第10話 『走れ!恋と創作と鮟鱇の国で』
笠間の山道──
下り坂のカーブを抜け、風が頬を撫でる。
小型のサイドカー付きバイク“サルミーニョ号”が、軽快な音を響かせて走っていた。
運転席には俺、久慈川幸喜。
そして──
サイドカーには、笑顔のヒロイン。
「風、気持ちいいですね、先輩……」
図書委員の地味子系──実は伝説のコスプレイヤー、磐城玲奈。
その横顔が、あまりにも穏やかで、
俺は思わず胸が苦しくなった。
(……今だけ、青春ラブコメっぽいな)
ここには、喧嘩もツッコミもない。
パンツも毛の話もない。
ただ──バイクと、風と、隣にいる彼女だけ。
でも。
その幻想は、すぐに砕ける。
「──ッ!? あれ……後ろ、誰か……!」
ミラーを見て、俺の顔が引きつる。
「……嘘だろ」
笠間の山道の遥か後方。
■歩いてくるのは──
袋田歩美。
ジャージ姿で、登山者を抜き去る猛スピード。
「地味子に負けるわけにはいかないのよォォォ!!」
■原付で並走するのは──
久慈川幸香。
ヘルメットの上にうさ耳付き。
「追い詰めて、兄と女の距離を“0cm”にしろって、毛が囁くの……!」
■そして、最も危険なのは──
レンタルバイクで急カーブをドリフトする金髪爆走娘。
「追い抜かれたら、負け──!!」
──舞香。
その目は、完全に戦闘モードだった。
俺は、震える手でハンドルを握りしめた。
「いや、マジで追ってきてるじゃねぇか!!」
玲奈が、笑顔を張り付かせたまま聞いてくる。
「せ、先輩? あの人たち、さっき……神社で会った……ような……」
「違う!空耳!きっと幻だ!!なかったことにしよう!!」
「明らかに“オケケ収穫”って叫んでましたけど!!」
「……!! それは本物だ!!!」
***
──逃げ道のない、青春ラブコメ。
ヒロインたちの“本能”が解き放たれたとき、
それは“修羅場”という名の祭りになる。
■歩美は、全身の反射神経を駆使して、登山道を駆け上がる。
「待てやコラァァァ!! それ以上距離縮めたら、地味子でも許さないわよ!!」
■幸香は、風を切りながら叫ぶ。
「お兄ちゃんの後頭部を風が撫でてる……今、鼻に入った……スーハー♥」
■舞香は、ターンしながら叫ぶ。
「──抜く!! 物理的に抜くわよ!!」
俺「もうやだこの世界!!!」
***
激しい追撃を振り切り、ようやく山道の出口に出る。
サルミーニョ号、息も絶え絶え。
俺も、汗だく。
玲奈はまだ、ほんのり赤く染まったまま、静かに言う。
「先輩……私、今日、すごく楽しかったです」
「……ごめん、修羅場ついてきたけど……」
「いえ。それも含めて、“先輩らしい”なって」
彼女は、静かに微笑んだ。
その笑顔を見て、ふと思う。
(そうか──)
(こうして“誰かと過ごした”記憶こそが、青春なんだ)
バイクを止め、俺は空を見上げた。
春の雲がゆっくり流れていく。
そして──
ポケットの中のスマホが震えた。
【From 渋谷(編集)】
「青春ラブコメ、いよいよ仕上げましょう。
“リアル”と“創作”の融合、始めるよ」
──ああ、書くよ。
このラブコメ地獄を、全部、物語にしてやる。
現実は、ネタの宝庫だ。
笑って泣いて、怒鳴ってスーハーして、
それでも俺は──この日々が嫌いじゃない。
そして、そのすべての始まりは──
「鮟鱇鍋だったんだよな……」
そう。
寒い夜、歩美が作ってくれた、一杯の鮟鱇鍋。
「“萌えヒロインをください”って、神棚に祈った日から……全部、始まってたんだ」
***
こうして、“青春ラブコメが書けない男”の、
リアルすぎるラブコメ地獄が始まった。
ヒロインたちの暴走は止まらず、
パンツは消え、毛は収集され、
キスも告白もまだ遠い──
でも。
物語は、ようやくスタートラインに立ったばかり。
そしてこれは、始まりの10話。
地獄は、まだ序章。




