【東京ダンジョン2】
【東京ダンジョン2】
【作戦室の決断と、三つの防衛線】
「……ここからが、俺たちTIAの本当の仕事だ」
作戦室の分厚い防爆ガラスの向こう、蠢く漆黒の闇を見据えながら風間洋助が叫ぶ。
その瞳には、帝都崩壊というかつてない危機に対する、指揮官としての冷徹な覚悟が宿っていた。
「高子、桐子! 俺たちはこの作戦室から指揮を執る! 前線の味方は、絶対に死なせない!」
「了解! 遠隔防衛システム、霊子機銃起動!」
「全クランへの増援要請、並びに戦術リンクの構築を完了。大禍つ炉の穢れを堰き止めるため、地下空洞を『A』『B』『C』の三つの戦場ブロックに分割します。前衛部隊、交戦開始!」
高子と桐子の高速タイピング(タタタタタタタタッ!!)と共に、モニターには地下空洞の立体マップが展開され、光点が次々と配置されていく。
大禍つ炉から漏れ出した穢れが直撃した『第3パージ層』。
そこはすでに、現世と魔界の境界が溶け落ち、この世の地獄と化していた。
ドォォォォォォォォンッ!!
グチャァ……ッ! ギャァァァァァァァッ!!
ひび割れたコンクリートの隙間から、血の雨が天に向かって逆流し、鼓膜を破るような呪詛のノイズが空間を満たしている。
雪崩のように押し寄せる異形の魔物たちを食い止めるべく、七つのクランとTIAのエージェントたちが、三つの防衛線に分かれて激突した。
【Aの戦場:修羅の巫女と、仏仏連合の圧倒】
ドォォォォォォンッ!! バキィィィィィンッ!!
最も魔物の波が激しい『Aの戦場』。
そこでは、肉体が砕ける音と、読経の声が狂騒の交響曲を奏でていた。
「ガァッハッハ! 大先達の孫娘がピンチとあっちゃあ、黙っちゃいられねえな! 野郎共、踏ん張れェ!!」
轟音と共に魔物の群れを肉弾戦で弾き飛ばしているのは、鳳翼山伏衆の代表・蔵王権蔵だ。
厳しい修行で鍛え上げられた丸太のような腕に、濃密な霊気『金剛法』を纏わせ、迫り来る怨霊の頭蓋骨を素手で粉砕していく(メシャァッ!!)。
「そらそらそらァ! 効かねえよ、そんなひよっこみてえな呪いじゃな!」
「流石は蔵王殿。……死者の魂を弄ぶ外道どもめ。……南無阿弥陀仏」
その後方で、曼荼羅浄土門の代表・蓮華院慈空が、数珠を擦り合わせながら静かに念仏を唱える。
カッ……!!
慈空とその門徒たちが印を結ぶと、空間に巨大な金剛界曼荼羅の光が展開され、鉄壁の結界となって魔物たちの侵攻ルートを完全に封鎖した(ビィィィィィン!!)。
結界に触れた魔物たちが、次々と浄化の炎に包まれ(ボボボボボッ!)悲鳴を上げて灰と化していく。
超人的な肉体を持つ修験者と、鉄壁の結界を張る仏教陣営。
その完璧な布陣のただ中を、一人の少女が一切の音を立てずに(『無足』の歩法で)滑るように駆け抜けた。
「いくらなんでも湧きすぎです。本当に不愉快ですね」
冷徹な声。
TIA特級エージェントであり、大国主の正妻「須勢理毘売命」の転生体である風間楓だ。
「……一刀で斬り捨てます。『生太刀』、解放」
ピキーーーンッ!! ズバァァァァァァンッ!!
楓が指を鳴らした瞬間、彼女の周囲に浮遊する神話級宝具の一つが巨大な光の刃へと変貌し、曼荼羅の結界を破ろうとしていた巨大な肉塊の怨霊を一太刀で袈裟懸けに両断した。
圧倒的優勢。
Aの戦場における魔物の群れは、楓たちによって文字通り「殲滅」されつつあった。
「……ん?」
ふと、楓の視線が『Cの戦場』の方向へと向いた。
彼女の規格外の霊覚が、とてつもない絶望の波動がCブロックで膨れ上がっているのを感知したのだ。
「蔵王さん、蓮華院さん。ここは掃討戦に移行します。私は……Cの戦場へ向かいます。あそこは、不味い」
楓は白銀の直刀を翻し、弾丸のような速度で闇の中へと駆け出していった。
【Bの戦場:合理主義者と、相容れぬ異教徒たち】
一方、霞涼介が担当する『Bの戦場』は、戦況こそ優勢から均衡状態を保っていたが、その内部は全く別の意味でカオスと化していた。
「主よ、迷える羊たちに裁きの光を! ……アーメンッ!!」
カァァァァァァッ!!
