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『東京不可侵――新たなる世界の理』

【世界を駆け巡った漆黒の号外】


 世界の裏社会――それは、表の歴史には決して記されることのない、血と暴力、魔術と呪いが支配する漆黒の領域である。

 北米のマフィア連合、中華の巨大暗黒結社、ロシアの黒魔術教団、そして欧州の歴史ある魔術協会や吸血鬼のクラン。彼らは互いに牽制し合い、時には血みどろの抗争を繰り広げながら、数百年もの間、絶妙なパワーバランスの上に成り立っていた。

 その中でも、欧州・フランスの裏社会は特別な意味を持っていた。

 五百年もの長きにわたり完全無敗を誇った真祖の吸血鬼、エティエンヌ・ド・ロシュフォール=ノクティスが絶対的な『夜の王』として君臨する、アンタッチャブルな魔境。それがパリの地下であった。

 だが。

 ある日、世界中の裏社会を束ねる闇のネットワーク――高度な魔術と暗号化技術で保護されたダークウェブの最深部に、一通の『号外』が叩きつけられた。

 送信元は、世界的ブランド「リュクス・アンペリアル」の若き女帝にして、パリ裏社会の経済を牛耳る怪物、エレーヌ・リジュ。

 そのメッセージには、一切の装飾も、外交辞令もなかった。

 ただ、冷徹な事実と、圧倒的な暴力の『証拠映像』だけが添付されていた。


『――通達する。欧州の裏社会は、これより完全なる平定を完了した。我らが絶対の主、極東の魔王の御名のもとに』


 そのニュースは、瞬く間に世界中の闇の支配者たちの端末へと届けられた。


「……なんだと?」


「フランスの裏社会が、平定された……? エティエンヌの不在を突いて、全勢力が蜂起したのではなかったのか!?」


 世界中のドンたちが、一斉に情報部に事実確認を急がせた。

 そして、上がってきた報告は、彼らの常識と理解を遥かに超える、絶望的なものだった。


 ――たった一晩。


 反逆した吸血鬼の純血クラン、黒い森の人狼部隊、数百万の死霊の軍勢、歴史上の特級怨霊、さらにはヴァチカンの暗殺部隊から秘密結社に至るまで。パリの玉座を狙った巨大な闇の勢力のすべてが、たった一晩で、文字通り『塵一つ残さず』壊滅、もしくは政治的に完全制圧されたというのだ。


「馬鹿な……! 数百年かけて根を張った闇の組織群が、たった一晩で吹き飛ぶなど、物理的にあり得ない!」


 誰もがその情報をフェイクだと疑った。

 だが、リジュが全世界への『絶対的な抑止力』として意図的にばら撒いた戦闘映像を再生した瞬間、彼らの嘲笑は、凍りつくような戦慄と絶望の悲鳴へと変わることになる。

 世界の裏社会の勢力図が、根本からひっくり返る、長く恐ろしい夜が始まった。


【北米マフィア連合の絶望――摩天楼に響く悲鳴】


 アメリカ、ニューヨーク。

 摩天楼の最上階に位置する超高級ペントハウスの奥深くで、北米の裏社会を牛耳る巨大シンジケートのドン、サルヴァトーレは、咥えていた最高級の葉巻を取り落とした。


「……オー・マイ・ゴッド。これは、何かの悪い冗談か?」


 ポロッ、と。

 高価なペルシャ絨毯の上に落ちた葉巻が焦げ跡を作るが、彼も、周囲に控える屈強なマフィアの幹部たちも、それに気づく者はいなかった。

 巨大なモニターに映し出されているのは、リジュから送られてきたパリ郊外の洋館の映像。そこは、エティエンヌに反旗を翻した『純血主義の貴族ヴァンパイア』と、東欧の古血『ノスフェラトゥ』の拠点の防犯カメラ映像だった。


「ドン……この反逆吸血鬼のクランは、我々北米シンジケートにとっても目の上の瘤でした。彼らが操る致死性の『疫病』の魔法は、世界規模のバイオテロにも等しい脅威。我々の精鋭部隊でも、うかつには手を出せない代物です」


