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「煩悩の代償と純白の覚醒」

【 合気武道部 夏合宿五日目・夜:煩悩の代償と純真なる誤解】


夏合宿五日目の夕刻。

下界の喧騒から完全に切り離された氷川神社分社の秘境に、ヒグラシの鳴き声と涼しい山風が吹き抜ける。

しかし、宿泊棟の広間は、まるで激しい合戦が終わった後の野戦病院……いや、完全に機能停止したポンコツロボットの廃棄場と化していた。


「あ、あうぅ……指先すら、ミリも動かねえっす……」


「筋肉の繊維が……完全に、断裂して……」


「持子、せんぱい……お、おっぱ……」


ズリ……ズリリ……。

畳の上でいもむしのように蠢き、あるいはピクリとも動かずに白目を剥いているのは、今年入部したばかりの五人の一年生たちである。

お調子者の佐藤陽翔は、得意の受け身を取る余裕すらなく完全に床と同化。無口で身体能力が高い門蒼真も、丸太のような太い腕をプルプルと小刻みに痙攣させている。

異常な体の柔らかさを持つ阿部凛花に至っては、関節のタガが外れた軟体動物のように畳にへばりつき、うわ言のように持子の名前(と胸)を呼んでいた。


「ふんっ! くそっ……私の、完璧な型が……っ!」


プライドが高く努力家の高橋玲央が、ギリギリと歯を食いしばって上体を起こそうとする。

しかし、ブルンッ! と全身の筋肉が悲鳴を上げ、無情にもバタン! と畳に突っ伏した。


「はぁ……はぁ……限界突破の代償が、これですか。全く、非論理的です……」


冷静で毒舌な南原紗良も、焦点の合わない虚ろな目で天井を見つめている。


ガラッ!

そこへ、湯気を立てる大きな鍋や食器をお盆に乗せた三年生たちが、広間の襖を開けて入ってきた。


「はいはーい、夕ご飯できたよー! ……って、うわぁ」


小柄で童顔、面倒見のいい主将の千手美貴が、広間の惨状を見て目をパチクリと丸くする。

長身で細身の筋肉質、ストイックな副主将の森盛夫も、寡黙なまま呆れたように息を吐いた。


「なんだか、初日の基本稽古の夜に戻ったみたいだねー。完全に介護施設じゃない、これ」


千手がケラケラと笑いながらお盆を置く。


「ああ、まったくだ。まさか午後の稽古で、あそこまで自分たちから限界を超えにいくとはな」


森も、不器用ながらもどこか嬉しそうな微笑みを浮かべた。彼ら三年生から見れば、後輩たちが死に物狂いで稽古に打ち込む姿は、頼もしくもあり微笑ましいものなのだ。

しかし。

その後ろで配膳を手伝っていた絶世の美女――極黒の魔王・恋問持子だけは、一人、滝のような冷や汗を流していた。


(や、ヤバい……! 完全にやりすぎたぞ……!)


持子は黄金の瞳を激しく泳がせ、ピクピクと痙攣する一年生たちを見下ろした。

彼らがこれほどまでに己の肉体を酷使した理由。それは、武道への純粋な情熱などという高尚なものでは断じてない。

佐藤、門、阿部の三人を突き動かした原動力は、ただ一つ。


**『強くなったら、持子のおっぱいを見せる(阿部に至っては揉ませる)』**という、世界で最も不純で破壊的な約束のせいである!


そして、その三人の異常な気迫に当てられた高橋と、佐藤に対する嫉妬と対抗心を燃やした南原までもが、巻き込まれるように限界を超えて暴走してしまったのだ。


(わしのおっぱい効果、なまら恐るべし……! まさかここまでひよっこ共の理性を吹き飛ばし、肉体を崩壊させるとは……!)


持子は自身の豊かな胸元の破壊力に戦慄しつつ、そっぽを向いて口笛を吹くフリをした。


「ほらほら、起きられないなら食べさせてあげるから! 陽翔くん、あーん!」


千手が、スプーンでカレーうどんをすくい、佐藤の口元へ運ぶ。


「あ、あざっす……はむっ……うぅ、美味いっすけど、咀嚼する顎の筋肉すらないっす……」


佐藤が涙目でうどんを飲み込む。

その隣では、森が無言のまま、門の口に次々とうどんを放り込んでいた。


「……んぐっ。すんません、森先輩……」


「気にするな、蒼真。しっかり食って肉体を回復させろ」


森の男らしい優しさに、門は罪悪感で押し潰されそうになりながら目を伏せた。


「それにしてもさ」


千手が、不思議そうに首を傾げながら一年生たちに問いかけた。


「なんで今日は、みんなあんなに狂ったみたいに頑張ったの? 午前の段階でヘトヘトだったのに、午後から急に目つきが変わったっていうか……なんか、別の生き物みたいだったよ?」


ピクゥッ!!

