『魔王も吸血鬼もまとめて調教!?最強お姉さん爆誕』
【魔王と忠犬と元・吸血鬼の女王、正妻(お姉さん)の軍門に降る】
「……き、桐子、お姉さん……」
氷川神社の客間。
屈辱と敗北の味を噛み締めながら、絶世の美女にして極黒の魔王・恋問持子は、慣れない呼び方に盛大に戸惑い、顔を引き攣らせていた。
「よし! 素直で大変よろしいわ!」
葉室桐子は、天下の魔王を完璧に調教し終えたドS女王のような、満面の満足顔を浮かべた。
「では、早速だが、わしに……いや、私に、光の神術の極意を教えてくだ……教えてほしいのだ、桐子お姉さん」
持子は、自身の魔王としての威厳が砂の城のように崩れ去っていくのを感じながらも、必死に教えを乞うた。
すべては、新たに目覚めた『光と闇のカオス魔力』を完全に制御し、真の覇王となるためだ。ここで折れるわけにはいかない。
桐子は「んふふ」と上機嫌に笑い、スッと立ち上がった。
「焦らないの。神術の基本は、何よりもまず『清浄』であること。まずはお風呂に入って身を清めてきなさい。……ほら、楓の白衣と袴を持ってきてあげたわ」
バサッ、と桐子が持子の前に差し出したのは、真っ白な小袖と緋色の袴であった。
「持子と楓はほぼ同じ体型だから、これを着なさい。少しは神聖な気持ちになるでしょう」
「うむ、大儀である!」
持子はそそくさと立ち上がり、風呂場へと向かおうとした。
しかし、その背中に向かって、桐子が極めて冷ややかで、見透かすような声を投げかけた。
「――それにしても、持子。あなた、昨日『エッチ』やったでしょ」
**「ビクゥゥゥゥッ!!??」**
持子の足が、床に縫い付けられたようにピタリと止まった。
ギギギ……と、錆びた機械のように首だけを振り返る。
「な、なんで分かるのだァァァッ!! わしがそのような破廉恥な……っ!」
「隠しても無駄よ」
桐子は呆れたようにため息をつき、ツカツカと持子に歩み寄った。
「私の『光の目』を誤魔化せると思ってるの? あなたの身体から、情欲の残り香と、他者と魔力を激しく交わらせた淀みがプンプン漂ってるわ。……光の神術が出来てるんなら、そういう『穢れ』はちゃんと祓いなさい」
ペシッ!
桐子は、持子の頭を軽くハリセンで叩くようにチョップした。
「いたっ!」
「はぁ……。全く、魔王ってやつは」
桐子はため息を吐きながらも、今度は打って変わって、まるでお姉さんが妹を優しく諭すような声色になった。
「……自分で、祓える?」
「や、やってみよう」
持子はコクリと頷き、その場で目を閉じた。
己の丹田の奥底へと意識を沈める。昨夜、鮎に与え、そして自身の中で爆発的に大きくなった『純白の光の魔力』を呼び起こす。
(来い……! わしの中から湧き出る、慈しみの光よ……!)
ポワァン……ッ!
持子の身体の奥底から、純白 of 純白な光の粒子が溢れ出し始めた。
それは持子の全身を包み込み、魂にこびりついていた情欲の残滓や魔力の淀みを炙り出していく。
チリッ……チリチリチリッ……!
