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〜病室の白い髪と絶対の愛編〜

✴︎『東京霊脈戦線のあとで、魔王はお礼回りをする』〜病室の白い髪と絶対の愛編〜


「ふははは! 勢いがついてきたわ! このまま洋助と桐子にも、見舞いのメロンを叩きつけに行くぞ!!」


風間家での和やかな時間を終え、持子は息巻いて病院へと乗り込んだ。


しかし――。

消毒液の匂いが漂う、特別病棟の分厚い扉の前。

そこへ辿り着いた瞬間、持子の顔から先ほどの威勢の良さは完全に消え失せていた。

冷たい廊下の壁に背を預け、恋問持子は静かに目を伏せている。その手には、雪から見舞いの品として持たされた高級なマスクメロンの桐箱が、ひどく頼りなく握られていた。

持子は、しばらく前からそこに立ち尽くしていた。

扉の向こうから聞こえてくる、不器用で真っ直ぐな風間洋助の絶対的な愛の証明を、ただ黙って立ち聞きしていたのだ。

持子の黄金の瞳には、かつてないほどの深い自責の念がドロドロと渦巻いている。


(……もしあの時、わしがもっと早く洗脳を破り、魔王としての力を振るえていれば)


ギリッ、と持子は奥歯を噛み締めた。

そうすれば、桐子に寿命と生命力を削る禁忌の神術を使わせることも、その美しい髪を真っ白に染めさせることもなかった。子供を産めないかもしれない身体にさせてしまうこともなかったのだ。

前世で天下を恐怖で支配した暴君・董卓の魂を持つ彼女にとって、自らの力不足で「仲間(雑兵)」に修復不可能な傷を負わせたという事実は、はらわたがズタズタに千切れるほどの強烈な痛みを伴っていた。

だが、扉の向こうから漏れ聞こえてくる二人の静かで確かな愛の言葉が、持子の胸に深々と刺さった冷たい棘を、少しずつ、優しく溶かしていく。


(……まったく、どいつもこいつも。わしの周りには、底抜けのバカばかりではないか)


持子は、そっと自身の目元を拭った。

そして、「すぅっ……」と小さく深呼吸をして、いつもの傲岸不遜な魔王の仮面をピタリと被り直す。

コンコンッ!

わざとらしく大きめに扉をノックし、持子は勢いよく病室へと足を踏み入れた。


「邪魔するぞ、洋助。それに桐子よ」


「……あ、持子ちゃん」


「も、持子さん……っ」


ベッドの上で固く抱きしめ合っていた二人が、バサッ!と慌てて身体を離す。

桐子の目元はまだ赤く泣き腫らしており、そして……命を削った代償である真っ白な髪が、痛々しくも美しく肩に流れていた。

持子は、いつもなら「ふははは!」と大声で笑いながら踏み込むところを、今日ばかりはひどく静かな足取りでベッドの傍らまで進み出た。そして、手に持っていたメロンの桐箱をサイドテーブルにコトリと置く。


「……桐子」


持子は、黄金の瞳で真っ直ぐに桐子を見つめた。

そして、そのままバサリと頭を下げた。王たる者が、決して他者に見せることのない、純度百パーセントの『謝罪』だった。


「わしの力が足りなかったばかりに、お主に一生消えぬ傷を負わせてしまった。……すまなかった。この通りだ」


病室に、重く冷たい沈黙が落ちる。

魔王からの予期せぬ、そして痛切な謝罪。

しかし、数秒の空白の後。

桐子は目を丸くした後、「……ふふっ」と小さく吹き出した。

そして、ベッドから身を乗り出すと、深く頭を下げている持子の美しい後頭部を、ペチッ! と容赦無く引叩いたのだ。


「痛っ!? な、何をするのだ桐子!」


「自惚れないでくださいませ、持子さん」


顔を上げた持子に対し、桐子はいつもの凛とした、少しだけツンケンとした大和撫子の顔で言い放った。


「私が命を削って『天の岩戸』を展開したのは、持子さんを助けるためではありません。そこにいた、私の愛する洋助さんを護るためですわ。……すべては私が、私の洋助さんのために、私の意志で選んだこと。持子さんが責任を感じるような義理は、これっぽっちもありませんのよ」


「桐子……」


「……だが、それでもだ。どうして貴様らは、そこまでしてわしを……このバケモノを助けようとしてくれたのだ?」


痛切な声で問う持子に、洋助がベッドの上で優しく微笑んだ。


「持子ちゃんが無事に戻ってきてくれて、俺たちは本当に嬉しいんだよ。君は俺たちの大切な仲間だからね」


「仲間、だと……」


「ああ。それに……持子ちゃんには、不思議な魅力があるからな」


洋助は、包帯を巻かれた手でぽりぽりと頬を掻きながら、全く悪びれることなく、極めて自然な声で言葉を紡いだ。


「傲慢で強引な暴君のように振る舞っているけど、その内側には、傷つきやすくて健気な、とても可愛い女の子の素顔が隠れてる。……君の中には、俺たちの目を惹きつけて離さない、色々な魅力が溢れてるんだ」


「なっ……!?」


「その危うさが、どうしようもなく『助けてあげたい』って護る理由になるし……同時に、君が戦場に立てば、どんな強敵が相手でも『絶対に背中を預けられる』っていう確かな安心感がある。本当に、不思議で魅力的な女の子だよ、君は」


ドッキィィィィンッ……!!

