『絶世の魔王の恋愛がチートすぎて参考にならない件』
ザァァァァァァァァッ!!
天然の岩風呂に降り注ぐ激しい雨音と、もうもうと立ち込める白い湯気。
先ほど、自身のドス黒くピンク色な変態的妄想を後輩たちに見透かされ、「最低です」「キモいです」と総スカンを食らった極黒の魔王・恋問持子は、湯船の隅っこで体育座りをして、ブクブクと泡を立てていじけていた。
(……ええい、絶世の美女たるこのわしが、なぜこんなひよっこ共の前で肩身の狭い思いをせねばならんのだ。董卓としての威厳が丸潰れではないか!)
持子は心の中で盛大に悪態をつきながら、バシャッ! と勢いよく顔を上げた。
「コホン! まあよい! 過ぎたことは水に流そうではないか、温泉だけにな!」
ドヤ顔で放たれた渾身のギャグだったが、一年生女子三人組(阿部凛花、高橋玲央、南原紗良)と主将の千手美貴は、チベットスナギツネのような無表情で持子を見つめ返した。
「……で、持子ちゃん。さっきの話の続きだけどさ」
千手が苦笑いを浮かべながら、気を取り直すように話題を振った。
「持子ちゃんって、世界的トップモデルで絶世の美女なわけじゃない? さっき私たちをいやらしい目で見てたのは置いといて……持子ちゃん自身の『恋バナ』って、ないの?」
ピクッ。
その言葉に、最も強く反応したのは、持子を「モデルの先輩」として強烈にリスペクトしている阿部凛花だった。
「あ、あっ! 私もそれ、すっごく聞きたいです!」
凛花が異常なほど柔らかい身体をバネのように弾ませ、ザバァッ! と持子の目の前まで身を乗り出してきた。
「持子先輩みたいに完璧で、オーラがあって、誰もがひれ伏すような圧倒的な美貌を持つ人って……一体どんな恋愛遍歴を持ってるんですか!? やっぱり、ハリウッドスターとか、石油王とかから毎日求婚されたりするんですか!?」
凛花のキラキラと輝く純粋な尊敬の眼差し。
先ほどまでの冷ややかな空気が一変し、玲央も「確かに……持子先輩の美しさに釣り合う『完璧な型』を持つ男がどんな人物なのか、気になります」と身を乗り出し、紗良まで「……魔王の恋愛心理学。非常に興味深いデータが取れそうです」と目を光らせた。
(ふ、ふははは……! 来た! ついにわしのターンが来たぞ!)
持子の内なる董卓の血が、歓喜の産声を上げた。前世での董卓としての血みどろの愛憎劇など、現代の女子高生に話せるわけがない。だが、今世における「恋問持子」としての恋愛遍歴(という名の下僕収集録)なら、いくらでも語れる!
持子は岩風呂の縁に片腕を乗せ、バサァッ! と濡れた髪をかき上げ、黄金の瞳を妖しく細めた。
「ふははは! よかろう! ひよっこ共、刮目して聞け! 前世の……ごほんっ、昔のことは置いといて、この絶世の美女・恋問持子の、華麗なる愛の歴史をな!」
ゴクリ……。
女子四人が、固唾を呑んで持子の次の言葉を待つ。
「まず、最初の恋人……いや、『下僕』と呼ぶべきか。それは、同じ事務所に所属するインテリタレント、本多鮎だ」
「「「えっ?」」」
いきなり知っている超有名タレントの名前、しかも『女性』の名前が飛び出し、玲央が素っ頓狂な声を上げた。
「え、あ、鮎先輩って……あのピンク髪の、クイズ番組とかで大活躍してるインテリの……?」
「いかにも! 奴は元々、非常にプライドが高く、わしに対して強烈な嫉妬心を抱いておってな。事あるごとに自分が一番優秀な手駒だとマウントを取ろうと嫌がらせをしてくる、生意気なライバルだったのだ!」
持子はドヤ顔で語り続ける。
「だが! わしはそのような小手先の嫌がらせなど、圧倒的なカリスマでねじ伏せてやった! そして、ギャーギャーとうるさい奴の唇を……こう、強引に塞いでやったのだ! 愛のキスでな!」
「「「キ、キィィィスッ!?」」」
女子高生たちの顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まる。
「そ、そそそ、それって百合……っ! 女同士で……っ!?」
玲央が両手で顔を覆いながらも、指の隙間からバッチリと持子をガン見している。
「ふはは! 性別など些細なことよ! その熱いくちづけで完全にわしの愛の虜となった鮎は、見事に改心し、今やわしに狂信的な忠誠を誓い『第一下僕(忠犬)』を名乗るようになったのだ! わしのためなら喜んで泥水すらすする、極上の愛の下僕(恋人)よ!」
(……それ、恋愛じゃなくて洗脳とか調教の類では……?)
