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『デートなんて認めん!……はずだった』

✴︎『退院祝いは、嵐の予感?』その2


ピッ、ガチャリ。

静寂に包まれていた高級マンションの最上階。

強固なはずのオートロックの電子音と、重厚な玄関の扉が開く音が、持子の耳に唐突に飛び込んできた。


「……む?」


ソファでゴロゴロと悶えていた持子が、怪訝な顔で顔を上げる。

すると、玄関の廊下からパタパタと軽い足音が近づいてきて、リビングの扉が勢いよく開け放たれた。


「やっほー、持子! 退院したよ! 迎えに来たぞー!」


そこには、透き通るような白い肌と色素の薄い髪を揺らす、絶世の美少女――いや、中身はゴリゴリの肉食系男子である陰陽師『朔夜』が、満面の笑みで立っていた。


「な、なななっ……!?」


持子はソファから勢いよく飛び起き、黄金の瞳を限界まで見開いた。


「さ、朔夜!? な、なんでお主がここにいるのだ!? そもそも、このマンションのセキュリティはどうなっておる!?」


持子がパニックになって叫ぶと、朔夜は悪びれる様子もなく、手にした黒いカードキーをヒラヒラと振ってみせた。


「なんでって、雪さんからこのマンションのカードキーと、部屋の暗証ナンバーを教えてもらったからに決まってるじゃん」

「ゆ、雪が……ッ!?」


その時、持子の手元にあったスマートフォンが『ピコンッ』と無慈悲な通知音を鳴らした。

画面を見ると、所属事務所の社長である立花雪からの新着メールだ。


『朔夜くんが来たわよ。ずっと既読スルーして朔夜くんから逃げ回っているあんたが100%悪いんだからね。観念して、大人しくデートしてきなさい。P.S. 逃げたら今日の夕食の特上焼肉はキャンセルよ』


「な、なんという裏切り……! わしというものがありながら……っ!」


持子がワナワナと震えながらスマホの画面を睨みつけていると、いつの間にか背後に忍び寄っていた朔夜が、持子の肩越しにそのメールの文面を覗き込んでいた。


「うんうん。そうだそうだ、雪さんの言う通り!」


朔夜は持子の背後で、ぶんぶんと勢いよく首を縦に振って同意している。


「ひぃっ!? き、貴様、いつの間に背後に!」


持子はバッと飛び退き、朔夜をビシッと指差した。


「お、お前な! いくら雪の許可があろうと、勝手に他人の……それも年頃の美少女(心は男だが!)の部屋に上がり込むなど、常識が無さすぎるぞ!」


傲岸不遜な魔王としての威厳をかき集め、正論で叩き出そうとする持子。

しかし、朔夜は痛くも痒くもないといった様子で、ふふんと小悪魔のように鼻で笑った。


「はぁ? 何言ってんの。連絡を無視して逃げ回るっていう『常識がないこと』をしてるやつには、こっちも『常識がないこと』をしないとダメなんだよ!」

「ぐっ……!!」


図星を突かれた完全な正論のカウンター。

持子はぐうの音も出ず、言葉に詰まってしまった。確かに、既読スルーで逃げ回っていたのは自分である。


「はい、論破! ってことで、サッサと着替えろ! 今からデートに行くぞ!」


パンパンッ! と手を叩き、朔夜は強引に仕切り始める。


「な、なにぉー! わしはまだ行くとは一言も……!」


持子が反抗しようとした、その瞬間。

朔夜はスッと持子の目の前まで歩み寄り、その儚げで可憐な美少女の顔をグッと近づけてきた。見つめ合うほどの至近距離。しかし、その瞳の奥には、獲物を逃がさないハンターのような好戦的な光がギラギラと宿っていた。


「へぇ……? 何? お前、俺とデートするのが怖いのか? もしかして、ただの初心うぶな乙女なの? 『心は男だ!』とか偉そうに言ってたのに、本当はただの腰抜けか?」


小首を傾げ、可愛い顔で繰り出される容赦のない挑発。

それは、前世で天下を恐怖で支配した暴食の魔王・恋問持子のプライドを、最も的確に、そして致命的に刺激する魔法の言葉だった。


ピキッ!