聖三条騎士団の代表、エドワード・聖三条が高々と十字架を掲げると、強烈なエクソシズムの光が魔物を焼き焦がす。
だが、その直後、同じ騎士団のプロテスタント系の術者が横から文句を飛ばした。
「エドワード卿! 今の祈りの解釈はカトリックに寄りすぎています! もっと聖書に忠実な祓い方を!」
「ええい、うるさい! 異端審問にかけるぞ!」
魔物と戦いながらも教義争いを始める聖三条騎士団に、霞は銀縁メガネを押し上げながら深いため息をついた。
「……あなた方の非生産的な議論は、私の『エクセル』で組んだ防衛予定表を著しく遅延させます。黙って手を動かしなさい」
ドゴォォォォンッ!! メキメキメキッ!!
霞が特殊な重力呪具を起動させ、対霊CQCの技術で魔物の群れを効率的にひしゃげさせる。
「霞殿の言う通りだ。今は国難の時。教義の違いなど些末な問題よ」
公的な陰陽道組織・陰陽庁執行部『六壬』の代表、土御門泰臣が、数多の式神を放ちながら戦線を統制する。
「五行相克、急々如律令!」
泰臣の放つ呪符が、魔物の足止めを完璧にこなす。
しかし、Bの戦場に押し寄せる魔物の数は減るどころか、徐々にその「質」を上げ始めていた。
下級の怨霊から、より強力な魔族へと変異している。
ギィィィィンッ! ガガガガガッ!!
「チッ……計算外の増援か。予定表を修正しなければ」
霞が重力結界を張り直したその時、彼のインカムに桐子の切羽詰まった声が響いた。
『涼介さん! Cの戦場が突破されかけているわ! 未知の強大な魔力反応が三つ……!』
「なんだと!? ……土御門代表、エドワード卿。ここは一時的にあなた方に指揮を委譲する。私はCブロックへ急行する!」
「承知した! 任せておけ!」
霞は重力呪具を足元に展開し、目にも留まらぬ速度でCの戦場へと跳躍した。
【Cの戦場:正統と遺産、そして絶望の降臨】
『Cの戦場』は、元々最も強固な防衛線となるはずだった。
「我ら八咫烏の誇りに懸けて、この霊脈は一寸たりとも魔性には渡さん! 放てッ!」
シュゴォォォォォォッ!!
古神道結社・八咫烏の代表、葉室嗣綱の号令のもと、精鋭の神官たちが一斉に『天照』の破邪の光を放つ。
さらにその脇を固めるのは、TIAの武闘派エージェントたちだ。
戦前の『大日本帝國 陸軍第九式・霊的國防機関【八雷神】』の遺産である霊子兵装を身に纏い、容赦ない重火器の弾幕を張っている。
「姉様、洋助さん! こちらの防衛線は安定しておりますわ!」
ギャル系のファッションを封印し、凛とした巫女姿で長巻を振るう葉室鶴子が、インカム越しに作戦室へ報告する。
歴史的に激しく対立してきた八咫烏とTIAだが、今は桐子と洋助の政略結婚による休戦状態もあり、見事な連携で魔物を圧倒していた。
――だが、その「希望」は、文字通り一瞬にして粉砕された。
ピキッ……、パリィィィィィィンッ!!!!