 側近の男が、震える声で報告する。

 その世界的脅威である吸血鬼の群れ数百体が、モニターの中で、天井を埋め尽くすように蠢いていた。彼らが一斉に疫病の霧を吐き出せば、パリの街一つが死の街と化す。

 だが、その広間に、たった一人の少女が現れた。

 日本の神社で見られるような、真っ白な千早を羽織った、漆黒の長髪の少女。

 風間楓である。


『……不浄な病など、この空間に撒き散らすことは許しません』


 モニター越しでさえ、肌を刺すような絶対零度の殺気が伝わってくるようだった。

 少女が虚空に手を翳すと、そこに白銀に輝く巨大な弓が顕現する。


「な、なんだあの光は……! 画面越しなのに、目が焼かれそうだ!」


 幹部たちが腕で顔を覆う。


『穿て』


 ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 次の瞬間、映像は真っ白な閃光に包まれ、強烈なノイズが走った。

 数秒後、ノイズが晴れた画面に映っていたのは、屋根が完全に吹き飛び、天井の星空が見える洋館の残骸。

 そして、世界中の裏社会が恐れた数百体のノスフェラトゥと貴族ヴァンパイアたちが、たった一撃で、文字通り『完全蒸発』して消え去った光景だった。

 生き残った数名の貴族が、極東の少女の足元に額を擦り付け、無様に命乞いをしている。


「……信じられん。たった一人の、極東の小娘が……世界的な脅威であった純血吸血鬼のクランを、一瞬で蹂躙し、降伏させただと!?」


 ドン・サルヴァトーレは、震える手でウイスキーのグラスを掴み、一気に喉に流し込んだ。

 極東の島国、日本の裏社会――それは世界的に見れば、長年「ガラパゴス化された時代遅れの霊的組織」として、大いに軽視されていた。彼らの呪術や武術は局地的であり、世界を股にかけるような大規模な力はないとタカを括っていたのだ。

 だが、その認識は、完全に間違っていた。


「……これを見ろ。他の拠点でも、同じことが起きている」


 画面が切り替わる。

 銀縁メガネをかけた日本人の青年(霞涼介)が、超重力の不可視の空間を展開し、歴史上の特級怨霊である血の伯爵夫人を、ただの一撃で粉砕している映像。

 ギャルファッションの少女(葉室鶴子)が、扇子一つで巨大な光の神風を巻き起こし、物理無効の亡霊の大群を瞬時に浄化している映像。

 小柄な少女(花園美羽)が、瞬きする間に五つの属性の短刀を持ち替え、上位悪魔の群れを単騎で切り裂いていく映像。


「バカな……! 日本のクランの連中が、これほどまでの異常な戦闘力を隠し持っていたというのか!?」


「ドン。……我々が軽視していた東京の霊的戦力は、すでに世界最高峰……いや、世界のどの組織が束になっても敵わない、規格外の怪物たちの巣窟へと進化しています!」


 北米のドンは、恐怖で顔を青ざめさせながら、モニターに映る『東京のクラン』の姿を網膜に焼き付けた。

 彼らを決して、敵に回してはならない。もし彼らが海を渡って北米にやってくれば、自分たちのシンジケートなど、数時間で壊滅させられてしまうだろう。

 かつて見下していた極東の島国は、今や、世界で最も恐ろしい『不可侵の武力集団』として、彼らの心に絶対的な恐怖を刻み込んだのである。


【中華裏社会の震撼――見下していた極東の真価】


 香港、九龍。

 ネオンが瞬く違法建築の迷宮の奥深く。中華全土の呪術と裏社会を統べる巨大暗黒結社「龍虎會」の円卓会議は、怒号と混乱の渦に包まれていた。


「静まれッ!!」


 円卓の上座で、長い白髭を蓄えた大老師が、仙術の込められた杖で床を叩き割るように鳴らした。

 ピタリと静まり返る幹部たち。彼らの視線もまた、中央のホログラムモニターに釘付けになっていた。

 そこに映し出されているのは、パリ郊外の廃城。

 黒い森の人狼ルー・ガルー部隊と、伝説の巨獣ジェヴォーダンの末裔を、たった一人で血祭りに上げている、プラチナブロンドの絶世の美女の姿だった。


「……大老師。情報部の解析が完了しました。この女……信じ難いことですが、間違いなく、あの吸血鬼の『夜の王』エティエンヌ・ド・ロシュフォール=ノクティス本人です!」


「なんだと!? 奴は男であったはずだ! 女体化などという魔術が、真祖の吸血鬼に可能なわけがなかろう!」


「ですが、あの圧倒的な真紅の魔力は奴のものです! そして……以前よりも、明らかに、圧倒的に強大な力へと進化しています!」


 ズバァァァァァァッ!!!


