『代表決定戦と、おっぱいに懸けた青春』
【 合気武道部 夏合宿六日目:代表決定戦と魔王の秘め事】
季節は夏。照りつける太陽がジリジリとアスファルトを焼く下界の喧騒から遠く離れた、東京の端に位置する氷川神社分社の秘境。
極秘で神聖なこの土地で繰り広げられる、合気武道部の波乱と筋肉、そして過剰な煩悩にまみれた夏合宿は、いよいよ佳境である六日目の朝を迎えていた。
「ふははは! 貴様ら、合宿も終盤だ! 気が緩んでおるのではないか! 丹田に気を落とせ!」
ピィィン! と張り詰めた朝の空気を切り裂くように、恋問持子の怒号が響き渡る。
身長175cmの長身と、神が計算し尽くした「黄金比」のプロポーションを持つ絶世の美少女。その白磁のような肌と黄金の瞳からは、かつて三国志の時代に天下を恐怖で支配した暴君・董卓の覇気がビリビリと放たれている。
「そこまで! 玲央、木刀の切先がわずかにブレた! 強制終了!」
「くっ……! は、はいっ……!」
「陽翔、お前は足の裏が浮いておる! 終了!」
「ひえっ!? やっぱり今日もダメっすか!」
「蒼真、四股の沈みが浅い! 終了だ!」
「……うす」
六日目の朝稽古も、これまでと全く同じ過酷なルールの下で行われていた。姿勢や型が少しでも崩れれば、即座に強制終了となる地獄の素振りと四股踏み。
しかし、一年生たちの顔つきは、初日のような絶望に染まったものではなかった。彼らは確実に成長していた。初日は数分でリタイアしていたものが、今では何百回と木刀を振り、深い四股を踏み続けることができるようになっている。とはいえ、三年生たちの求める「完璧」な領域にはまだ届かず、やがて全員が列から外されていった。
「終わった者から朝食の準備と掃除だ! 悔しかったら己の軸を真っ直ぐに立てよ!」
持子の声に、一年生たちは力強く「はいっ!」と返事をし、台所へと向かう。
その後、三年生である持子、技のスピード最速を誇る主将の千手美貴、日本刀のような合気を使う副主将の森盛夫の三人だけが残り、一切のブレも妥協もない完璧な素振りと四股を涼しい顔で終わらせたのだった。
***
午後一時。
昼食を終え、最も気温が高くなる時間帯。氷川神社分社の敷地内にある板の間の道場は、やはり今日もむせ返るようなサウナ状態と化していた。
しかし、今日の道場の空気は、単なる暑さ以上の「熱」と「極度の緊張感」に包まれていた。
道場の中央に、三年生の三人が腕を組んで並び立つ。
その前に、一年生の五人――門蒼真、佐藤陽翔、高橋玲央、阿部凛花、南原紗良が、一列に正座していた。皆、額から大粒の汗を流し、息を呑んで持子の次の言葉を待っている。
「これより――一年生の『代表』を決める!」
持子の凛とした声が、道場内に響き渡った。
「代表になった者は、お前たち一年生五人をまとめ上げるリーダーとなる。我々三年生や顧問とのパイプ役となり、そして……後々は、この合気武道部の次期主将を背負って立つ存在だ」
その言葉に、五人の肩がビクッと跳ねた。次期主将。それは、この過酷で、しかし温かい家族のような合気武道部を引っ張っていくという、とてつもなく重く、そして名誉ある役目である。
「ルールは単純明快だ!」
持子がパンッ! と手を叩く。
「一人が道場の中央に立つ。残りの四人が、順番にその一人に対して技を仕掛ける『連続組手』だ。これを五人全員が中央に立つまでローテーションで行う。我々三年生がそれを見届け……技、精神、そして合気の理を最も体現した者を、代表に指名する!」
「一番手は、玲央! 中央へ出ろ!」
「はいっ!!」
プライドが高く努力家の高橋玲央が、弾かれたように立ち上がり、道場の中央でスッと構えた。その型は、教科書通りで息を呑むほど美しい。
しかし、彼女の弱点はそこにあった。武道家としてはまだまだ形にこだわりすぎており、乱戦や予期せぬ攻撃に対して、完璧な型を崩すまいとするあまり、まだ殻を破れていなかったのだ。
「始めい!」
バァン! キュッ!