持子のこめかみに、見事な青筋が浮かび上がる。

そう、持子は『バカ』なのだ。売られた喧嘩と安い挑発には、宇宙一簡単に乗ってしまうのである。


「ふ、ふざけるなァァァッ!! 誰が腰抜けだ! 誰が乙女だ! わしは魔王だぞ!! 上等だ、そのデートとやら、このわしが完璧にエスコートしてやろうではないか!! そこで待っておれ!!」


ドスドスドスッ! と地響きを立てながら、持子は猛然とウォークインクローゼットへと突進していった。


数分後。


「待たせたな! さあ、行くぞ!」


バァァーン! と勢いよく扉を開けて飛び出してきた持子。


シャラーーーンッ!!


見えない後光を背負って現れた持子は、世界最高峰のブランド『リュクス・アンペリアル』の最新オートクチュール・ドレスに身を包んでいた。足元は目も眩むようなピンヒール、首元には時価数千万の宝石がギラギラと輝いている。まさにレッドカーペットを歩くトップモデルの、隙のない『バリバリのブランド・フル装備』であった。


「ふははは! どうだ、わしの圧倒的な美貌と財力が生み出す完璧なコーディネートは! ひれ伏すがいい!」


得意げに胸を張る持子。

しかし、それを見た朔夜は、腕を組んだままスゥッと目を細めて能面のような真顔になった。


「…………は?」

「む? なんだその不満そうな顔は」

「いや、似合ってるしすっげー綺麗だけどさ……。お前、今日どこに行くつもり? 晩餐会?」

「む? デートであろう?」

「デートって、今日は思いっきり遊ぶんだよ!? そんなヒールとドレスじゃ、走れないし、アトラクションにも乗れないじゃん! まったく……一緒に思いっきり遊べないなんて、つまんないの」


朔夜はわざとらしく肩をすくめ、大きなため息をついてみせた。


「な、なにーーっ!?」


『遊べない』『つまんない』という言葉が、遊びを愛する持子の心にグサリと突き刺さる。そして何より、TPOをわきまえていないと指摘されたトップモデルとしてのプライドが絶対に許さなかった。


「くっ、くそぉぉぉっ!! 今のはちょっとした冗談だ! わしの本気、そして『遊び』への執念はこんなものではないわ! 今度こそそこで待っておれ!!」


再びドスドスドスッ! とクローゼットへ逆戻りする持子。


さらに十数分後。


「ふはははは! これなら文句あるまい!!」


バッ! と見事なポージングを決めて現れた持子に、朔夜は今度こそ瞳を丸くした。


持子が身に纏っていたのは、同じく超高級ブランドでありながら、動きやすさを極限まで追求したスポーティ・カジュアルなセットアップだった。

上質な生地のオーバーサイズパーカーに、脚のラインを健康的に美しく見せるストレッチ素材のショートパンツ。足元は、世界限定数十足の軽快なハイテクスニーカー。

動きやすく、思い切り遊べる機能性を持ちながら、トップモデルの圧倒的なセンスでまとめ上げられた、計算し尽くされた極上の『お遊びスタイル』だ。


「おおっ……!! すっげー! めちゃくちゃ可愛いし、それならどこでも行けるじゃん! 俺、そういう服の持子、すっごい好き!!」


朔夜はパッと花が咲いたような笑顔になり、目をキラキラと輝かせた。

そのド直球な「好き」という言葉と無邪気な笑顔の破壊力に、持子の顔がボフッと音を立てて赤くなる。


「おわっ!? わ、わしはセンスの塊だからな! 当然だ!!」

「よーし、完璧! じゃあ行くぞ!」


朔夜は嬉しそうに、持子の細い腕をグイッと引っ張った。


「こ、こら、引っ張るな! わしは魔王だぞ……って、あ、おい!」


文句を言いながらも、持子は朔夜の強引なペースに完全に巻き込まれ、ズルズルと玄関へと引っ張られていく。

自分の心を「男だ」と豪語し、魔王としての威厳を保とうと必死に足掻きながらも――。

結局のところ、持子は一枚も二枚も上手な朔夜の掌の上で、メチャクチャに踊らされているだけの、ただのチョロい絶世の美少女なのであった。


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