 映像の中で、女体化したエティエンヌが、指先一つで極黒の魔力の刃を放ち、強靭な再生力を持つ人狼の群れを豆腐のように両断していく。

 さらには、いかなる魔法も弾くはずの伝説の巨獣に対して、黒と光の複合属性の魔力を撃ち込み、いとも容易く屈服させてみせた。


「ゴクリ……」


 中華の幹部たちが、一斉に生唾を飲み込んだ。

 五百年間、ヨーロッパの闇の頂点に君臨していた冷酷な王。それが、女の姿に変わり、さらには得体の知れない『極黒の魔力』を纏い、次元の違う化け物へと昇華している。


「おい、見ろ……! 奴が、何かを言っているぞ。読唇術で解析しろ!」


 モニターの映像が拡大され、巨獣を屈服させたエティエンヌが、恍惚とした表情で空を見上げて独白しているシーンが映し出された。


『……ああ、持子様。極東の空の下にいらっしゃる貴女に、この美しい朝焼けと、そしてこの絶対的な勝利を捧げますわ。……貴女の下僕であること、これ以上の至福は世界中のどこを探してもありませんのよ』


「「「…………は?」」」


 中華裏社会のドンたちは、己の耳(解析結果)を疑った。


「持子様……? 極東の空の下……? あの、プライドの塊であり、絶対的な支配者であった夜の王が……日本の何者かに向かって『下僕であることの至福』などと宣っているのか!?」


「狂っている……! エティエンヌは狂ったのか!?」


「いいえ、狂っているのではありません」


 情報部のトップが、青ざめた顔で新たな資料を円卓に投影した。


「エレーヌ・リジュから送られてきた声明文には、こう明記されています。彼らがこれほどの武力と権力を行使する理由はただ一つ。……東京に存在する、『恋問持子』という絶対的な主に忠誠を誓っているからだと」


 シンッ……。


 会議室の空気が、完全に凍りついた。


「東京の……魔王、だと?」


 大老師の杖を持つ手が、ガタガタと震え始めた。

 中華の仙術使いたちは、日本という国を「我々の文化の模倣に過ぎない」と長年見下してきた。

 だが、その日本の首都に。

 あの最強の吸血鬼エティエンヌを女体化させてまで狂信的な下僕へと堕とさせ、さらにあの冷徹なエレーヌ・リジュに巨万の富を動かさせて忠誠を誓わせ、さらには先ほどの風間楓たちのような規格外の化け物たちを配下に従える、未知の絶対的支配者『魔王』が存在するというのか。


「……一切の手出しを禁ずる」


 大老師は、絞り出すような声で全幹部に命じた。


「日本のクランには絶対に干渉するな。東京の霊脈に近づくことも許さん! もしあの『魔王』の逆鱗に触れれば、我が結社など、一息で大陸ごと消し飛ばされるぞ!!」


 中華の誇りは完全にへし折られ、彼らは東京という都市を『世界の絶対的聖域』として恐怖とともに崇めることになったのである。


【欧州マフィア連合の戦慄――完全なる政治的平定】


 場所は変わり、イタリア・ローマ。

 地中海の裏社会を仕切る巨大なマフィアのコミッション(委員会)もまた、絶望の淵に立たされていた。


「武力による蹂躙だけではない……。これを見ろ」


 最高幹部の一人が、テーブルに書類の束を投げ出した。


「ヴァチカンの暗殺部隊『第十三長槍騎士団』が、リジュの莫大な資金援助と、ベアトリスの異端審問官部隊の圧力の前に屈し、『不可侵条約』にサインしただと!?」


「それだけではない! 近代兵器と魔術を融合させた最強の軍産複合体『錬金術師の末裔(ヘルメス結社)』が……エティエンヌの単騎駆けによる武力恫喝と、リジュのビジネスの提示によって、完全に傘下に下ったという報告も入っている!」


 バンッ! と幹部が机を叩く。


「狂っている……! ヴァチカンとヘルメス結社は、裏社会でも絶対に交わることのない水と油だぞ! それを、エティエンヌの武力と、リジュの政治力・経済力で、たった一晩で同時に平定したというのか!」


 圧倒的な武力による徹底的な粉砕(恐怖)。

 そして、莫大な資金と権力による無血の開城(利益)。

 飴と鞭のスケールが、これまでの裏社会の抗争とは次元が違いすぎた。

 彼らは理解した。エレーヌ・リジュという女は、ただのブランドの社長などではない。世界経済と裏社会のルールを、己の掌の上で完全にコントロールできる、真の支配者フィクサーなのだと。