道場内に、激しい打撃とすり足の音が響き始めた。
最初に玲央に挑んだのは、お調子者の陽翔だった。
ダダダダッ! と突っ込む彼の目は、尋常ではないほど血走っていた。
(おっぱい……! 持子先輩のおっぱいを絶対に見るんだぁぁぁっ!!)
陽翔は受け身の天才だが技は鈍い。玲央は冷静に陽翔の手首を取り、美しい型のまま床へと投げ飛ばした。
「っしゃあ!」
しかし、陽翔は床に叩きつけられた瞬間、バネのように跳ね起きた。欲望が強すぎて、疲労の限界をとうに超えているはずの肉体が、今の時点でやれる事以上の動きを引き出していた。
続く凛花もまた、理性を彼方に投げ捨てていた。
「しゃぁぁぁっ!!」
(持子先輩のおっぱい揉みたい! 触りたい! 撫で回したいぃぃぃっ!!)
異常な体の柔らかさを活かした回転系の攻撃 は、もはや執念の竜巻と化していた。限界を超えた欲望が、関節の可動域すらバグらせ、その予測不能な動きに玲央の完璧な型がわずかに崩れる。佐藤も阿部も、代表の座というよりは、己の欲望のために最後までしっかりと技をかけ続け、規格外のポテンシャルを爆発させていた。
そして、南原紗良の順番。
彼女は鋭い観察眼で挑むはずだったが、目の前で鼻息を荒くして突進を繰り返す佐藤の姿を見て、心が激しくかき乱されていた。
(……バカみたい。あんなおっぱいのために死に物狂いになって……でも、あんなに必死な顔、ちょっと可愛い……いや違います! ムカつきます! 持子先輩のおっぱいのバカァァッ!)
佐藤のバカさ加減と、不覚にも彼を可愛いと思ってしまう自分、そして諸悪の根源であるおっぱいの件が脳内で大渋滞を起こし、紗良の計算式は完全に崩壊。結果、足がもつれて自滅してしまった。
「うぅっ……私の、バカ……っ」
紗良は道場の隅で膝を抱え、自分自身の不甲斐なさとコントロールできない乙女心に、ポロポロと悔し涙を流した。
そして、最後。
「五番手、蒼真! 中央へ!」
「……うす」
無口で真面目、長身でがっしりとした体格の門蒼真が、静かに道場の中央に立った。
彼の合気は、入部当初はただの「パワー投げ」であり、「合気じゃなくて怪力」と評されていた。しかし、この合宿で彼は誰よりも己の壁にぶつかり、川での稽古や足場の悪い河原で、力の限界を思い知らされてきた。
(……それに、俺には絶対に負けられない理由がある!)
蒼真の脳裏に、持子の「おっぱい見せてやる」という悪魔の囁きがフラッシュバックする。
しかし、蒼真が佐藤や阿部と決定的に違ったのは、彼の中には男としての欲望だけでなく、武道家としての純粋な『強さへの欲求』もまた強烈に根付いていたことだ。
おっぱいへの底知れぬ煩悩と、武の頂きを目指す情熱。バランスが良く片方だけではなく、両輪として噛み合った時、門の合気武道はついに開花したのである!
