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『夜の王、再臨 ――パリ地下戦略会議』

1


【王の帰還と、反撃の狼煙(パリ地下戦略会議)】


ズゥゥゥゥゥン……。

パリの中心部。華やかなシャンゼリゼ通りから遠く離れた、地下数十メートルの深淵。世界的ブランド「リュクス・アンペリアル」の本社地下深くには、若き女帝エレーヌ・リジュが構築した最先端の防衛システムと古代魔術が入り交じる『要塞化された秘密会議室』が存在していた。

重厚な防爆扉が閉ざされた静寂の空間。巨大なマホガニーの円卓を囲むように、かつてないほど異質で凶悪な面々が集結している。

フランス語、英語、そして日本語。本来ならば到底意思疎通など不可能な言語の壁がそこにはあったが、東京からの助っ人組の耳には、知恵の神の転生体にして天才電脳少女である風間高子が徹夜で開発した『TIA特製・超小型同時翻訳デバイス』がスッポリと収まっていた。術者の微弱な魔力を動力源とし、脳の言語野へ直接翻訳音声を届けるというオーパーツじみた代物のおかげで、彼らは現地の闇の住人たちとタイムラグなしで会話することが可能となっていた。


「…………ふぅ」


円卓の一角で、葉室鶴子は黒髪姫カットを揺らし、小さく息を吐いた。

現在の彼女は、古神道結社「八咫烏」の令嬢とは思えない、露出の多いへそ出しルックに派手なアクセサリーをじゃらじゃらとつけた『ギャル系セクシー美少女』ファッションに身を包んでいる。

だが、彼女が極東から遠く離れたこの死地に赴いた最大の理由は、ファッションや逃避のためなどではない。姉・桐子の婚約者であり、TIAの次期トップである風間洋助への、決して叶わぬ初恋の未練を戦いで吹っ切り、持子の『最強の友』になるためだ。


「……奇遇ですね。私も、似たような理由ですよ」


鶴子の隣で、銀縁メガネを指で押し上げながら、霞涼介が静かに呟いた。

かつては内閣府の冷徹な官僚であり、政府機関『彼岸花』のエリート工作員だった彼もまた、持子に魅せられ、すべてを捨てて「国家のテロリスト」となった男だ。持子という圧倒的な太陽の隣に立つに相応しい実力を手に入れるべく、この過酷な戦場へと自ら志願してきていた。

そんな決意に満ちた二人の横で、花園美羽は一人、ガタガタと膝を震わせていた。


「はぅぅ……お、お腹が痛いですにゃ……」


無理もない。円卓を見渡せば、五百年を生きる真祖の吸血鬼に、ヨーロッパ最強の異端審問官。そして隣には、涼しい顔で目を閉じている氷川神社の巫女・風間楓が座っている。神の娘の転生体である楓の純粋な戦闘力は、真祖エティエンヌに匹敵する領域にまで達しているのだ。


(場違いですぅ……! この中だと、間違いなく私が一番弱っちいですにゃ……っ)


そう思って、美羽が不安げに視線を彷徨わせた、その時だった。


「――主の導きか。君たちと、この戦いの地で再会することになろうとは」


不意に、円卓の向こう側から日本語で声をかけられた。

声の主は、ヨーロッパ最強の異端審問官傭兵軍団長、『聖女』ベアトリス・ド・ロシュフォールの背後に直属の護衛として控えていた、白銀の甲冑を纏った金髪碧眼の少年騎士だった。


「……えっ? りゅ、流星くん!?」


「天草・クリストファー・流星……。生きていたのですね」


美羽が目を丸くし、霞がメガネの奥の瞳を僅かに見開く。

かつて、彼らと同じく持子を監視・懐柔するために『聖三条騎士団』から学園に送り込まれたエリート工作員の一人。

しかし彼は『東京霊脈戦線』において、身を挺して護ってくれた持子の「極黒の翼」を唯一の神と定め、信仰の象徴である銀の十字架を捨てて騎士団を完全に離反した。そして、恩師アレクサンデル司祭との死闘の末、右腕の骨を砕きながらも勝利を収めた狂信の聖拳使いである。

