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『魔王、部活の狂気に戸惑う』

第一日目(午後〜夜):地獄の基本稽古と魔王の戸惑い


「はーいみんな! お昼ご飯でしっかりエネルギー補給したところで、午後の稽古の前に道場とお風呂の清掃に取り掛かるよー!」


小柄で童顔な主将の千手美貴が、明るく面倒見の良い声で号令をかけた。

「おう」と、長身で細身の筋肉質である副主将の森盛夫が短く寡黙に頷く。


「うむ! 昨日、鮎と二人でやった時より、人数がいると断然作業が早いではないか!」


絶世の美女でありながら中身はオッサンである恋問持子は、腕まくりをして意外にも機嫌良く雑巾がけをこなしていた。

一年生たち五人は、掃除の仕方一つとっても見事なまでに個性が分かれていた。


「あーもう、めんどくさっ……適当でいいっスよね」とお調子者でずる賢い佐藤陽翔がいい加減にモップを振り回す。


「佐藤くん、ホコリが残ってる。もっと端まで丁寧に拭きなさいよ」と、冷静で毒舌な南原紗良が呆れたように的確な指示を飛ばす。

一方で、プライドが高く努力家の高橋玲央は、床の一つのシミを完璧に落とそうとするあまり一向に前へ進まない。身体の柔らかさが異常な阿部凛花は、なぜか開脚ストレッチをしながら器用に床を磨いている。

そんな中、無口で真面目な門蒼真が、重い水バケツを両手に提げて黙々と力仕事をこなしていた。


***


清掃を終えた午後。

ジリジリジリ……と、容赦ない夏の日差しが容赦なく照りつける。

夏のクーラーのない道場は、ただ立っているだけでも全身から汗が噴き出す、完全な「サウナ状態」と化していた。


「それじゃあ、合気武道部名物、夏の基本稽古を始めるよ! まずは木刀素振り千回! その後、四股しこ踏み千回!腕立て伏せ千回!」


千手の明るく無邪気な声が、一年生たちにとっては死刑宣告のように響き渡った。


「「「「「えっ……?」」」」」


「せ、せん……?」


一年生たちの顔から一瞬で血の気が引く。

だが、三年生たちには一切の躊躇がなかった。


「ブォン! ブォン! ドスッ! ドスッ!」


主将の千手と副主将の森は、機械のように一切の無駄がない完璧な動きで、猛烈なスピードでノルマをこなし始めた。

一年生たちもここ三ヶ月ほど基本稽古はこなしてきたが、桁外れのこの回数は未知の領域だ。


「ハァッ……ハァッ……! ぐ、ああっ……!」


腕が上がらなくなり、足が震え始める一年生たち。

持子は自らも涼しい顔で素振りをこなしながら、必死な一年生たちをチラチラと不安げに見つめていた。


(おいおい……これ、ただの拷問ではないか? 死ぬぞ?)


しかし、持子の心配をよそに、五人の一年生たちは誰一人として諦めなかった。歯を食いしばり、汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、見事にその過酷なノルマをやり遂げたのだ!


「きゅ、きゅうひゃく……きゅうじゅう……きゅう……、せんっ!!」


「ドサァッ!!」


千回を終えた瞬間、一年生たちは全員、糸が切れた操り人形のように床に倒れ込み、ピクリとも動けなくなった。

(……まあ、そうなるわな)と、持子は一人心の中でツッコミを入れた。


***


「よし! 一年生はよく頑張ったね! 私たちは夕食とお風呂の準備にかかるから、持子、あとのケアよろしくー!」


千手と森が道場を出て行く。

残された持子は、「よっこらせ」と大きなため息をつきながら、動けない一年生五人を一人ずつヒョイッと背負い上げ、風通しの良い縁側へと運んで並べた。


「お前ら、熱中症になってはたまらんからな」


持子は彼らの汗だくの道着の上着を躊躇なく脱がし、風の通る楽な格好にさせてから、大きめのタオルをふわりとかけてやった。さらに水で濡らした冷たいタオルをそれぞれの頭に乗せ、絞った手ぬぐいで火照った体を丁寧に拭いてやる。


(わしもすっかりオカンになってしまったぞ……)


しばらくして、「ご飯できたよー! 特製スープカレーだよー!」と千手が元気な声で呼びにきた。

しかし、縁側に転がる一年生の中で、立ち上がろうとピクピク動いたのは、身体能力が高い門と、意地とプライドの塊である高橋だけだった。残り三人は指一本動かせず、完全に白目を剥いている。

結局、三年生が赤子を介護するかのように、寝転がる一年生の口元にスプーンでスープを運ぶことになった。


「ほれ、あーんしろ、あーん」


持子に無理やり口を開けさせられながら、鶏肉や野菜などの固形物をなんとか飲み込めたのは門、高橋、佐藤の三人。阿部と南原は疲労困憊でアゴの力すら残っておらず、スープのみをすするだけで完全にダウンしてしまった。


***


食後はさらにカオスを極めた。

意識はあるものの、自力で体を洗うことすらできない一年生たちを、三年生が文字通り全身洗ってやるという事態に発展したのだ。

湯船の中でぐったりとする一年生たちを洗いながら、持子の額には冷や汗が浮かんでいた。

湯上がり。夜の風が吹き抜ける縁側で、顧問の影安は「……」と何も言わず、ただ静かにこの光景を見守っている。

千手も森も、「初日はこんなもんだよねー」「ああ、一年でよく千回やりきった」と、これが合気武道部の『日常』であるかのように平然と頷き合っている。

持子は二年生の途中から入部したため、この一年生の地獄の通過儀礼(夏の洗礼)を経験していない。

一人激しく戸惑いながら、持子は夜空に輝く星を見上げて途方に暮れた。


(いやいやいや! この基本稽古……絶対に常人には無理だろ!? 明日からこいつら、本当に生きていけるのか……!?)


合気武道部の恐るべき「名物」を目の当たりにし、規格外の魔王たる持子でさえも戦慄を覚える、波乱の夏合宿一日目の夜は、静かに更けていくのだった。


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