そのあまりにも純粋すぎる質問に、佐藤、門、阿部の三人の心臓が跳ね上がった。


(((言えるわけがない!!)))


「持子先輩のおっぱいを見る(揉む)ために、煩悩全開で限界を突破しました!」などと、この真面目な千手や森に言えるはずがない。言った瞬間、間違いなく『合気殺し』の刑に処され、この部活で社会的に抹殺される!


「えっ、あ、いや! そ、それは……!」


佐藤が目を白黒させながら、必死に言い訳を探す。


「……俺は……その……」


生真面目な門も、嘘がつけない性格ゆえに、顔を茹でダコのように真っ赤にして口ごもってしまった。


「私はっ! あの、その……す、崇高な目的のために……っ!」


阿部も、異常に柔らかい長い手足をモジモジと絡ませながら、完全に視線を泳がせている。

三人が絶体絶命のピンチに陥った、その時!


「……決まってるじゃないですか。みんなに、負けないためです」


完璧主義の高橋が、震える声で口を開いた。彼女はプライドの高さを滲ませた瞳で、真っ直ぐに千手を見つめる。


「あんな異常な気迫を見せられて、私の完璧な型が劣っていると思われたくなかった……ただ、それだけです」


すると、南原も虚ろな目のまま、しかし確かな熱を帯びた声で続いた。


「……私もです。負けないためです」


(絶対に、あのスケベザルの佐藤くんを持子先輩のおっぱいなんかに取られないためです……! 私の完璧な崩しで、完膚なきまでに叩き潰してやるんです!)


南原は内心でドス黒い嫉妬の炎を燃やしながらも、表面上はクールな毒舌家の顔を保って言い切った。


「そ、そうっす! 俺たち、同期には絶対負けたくないっていう、熱いライバル心っすよ!」


佐藤がここぞとばかりに便乗し、門と阿部もコクコクと首がもげるほどの勢いで縦に振る。

その言葉を聞いた瞬間。


「「おお……っ!」」


千手と森の顔が、パァァッ! と感動の光に包まれた。

「えらいっ! えらいよみんな!!」


千手が、目に涙を浮かべながら激しく拍手をする。パチパチパチパチ!


「ああ。入部してまだ数ヶ月のお前たちが、そこまで互いを高め合うライバル関係を築いていたとは……。立派な武道家の魂だ」


森も、寡黙な努力家ゆえに後輩たちの言葉を100%文字通り受け取り、深く頷いて称賛した。


(((……だ、騙されてるぅぅぅっ!!)))


持子、佐藤、門、阿部、南原の五人は、純粋すぎる三年生二人の反応に、心の中で盛大に土下座した。


「よーし! そんなに頑張った可愛い後輩たちには、今日は三年生が徹底的に甘やかしちゃうぞー!」


千手が満面の笑みで宣言する。


「ご飯が終わったら、初日みたいにお風呂も全部洗ってあげるからね! 安心して身を任せなさい!」


かくして食後は、再び至れり尽くせりの「介護風呂」が展開されることとなった。


「はーい陽翔くん、背中流すよー! ゴシゴシゴシッ!」


「ぎゃあああっ! 千手先輩、皮! 背中の皮が剥けるっすぅぅ!」


「動くな蒼真。今日も俺が流す」


「あ……はい、すんません森先輩……」


持子も、阿部や高橋たちの髪を洗いながら、内心で(わしの煩悩への誘惑のせいで、千手と森にまで無駄な苦労をかけてしまった……)と、珍しく魔王としての反省をしていたのだった。


【限界を超えた魔力と、深夜の禊】


夜も更け、宿泊棟の広間。


「よし、全員うつ伏せになれ。わしの魔法のマッサージの時間だ」


持子の号令で、パジャマに着替えた一年生五人が畳の上に転がった。

持子は大きく深呼吸をし、己の内にある極黒の魔力の邪念を完全に封印する。そして、純粋な「肉体の回復」のみに魔力を変換し、限界を突破してボロボロになった彼らの背中に、ゆっくりと大きな掌を当てていった。