洋助の、あまりにも甘く、真っ直ぐで嘘偽りのない言葉の連め打ち。

極黒の魔王の心臓が、柄にもなく大きく跳ねた。顔がカァァッと熱くなり、自身の中に眠る『女』の部分が、無自覚な天性のタラシの直撃を受けて完全にショートしてしまう。


「あ、あ、ああ……よ、洋助、お主は、何を急に……っ」


持子が潤んだ瞳で口ごもり、乙女のような反応を見せた、その瞬間。


ギシィィィィィッッ!!


「ひぐっ!?」


持子の右手を、桐子の真っ白な手が万力のような恐ろしい力で握り潰さんばかりに掴んだ。

重傷で弱っているはずの桐子だが、愛する夫(予定)が他の女に甘い言葉を吐き、相手がときめいているという事実が、彼女の中の『絶対殺すマン(嫉妬モード)』のスイッチを完全に押し切ってしまったのだ。

グイッ!と強引に手を引っ張られ、持子は桐子の顔の真ん前まで引き寄せられる。


「も、持子さぁん……?」


「ひぃっ! き、桐子、顔が怖いぞ! 闇の魔力を祓う光の圧が凄いぞ!?」


桐子は、怨霊すら蒸発させる極限の圧力を放ちながら、持子の耳元で這うように、ごく小さな声で囁いた。


「……まずは、私の洋助様に向けている、その『雌の顔』をやめていただけませんか?」


ブルブルブルブルッ!!


「わ、わかった! わかったぞ桐子!!」


持子は涙目で、首がもげるほどの勢いで何度も激しく縦に頷いた。

その様子を見て、桐子は「すぅぅーーっ……」と深く深呼吸をした。

そして、恐ろしい嫉妬のオーラを霧散させ、いつもの凛とした表情を取り戻すと、持子の手を優しく握り直した。


「……私があなたを助けた理由。それは、洋助さんがあなたを助けようとしたからですわ。そして、妹の鶴子があなたのことをとても気に入っているから」


そこで言葉を区切り、桐子は持子の黄金の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「それと――私自身が、あなたのことをとても気に入っているからですわ。……わかりましたか!」


そう言い切った桐子は、持子の胸の奥のモヤモヤを一瞬で吹き飛ばすような、今日一番の、最高に眩しい笑顔で微笑んでみせた。


「……っ」


持子は、ポカンと口を開けた。

圧倒的な光。これが、光の神術を極めた女の包容力か。

そんな持子の様子を見て、洋助がふはっと笑い出し、まるで明日の天気を口にするような、極めて自然でさらりとした口調で、とんでもない爆弾発言を投下した。


「俺たちの結婚式には、友人として絶対に出席してくれよな」


「…………なっ」


持子の目が再び点になる。

桐子もまた、「へっ?」と間抜けな声を漏らし、顔をゆでダコのように真っ赤にしてフリーズした。


「よ、洋助さん!? け、けけけ、結婚式だなんて、まだ長老たちとの話もついておりませんし、そもそも順序というものが……ッ!」


「関係ないって言ったろ? 俺の妻はお前だけだ。式の準備くらい、今から考えておいたっていいだろ」


「あああっ……! もう、洋助様は本当に……っ!」


無自覚な天性のタラシが放つ、破壊力抜群のプロポーズの追撃。

桐子は羞恥と極上の歓喜のあまり、言葉にならない悲鳴を上げながら、洋助の胸元に顔を埋めて力いっぱい彼を抱きしめた。


「痛い痛い、桐子、腕の骨がまだくっついてないから!」と洋助が苦笑いしながらも、その背中に優しく腕を回す。

その、あまりにも甘く、眩しすぎる光景を前に。

持子はしばらくポカンと口を開けていたが、やがて腹の底からこみ上げてくる笑いを堪えきれず、肩を震わせた。


「……ふっ、ふははははははっ!!」


持子の豪快な笑い声が、静かな特別病棟に響き渡る。

胸の奥につかえていた重い泥のような感情は、目の前の二人が放つ圧倒的な「光」の前に、跡形もなく消え去っていた。


「よかろう! この極黒の魔王が、貴様らの結婚式には最前列で参列してやろうではないか! ご祝儀の代わりに、ケーキと肉はわしが全部食い尽くしてやるから覚悟しておけ!」


「あはは、それは勘弁してくれ。食費で家が破産しちまうよ」


「洋助様のウエディングケーキに手を出したら、浄化の炎で焼き尽くしますわよ!」


洋助が笑い、桐子が涙目のまま威嚇してくる。

そこには、絶望の戦いを乗り越え、より一層強い絆で結ばれた確かな「日常」があった。


「ふはは! ならば楽しみに待っておるぞ! わしは忙しい身ゆえ、これにて失礼する! メロンは仲良く食うが良い!」


持子はバサリと私服の裾を翻し、背を向けて病室の扉へと歩き出した。

扉に手をかけたところで、彼女はほんの少しだけ振り返り、黄金の瞳を細めて優しく微笑んだ。


「……末長く、爆発しろ。馬鹿者どもめ」


「……ええ。ありがとうございます、持子さん」


「またな、持子ちゃん」


二人の温かい声に見送られ、持子は病室を後にした。

廊下を歩く彼女の足取りは、来た時とは打って変わって、ひどく軽く、清々しいものだった。

窓の外には、夏の眩しい太陽が、帝都の空をどこまでも明るく照らし出していた。

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