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「食わせろ!働かせるな!でも美は完璧!」

【百二十の地獄と、極限の美、そして羊羹の恨み】


午後一時.

セーヌ川での優雅な午前中のロケを終えた極東の魔王一行を待っていたのは、パリ市内にあるリュクス・アンペリアル所有の巨大な撮影スタジオだった.


広大なフロアには、煌々と焚かれた無数の照明機材が並び、数十人ものトップスタイリスト、メイクアップアーティスト、そして一流カメラマンたちがひしめき合っている.

そこは、リュクスの女帝エレーヌ・リジュが世界中からかき集めた「美の狂信者」たちによる、一切の妥協が許されない戦場であった.


「はい! 次はドレスナンバー四十八番、真紅のマーメイドラインです! メイクチーム、リップの色調とシャドウを三十秒で変更して!」

「Trés bien(素晴らしい)! そのまま振り返って! 顎をあと数ミリ上げて、視線でレンズを殺すように!」


バサァァァッ! カシャカシャカシャカシャッ!!

シュバッ! スパァァァンッ!!


「……っ!」


スタジオの中心で、恋問持子は文字通り『命懸け』の闘いを繰り広げていた.

スタッフたちの動きは、まるでF1のピット作業をさらに洗練させたような超絶スピードと正確さだ. 持子がカメラの前から一歩下がった瞬間に、五人のプロが一斉に群がり、ドレスを傷一つつけずに剥ぎ取り、新しいドレスを着せ、髪をセットし直す.


そこには素人の入る隙など一ミリもなく、現場は極上の作品を創り上げるためのピリピリとした『殺気』すら漂っていた.

持子もまた、そのプロたちの熱量に喰われまいと、自身の覇気と魔力を総動員して極限の美を表現し続けている. 瞬き一つ、指先の角度一つにまで神経を尖らせるその作業は、彼女のHP(体力)とMP(魔力)をゴリゴリと削り取っていった.


一方、持子に合わせて数着のペア撮影をこなしていた第一下僕・本多鮎は、自身の出番を程々に終え、スタジオの隅に設けられたVIP用の見学スペースへと戻ってきていた.


「はぁ〜っ、緊張したぁ……! でも、やっぱりご主人様は圧倒的ですね……!」


鮎がふうっと息をつきながら合流したのは、優雅にソファに腰掛ける吸血鬼の元女王ルージュと、真祖エティエンヌ、そして陰陽師の土御門朔夜の三人だった.


「お疲れ様ですわ、マスター鮎. 今日の貴女も、世界で一番可愛いですわよ」


ルージュが、紅茶のカップを片手にふんわりと微笑む.


「えへへ、ありがとうございます、ルージュ! でも、あそこに立つ持子様には敵いませんよ. 本当に女神様みたいで……」

「ええ. まー、持子様は確かに『美しい』ですが、マスター鮎は『可愛い』ですわ. 私にとっては、マスターの愛らしさこそが至高ですけれど」


ルージュの甘やかすような言葉に鮎が照れ笑いを浮かべる横で、男性陣(?)二人は完全に言葉を失っていた.


「……おおお……持子様……. なんと気高く、恐ろしいほどの美貌……. あの冷たい視線で踏まれたい……っ」


エティエンヌは両手を胸の前で組み、瞬きすら忘れて持子の姿に見惚れている.


「……やっぱ、すげぇな、あいつ. どんな服着ても、全部自分のモノにしやがる」


朔夜もまた、分厚い陰陽道のテキストを片手に持ちながらも、その視線はフラッシュを浴びる持子から一歩も動かせずにいた. 色素の薄い瞳の奥に、男としての熱い独占欲と焦燥感がチリチリと燃えている.


そんな圧倒的な撮影風景を見下ろしながら、ルージュは悪戯っぽい笑みを浮かべた.

彼女の視線の先には、ケータリングのテーブルに置かれた一つの見慣れない小箱がある. それは、持子が「パリの長丁場を乗り切るための最後の切り札」として、日本からわざわざ大切に持参した『虎屋の栗羊羹』だった.


ルージュは優雅な足取りでテーブルに近づくと、その小箱を手に取り、ペリッと封を開けた.


