光の特攻】
一方、前線では。
「今だ! あいつらがエリゴスを押さえている間、俺たちは絶対にここを死守するぞ!」
洋助が叫ぶ。
「八咫烏の神官団、結界を前方に集中! TIAエージェントはシールドの出力を最大にしろ! ハルファスとアスモデウスの攻撃は、俺たちが全部受け止める!」
『承知した! 我らが防ぐ!』
八咫烏の神官たちが強力な『天照』の防護結界を展開する。
ピィィィィンッ!!
「……舐めるなよ人間。たかが蟲と狂人に、我が同胞が遅れをとるはずがない!」
アスモデウスが激昂し、六つの瞳に莫大な魔力を収束させる。
「ハルファス! 全兵器を一斉掃射しろ! この目障りな結界ごと、奴らを消し飛ばす!」
「……承認。全砲門、開け。火力リミッター解除」
ゴオォォォォォォォォッ!!
ハルファスの塔から、数千の悪魔兵が放つ呪詛の矢と、魔界の重火器による一斉掃射が開始された。同時に、アスモデウスの極大の魔力砲撃が、巨大なレーザーとなって放たれる。
ズガァァァァァァァァァァァンッ!!!!
「ぐおおおおおっ!!」
「持ち堪えろ! 一歩も引くなァッ!!」
洋助は先頭に立ち、《建御雷》から放たれる浄化の光を盾のように展開し、迫り来る魔力砲撃を真っ向から受け止めた。
ギギギギギギギ……ッ!!
刀身が悲鳴を上げ、洋助の靴がコンクリートを削りながら後退していく。防護外套が焼け焦げ、皮膚が裂け、血が噴き出す。だが、彼は決して倒れない。背後で印を結ぶ朔夜と神官たちを守るため、鉄壁の防波堤と化した。
その時だった。
「グァァァァァァッ!!」
戦場の反対側から、エリゴスの苦痛に満ちた悲鳴が響き渡った。
「オラァ! 神殺し(ステゴロ)の時間だぜェ!!」
鬼頭がエリゴスの軍馬から引きずり下ろし、馬乗りになって顔面を狂ったように殴りつけている。巨大百足もまた、エリゴスの槍を折らんばかりに締め付けていた。
「……チッ! エリゴス!」
アスモデウスの三つの頭の内、人間の顔が焦燥に歪み、砲撃の手を緩めてエリゴスの救援に向かおうと体を反転させた。
――その「一瞬の隙」を、風間洋助が逃すはずがなかった。
「……貰ったぞ、王様!!」
ドンッ!!
洋助は防壁を解き、爆発的な脚力で大地を蹴った。
「なっ……!?」
振り向いたアスモデウスの目に映ったのは、全身血まみれでありながら、悪魔すら戦慄させるほどの冷徹な殺意を放つ人間の姿。
「極光の刃ッ!!」
ズバァァァァァァァァァンッ!!!!
