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『ギロチンの怨霊と、慈愛に舞う光の巫女』

【ギロチンの怨霊と、光の舞姫】


花園美羽が黒魔術の怨霊を打ち倒し、霞涼介が血の伯爵夫人を粉砕していた、その同じ地下広場。

さらに奥の区画は、視界を完全に遮るほどの濃密で淀んだ『呪いの霧』に包み込まれていた。


「……パンガ、ナイ……! パンガナイナラ、血ヲ啜レバヨイジャナイッ!!」


「処刑ダ! ギロチンニカケロォォッ!!」


「王政ヲ打チ倒セ! 全テノ首ヲ刎ネヨォォッ!」


霧の中から響いてくるのは、おぞましい怨嗟と狂気の叫び。

それはフランス革命という凄惨な歴史の渦中で断頭台ギロチンの露と消えた、マリー・アントワネットやロベスピエールをはじめとする無数の人々の怨念が混ざり合い、一つの巨大な集合体と化した特級の亡霊群であった。


「……五月蠅いですね。持子ちゃんからいただいたこの可愛いお洋服に、血の匂いが染み付いたらどう落とし前をつけてくれるんですの?」


ドス黒い霧の壁の前に立つのは、黒髪姫カットを揺らし、露出の多いギャル系ファッションに身を包んだ葉室鶴子である。

彼女は凛とした大和撫子の顔つきで、優雅に手にした扇子を広げた。


シュルルルルッ……!

亡霊群の霧が、実体を持たない無数の「刃」となって鶴子へと襲い掛かる。物理的な質量を持たない呪いの霧に対しては、霞の重力呪具も、美羽の物理的な短刀も効果が薄い。

だが。


「『八咫烏・陽光結界』」


ピシャァァァァァッ!!

鶴子が扇子を一振りした瞬間、彼女の全身から眩いばかりの『光の神術』が展開された。


「ギィィィィィヤアアアアッ!?」


襲い掛かってきた呪いの霧が、光の結界に触れた途端にジュワァァッと音を立てて蒸発し、悲鳴を上げて後退していく。

少し離れた崩れた祭壇の上から、風間楓がその光景を静かに見つめていた。


(……相性は最高ですね。古神道結社『八咫烏』の神術は、元来がああいった怨念を祓う『光』に特化している。鶴子さんの敵ではありません)


楓の分析通り、この戦いは鶴子にとって『楽勝』であった。

物理無効の呪いであろうと、純粋な光の神術の前ではただの的でしかない。

しかし、問題はその『数』と『密度』だった。


「……ウラメシヤァァァァッ!!」


「私ノ首ヲ、返セェェェッ!」


蒸発させても蒸発させても、広場を埋め尽くす怨念の霧は次から次へと湧き出してくる。数百、数千という魂の集合体を完全に祓いきるには、どうしても時間がかかるのだ。


「……はぁ。本当に、しつこいですわね」


鶴子は額に滲んだ汗を拭いながら、大きく息を吐いた。

扇子を舞うように振るい、光の矢を放って霧を切り裂きながら、彼女の脳裏には遠く離れた極東の空の下にいる、愛する人たちの顔が浮かんでいた。


『鶴子ちゃんは、真面目で偉いな。でも、無理しすぎるなよ。桐子も心配するからさ。……俺も、君が笑ってる顔の方が好きだ』


かつて、落ち込んでいた自分を優しく慰めてくれた、風間洋助の無自覚で甘い笑顔。

初恋だった。

彼が姉の桐子の婚約者だと分かっていても、どうしても惹かれる気持ちを抑えきれなかった。


(……私はずっと、お姉様に劣っていると言われてきましたわ)


八咫烏の保守派の長老たちは、常に完璧な姉・桐子と出来の悪い妹・鶴子を比較し、心無い言葉を投げつけてきた。

それでも、姉の桐子は誰よりも鶴子を愛し、時には厳しく、時には優しく、常に妹を護るための盾となってくれていたのだ。

『鶴子。あなたはあなたのペースで強くなればいいのよ』


その凛とした姉の笑顔が、鶴子は大好きなのだ。

そしてつい先日、地下最深部での死闘を経て、桐子と洋助の『結婚』が正式に決まった。

桐子が子供を産めないかもしれないという残酷な運命を背負ってもなお、洋助は彼女を生涯の妻として選び、桐子もまたそれを受け入れた。二人の間にある絶対的な愛と絆を前にして、鶴子の淡い初恋は、完全に、そして静かに終わりを告げたのだ。


(……失恋の痛みなんて、もうありませんわ。お姉様と洋助様には、世界で一番幸せになってほしい。……本当に、そう思えるのですから)


ズバァァァァァッ!!