持子に纏わりついていた穢れが、微かな音を立てながら、純白の光に浄化されて消えていく。
「ふぅ……」
持子が目を開けると、纏う空気は憑き物が落ちたように神聖なものに変化していた。
「…………」
それを見ていた桐子は、本気で驚愕の表情を浮かべていた。
(極黒の魔力を持つ者が光の魔力を得るなんてありえないことだけどね……。なんてデタラメな存在なの)
だが、同時に桐子は、持子の底知れぬポテンシャルを認めた。
「……よろしい」
桐子は、心からの感心の笑みを浮かべた。
「お姉さんが、教えてあげる」
「おおっ! 桐子お姉さん、よろしくお願いいたします!」
持子は、深い感謝と完全なる服従の意を込めて、深々と頭を下げた。
***
それからというもの。
持子は、桐子の空いている時間を縫っては氷川神社に日参し、光の神術の教えを乞うようになった。
そして、その奇妙な師弟関係に、見慣れた顔がさらに『二人』加わっていた。
「桐子お姉様ぁっ! 私の魔力回路の乱れも、どうかその神聖なお手でビシバシと矯正してくださいませぇっ!!」
「……あなた、本当にドMね。まあいいわ、そこ直りなさい」
一人は、持子の第一下僕であり、超有名インテリタレントの本多鮎。
彼女もまた、持子から『カオス魔力』を注ぎ込まれた影響で魔力の制御を学ぶ必要が生じていた。
そして、持子が桐子に頭が上がらないのを見て、鮎も秒で桐子を「お姉様(お姉さん)」と呼び、その軍門に降っていたのである。
そして、もう一人。
鮎の隣で、縁側にちょこんと座り、ポテトチップスをパリパリと貪り食っている絶世の美少女がいた。
「マスター・鮎! コノお菓子、スッゴク美味しいですわ! もっと買ってちょうだい!」
「もうルージュったら! さっきもケーキ食べたばかりでしょう! お行儀悪いですわよ!」
彼女の名は、ルージュ。真名はヴィクトリア・ド・ヴァロワ。
金糸のような金髪に、血のように赤い真紅の瞳を持つ絶世の美女。
かつては中世からパリの地下を約300年支配し続けてきた『吸血鬼の女王』である。
しかし、持子と鮎に敗北して以降、彼女は『進化した何か』へと変貌を遂げていた。
鮎から強烈な生気を分け与えられ続けた結果、吸血鬼の弱点は完全に消失し、柔らかな温もりのある肌を持つほぼ人間と同じ見た目になっていたのだ。
しかも、鮎からの魔力供給により、あろうことか吸血鬼でありながら『光の魔力』すらも使えるようになっていた。
社長である立花雪の計らいで、名目上は「鮎のマネージャー」として同行しているルージュだが……。
車の運転もできなければ、仕事も全くできない。ただお菓子を食べ、鮎にわがままを言うだけの、完全に自由気ままなニート状態であった。
「マスター・鮎! わたくし、アソコのショーウィンドウにあった新しい服も欲しいですわ! 買ってちょうだい!」
「またですかルージュ! 私はあなたのATMじゃありませんのよ!」
鮎は怒るものの、結局は甘やかして服やアクセサリーを買ってあげてしまう。
ただ、二人はほぼ同じ体型なので、ルージュはよく勝手に鮎のクローゼットから服を引っ張り出して着ていた。
「コラ、ルージュ! それ私の勝負服ですわよ!」
「イイじゃありませんか! わたくしの方が似合ってますのよ!」
ジャイアンも真っ青なワガママっぷりである。
そんなルージュも、光の魔力を制御するため、桐子の前に歩み出た。
「キリコお姉様! わたくしにも、光の神術、教えてくださいませ!」
無邪気な笑顔で「お姉様」と呼んでくるルージュの顔を見て、桐子はピクッとこめかみを引き攣らせた。
(……この子、実年齢は『300歳オーバーの吸血鬼』よね? 22歳の私が、300歳の大先輩から『お姉さん』って呼ばれるの、流石にちょっと抵抗があるんだけど……)