「ル, ルージュ!? それは持子様が命より大切にしている日本のスイーツでは……っ! やめなさい、後で絶対に殺されますぞ!」


エティエンヌが慌てて静止するが、ルージュは意に介さない.


「あら、良いではありませんか. 命懸けでお仕事をしている持子様への、ほんのちょっとした『応援エール』ですわ」


ルージュは、艶やかな黒い羊羹の中に黄金色の栗がぎっしりと詰まった一切れを、備え付けの黒文字(楊枝)で上品に切り分けた.

そして――意図的に、完璧なタイミングで、遠くでポーズを決める持子と『ワザと』視線を合わせたのだ.


「……っ!?」


フラッシュの瞬きの中、持子の黄金の瞳が、ルージュの持つ栗羊羹を捉えた.

ルージュは持子の視線を受け止めると、これ見よがしに羊羹をパクリと口に運んだ.


(日本の小豆の塊……絶対に美味しくないと思っておりましたけれど……)


ふわりと広がる上品な甘さと、栗のホクホクとした食感.


「……あら、美味しい. 想像以上ですわね」


ルージュは心底驚いたように目を丸くした後、とろけるような極上の笑みを浮かべ、持子に向かって「Tres bien(最高ですわ)」と口の動きだけでジェスチャーを送った.


(きっ, 貴様ぁぁぁ……っ!! あれは、わしがロケの合間に食べようと、冷蔵庫の奥に隠しておいた虎屋の栗羊羹ではないか!!)


持子の胸の中で、凄まじい業火が燃え上がった.

しかし、彼女は今、世界最高峰のカメラマンのレンズの前にいる. 表情を崩すことなど絶対に許されない.


「Trés bien! 今の冷酷な目線、最高だ! そのままキープ!!」


「……っ(覚えておれルージュ……! わしの羊羹を……! 後で絶対に、絶対に泣かす……っ!! ベッドに縛り付けて、お前の大切にしているヴィンテージワインを全部おじゃんにしてやるからな……っ!)」


持子は、カメラマンが絶賛するほどの『完璧な冷徹モデル顔』をビシッとキメながらも、内心では空腹と羊羹への執着から血の涙を流し、心底悔しがっていた.

殺気立つプロの現場と、それを見学しながら優雅に持子を煽る吸血鬼. パリのスタジオは、目に見えない火花を散らしながら、怒涛の百二十着撮影という地獄のスケジュールを消化していくのだった.



【限界の魔王と、神の如き超翻訳インタビュー


午後六時.

怒涛の撮影を終えた持子は、ホテルの特別応接室のベルベットのソファに深々と腰掛け、完全に魂が抜けた顔になっていた.

極東の魔王のHPとMP、そして何よりカロリーは、羊羹を奪われたショックも相まって完全に底を突いている.


「……死ぬ. わしはもう、死ぬぞ. 腹の虫が暴動を起こしておる……栗羊羹……わしの栗……」

「持子、泣き言を言わないの. ここからが世界戦よ. フランスを代表するトップメディア三社の、独占インタビューが始まるわ」


プロデューサーの立花雪が、冷徹な声でスケジュール表を叩いた.


「いいわね? あなたは極東から舞い降りた、神秘的で優雅なミューズ(女神)よ. 絶対にボロを出さないように. ……持子、あなたは日本語以外まったく分からないんだから、私がすべて通訳してあげるわ. 適当に頷いて、私の翻訳に合わせなさい」


ガチャリ.


応接室の扉が開き、カメラとマイクを持った外国人記者たちが雪崩れ込んできた.


「Mademoiselle(お嬢様)! Votre beauté est divine. Quel est votre secret ?」


フランス人記者の熱烈な質問. 持子には呪文にしか聞こえない. 雪が耳元で静かに囁く.

『あなたの神々しいまでの美しさの秘訣は何ですか、だってさ』


(……美しさの秘訣、だと?)


持子の頭の中で、強烈な幻覚が踊り狂っていた.


(肉だ. A5ランクの道産牛だ. 脂の乗ったタラバガニだ. ……そして、奪われた栗羊羹だ! わしは今、猛烈に美味いものが食いたいのだ……!!)


