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『病室の告白と、論破される魔王』

✴︎『病室の告白と、論破される魔王』


TIA本部を後にした持子が次に向かったのは、帝都の郊外にある、厳重な結界が張られた霊的専門の総合病院だった。

ツン、と鼻を刺す消毒液の匂い。重苦しい空気が支配する特別病棟の廊下を抜け、持子は静かに病室の扉を開けた。

そこには、無数の点滴のチューブに繋がれ、ベッドで気怠げに横たわる陰陽師・土御門朔夜の姿があった。


「邪魔するぞ、朔夜! 生きておるか!」


「……うるさいなぁ。声がでかいよ、メスゴリラ」


朔夜はベッドの上で寝返りを打ち、微かに眉をひそめて持子をジロリと睨んだ。軽口を叩いてはいるが、その息遣いは浅い。彼もまた、先の地下での死闘で己の寿命を担保にした禁忌の術を行使した代償で、霊的経絡に深いダメージを負い、入院を余儀なくされていたのだ。


「すまなかったな、朔夜。わしの力が及ばず、お主にまで寿命を削らせるような真似をさせてしまった」


持子が王としての傲慢さを捨て、素直に深く頭を下げると、朔夜は「はぁ」と面倒くさそうに深いため息をつき、シーツをギュッと握りしめた。


「謝んなよ、気持ち悪い。僕が勝手にやったことだ。……それより聞いてよ。陰陽庁執行部『六壬』のクソジジイどもから、僕を次期当主候補にするから戻ってこいって打診があってさ。超めんどくさい」


「ほう、出世ではないか! 喜ばしいことだぞ!」


「馬鹿言え、あんな堅苦しい組織でトップに立つなんてごめんだね。僕はもっと適当に、自由に生きたいんだよ」


自嘲するように愚痴をこぼす朔夜に、持子は苦笑いしながら高級なゼリーの箱を差し出した。


「まあ、そう腐るな。ほれ、見舞いの品だ。雪が選んだ美味いやつだぞ」


「……サンキュ」


ガサリ、と箱を受け取る音が鳴る。朔夜はゼリーの箱を受け取ると、ふと口数を減らした。

静寂が病室を包む。ピー、ピーという心電図の無機質な電子音が響く中、彼は黄金の瞳で見下ろしてくる持子をジッと見つめ返した。死線を越えたからこそ、もう自身の感情を誤魔化す気はなかった。

そして、ぽつりと熱を帯びた声で呟いた。


「……持子、お前が好きだ」


静かな病室に、静かだがしっかりとした言葉が落ちる。

それは、素直になれない捻くれ者の朔夜なりの、精一杯の『告白』であった。


だが。


持子はポカンと口を開け、数秒間完全にフリーズした後――ポンッ! と勢いよく手を打ち鳴らし、黄金の瞳をキラキラと輝かせた。

かつて、二人で出かけた時の記憶デートが、彼女の極端に鈍感な脳内で最悪の化学反応を起こしたのだ。あの時、朔夜は自分の好みのタイプを遠回しに持子のことを指して言ったのだが、持子はその言葉の真意に1ミリも気づいていなかった。


「うん??お前が好きなのは、前にわしらが出かけたデートに言っていた『ガサツで、大食いの、メスゴリラみたいな女』……わしの周りにはそのような女はおらんからな、どこで出会ったのだ?名前は知っておるのか?! わしは友として朔夜の恋を全力で応援してやるぞ!」


見当違いにも程がある持子の謎の解釈に、病室の空気がピキッと凍りつく。

朔夜はこめかみに青筋を浮かべ、点滴の針が刺さった腕をワナワナと震わせた。


「……はぁ!? お前の事だよ!! この鈍感ゴリラ!」


怒声と共に鋭く突っ込まれ、持子はビクッと大げさに肩を揺らした。


「うっ〜!? だ、だがわしは、ガサツ……うーん……大食らい、これはその通りだ。しかしメスゴリラだと!? わしは神が計算し尽くした絶世の美女だぞ!」


持子は自身のプロポーションをバンバンと叩き、不満げに黄金の瞳を吊り上げた。


「朔夜! お前の言っている事は、当たっているのは『大食らい』の一つだけだ!」


ビシッと指を突きつけて反論する持子。

しかし、朔夜は面倒くさそうに、だが有無を言わせぬ冷徹なトーンで一刀両断した。


「全部だよ! お前は、ガサツだ。じゃー繊細なところを一つでも言ってみろ! そしてどう見てもメスゴリラだ! 反論は認めない!」


「ぐぬぬ……っ!! わ、わしの繊細なところ……繊細な……」


持子は腕を組み、必死に己の記憶を巡らせた。

時価数万円のパフェを数秒で丸呑みした記憶。戦闘で風穴を開けられても大笑いした記憶。泥にまみれて魔物をぶん投げた記憶……。


(……な、ない。繊細なエピソードが一つも見当たらん……!)


「……うぅっ、完全に論破されたぞ……っ!」


持子はガクリと肩を落とし、ベッドの脇で悔しそうに白旗を揚げた。

絶世の美少女でありながら、その中身の野生児ぶりを完璧に指摘され、ぐうの音も出ない。そんな持子の無様な姿に、朔夜は呆れながらもふっと毒気を抜かれた。

しかし、持子はまだ食い下がる。


「だ、だがな! わしは中身は男だぞ!? BLボーイズラブはダメだ! わしの趣味ではない!」


「馬鹿。お前、今はどう見ても女だろ。しかも絶世の美少女の」


「ぐぬぬ……っ!」


言い返せずに唸る持子に対し、朔夜は呆れたように短くため息をつくと、不意に腕を伸ばし、持子の豊かな胸を真正面から鷲掴みにした。


「あうっ!?」


突然の出来事に、持子の口から自分でも驚くような、ひどく女っぽい艶のある悲鳴が漏れた。ビクッと全身が跳ね、白磁のような顔が限界を超えて茹でダコのように真っ赤に染まり上がる。


「な、ななな……っ! き、貴様、何を……ッ!?」


「こんなにおっぱいの大きな男がいるか。お前は女だよ」


朔夜は涼しい顔で、極めて事実を述べるようにそう言い放ち、パッと手を離した。

持子は完全に言葉を失い、顔を真っ赤にして胸を両手で隠しながら、ベッドの上の朔夜をまじまじと見つめた。朔夜はれっきとした男であるが、その顔立ちはひどく中性的で、黙ってパジャマを着ていれば可愛い女の子に見えなくもないのだ。


(中身がオッサンの絶世の美女と、可愛い女の子に見える捻くれ者の陰陽師の男……? ええい、ややこしいわ! 脳がバグる!)


持子は頭を抱え、「うーん、うーん」と唸り声を上げた後、ビシッと朔夜を指差した。


「ほ、保留だ! この件は保留とさせてもらう! わしには分からん!!!」


持子の勢い任せな逃げ口上に、朔夜は目を丸くした後、ふっ、と声を出して笑った。


「……ははっ。分かったよ。気長に待っててやる」


朔夜のその穏やかな笑顔に、持子は調子を狂わされ、「ゼリーは全部食えよ!」と言い残して逃げるように病室を飛び出していった。

バタンッ、と慌ただしく扉が閉まる。

一人残された病室で、朔夜はゼリーの箱を見つめながら、ポツリとこぼした。


「……メスゴリラでも、何でもいいさ。生きて帰ってきてくれたんだからな」


窓から差し込む夕暮れの光が、彼の顔を優しく照らしていた。

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