鶴子の扇子から放たれた光の波が、憎悪に狂うマリー・アントワネットの幻影を優しく包み込む。


「憎イッ……! 許サナイ、許サナイッ!」


「……ええ。分かりますわ、あなたのその痛み。誰かに愛されたかった、認められたかった……その心の穴を埋められずに、絶望の中で死んでいったのですね」


鶴子の瞳に、かつてないほどの『慈愛』の光が宿る。

もしも自分が、八咫烏という籠の中で、長老たちの心無い言葉に押し潰されたままだったら。姉への嫉妬と自己嫌悪に狂い、この亡霊たちのようにドス黒い怨念に飲み込まれていたかもしれない。

だが、今の鶴子には、絶対的な『友』がいる。


『お前はわしの友だ! 似合っておるぞ、その服!』


あの日、お嬢様の殻を叩き割り、ギャルファッションという自由を教え、自分を丸ごと肯定してくれた極黒の魔王・恋問持子。

持子がいたからこそ、鶴子は自分の足で立ち、己の弱さを認め、そして姉の幸せを心から祝福できる強さを手に入れたのだ。


「……私には、光を教えてくれた友がいます。だから今度は、私があなたたちを、その暗闇から解放して差し上げますわ」


鶴子は、両手で扇子を高く掲げた。

全身の霊的回路をフル回転させ、八咫烏の純度の高い光の魔力を一点に集中させる。

ギャルファッションに身を包んでいても、その立ち姿は間違いなく、神に仕える気高き大和撫子のそれであった。


「八咫烏・秘奥義――『天照・慈愛の神浄風あまてらす・じあいのしんじょうふう』!!」


ブワァァァァァァァァァァァァッ!!!!!

鶴子の扇子から放たれたのは、破壊の光ではない。

どこまでも暖かく、優しく、すべてを赦し包み込むような、春の木漏れ日のような神風であった。


「ア……アァァ……」


「温カイ……。コレハ、光……?」


暴れ狂っていたギロチンの亡霊群が、その光の風に触れた瞬間、ピタリと動きを止めた。

憎悪に歪んでいた彼らの顔が、まるで呪縛から解き放たれたように穏やかなものへと変わっていく。

物理攻撃では決して消し去ることのできない、数百年の歴史が積もらせた怨念の霧。それが、鶴子の『慈愛』の光によって、サラサラと美しい金色の粒子へと変換され、天井の崩れた隙間から夜空へと昇っていく。


「……おやすみなさい。遠い異国の、哀れな魂たち」


数分後。

広場を埋め尽くしていた濃密な霧は、ただの一欠片も残さず、完全に浄化され消え去っていた。


「……ふぅ」


鶴子は扇子をパチンと閉じ、額の汗を拭いながら、綺麗に晴れ渡った地下広場を見渡した。

霊力を使い果たし、少しだけ足元がふらつく。


「お見事です、鶴子さん」


トン、と。

祭壇の上から降り立った楓が、鶴子の背中をそっと支えた。

いつもは冷徹な巫女の瞳に、明らかな敬意と、仲間としての温かい光が宿っている。


「……楓様。見ていらしたのですか?」


「ええ。暴力でねじ伏せるだけが祓いではありません。……怨念の痛みに寄り添い、慈愛で包み込む。今のあなたなら、桐子さんにも決して引けを取らない、立派な八咫烏の光です」


「……っ」


楓からの最大級の賛辞に、鶴子の胸が熱くなる。

初恋を乗り越え、自己嫌悪を克服し、持子という友を得て、彼女は確かに『強さ』を手に入れたのだ。


「ふふっ……ありがとうございますわ、楓様。でも、まだまだ持子様の隣に立つには、精進が足りませんわね」


「当然です。」


二人は顔を見合わせ、小さく吹き出した。

ボロボロになりながらも立ち上がる美羽。

血に塗れながらも冷静さを失わない霞。

そして、慈愛の光で過去を乗り越えた鶴子。

パリの地下深く。極東の魔王に魅せられた少年少女たちは、それぞれの死闘を乗り越え、確かな成長と共に反撃の狼煙を上げ続けていた――。


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