「……すべては、わしがいただく『命』のおかげだな. 牛や豚や、海の幸……その命を血肉とすることで、わしはこうして立っておられるのだ」


持子は真剣な顔で、ただの『食欲』を堂々と語った.

それを聞いた雪は、記者の前で完璧なビジネススマイルを浮かべ、流暢なフランス語でこう翻訳した.


「『愛、でしょうか. 世界を慈しみ、尊き生命の輝きをいただくこと. ……それが、私の内なる光となっているのです』」


「「「おおおっ……!」」」


記者たちが一斉に息を呑み、感動のあまりペンを走らせる.


「Dernière question ! Quelle est votre passion pour vos futures activités chez Luxe ?」

『最後の質問! 今後のリュクスでの活動に向けた、情熱を聞かせて!』


(情熱だと? そんなものはとうの昔に枯れ果てたわ! ああ、腹が減って胃袋が燃えそうだ. これ以上わしを拘束するなら、ここにおる記者どもを全員食ってやろうか!)


持子は限界の怒りと空腹から、カメラに向かって、ゾクッとするような妖艶で危険な流し目を送った.


「……わしの心は、常に飢えておる. 胃袋が燃えるようにな. この渇きを満たすためなら、目の前にあるものをすべて喰らい尽くしてやるぞ」


雪の翻訳.


「『燃え盛る炎のように、私の心は常に飢えて(ハングリーに)います. この渇きを満たすため、私はどこまでも高く、すべてを呑み込むほどに、芸術の高みを目指すことでしょう』」


「Magnifique(見事だ)!! なんて情熱的で、野心に満ちたミューズなんだ!」


立花雪という超一流のプロデューサーによる、完璧な『超解釈・翻訳』. 持子の飢餓感と睡眠不足から来る悲痛な心の叫びは、すべて『高尚な芸術家の思想』として見事にコーティングされ、フランス全土へと発信されていったのである.



【裏社会の顔見せと、冷徹なる三巨頭】


午後八時.

パリの歴史的建造物を貸し切って行われた、リュクス・アンペリアルの新作発表レセプションパーティー.


巨大なシャンデリアが煌めく会場には、世界中のセレブやハリウッド俳優に混じり、もう一つの極めて重要な『裏の顔』を持つ者たちが集結していた. ヨーロッパの裏社会を支配する実力者たちだ.

彼らの目的は、ヨーロッパの裏社会をたった『一晩』で血の海に沈めた伝説の頂点、極東の魔王・恋問持子とコネを作ることである.


「持子様、あちらにいらっしゃるのが、イタリアの巨大マフィアのドンであり、表向きは海運王のカルロ氏です. ご挨拶を」

「……うむ」


言語の分からない持子は、ただ威厳たっぷりに頷き、冷たい流し目を送る.(内心では「早く終わって飯を食わせろ」としか考えていない)


「も, 持子様、お目にかかれて光栄の極み……! 我が組織は、永遠に貴女様に忠誠を誓います!」


涙を流してひざまずくマフィアのボスたち. 持子の泰然自若とした態度が、さらに畏怖を煽る.

だが、持子の背後では、立花雪, エレーヌ・リジュ、そしてエティエンヌの三人が、氷のように冷徹な目で挨拶に来る者たちを『吟味』していた.


「……今の男、言葉の裏に野心が透けて見えましたね. リュクスの物流ルートに食い込もうとしている」


リジュが扇子で口元を隠し囁くと、雪が眼鏡の奥で殺気を閃かせる.


「ええ. 後で『処理』しておくわ」

「持子様に近づく羽虫どもめ. 敵か、味方か. ……私の眼は誤魔化せませんよ」


エティエンヌも真紅の瞳を妖しく光らせ、血の匂いで潜在的な裏切り者をリストアップしていく.

極東の魔王を美しい神輿とし、その足元で有能すぎる三匹の化け物がヨーロッパの闇の秩序を完全にコントロールする. これが、このパーティーの真の姿であった.



【暗躍する陰陽師と、見えざる死の刻印】


「――朔夜」


華やかな喧騒の中、雪がインカム越しに短く囁いた.


目標ターゲット、三時の方向. イタリア海運王のカルロ. ……いつでも『殺せる』ようにしておきなさい」

『……了解ラジャー、師匠』


会場の隅、給仕に紛れ込んだ漆黒のタキシード姿の土御門朔夜が、冷たく楽しげな声で応じる.