Cの戦場の中央、空間そのものが幾何学的な模様を描いてガラスのように砕け散った。
「なっ……何ですの、このプレッシャーは……!」
鶴子の全身から、一瞬にして血の気が引く。
空間の亀裂から吹き出したのは、これまで相手にしていた穢れなど児戯に等しい、圧倒的で絶対的な「純度の高い悪意」。
「……美しい。絶望の角度、悲鳴の放物線。人間の魂が砕け散る時の、この完璧な幾何学模様。やはり現世の穢れは極上の数式だ」
亀裂の中から悠然と姿を現したのは、三つの頭(牛、人、羊)と蛇の尾を持つ異形の王。
ソロモン王が使役したとされる72柱の悪魔、その序列32位に座す強大な地獄の王『アスモデウス』であった。
「我ら三柱が、この膨大な穢れの特異点にピンポイントで『召喚』された意味。……貴様ら矮小な人間に理解できるか? これは偶然ではない」
アスモデウスが三つの眼光で八咫烏の神官たちを睨み下ろす。
ドゴォォォォォンッ!!
「ぐぁぁぁぁっ!?」
アスモデウスが指を弾いただけで、八咫烏が誇る強固な結界が紙屑のように吹き飛び、数十人の神官たちが血を吐いて倒れ伏した。
「おのれ、魔性の輩がッ!」
嗣綱が神術を放とうとした瞬間、アスモデウスの背後に、血肉と怨念で構成された巨大な「塔」が地鳴りを上げて突き立った。
メキメキメキッ!! ズズズズズズ……ッ!
「……戦線構築完了。防衛ライン、魔界座標と完全に同期。これより、殲滅を開始する」
塔の頂から見下ろすのは、序列38番の伯爵『ハルファス』。
「弾薬無制限。死体の城壁、強度は十分。……すり潰せ」
ハルファスが冷徹に命じた瞬間、塔から無数の悪魔兵と魔界の兵器が這い出し、絶望的な十字砲火を放ち始めた。
ガガガガガガガッ!! ドズゥゥゥゥン!!
TIAのエージェントたちが霊子シールドを展開するが、無限に降り注ぐ魔弾の前に次々とシールドが砕け、血しぶきを上げて倒れていく。
「きゃあぁぁぁっ!!」
鶴子もまた、爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。
そこに、優雅で、しかし底知れぬ冷酷さを秘めた声が響く。
「無駄な足掻きです。貴方方の運命は、すでに私の盤上にあります」
軍馬に跨った騎士の姿をとる悪魔。序列15番の公爵『エリゴス』が、倒れ伏す鶴子へと槍を突き出した。
「三秒後、貴女の命は散る。……それが予知された未来です」
【絶望の防衛線、集う英雄たち】
「私の予定表に、そんな未来は書き込まれていない!!」
ドッバァァァァァン!!
鶴子の心臓を貫く寸前、上空から降ってきた圧縮された重力の塊が、エリゴスの槍を強引に軌道から逸らした。
「涼介さん!」
「遅れてすまない。……化け物どもめ、私のエクセルをこれ以上狂わせるな」
銀縁メガネを割れんばかりに光らせ、霞涼介がリミッターを解除した重力呪具を構える。
だが、相手はソロモン王の大悪魔三柱。現世と魔界の境界が曖昧になったこの空間では、神にも等しい力を持っている。
「質量の操作か。悪くない演算だが、桁が足りんな」
アスモデウスが嗤い、幾何学の魔力砲撃を放つ。
霞は重力結界で防ごうとするが、耐えきれずに膝をついた。
「ぐぅぅっ……!」
「涼介さんッ!」
鶴子が『天照・慈愛の神浄風』を展開し、霞を援護するが、ハルファスの圧倒的な弾幕が光の盾を削り取っていく。
限界だった。二人の命の灯火が消えかけた、その瞬間。
ゴガァァァァァァァァァンッ!!!!
天空を切り裂くような極光の閃刃が、ハルファスの築いた塔の半分を真っ二つに両断した。
「……待たせたな」
漆黒の『対霊戦術防護外套』を翻し、戦場に舞い降りたのは、風間洋助だった。
手には、戦前の遺産をブレード化した『九式・霊子振動刀《建御雷》』が握られ、桐子から付与された絶対浄化の光が眩いほどに輝いている。
「洋助さん!」
「俺の仲間を、これ以上傷つけさせるかよ!」
洋助は迷いなく三柱の大悪魔へと斬り込んだ。
ズババババババババッ!! ガキンッ! キィィィィンッ!!
