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『血の伯爵夫人と、忠臣の重力裁断』

【血の伯爵夫人と、忠臣の重力グラビティ


パリの地下広場。花園美羽が黒魔術の怨霊ジル・ド・レェを討ち果たし、風間楓の胸で泣きじゃくっていたのと同じ頃。

広場の反対側の区画では、文字通り「血で血を洗う」凄惨な死闘が繰り広げられていた。


「アアアァァァァッ! 憎い、憎い憎い憎い憎いッ!!」


冷たい石畳の上を、幾千もの『血の茨』が狂った大蛇のようにのたうち回っている。

その中心で金切り声を上げているのは、中世ヨーロッパにおいて美を求めて数千の少女を拷問し、その血の風呂に浸かったとされる史上最悪の殺人鬼――『鮮血の処女』エリザベート・バートリーの特級怨霊であった。


「なぜです!? なぜエティエンヌ様は、この最高に美しく高貴な私ではなく、あんな極東の小娘などに狂わされたのですか! 女の姿に成り下がるほどに、なぜッ!」


エリザベートは、透き通るような白い肌と、血のように赤い豪奢なドレスを纏い、確かに息を呑むほどの美貌を持っていた。だが、その顔は今、エティエンヌを奪われた(と思い込んでいる)激しい嫉妬と怨念で、夜叉のように醜く歪んでいた。


ビュンッ! ズガガガガガッ!!

エリザベートの両手から放たれた無数の血の茨が、コンクリートの柱を豆腐のように削り取りながら、一人の男へと殺到する。


「……五月蠅い女ですね。計算の邪魔です」


ヒュンッ!

血の茨が男の身体を串刺しにする直前。男の周囲の空間がぐにゃりと歪み、茨の軌道が強引に『下』へと捻じ曲げられた。

メキメキメキッ! と、茨は男の足元の石畳に深く突き刺さり、自壊する。


「なっ……!? 私の血の刃が、曲げられた……!?」


土埃の中から、銀縁メガネを指で押し上げながら、一人の日本人青年が静かに歩み出た。

かつては内閣府の冷徹なエリート官僚であり、今は『国家のテロリスト』の汚名を被ってでも恋問持子の隣に立つことを選んだ男――霞涼介である。

彼が両手に装備しているのは、TIAの技術と国家の極秘兵器のデータを掛け合わせて作られた『重力呪具』。自身の周囲の重力場を自在に操作し、対霊・近接格闘術(CQC)へと応用する、霞専用の特級武装だ。


「……私の前で、あの御方(持子)を侮辱することは許しませんよ」


霞はネクタイを少し緩めると、極めて事務的な、氷のように冷たい声で言い放った。


「生意気な猿がぁぁっ!! 血の一滴まで絞り尽くして、私の美貌の養分にして差し上げますわ!」


ギギュルルルルルッ!!

エリザベートのドレスの裾が弾け、そこから先ほどまでの数十倍、数百倍というおぞましい数の『血の刃』が全方位から霞へと襲い掛かる。回避する隙間など、一ミリも存在しない飽和攻撃。

少し離れた崩れた祭壇の上から、美羽の戦いを見届けた風間楓が、静かにその光景を見下ろしていた。


(……厄介な怨霊ですね。物理的な質量を持った血の呪縛。霞の重力偏向でも、あれだけの数をすべて弾き返すのは不可能です)


楓が、いざとなれば『生太刀』で援護すべく柄に手を掛けた、その時だった。


「――リミッター、強制解除オーバーライド


ブゥゥゥゥゥンッ!!

