「熱すぎるピザを、君と半分こ」
【カロリーの暴力と、熱狂のピッツァ・フリッタ!】
「着いたぞ雪! ここだ! ここがカロリーの聖地、『Antica Friggitoria La Masardona Roma』だァァァッ!!」
ローマの石畳が続く街角。
持子は、黄金の瞳を爛々と輝かせ、店の看板を指差してバンザイの姿勢で歓喜の咆哮を上げた。
完全に「お昼ご飯を前にした小学生男子」のテンションである。
「はいはい、わかったから。そんな大声出さないの、魔王様。変装してる意味がなくなるでしょ?」
雪は、呆れ半分……いや、もはや完全に保護者のような温かい苦笑いを浮かべながら、ウキウキと飛び跳ねる持子の後ろを優雅についていく。
店内に入り、鼻腔をぶん殴ってくるのは、香ばしい小麦粉が油で揚がる暴力的なまでの「良い匂い」。
「Scusi!(すまぬ!)この店で一番ヤバい、悪魔のような揚げピザを二つ頼むのだ!」
持子が身振り手振りで注文を済ませると、数分後。
ゴトリ。
目の前に現れたのは、黄金色に輝く、大人の顔ほどもある巨大な半月型の物体。
表面からはパチパチと油が爆ぜる音が鳴り、尋常ではない熱気が陽炎のように立ち昇っている。
「おおお……! これが……これがPizza Fritta……ッ!!」
持子はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「気をつけてよ、持子。それ、絶対にとんでもなく熱いわよ。揚げたてなんだから……」
雪が忠告し終わるより早く。
「いただきますなのだァァァッ!!」
持子は両手で巨大な揚げピザを鷲掴みにし、野生の獣のように大きく口を開けて、そのままガブリと喰らいついた。
ザクゥゥゥッ!!
ジュワァァァァァァァァッ!!!
「あふいっ!? ほむっ、はふっ!? あ、あつ、熱い熱い熱い熱いっ!!」
持子の口の中で、大爆発が起きた。
サクサクに揚がった極上のピザ生地を突き破り、中からマグマのように煮えたぎる『リコッタチーズ』と『燻製モッツァレラ』、そして豚の脂身の強烈な旨味が、トマトソースと共に決壊したダムのように溢れ出してきたのだ!
「ひぎぃっ! 熱い! なまら熱いぞ! だが……美味い!! なんだこの暴力的な美味さはァァッ!」
ハフハフと口を開け閉めしながら、持子は悶絶する。
しかし、生地の裂け目から、トロットロに溶けた黄金のチーズが滝のように溢れ出し、持子のあごを伝って落ちそうになる。
「あっ、こら! 逃がさんぞカロリーめ! ズビーーーッ!! ズビビビビーーーッ!!」
持子は、火傷も辞さない構えで、溢れ出る灼熱のチーズと肉の脂を、ラーメンでもすするように猛烈な勢いで吸い込み始めた。
「ちょっと持子! ズビーじゃないわよ、お行儀悪いわね! 絶対火傷してるでしょそれ!」
雪が慌てて紙ナプキンを差し出そうとするが、持子の勢いは止まらない。
「はふっ、あむっ、ズズズッ! 痛い、熱い! 舌が焼ける! だが……美味い! 美味すぎるぞ雪ぃぃぃっ!!」
持子の黄金の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
熱さによる生理的な涙か、それともこの悪魔的な美味さに魂が震えた感動の涙か。おそらくその両方だろう。
「あむっ……んぐっ……ふははは! あははははっ! なまら最高だ! 生きてて良かったぁぁっ!」
顔中をチーズと油だらけにして、涙を流しながら、持子は心底幸せそうに笑い声を上げた。
自分が笑っていることすら無自覚なほど、完全に「食の悦び」に支配されている。
その、あまりにも幸せそうで、無防備で、少年のような持子の姿を見て。
雪は、差し出そうとした紙ナプキンを持ったまま、ふっ……と吹き出した。
「……ふふっ、あははははっ! もう、何よその顔。最高にだらしないわよ、絶対的な美の化身が聞いて呆れるわ」
雪は、口元を手で覆いながら、肩を揺らして心から楽しそうに笑い始めた。
普段の「氷のプロデューサー」からは想像もつかない、可憐で、年相応の女の子のような笑い声だ。
「んむ? モギュモギュ……何がおかしいのだ、雪?」
持子は、口の周りに見事なチーズのヒゲを生やしたまま、不思議そうに首を傾げた。
「ふふっ……持子が、面白いんだよ。本当に、あんたといると退屈しないわ」
雪は優しく微笑むと、持子の口元のチーズをナプキンでサッと拭き取ってやった。
「うむ! わしは魔王だからな! 面白いのは当然だ!」
ドヤ顔で胸を張る持子。
そして、自分の分の揚げピザをあっという間にブラックホールのような胃袋へと消し去った魔王の視線は――テーブルの上に残された、もう一つの無傷の揚げピザへと向かった。
(……ジュルリ)
持子の手が、無意識のうちに、ススス……と二つ目のピザへと伸びていく。
その指先が、黄金の生地に触れようとした、その瞬間。
バシィッ!
「ちょっと。それ、私の分でしょ」
雪の冷ややかなツッコミと共に、持子の手がピシャリと叩かれた。
「!!」
持子はビクゥッ! と肩を震わせ、完全に石化した。
「……す、すまぬ。あまりにも美味そうだったゆえ、魔王の防衛本能(食欲)が勝手に……」
シュンと犬耳を垂らすように落ち込み、しぶしぶとピザの皿を雪の方へと押しやる持子。
しかし、雪はそのままピザを受け取らず、クスッと小悪魔のように微笑んだ。
「持子。半分食べてから、私に渡してよ」
「……え?」
持子はパチクリと瞬きをした。
「見ての通り、それ、このままじゃ熱すぎて私には持てないし、火傷しちゃうでしょ? だから、あんたが『毒見』も兼ねて、熱いところを半分食べてから、私にちょうだい」
それは、雪なりの極上の甘え方であり、持子に対する絶対的な信頼(と、カロリーの押し付け合い)の証だった。
「おおっ!! な、なんと慈悲深い!! よし、任せておけ雪! わしがこの灼熱のカロリーを半分制圧してやるのだ!!」
持子の背後にパァァァッ! と後光が差し、再び歓喜の舞を踊り始める。
「いただきますなのだ! ガブゥッ! はふふっ、ズズーッ! ほれ雪、半分食ったぞ! ちょうど良い温度だ!」
きっちり半分(より少し多め)を平らげ、断面からいい具合に湯気が立つピザを、持子は満面の笑みで雪に手渡した。
「ふふっ、ありがとう」
雪は、持子が齧ったその断面から、躊躇うことなく小さく口を開けてパクリと齧り付いた。
「サクッ……。ん……っ!」
雪の目が、驚きに少しだけ丸くなる。
「……美味しい」
「美味しいだろう!? なまら美味いのだ!」
「ええ。……美味しいね、持子」
ローマの喧騒に包まれた小さな店先。
一つの熱々な揚げピザを分け合い、チーズの熱さに顔を見合わせて笑い合う二人。
その幸せな笑顔は、永遠の都のどんな美しい芸術品よりも、輝いて見えたのであった。