紗良の脳内に極めて冷静なツッコミが浮かんだが、持子の勢いに気圧されて声には出せなかった。
「だが、わしの愛の伝説はこれだけではない!」
持子は立ち上がり、豊かな胸を張って夜空の雨雲を指差した。
「次の舞台は、修学旅行先の北海道・小樽だ!」
「小樽……ですか?」
凛花が瞬きをする。
「うむ! そこでわしは、心に深い傷を負い、人生の闇を彷徨っていた三人の迷える子羊たちと出会った。獅子戸レオ、如月沙夜、そして……花園美羽だ!」
「花園美羽先輩って、あの炎上系カルトシンガーの!?」
千手が目を丸くする。合気武道部のメンバーにとって、美羽は同じ学園の芸能科に通う先輩でもある。
「いかにも! 奴は小樽のオルゴール堂で330万円もの高額なアンティークを壊し、人生が破滅しかけておった。わしは! その借金ごと奴の人生を丸ごと『買い取って』やったのだ! 圧倒的な財力と愛で、傷ついた三人を癒し、そして全員をわしの下僕(恋人)にしたのだ!」
「さ、さんびゃくさんじゅうまん……っ!?」
玲央が桁違いの金額にクラクラと目眩を起こして岩に手をつく。
「しかし持子先輩」
紗良が冷静な声で割り込んだ。
「花園先輩が持子先輩の所有物(泥棒猫)として異常なほどの執着を向けているのは学園でも有名ですが、他の二人……獅子戸レオさんと如月沙夜さんは、今どうしているんですか? 三股……いや、鮎先輩も入れて四股ですか?」
紗良の鋭い指摘に、持子は「ふっ」と遠い目をして、少しだけ優しい顔つきになった。
「……レオと沙夜とは、別れた」
「「「別れた!?」」」
「うむ。わしの圧倒的な愛によって心の傷を癒した二人は、やがて『自分の夢に向かって羽ばたきたい』と申し出てきたのだ。わしは慈悲深き魔王。夢を追う者の足枷になるつもりはない。ゆえに、円満に『下僕契約を解消』し、笑顔で旅立ちを見送ってやったのだ。……美しき別れであった」
持子の話は、言葉のチョイス(下僕契約)こそ異常だが、やっていることは「パトロンとして若者の夢を支援し、自立を見送る」という、まるであしながおじさんのような壮大なスケールの人助けであった。
「……なんか、言葉の響きは最悪ですけど、やってることはめちゃくちゃカッコいいですね……」
凛花が、呆れと尊敬の入り交じった複雑なため息をつく。
「えっ、じゃあ今は、鮎先輩と美羽先輩の二人とお付き合い……いえ、下僕契約を結んでるってことですか?」
玲央がなんとか頭の整理をつけようと必死に尋ねる。
「ふはは、甘いぞ玲央!」
持子はニヤニヤと笑い、爆弾を投下した。
「実はもう一人いるのだ! ヨーロッパの裏社会を統べる真祖の吸血鬼であり、フランスのパリでわしに狂ったように惚れ込み、しつこく迫ってきたストーカーの男がな!」
「お、おおっ! ついに男の人!!」
千手が待ってましたとばかりに手を叩く。
「どんな人ですか!? やっぱりフランス人だから、金髪碧眼のイケメン王子様みたいな!?」
凛花が目を輝かせる。
「いかにも! 金髪碧眼の超絶美形だ! 奴の名はエティエンヌ。だがな、奴はわしに愛されたい、わしに踏まれたいという極限のドM精神を拗らせた結果……」
持子は、一拍置いて、とんでもない事実を口にした。
「わざわざ『絶世の金髪美女(♀)』へと女体化して、日本までわしを追ってきたのだ!!」
ピタッ……。
激しい雨音の中、岩風呂の時間が完全に停止した。
「……はい?」
紗良の口から、魂の抜けたような声が漏れる。