その死闘の後、持子の隣に立つための更なる圧倒的な強さを求め、彼は単身ヨーロッパへ渡り、異端審問の最高峰であるベアトリスの元に弟子入りし、血みどろの武者修行を積んでいたのだ。

以前の芝居がかったキザな王子の面影は薄れ、今の彼からは、修羅場を潜り抜けてきた本物の戦士としての鋭い気迫と、洗練された聖気が漂っていた。


「流星くん、体つきもがっしりして……まるで別人の騎士様ですにゃ……っ!」


「……ええ。ベアトリス団長のご指導の賜物です。ですが、私の魂が向かう先はただ一つ……我が絶対の神、恋問持子様の御前のみ!」


流星は恭しく頭を下げたが、その瞳には持子への狂信的な忠誠と、自分もまたその戦列に加わるのだという強烈な熱が宿っていた。


「積もる話は後にしなさい、極東の客人たち。……状況は、お世辞にも良いとは言えないわ」


円卓の上座で、世界的ブランドの若き女帝であり、持子の前世の忠臣でもあるエレーヌ・リジュが重々しい口調で沈黙を破った。彼女の傍らには、恋人のテオドールが静かに控え、精緻なホログラムマップを円卓の中央へと投影している。


「エティエンヌがパリを空けていたこの数ヶ月。……恐怖の象徴たる『夜の王』の不在という絶対的な力の空白を突いて、これまで地下で息を潜めていた者たちが一斉に蜂起したわ」


青白い光で浮かび上がったパリの市街図は、無数の『赤色』のマーカーで埋め尽くされていた。


「虎視眈々と覇権を狙う人狼の群れや、他国の吸血鬼のクラン、悪魔憑きたち……。彼らは今、ヨーロッパの覇権を握らんと、パリの玉座を目指して群雄割拠している状態よ」


ギリッ、と。

流星の主である『聖女』ベアトリスが奥歯を噛み鳴らした。


「リジュの莫大な資金と、私の軍団の『聖炎』で、幾度も奴らの侵攻を焼き払ってきた。流星も最前線で上位悪魔をいくつも祓ってくれている。……だが、それも限界が近づいている。奴らは烏合の衆とはいえ、数が多すぎる。防衛線を維持するだけで手一杯になりつつある」


その言葉に、冷笑で応えた者たちがいた。

エティエンヌが長年従えてきた、洗練されたスーツやドレスを纏う優秀な『吸血鬼の部下』たちである。


「フン。我々、誇り高き夜の眷属が、教会の犬どもの助けを借りねばならんとはな。……そもそも、主であるエティエンヌ様が、極東の島国などへ出奔されなければ、このような事態には」


ピリッ……!

本来ならば天地がひっくり返っても手を組むはずのない者同士の会議室の空気が、一瞬にして凍りついた。流星が、主であるベアトリスを侮辱された怒りで剣の柄に手を掛ける。


「なんだと? 貴様ら吸血鬼どもが不甲斐ないから、我々が雇われたのだろうが」


「口を慎め、人間の分際で」


ゴォォォォォォッ……!!

一触即発。互いの殺気が衝突し、ホログラムのマップがノイズ交じりに明滅する。


(……愚かしいですね。)


楓が、一切の感情を交えずに神話級の白銀の直刀『生太刀いくたち』を顕現させようと、その時だった。


「――静まりなさい、愚物ども」


ピタリ、と。

その、あまりにも優雅で、それでいて絶対的な威圧感を伴う『女』の声に、吸血鬼の部下たちも、ベアトリスの傭兵たちも、一瞬にして動きを止めた。

円卓の最奥。

プラチナブロンドの長髪を揺らし、185cmの黄金比の完璧なプロポーションを誇る絶世の美女が、ゆっくりと立ち上がった。

真祖の吸血鬼、エティエンヌ・ド・ロシュフォール=ノクティス。


「エ、エティエンヌ様……? まさか、本当にそのようなお姿に……?」


部下の一人が、信じられないものを見るような目で主を見上げた。五百年間、冷酷無慈悲な美丈夫として完全無敗で君臨してきた王が、女体化しているのだ。その事実に対する戸惑いと、ほんの僅かな『侮り』が、彼らの瞳に宿る。