煩悩と武道への情熱が奇跡の融合を果たし、彼の瞳に静かな、しかし凄まじい炎が宿った。
「行くぞ蒼真!」
玲央が鋭い踏み込みで、蒼真の胸ぐらを掴みにいく。かつての蒼真なら、ここで自らの腕力で玲央の腕を弾き飛ばし、力任せに投げようとしていただろう。
しかし――。
スッ……。
玲央の手が蒼真の道着を掴んだ瞬間。蒼真の全身から、フッと「力み」が消え去った。
「なっ……!?」
玲央は、自分が暖簾を突いたような、あるいは深い水の中に腕を突っ込んだような、奇妙な虚無感に襲われた。蒼真は力で抵抗するのではなく、玲央の突進してくるエネルギーをそのまま自身の背中、腰、そして足裏へと流し込み、サウナのような道場の床へと逃がしたのだ。
「せやっ!」
そして蒼真は、玲央の力が完全に「行き場を失った」そのコンマ一秒の隙を突き、優しく、しかし確かな円運動の軌道で玲央の体を導いた。
クルンッ! ドスゥン!
玲央は、自分自身の突進の力によって宙を舞い、全く痛みを感じないまま、綺麗な円を描いて床に転がっていた。
「……す、すごい」
見守っていた紗良が、涙を拭ってゴクリと唾を飲み込む。
「今の……持子先輩の技と、全く同じ理屈……」
蒼真の覚醒は、それだけにとどまらなかった。
続く凛花の変則的な回転攻撃に対しても、蒼真は持ち前の高い身体能力を「力」ではなく「受けの器の広さ」として使い、彼女の回転を止めることなく、さらに大きな円で包み込むようにして制圧した。
紗良の重心崩しに対しても、蒼真は膝の抜きと微細なすり足で重心を常に流動させ、的を絞らせなかった。最後は陽翔の突進を、まるで羽毛を扱うかのようにフワリと受け流し、床にそっと転がした。
四人連続の組手を終え、道場の中央に立つ蒼真の息は、全く上がっていなかった。
静寂が、サウナのような道場を包み込む。
道場の隅で見守っていた三年生たち――持子、千手、森、そして静かに腕を組んでいた顧問の影安は、全員が目を見張っていた。
(……見事だ。数日でここまでモノに昇華させるとは。そして、他の者たちのあの常軌を逸した気迫……驚くべき成長だ)
影安は静かに感心し、三年生たちもまた、一年生たちの殻を破る凄まじい成長に深く驚き、そして感動していた。
「そこまで!!」
持子の通る声が、静寂を破った。
持子は、千手と森と顔を見合わせ、深く頷き合った。三人の意見は、言葉を交わすまでもなく完全に一致していた。
「結果を発表する」
持子が前に進み出る。その黄金の瞳が、真っ直ぐに蒼真を射抜いた。
「一年生の代表は――門蒼真! 貴様に決定する!」
「「「おおぉぉぉっ!!」」」
道場内に、割れんばかりの歓声と拍手が響き渡る。
「くっ……! 負けた……!」
玲央がバンッ! と床を叩き、悔し涙を流したが、すぐに立ち上がり、蒼真の前に進み出た。
「蒼真! 今回は負けたけど、俺の教科書通りの型が完成した暁には、絶対にお前から代表の座を奪い取ってやるからな! だから……それまで、俺たちを引っ張れよ!」
玲央が真っ直ぐに右手を差し出す。
「……ああ。よろしく頼む、玲央」
蒼真も、少しだけ照れくさそうに微笑み、その手をガッチリと握り返した。
(やった……! 代表になった……! これで、約束通り……っ!)
蒼真は、ポーカーフェイスの裏で、勝利の喜びと煩悩の達成感に激しく打ち震えていた。
***
夜。
夕食の時間は、新しい代表となった蒼真を祝う話題で持ちきりだった。
食後の温泉、そして宿泊棟の広間での持子による「魔法のマッサージ」の時間を終え、部員たちが深い眠りについた、深夜。
門蒼真は静かに起き上がり、自身の武道と煩悩の集大成とも言える「ご褒美」を受け取るため、月明かりの射す縁側へと密かに向かうのであった。