霞の足元を中心に、重力の波紋が黒い波動となって爆発的に広がった。


「ッ!?」


「キャアアアッ!? な、何ですのこの重さはぁぁっ!」


襲い掛かっていた数百の血の刃が、目に見えない巨大な鉄の塊に押し潰されたように、一斉に地面へと叩き落とされる。ビチャビチャと音を立てて血の海が広がり、エリザベート自身もその凄まじい超重力に耐えきれず、膝から崩れ落ちた。


「……確かに、あなたの造形は美しい」


ズン、ズン、と。

霞は、自らも自身の展開した超重力の負荷に骨を軋ませ、銀縁メガネの奥の左目から一筋の血を流しながら、エリザベートの目の前へと肉薄していく。


「ですが……他者の血を啜り、他者の命を奪って表面だけを取り繕っただけのその姿は。私の目には、吐き気がするほど『醜い』」


霞の脳裏に、自身の絶対の主である恋問持子の姿が浮かんだ。

ラーメン二郎のニンニク増し増しを大口を開けて貪り食い、ゲームで負けては子供のように本気で怒り狂う、傍若無人でガサツな少女。

だが、彼女は誰よりも他者の痛みを理解し、他者の業を丸ごと肯定し、底なしのブラックホールで絶望を喰らい尽くしてくれる、圧倒的な『光』なのだ。

持子の魂の輝きを知ってしまった霞にとって、エリザベートの狂気など、薄っぺらい虚飾に過ぎなかった。


「あ、ああっ……! 来ないで、来ないでぇぇっ! 私は美しい、誰よりも美しいのよぉぉっ!!」


恐怖に顔を引き攣らせたエリザベートが、最後の力を振り絞って巨大な血の槍を形成し、霞の心臓を狙って突き出す。

だが、霞の動きには一切の迷いがなかった。


「……排除します」


霞は血の槍を最小限の動き(CQCのパリィ)で左手で弾き飛ばすと、同時に右手の重力呪具に、己の全魔力と展開していた超重力のエネルギーを一点に圧縮させた。

空間が、ブラックホールのように黒く歪む。


「対霊CQC奥義――『事象崩壊イベント・ホライズン』!!」


ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

霞の右の掌底が、エリザベートの胸部――特級怨霊の『霊核』へと深々と叩き込まれた。

圧縮された超重力が、エリザベートの体内で一気に解放され、空間ごと内側から弾け飛ぶ。


「アァァァァァ……ッ!! エティエンヌ、様……私の、美しさが……ッ」


バリンッ!!

ガラスが砕け散るような甲高い音と共に、数千の少女の血を吸った美しき怨霊は、断末魔の叫びを残して微塵に粉砕された。

後に残ったのは、サラサラと崩れ落ちる赤い灰だけ。


「……ハァッ、ハァッ……」


霞は右腕をだらりと下げ、荒い息を吐きながら膝をついた。左目から流れる血をワイシャツの袖で雑に拭う。


「……少しは、あの御方の隣に立つ男として、相応しい働きができましたかね」


誰に言うともなく呟いたその声には、冷徹な官僚としての面影はなく、ただ一人の少女に忠誠を誓った騎士としての熱が帯びていた。


「ええ。及第点ですね、霞」


上空から舞い降りた楓が、涼しい顔で告げる。その横では、美羽が「霞さん、かっこいいですにゃー!」と鼻をすすりながら手を振っていた。


「……次は、彼女の番ですね」


霞がメガネの位置を直し、視線を広場のさらに奥へと向ける。

そこでは、視界を遮るほどの濃密な『呪いの霧』が渦巻いていた。フランス革命時の怨念――マリー・アントワネットやロベスピエールの憎悪が混ざり合った、物理攻撃を一切受け付けない『断頭台ギロチンの亡霊群』である。


「アアアアッ……! パンガナイナラ、血ヲ啜レバヨイジャナイッ!!」


「処刑ダ! ギロチンニカケロォォッ!!」


おぞましい呪詛の怨嗟が響き渡る中。


「……五月蠅いですね。持子様からいただいたこの可愛いお洋服に、血の匂いが染み付いたらどう落とし前をつけてくれるんですの?」


黒髪姫カットを揺らし、ギャルファッションに身を包んだ葉室鶴子が、凛とした大和撫子の顔つきで、優雅に扇子を広げていた。

東京組の誇る『最強の友』たちの戦いは、いよいよ佳境を迎えようとしていた――。


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