「……私の言葉が、聞こえませんでしたの?」


ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


「ガハッ!?」


「ひぃっ……!?」


次の瞬間、会議室の空気が物理的な重さを持って全員の肩にのしかかった。

エティエンヌの身体から噴き出したのは、単なる吸血鬼の魔力ではない。愛する絶対の主・恋問持子から直接注ぎ込まれた暴君の『極黒の魔力』と、元妻ルージュからの莫大な餞別が真紅の霊力と混ざり合い、致死量の重圧となって空間を完全に制圧したのだ。

ミシミシと、強化ガラスにヒビが入る。

先ほどまでエティエンヌを侮りかけていた吸血鬼の部下たちは、自らの意志とは無関係に床へ這いつくばらされ、ガタガタと震え出した。

鍛え上げられた流星でさえ、その異常な呪詛の重圧に「ぐっ……!」と片膝をつきそうになるのを、気力と信仰心だけで必死に堪えていた。


「お、お許しを……ッ! 我らが王よ……ッ!」


「分かればよろしい」


エティエンヌは血のような輝きを放つ深紅の瞳を細め、フッと妖艶で官能的な笑みを浮かべた。


「私が愛し、忠誠を誓ったのは、極東の魔王・持子様ただ一人。……その愛の証たるこの姿と、持子様から賜った極黒の魔力に、二度と疑問を挟むことは許しませんわ」


その極度のドMにして狂信的な愛の告白は、皮肉にも、かつての『夜の王』以上の底知れぬ狂気と絶対的なカリスマをヨーロッパの闇の住人たちに見せつける結果となった。

反発していたベアトリスでさえ、冷や汗を流して沈黙するしかない。


「……さすがね。これで、足並みは揃ったわ」


リジュが満足げに口角を上げる。


「戦略は至ってシンプルよ。敵の最大の弱点は、王の座を狙う『烏合の衆』であること。彼らが完全に手を組む前に、各個撃破で叩き潰す」


リジュはホログラムマップの最も巨大な敵拠点を指差した。


「エティエンヌ。あなたは単騎、あるいは最少人数で、敵の最大勢力に正面突破を仕掛けなさい。『夜の王が、以前よりも遥かに強大な化物となって帰還した』という絶望を、ヨーロッパ全土に知らしめるのよ」


「ええ。持子様の御名にかけて、一人残らずすり潰してご覧に入れますわ」


エティエンヌが熱っぽく舌舐めずりをする。


「そして、東京からの助っ人組とベアトリスの傭兵軍団は――」


リジュの視線が、楓たちへと向けられる。


「エティエンヌの派手な蹂躙に釣られて動いた別動隊や、手薄になった敵の拠点を強襲し、一網打尽にする。……いいわね?」


「ふふっ。私の『生太刀』で滅してあげますよ」と、楓が冷徹で凛とした笑みを浮かべる。


「CQCの準備はできています」と、霞が超真面目な顔で応じる。


「洋助様への想いは……この神風で昇華してみせます!」と、鶴子がギャルファッションのまま扇子を優雅に開く。


「ど、泥棒猫の力、世界に見せつけるですにゃ……!」と、美羽も震える足に無理やり力を込めた。


そして、彼らの傍らで、流星もまた両拳を強く握り締め、力強く頷いた。


「俺も、我が神たる持子様からいただいたこの命……ここで全て燃やし尽くし、必ずや更なる高みへと至ってみせる!」


パリの地下深く。

極東の魔王の威光を背負った最凶の混成部隊による、血塗られた反撃の狼煙が、今、高々と上がった――。


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