ポワァン……。


「んんぅ……持子先輩の手、とても気持ちいいっす……」


佐藤が恍惚とした声を漏らす。


「筋肉の断裂が、魔法のように繋がっていく……完璧なマッサージです……」


高橋も、心地よさに身を委ねて目を閉じた。

持子の掌から流れ込む温かく力強いエネルギーが、一年生たちの千切れた筋繊維を優しく修復していく。

しかし、今日の一年生たちの疲労は、これまでの比ではなかった。限界のさらに先まで肉体を酷使した彼らを五人全員、完全に回復させるためには、想像を絶する莫大な魔力が必要だったのだ。


(くっ……! 奪う力なら底なしだが、与える力への変換は、本当に身を削られる……!)


持子の額から、滝のように汗が流れ落ちる。

それでも彼女は、黄金の瞳に確かな慈愛の光を宿し、最後の一人まで丁寧に魔力を注ぎ込み続けた。


「……ふぅ」


一時間後。

すっかり痛みが引き、スヤスヤと安らかな寝息を立てる一年生たちを見届けた持子は、その場にグラリと膝をついた。


(あかん……魔力が、文字通りすっからかんだ。指一本動かすのも億劫だぞ……)


自身の極黒の魔力を完全に使い果たした持子は、重い身体を引きずるようにして立ち上がった。


深夜。午前二時。

氷川神社の敷地は、深い静寂に包まれていた。

持子は一人、宿泊棟を抜け出し、月明かりだけが頼りの深い森へと足を踏み入れた。目指すは、神社の奥にある禊場――あの冷たい滝である。


ザアァァァァァァッ!!

木々を抜けた先、激しく流れ落ちる清冽な滝が姿を現した。

持子は衣服を脱ぎ捨て、白磁のような絶世のプロポーションを月光に晒すと、躊躇うことなく凍てつくような滝の冷水へと身を沈めた。


「つぅぅぅっ……!!」


魔力が枯渇した肉体に、山の湧き水の暴力的な冷たさが容赦なく突き刺さる。ガチガチと奥歯が鳴るが、持子は滝の真下で胡座をかき、スッと目を閉じて合掌した。


(己の内に意識を向けよ……。空っぽになった丹田の底から、新たな熱を呼び起こすのだ)


持子は、今日一日を思い返した。

己のおっぱいという不純な欲望で暴走させてしまったとはいえ、限界を超えて強くなろうとした後輩たちの熱い姿。嫉妬や対抗心を燃やしながらも、確かな絆で結ばれつつある同期たちの関係。そして、そんな彼らを温かく見守り、世話を焼く千手と森の無償の優しさ。


(奪うのではなく、与える……。わしが彼らに与えたのは魔力だが、彼らからは『信頼』と『青春の熱』をもらった……)


持子が、己の胸の奥底に静かに祈りを捧げた、その瞬間。

バチッ……! ポワァン……!

空っぽになったはずの持子の胸の中心から、淡い、しかし確かな熱を持った純白の光の粒子が溢れ出し始めた!


「おお……!」


昨日よりも、さらに輪郭がはっきりと、力強くなっている。

光の粒子は、シュワシュワと水に溶け出しながら持子の身体を優しく包み込み、凍てつく滝の水を、まるで柔らかな春の陽だまりのように温かく変えていく。

他者を癒し、与えることで自身が疲弊すればするほど、その空いた器に流れ込んでくる、全く新しい「光の魔力」。


「ふはは……! 見える、感じるぞ! これが、与えることで得られる力の法則……!」


持子は滝の飛沫を浴びながら、黄金の瞳を輝かせて高らかに笑った。


「待っておれよ、ひよっこ共! 貴様らの強くなりたいという欲望が本物なら、わしは魔王として、その全てを受け止め、さらなる高みへと導いてやろう!」


月明かりの下、極黒の魔王は清らかな光に包まれながら不敵な笑みを浮かべる。

合気武道部の熱く、過酷で、そして限りなく阿呆な夏合宿。魔王とひよっこ達の絆は、この煩悩と優しさに満ちた夜を越え、さらに強固なものへと鍛え上げられていくのであった。

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