《建御雷》に宿った桐子の絶対浄化の光が、最高潮に達し、巨大な光の刃となってアスモデウスの巨体を斜めに切り裂いた。
「ガァァァァァァッ!! 貴様ァァァッ!!」
黒い血が間欠泉のように噴き出す。致命傷だ。アスモデウスは断末魔を上げ、その場に崩れ落ちようとした。
だが。
「……損害拡大。防衛プロトコル・緊急展開」
冷徹な声と共に、無数の「肉の壁」がアスモデウスの前にせり上がった。ハルファスが死体の城壁を強引に操作し、洋助の追撃を阻んだのだ。
「チッ……! ハルファスか!」
「……エリゴス、アスモデウス。これ以上の個体戦闘は非効率と判断。……群れを呼べ」
ハルファスの冷酷な命令により、深手を負ったアスモデウスとエリゴスは、狂ったように魔界の門を開き始めた。
「来い……! 我が配下の軍団よ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
【修羅の暗殺、討ち取られる予知】
空間の亀裂から、次々と無数の悪魔たちが湧き出してくる。
だが、それは三悪魔の「致命的な悪手」だった。
予知演算がパンクしているエリゴス、致命傷で理性を失いかけているアスモデウス、そして機械的に兵士を送り出すハルファス。彼らが無秩序に部下を召喚したことで、戦場は完全に指揮系統が崩壊した「究極の乱戦状態」へと突入したのだ。
味方同士がぶつかり合い、同士討ちすら起こり始める極限のカオス。
その狂騒の坩堝のただ中を。
一切の音を立てず、殺気すらも完全に消し去り、死神のように滑る少女の姿があった。
(……見つけました)
『無足』の歩法。
戦場の喧騒、土煙、味方の悪魔の死角。それらすべてを完璧に利用し、風間楓は、巨大百足の毒に苦しみ、鬼頭を振り払おうと槍を振り回しているエリゴスの「真後ろ」に立っていた。
エリゴスは、狂人に気を取られ、自身の予知が狂っていることもあり、背後の死神に全く気づいていない。
「……先輩方を傷つけた罪。死をもって償いなさい」
楓の氷のような声が、エリゴスの耳元で囁かれた。
「なっ――!?」
エリゴスが振り向こうとした、その刹那。
「『生太刀』……一閃」
シュパァァァァァンッ!!!!
神話級の宝具が、音速を超えて閃いた。
抵抗する間もなく、予知の公爵エリゴスの首が、宙を舞った。黒い血の飛沫が、スローモーションのように戦場に散る。
楓は、空中でエリゴスの首の髪を掴み、冷徹な声で戦場全体に響き渡るように宣言した。
「――ソロモンの悪魔、序列15番・エリゴス。風間楓が、討ち取りました」
その言葉は、悪魔たちの軍勢にとって、絶望の宣告に他ならなかった。
【崩壊する連携、集いし希望】
「エリゴスが……討たれただと!?」
ハルファスの塔の上で、黒い翼の騎士が初めて動揺を見せた。
戦略と予知を司る司令塔を失った悪魔の軍勢は、烏合の衆と化し、その動きを完全に止めた。
「よそ見してる暇はねえぞ、ハルファス!!」
ダァァァァァンッ!!
崩れゆく死体の壁を蹴り上がり、洋助が塔の頂上へと跳躍していた。
「なっ……人間が、ここまで……!」
空中で体を捻り、洋助が《建御雷》を大上段から振り下ろす。
「兵站防壁、全開――!」
ハルファスがすべての武器を盾にして防ごうとするが、極光の刃はそれらを紙切れのように両断し、ハルファスの体を脳天から股下まで、一刀両断に叩き割った。
ズシャァァァァァァァァァンッ!!!!
「……作戦……失敗……」
序列38番の伯爵ハルファスは、自らが築いた塔と共に、呪詛の灰となって崩れ去っていった。
「ば、馬鹿な……ハルファスまで……!」
致命傷を負いながらも生き延びていたアスモデウスは、二柱の同胞が討たれたのを見て、恐怖に顔を歪めた。
「ええい、忌まわしき人間どもめ! 今日のところは引いてやる! 次こそは必ず……!」
空間の亀裂を開き、逃走を図ろうとするアスモデウス。
だが、その背後に、二つの影が立ちはだかった。
「……私の予定表に、貴様の『逃走』は書き込まれていない」
「……洋助さんを傷つけた罪、万死に値しますわ」
ドォォォォンッ!!
