第11話 『新学期と、正妻戦線異常あり』
「……あれ、もしかして今日から新学期……?」
四月某日、午前八時。
俺──久慈川幸喜は、パジャマ姿で納豆ご飯をかき込みながらつぶやいた。
机の上には、書きかけの原稿と、ヒロインたちから押しつけられた弁当箱の山。
床には、妹が干していた俺のパンツ。
窓の外では、桜の花びらが風に舞っている。
──青春? どこだよそんなもん。
「ねぇお兄ちゃん、学校は? 今日から始業式じゃなかった?」
妹・**幸香**が、俺のパンツ入り瓶を片手に小首を傾げてきた。
「えっ、今日って……え? 今日!?」
脳が一気に現実に引き戻された。
やべぇ、完全に忘れてた。
春休みは原稿と修羅場と毛と修羅場と鍋と修羅場に追われてたせいで、日付の感覚が死んでた。
「急げええええええええッッ!!!」
俺は歯磨きもそこそこに飛び出した。
その背中に、妹の冷静な声が届く。
「パンツ、履いてからねー」
***
ドタバタと教室に駆け込んだのは、始業式直前のホームルーム。
先生が黒板に新しい時間割を書いている。
「久慈川、ギリセーフだな」
「す、すみませんっ!」
息を整えて席につくと、前の席から歩美が振り返る。
「……新学期初日から寝坊? つかえない旦那だわ」
「ちょっと!? いつから俺、お前の旦那になった!?」
「こっちは十年以上、家事も飯も世話もやってんの。もう既成事実でしょ」
そんなやりとりをしていると、担任の河合先生が教卓に立った。
「さて、始業式前に一つ……今日から新しい仲間が加わります」
教室がざわめく。
誰もが“転校生”というキーワードに反応した。
俺もその例外ではない。
なぜなら──
「入ってきてください」
扉が開いた瞬間。
そこに立っていた金髪の美少女を見て──俺は硬直した。
「……舞香……!!?」
制服を完璧に着こなしたその少女は、俺に向かってにっこりと笑う。
「こんにちは、皆さん。舞香・アシュレイ・カールトン・リーヴス・天城です。長いので“舞香”って呼んでください」
教室が一瞬で静まり返る。
男子陣「えっ、外国人!?」
女子陣「髪サラサラすぎない!?アイドルかよ……」
俺(お願い、頼むから今日だけは静かにしてくれ……)
しかし、その願いは届かなかった。
舞香は、そのまま淡々と──
「私は、彼の“嫁”になるためにここへ来ました」
「──……」
「──……は?」
「……今、なんて?」
教室が、凍った。
男子陣「ヒロインか!?ヒロインなのか!?正妻なのか!?」
女子陣「何この公然たる宣戦布告……」
担任「えっ!? えぇ!? えぇぇぇぇぇ!?」
俺「ちょちょちょちょっと待って!!! 今の、言い直そ!? ね!? 再翻訳しよう!? “嫁”じゃなくて“知り合い”とか“友人”とか、“仕事相手”とかさぁ!!」
舞香「嘘は言ってないもの。“将来を誓った初恋の人”がここにいたら、普通“嫁候補”って表現するでしょ?」
「そんな文化あるかああああああああああ!!!!」
──騒然とする中、机をバンッ!と叩いて立ち上がる女子がひとり。
「……ちょっと、言ったな今……」
袋田歩美。
長年の幼なじみ。
料理・掃除・勉強・恋愛感情を抱えた家政婦系正統派(自称)ヒロイン。
「“嫁になる”とか、何言ってんの? アンタに何ができんのよ?」
舞香は、きょとんとした表情から、にっこりとした微笑みに変える。
「愛。あと、イラストで彼の作品に命を吹き込むこと。……それで十分じゃない?」
「っ……!!」
火花が散る。
女子たちが「やば」「なにこれ現実?」「怖い」とざわつく。
──さらにそこへ、真打登場。
「兄は、私のものです。遺伝子レベルで結ばれてるんですから」
久慈川幸香。妹。
血の繋がった最大の地雷女、ここに顕現。
「“嫁”って言うなら、まず家庭環境から整備しなきゃ。お兄ちゃんのパンツ洗ったことある?」
舞香「それは文化的にアウト」
歩美「私は毎日やってるわよッ!!」
幸香「私は保管してる」
俺「保管すなぁぁぁあああああああ!!」
──完全に修羅場である。
先生は職員室へ“緊急帰還”。
男子はそわそわしながらスマホをいじり始め、
女子は距離をとって震えていた。
俺はただただ、机に突っ伏して、呟いた。
「……新学期って……何?」
***
放課後。
俺は机の下で丸くなっていた。
あれ以降、誰も俺に話しかけてこなかった。
……男子も女子も。
なぜなら、「嫁にされるリスクのある男」として認定されたからである。
一方、その様子を、冷静に観察していた一人の少女──磐城玲奈は、静かに手帳にメモした。
【正妻戦線、春の陣──開幕】