裏社会の重鎮たちは、全員が強力な『霊的防御』を張り巡らせている. 並の呪術師なら弾かれるところだ. だが、朔夜は違った.


(……風水と五行の相克. 防御の『網目』を抜けるのは、力押しじゃない. 同化だ)


朔夜はシャンパングラスを持つ手の陰で、極めて小さく複雑な印を結んだ.

スッ…….


放たれた極小の紙の式神は、会場の環境音や人間の体温に完全に同化し、カルロの背後へと忍び寄る.

そして、なんの抵抗もなく強固な結界を『壊さず』『気づかれず』にすり抜け、彼の首筋の裏にピタリと張り付いた. これで、いつでも脳髄を破壊できる.


「……完了しました、師匠」


(あの強固な防御を、一切の干渉波を出さずにすり抜けたというの?)


雪は眼鏡の奥で驚愕と戦慄を覚えた. 飛行機の中で『一度だけ』教えた複合術式を、すでに完璧に自分のモノにしている.


(……持子の周りの人間は、どいつもこいつも規格外ばかりね. 恐ろしい子)



【優雅なる挑発(吸血鬼)と、魔力補給の接吻】


「……ゆ, 雪……もう、ダメだ……」


政治的駆け引きが続く中、持子は真の限界を迎えようとしていた. ビュッフェテーブルから漂う芳醇な香りが容赦なく鼻腔をくすぐる.


「ダメよ、持子. モデルがドレス姿でガツガツ食べる姿を晒すわけにはいかないわ. 我慢なさい」


絶望する持子の目に、信じられない光景が飛び込んできた.

ビュッフェテーブルのそばで、ルージュが涼しい顔をして『極厚の特上ローストビーフ』を皿に山盛りに乗せているではないか.


ピクッ.


持子のこめかみが引き攣る. スタジオでの「羊羹の恨み」が鮮明に蘇る.

ルージュは、ローストビーフを優雅に口に運び――再び、持子と『ワザと』視線を合わせた.


「……っ!!」


ルージュは目を細め、極上の満足感に満ちた表情を作り、こっそりと親指を立てる.


(あ, あの吸血鬼……っ! 羊羹の次は肉かっ! わざとだ! わしが雪に止められて飯を食えぬと知っていて、わざと……っ!)


持子はギリリッと奥歯を食いしばり、般若の形相で睨みつけた.


(絶対に、絶対に泣かす……っ!!)


怒りと空腹で意識が途切れそうになった、その瞬間.


「持子様! こちらへ!」


背後で付き添っていた鮎が、持子の腕を引き、巨大な柱の陰の『死角』へと素早く滑り込んだ.


「あ, 鮎……わしはもう、限界だ……死ぬ……」

「ご主人様、頑張ってください! 今、私の魔力を……っ!」


鮎は持子の頬を両手で包み込むと、背伸びをして、自身の桜色の唇を持子の唇に強く押し当てた.


チュゥゥゥゥゥッ……♡


狂戦士としての莫大な生命力と魔力が、粘膜を通して持子の体内へと注ぎ込まれていく. 熱く、濃密な魔力の奔流が、持子の飢えを一瞬だけ満たした.


「ぷはっ……. ど, どうですか、ご主人様……っ」


鮎が顔を赤くして唇を離す.


「……ふぅ. 見事に生き返った. 大儀である、鮎」


持子は黄金の瞳に覇気を取り戻すと、ゾクッとするような色気を孕んだ笑みを浮かべ、自身の唇をピンク色の舌でペロリとエロく舐め上げた.


「んっ……♡」

「はぅあっ! 持子様、リップが取れちゃってます! 早く塗り直して!」


鮎が鼻血を堪えながら、素早く口紅を引き直す.

限界を迎えるたびに、ルージュが煽り、鮎が柱の陰で熱いキスで魔力補給を行い、持子がエロく舌を出す. この極秘のローテーションが幾度となく繰り返されながら、持子はどうにかこの地獄のパーティーを耐え抜いていたのである.


花の都パリの夜は、優雅に、そして恐ろしく騒がしく更けていくのであった.


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