そこにいたのは、葉室桐子の神術によって完全に回復し、怒りに燃える霞涼介と葉室鶴子だった。
「貴様ら……まだ生きて……!」
「リミッター全解除! これが、国家と友を護る重力だ!!」
霞の拳に、空間が歪むほどの超重力が収束する。
「八咫烏の誇り! 『天照破邪の神暴風』、極大出力ッ!!」
鶴子の長巻から、太陽そのもののような眩い光の暴風が巻き起こる。
「や、やめろォォォォッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
霞の「超重力ストレート」がアスモデウスの巨体を打ち砕き、そこに鶴子の「神暴風」が直撃する。
ソロモン王の大悪魔、序列32位アスモデウスは、断末魔を上げる間もなく、絶対浄化の光の奔流に飲み込まれ、完全に消滅した。
三柱の王を失った残存の悪魔たちは、恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように地下のさらに奥深くへと逃げ出していく。
【絶対封鎖プロトコル、そして愛の帰還】
静寂が、ゆっくりと戦場に降りてきた。
洋助は肩で息をしながら、崩れゆく塔から飛び降りた。そこへ、楓、朔夜、霞、鶴子、そしてボロボロになった鬼頭たちが集まってくる。
「……終わった、か」
洋助が血と汗を拭いながら呟いた、その時。
作戦室から、インカムを通じてTIA代表・風間助平の厳格で威厳のある声が響き渡った。
『――よくやった、我がTIAのエージェントたち、そして各クランの英雄たちよ』
その声は、帝都全域の霊的スピーカーを通じて、地下空間全体に響き渡る。
『政府との協議は、たった今終了した。これより、当該危険地帯に対する【絶対封鎖プロトコル・オメガ】を発動する!』
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!!
重低音のサイレンが鳴り響く。
『あの穢れに満ちた領域を、これより『指定地下ダンジョン』と命名し、現世から完全に切り離す! 総員、防衛線の内側へ退避せよ!』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!!
帝都のさらに上層から、地盤を割るような凄まじい轟音と共に、「それ」は落ちてきた。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
厚さ数十メートルにも及ぶ、超巨大なチタン合金製・対呪詛防護隔壁。それが、現世と魔界が混ざり合った空間との境界線に、ギロチンのように突き刺さったのだ。
「封鎖術式、起動!」
防護隔壁に刻まれた無数の呪符がまばゆい光を放ち、生き残った七クランの術者たちが一斉に多重結界を定着させていく。
ピィィィィンッ! カァァァァァァッ!!
何重にも張り巡らされた光の網が、物理的な隔壁と融合し、完璧な「蓋」を形成した。
ふっと、周囲の空気から一切の霊的なノイズが消え去った。
濃密な硫黄の悪臭も、耳障りな呪詛の声も、もう聞こえない。
完全封鎖、完了。
「ははっ……本当に、やり遂げやがった」
朔夜が、精魂尽き果てたようにその場に座り込んだ。彼は、血まみれでありながらも涼しい顔をして《建御雷》を鞘に収めている洋助を見上げ、ニヤリと笑った。
「いやあ、洋助さん。あんな特大の死亡フラグを立てておいて……見事に力業でへし折りましたね! 流石です」
「ははっ。言っただろ、俺は死ねないんだって」
洋助は、痛む肩を回しながら、爽やかな笑顔で頷いた。
その時だった。
タタタタタタタタッ!!
硬いコンクリートの床を弾くように走る、軽やかな足音が近づいてきた。
「……洋助さんッ!!」
振り返るよりも早く、洋助の背中に、温かく華奢な体が飛び込んできた。
ギュゥゥゥゥゥゥッ……!!
「……桐子」
そこには、大和撫子の気品をかなぐり捨て、美しい白髪を振り乱し、大粒の涙をボロボロとこぼしている桐子の姿があった。彼女は、洋助の血と泥にまみれた背中に顔を埋め、子供のように泣きじゃくっている。
「馬鹿……馬鹿、馬鹿! あんな無茶して……死んだらどうするつもりだったのよ!」
「ごめん、ごめん。……でも、お前が裏で皆を回復してくれてたから、俺は生きてるんだよ。ありがとうな、桐子」
洋助は振り返り、泣きじゃくる桐子の体を、その大きな両腕で力強く、そして壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめ返した。
「もう……絶対に、私を置いていかないでね」
「ああ。わかったよ」
極限の死闘を乗り越え、現世と魔界の境界線が完全に閉ざされた静寂の地下空間。
そこには、世界の何よりも強く結ばれた、一組の男女の甘く深い抱擁だけが、いつまでも温かく残されていた。




