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『触れられたのは、胸じゃなくて心だった』

✴︎『退院祝いは、嵐の予感?』


ジリジリと照りつける帝都の真夏の太陽が、今日も容赦なくアスファルトを焦がしている。

しかし、持子の住む高級マンションの最上階は別天地だ。キンキンにエアコンが効いた広々としたリビングで、恋問持子は最高級の革張りソファにふんぞり返りながら、手元のスマートフォンを恨めしそうに睨みつけていた。

画面には、一件のメッセージが表示されている。


『今日、無事に退院するよ! 前から言ってた通り、退院祝いのデート、絶対行こうね! 迎えに行くから!』


送り主は、先日まで霊的専門の総合病院に入院していた陰陽師・土御門朔夜だ。


「…………むぅぅ」


持子は画面を見たまま、気まずそうに黄金の瞳を泳がせた。

ピコンッ。

追撃のように、可愛いウサギがピースしているスタンプが送られてくるが、持子の指はピタリと止まったままだ。いや、正確には数日前から朔夜からの『退院の日、デートするぞ!』というメールに「既読」をつけたまま、華麗にスルーをキメていたのである。


(し、仕方なかろう! わしは猛烈に忙しかったのだ!)


持子は内心で、誰にともなく必死の言い訳を並べ立てた。

そう、忙しかったのだ。古神道結社「八咫烏」の次期代表であり、光の神術を極めた葉室桐子お姉さんとの神術の修行が!

あの嫉妬深くも凛とした大和撫子のしごきは苛烈を極め、とてもではないがスマホの返信などしている余裕はなかったのだ。


(……いや、修行の後に鮎とルージュたちとゲームをする時間はたっぷりあったな。うむ、完全にわしの怠慢だわい)


持子はポフッと、抱きかかえていたシルクのクッションに顔を埋めた。

そもそも、持子は病室での朔夜からの唐突な『告白』を、現在進行形で保留にしている身である。

決して、朔夜のことが嫌いなわけではない。

れっきとした男でありながら、黙っていれば可愛い女の子に見えなくもない中性的な顔立ちの朔夜。

共通の趣味であるゲームを一緒にプレイしている時は、時間を忘れるほどに楽しいのだ。隣でコントローラーを握りながら「そこだ! 撃て!」「うわーっ、やられた!」とギャーギャー騒ぎ合うのは、かつて孤独な暴君だった持子にとって、ひどく心地の良い、温かい日常のひとコマになっていた。

だが、いざ「恋愛」や「デート」となると話は全く別である。

持子の魂は、かつて天下を恐怖で支配した魔王だ。中身がオッサンの自分が、男と恋仲になるなど、想像するだけで脳がバグってしまうのだ。

病室での出来事が、脳裏にフラッシュバックする。


『よいか朔夜! わしは中身は男だぞ!? BLボーイズラブはダメだ! わしの趣味ではない!』


いつだったか、そう威張って真っ向から突っぱねようとした時のことだ。


『馬鹿。お前、今はどう見ても女だろ。しかも絶世の美少女の』


朔夜は呆れたように短いため息をつくと、不意にベッドから腕を伸ばし――持子の神が創り賜うた黄金比のプロポーション、その豊満な胸へと一切の躊躇なく両手を伸ばし、真正面から鷲掴みにしたのだ!

ガシッ!!


『あうっ!?』


突然の出来事に、持子の口から自分でも驚くような、ひどく女っぽい艶のある悲鳴が漏れた。

ビクッと全身が跳ね、白磁のような顔が限界を超えて茹でダコのように真っ赤に染まり上がる。


『な、ななな……っ! き、貴様、何を……ッ!?』


『こんなにおっぱいの大きな男がいるか。お前は女だよ』


あろうことか、傲岸不遜な魔王の胸を堂々と鷲掴みにした朔夜は、涼しい顔で極めて事実を述べるようにそう言い放ち、パッと潔く手を離したのだ。

エロティックな意図など微塵も感じさせない、ただただ「事実の証明」としての行動。それが余計に持子の心を掻き乱した。


(あ、あいつ……っ! 普段は捻くれ者のくせに、ああいう時だけ妙に強引にきおって……!)


持子は当時の記憶を思い出し、カァァッと顔から火が出るほど赤面して頭を抱え、広い高級ソファの上でゴロゴロと悶え転がった。

「メスゴリラ」と暴言を吐きながらも、真っ直ぐに好意をぶつけてくる朔夜。

その好意自体は、決して嫌ではない。むしろ、向けられると胸の奥がくすぐったくなるような感覚がある。

だが――困るのだ。


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