「キリコお姉様? ドウシマシタノ?」
「……う、ううん。なんでもないわ。じゃあルージュも座りなさい」
世界的な絶世の美女(持子)、トップタレント(鮎)、そして300歳オーバーの元吸血鬼が、一人の22歳の女性の前に正座して「お姉さん!」と声を揃える姿は、もはやカオスの一言であった。
***
さらに、桐子の「お姉さんシステム」は、恐るべき防壁として機能していた。
「お、みんな揃って特訓か。麦茶持ってきたぞ」
縁側で休んでいると、楓の兄であり、桐子の婚約者である風間洋助がお盆を持って現れた。
実は鮎も、そして密かにルージュも、洋助のあの「天性のタラシ体質」に当てられ、淡い恋心を抱きかけていたのだ。
しかし。
「あら洋助。ありがとう。……ほら鮎、ルージュも。お兄さんにちゃんとお礼を言って」
「は、はいっ! 桐子お姉様! ありがとうございます、洋助お兄さん!」
「アリガトウゴザイマス! ヨウスケお兄様!」
桐子の、笑顔の裏に絶対零度の殺気を秘めた「正妻の圧」により、三人の淡い恋心はバキバキの粉々にへし折られていた。
「お兄さん」と呼んだ時点で、恋愛対象から強制的に除外されるという、恐るべき正妻のロックである。
「おう、お疲れさん。……ていうか」
洋助は、持子たちに麦茶を渡しつつ、頭をポリポリと掻いて首を傾げた。
「なあ桐子。なんで最近、持子ちゃんと鮎さん、それにルージュさんまで俺のこと『お兄さん』って呼ぶようになったんだ?」
無自覚タラシの洋助は、水面下の血みどろなマウント取り合いなど微塵も察しておらず、純粋に困惑していた。
そんな洋助に対し、桐子は完璧なまでの『愛らしい婚約者』の顔を作り、ふわりと微笑んだ。
「ふふっ。実はね、洋助。私、持子と鮎とルージュと……『姉妹の契り』を結んだのよ」
「……えっ?」
洋助は目を丸くした。
「姉妹の契りって……あの極道みたいなやつか?」
「違うわよ、もっと神聖なものよ。ねえ、みんな?」
「「「ハ、ハイッ!! ソウデスネ!! 私タチ、固イ絆デ結バレタ姉妹デス!!」」」
桐子の極上スマイルの前に、三人は冷や汗を流しながら、ロボットのように首を縦に激しく振るしかなかった。
その姿を見て、洋助はパァッと顔を輝かせた。
「おおっ、そうだったのか! それは凄いな! 桐子に新しく妹が三人(うち一人は300歳超え)もできたみたいで、俺も嬉しいよ。みんな、すげえ仲良しなんだな!」
(((……仲良しというか、絶対的な独裁政権ですが何か?)))
三人の心の中に全く同じツッコミがシンクロしたが、洋助の純粋な笑顔の前では、何も言えなかった。
――その一部始終を、客間の端っこから眺めている小さな影があった。
「……あーあ。鮎お姉ちゃんも、ルージュちゃんも、桐子お姉ちゃんに完全に調教されちゃったね。可哀想な持子お姉ちゃんと、鮎お姉ちゃんと、ルージュちゃん……」
すべてを分かっている純白の天使、風間高子である。
高子は達観したようにお茶をズズッとすする。
しかし不思議なことに。
最初はあんなに屈辱にまみれ、嫌がっていたはずの持子たちも……。
「桐子お姉さーん! 今日買ってきたこのケーキ、一緒に食べようぞ!」
「桐子お姉様! 今日の私のメイク、いかがでしょうか!?」
「キリコお姉様! わたくし、鮎の服を着てきましたのよ! 似合うかしら?」
「ふふっ、三人ともありがとう。後でお茶にしましょうね」
……といった具合に、数日も経てば、ごくごく普通に桐子を「お姉さん」と呼び、すっかり懐いて慕うようになっていたのである。
「女のヒエラルキーって、怖いし……不思議だなぁ」
高子の小さな呟きは、夏の終わりの爽やかな風に吹かれて、平和でカオスな氷川神社の境内に静かに溶けていくのだった。