「チッ……! 人間風情が、我が幾何学の結界を力業で断ち切るというのか!」
アスモデウスが驚愕する。
神術は一切使えないが、純粋な「武器の天才」である洋助の斬撃は、悪魔たちの予測を遥かに超えていた。
「ハルファス! エリゴス! この男……ただの人間ではない!」
「……修正案適用。対人特化陣形へ移行する」
ハルファスの塔が瞬時に再生し、洋助を囲い込むように無数の銃座を形成する。
「見えていますよ。貴方の剣筋、ステップ……すべて」
エリゴスが洋助の死角から完璧なタイミングで槍を突き出す。
ガキィィィィンッ!! ギギギギギギッ!!
間一髪で《建御雷》で防ぐも、洋助の体は重い一撃によって大きく後退させられた。
エリゴスの予知、ハルファスの弾幕、アスモデウスの砲撃。
大悪魔三柱の完璧な連携の前に、流石の洋助も全身から血を流し、死の淵へと追いやられていく。
「涼介! 鶴子! お前たちは撤退しろ!」
洋助は血を吐きながら叫んだ。
「今は共闘を優先する! 引くものか!」
「命令だ! 足手まといなんだよ!」
限界を迎えている霞と鶴子を庇い、洋助は一人で三匹の悪魔の前に立ち塞がる。
エリゴスの槍が、洋助の心臓を狙って放たれた。
【天才陰陽師と、泥臭き野心家たちの乱入】
「……遅くなりましたね。雪先生の指示で急行しましたが、ギリギリじゃないですか」
バサバサバサバサバサッ!!
絶体絶命の窮地に、吹雪のような無数の白い紙符が戦場を舞い散った。
「急々如律令! 『十二神将・騰蛇』『天后』、顕現せよ!!」
空間を裂いて現れた巨大な炎の蛇と水の女神が、エリゴスの槍を弾き飛ばす。
そこに立っていたのは、儚げで可憐な美少年の外見を持つ天才陰陽師、土御門朔夜であった。
「涼介さん、鶴子さん、今のうちに下がってください! ここは僕の式神で時間を稼ぎます!」
朔夜のサポートにより、無事に霞と鶴子は後方へと撤退した。
「洋助さんも、一度撤退を!」
「……悪いな朔夜。撤退はできねえ」
洋助は血まみれの顔で、最高に爽やかな好青年の笑顔を作った。
「結婚式が控えてるからな。」
「あのなぁ! それを世間じゃ『死亡フラグ』っていうんだぜ!」
朔夜が頭を抱えてツッコミを入れた、その時だった。
「ヒャハハハハッ!! 死にぞこないのエリート様が、随分と粋がってんじゃねえか!!」
ドカァァァァァンッ!!
戦場の壁を爆破し、土煙と共に乱入してきたのは、柄の悪いスーツや特攻服に身を包んだ異様な集団だった。
「てめえら、呪薬の準備はいいか! オーバードーズで死ぬんじゃねえぞ!」
先頭に立つのは、顔面に大きな傷跡を持つ男。予備戦力として待機させられていた龍胆組・霊学会の代表、鬼頭豪三だ。
「俺たち裏社会の『しぶとさ』、ソロモンだか何だか知らねえが、悪魔のクソ野郎どもに教えてやれ!!」
龍胆組の構成員たちが、禁忌の呪薬を自らの首筋に次々と注射(ブスッ!)していく。
瞬間、彼らの筋肉が異様に膨れ上がり、目が血走り、理性を捨てた狂戦士へと変貌した。
「オラァァァァッ!!」
正当な術式など持たない彼らは、純粋な暴力と泥臭い呪詛の塊となって、ハルファスの悪魔兵たちへと無軌道に突撃していく(ドゴォッ! バキィッ!)。
「チッ……ドブネズミどもが、戦場を荒らすな!」
アスモデウスが顔をしかめる。
洋助は《建御雷》を肩に担ぎ直し、隣に立つ朔夜、そして暴れ回る鬼頭に向かって不敵に笑った。
「さて、楓が来るまで……この無茶苦茶なパーティーで、地獄の王様たちを接待してやろうぜ!」
絶望の淵に立たされたCの戦場。
極光の刃を構えるTIAの武器の天才。
無数の式神を従える陰陽庁の天才陰陽師。
そして、禁忌の力で暴走する裏社会の野心家たち。
東京の命運を懸けた、決して交わるはずのなかった男たちによる泥臭く、そして熱い死闘が、今、限界を超えて幕を開けた。