「だから、わしに愛されるために、男が女体化してまで海を渡ってきたのだ。そこまでされたら、魔王たるわしとしても無碍にはできん。ゆえに、奴もわしの愛の下僕(恋人)として迎え入れたのだ! というわけで! 現在、わしの愛の下僕(恋人)は、本多鮎、花園美羽、そしてエティエンヌの三人だ!!……今の所はな!!!」
「「「……………………」」」
女子四人の脳内キャパシティは、とっくの昔に限界を突破していた。
嫌がらせをしてくるライバルをキスで服従させ。
修学旅行で330万の借金を肩代わりして恋人を作り。
パリから追いかけてきたストーカー男が女体化してハーレムに加わる。
「恋愛のスケールがバグりすぎてて、全く参考になりません……」と玲央が頭を抱える中、持子の暴走は止まらない。
「ふははは! 驚くのはまだ早いぞ、ひよっこ共! わしの魅力にひれ伏す者はまだまだおるのだ!」
持子はバシャバシャとお湯を叩きながら、さらに自慢話を展開した。
「例えば、最近転校してきた銀縁メガネの官僚系イケメン、霞涼介だ! 奴もわしに好意を持っておる! 一緒にジャンクバーガーを食って爆笑してやったのが効いたらしいな!」
「こ、国家機関のエリートまで!?」
「さらに! 聖三条騎士団の金髪碧眼の超絶美形ハーフ騎士、天草・クリストファー・流星! 奴はわしの極黒の翼を唯一の神と定め、わしのナイトになると誓ったのだ!」
「き、騎士団のナイト!?」
「まだまだぁ! 陰陽庁執行部の銀髪ショートボブの美少女……にしか見えない男、土御門朔夜! 奴からは先日、ド直球でストレートな愛の告白をしてきた! ゲーセンで一緒に遊んだ仲だが、今は保留中にしてやっておる!」
「お、陰陽師の美少年からの告白を保留……っ!?」
「トドメだ! 世界的ブランド『リュクス・アンペリアル』を統べる若き女帝、エレーヌ・リジュ! 彼女はわしに絶対の忠誠を誓い、裏社会の資産を動かしてわしを支援してくれておるのだ!」
「「「…………ひええええええええっ!!??」」」
ついに女子四人は、悲鳴を上げて岩風呂の隅っこに固まってしまった。
国家の官僚、聖騎士、陰陽師、そして世界的ブランドの女帝。
もはや「恋バナ」などという可愛い枠組みを完全に逸脱し、世界規模の宗教あるいは国家転覆レベルの人脈である。
「す、すごいです持子先輩……っ! 国境も性別も、国家権力さえも超えて、すべてを愛とカリスマでひれ伏させるなんて……っ! やっぱり持子先輩は、世界一カッコいいですぅぅぅっ!!」
一人だけ完全に脳が焼き切れた凛花が、目を星のように輝かせて持子を拝み始めた。
「おい凛花、やめとけ! そこに取り込まれたら人間として終わるぞ!」
玲央が必死に凛花の肩を揺さぶって止める。
「魔王の恋愛心理学……いや、これはもはや世界征服のプロセスです。論文が書けます……」
紗良がブツブツと呟きながら、虚空を見つめている。
「もう、持子ちゃんってば本当に規格外なんだから! あははははっ!」
千手がお腹を抱えて爆笑し始める。
ザァァァァァァッ!
大自然の猛威が降り注ぐ中、秘境の天然温泉には、極黒の魔王の高笑いと、それに完全に圧倒されたひよっこ女子たちの阿鼻叫喚が、いつまでもいつまでも響き渡っていた。
合気武道の稽古は休みとなったが、彼女たちはこの嵐の一日で、武道よりもはるかに混沌とした「魔王の恋愛(支配)の理」を、しかと魂に刻み込まれるのだった。