「……しかも、恐ろしいのはここからだ」


 情報を集めていた男が、冷や汗を拭いながら言葉を続ける。


「かつて、エティエンヌとリジュは、互いの領分を侵さないように牽制し合う緊張関係にあった。だが……今、この二人は完全に『手を組んで』いる。一切の利害対立なく、まるで同じ神に仕える忠実な騎士のように」


「その二人が手を組むなど……まさに悪夢だ」


「そして、その二人が共通して忠誠を誓っているのが……東京の『魔王』」


 欧州のマフィアたちは、窓の外のローマの夜景を見つめながら、絶望的な無力感に苛まれた。

 彼らが長年かけて築き上げた権力も、銃器も、魔術も。

 極東の島国に座す、姿も見えない『魔王』の前では、子供のおもちゃにも等しい。

 もはや、世界中の裏社会の頂点は、ロンドンでもニューヨークでも香港でもない。

 極東の霊都――『東京』へと、完全に移行したのである。


【英国魔術協会の驚愕――情報の開示と新たなる絶対者】


 イギリス、ロンドン。

 深い霧に包まれた時計塔の奥深く、由緒正しき魔術協会の最高位に座る君主ロードたちは、エレーヌ・リジュから送られてきたデータを前に、深い溜息をついていた。


「……リジュの意図は明白だ。我々に対する『抑止力』だな」


 白髪の君主が、パイプの煙を燻らせながら呟いた。


「彼女は、これほどの惨劇と圧倒的な力の差を、あえて隠すことなく全世界の裏社会に公開した。それは、『我々の主である東京の魔王に逆らえば、一晩でこうなるぞ』という、極めて親切で、極めて残酷な警告メッセージだ」


「屈辱的だが、認めざるを得ません」


 別の君主が、苦虫を噛み潰したような顔で頷く。


「東京のクランの戦力。エティエンヌの進化。リジュの政治力。そして、それらを束ねる『魔王』の存在。……これを見た後で、東京へ刺客を送り込もうなどと考える阿呆は、この世界のどこにも存在しないでしょう」


「もしそんな阿呆が身内にいたとしたら……我々自身の手で、その阿呆を即座に処刑しなければならない。魔王の怒りを買って、組織ごと吹き飛ばされる前にな」


 これが、リジュの狙いだった。

 武力を誇示することで、世界中の闇の組織に「東京への不可侵」を絶対のルールとして強制的に植え付けたのだ。

 抑止力とは、相手に『絶対に勝てない』と思わせることで初めて成立する。

 そして、風間楓の白銀の一閃や、エティエンヌの極黒の蹂躙劇は、世界中のドンたちの心をへし折り、トラウマを植え付けるには十分すぎるほどのインパクトを持っていた。


「……極東の魔王、恋問持子か。歴史に名を残す、新たなる絶対者だな」


 君主はパイプを置き、夜空に浮かぶ月を見上げた。


「世界中の裏社会のルールブックが、今日、たった一晩で書き換えられた。我々はこれより、東京の方角へ足を向けて眠ることすら許されないということだ」


【新たなる世界の理――不可侵領域『東京』】


 翌日。

 世界中の航空会社や非合法の運び屋のネットワークにおいて、一つの『奇妙な現象』が起きた。

 裏社会の人間、魔術師、暗殺者、マフィアの幹部たちによる「東京(日本)行きのチケット」が、一斉にキャンセルされたのである。

 それまで、日本の霊脈の安定や技術を狙って密入国を企てていた無数の組織が、蜘蛛の子を散らすように日本から手を引き、自国の拠点の防衛を固め始めた。

 誰もが恐れたのだ。

 あのエティエンヌを狂わせ、リジュを傅かせ、風間楓というバグのような化け物を従える『魔王』の存在を。

 もし東京の街角で、肩でもぶつけて機嫌を損ねてしまったら?

 もし東京で騒ぎを起こし、あの極黒の魔力で睨まれたら?

 ……考えるだけで、世界中のドンたちは胃薬を飲み込み、震え上がるしかなかった。

 こうして、フランスのパリで起きたたった一晩の血塗られた反撃の狼煙は、エレーヌ・リジュの完璧な情報操作と政治的戦略により、世界中の裏社会に『東京絶対不可侵』という新たなるルールを完全に定着させることに成功した。


 世界の闇の勢力図は、劇的に塗り替えられた。

 頂点に君臨するのは、極東の島国で、今日も高級マンションのベッドでポテトチップスを貪り食い、ゲームをして大笑いしている一人の少女――極黒の魔王であるという事実を、世界はまだ知らない。

 だが、その無自覚な暴君の威光は、間違いなく地球上のすべての闇を震え上がらせ、平伏させていたのである。


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