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85 秋学期



 とうとう秋学期が始まる。

クローゼットに仕舞っていた制服に袖を通すと心なしか心が引き締まる。今の時期は、夏服だ。

フィリティは夏服のベストのポケットに手をいれる。

何も入っていないことを確認してから、スカートの内側には短剣を装備し、髪留めをつけて小麦色に変える。


「よし」


『忘れ物はないか?』


「ルーありがとう。大丈夫よ」


『我も学園へ行きたいのだが、それは聞き入れてはくれぬのか?』


「んー先生とかに聞いてみないとだと思うのよね。ペットって連れて行っていいのかしら?」


『ペ…ペット…我が…ペット……』


初めてフィリティの口から自身がペットとして扱われていた現状にショックを受けた。

周りからみれば当たり前の立場なのだが、ルー自身はそういう認識は一切ない。


「先生に聞いてみるからそれまでは王宮()にいてね」


『………』


ショックから立ち直ることができず、返答はない。

しかし、通学の時間も迫っているため、フィリティは反応のないルーを置いて部屋を出た。


秋学期から魔法や剣術など実技の授業が始まる。

フィリティは、とても楽しみにしていた。



ずっと手の届く範囲で魔法を見ていたのに自ら行うことが禁止されていた。

あれを己が出来るようになると思うとワクワクが止まらない。


馬車に揺られている間も溢れる好奇心を隠そうともしないのでアルドルトが声をかける。


「なんだか今日のフィーは楽しそうだね」


「今期から実技の授業が始まるのだもの!ワクワクが止まらないわっ!」


「そうだね。フィーリはそんなにやりたかったんだ」


「ええ。お兄様との剣術の稽古で魔法を取り入れた実践形式の模擬戦をしていたのだけれど、今度は私もああいう戦い方が出来るようになるかと思うと…。お兄様に勝てるかもって期待してしまって」


「フィーリは、バートに勝ちたいの?」


「んー勝ちたいというか、お兄様の悔しそうな顔を見てみたいというか。私、お兄様のそういった面を見たことがないから」


アルバートは決してフィリティの前では、弱音を吐かない。それは妹を溺愛していることもあるが、自身のプライドであり、弱いところを見せまいと努力した結果なのだ。



ちなみにアルドルトは、アルバートより強い。フィリティを守るために王宮に滞在するようになってから、毎日早朝に鍛錬として手合わせをしていた。もちろん、フィリティには内緒である。

決して、アルバートが弱い訳ではない。しかし、出国前に重ねた鍛錬によって、洗練されたアルドルトの剣技、魔法にアルバートが太刀打ちできない。


《俺はあくまでサポートだな》


己の力を正確に分析し、どういう立ち位置で振舞うのが最適かを考える。

経過や自身のプライドなどはどうでもいい。妹の命が最優先なのだと納得している。

納得しているが向上心を忘れたわけではない。

日々アルドルトと鍛錬をつづけ、アルバートも技術は上がってきている。

早朝の鍛錬が終わると、フィリティとの剣術指導があるため、アルバートは身体が軽い人だ。


(バートはあんまり悔しがったりしないからなぁ。フィーリが勝ったとしても悔しがるのか…)


アルバートは、妹のことになると短気だがその一点を覗けば非常に気が長く温厚だ。冷静に王太子としての役割を全うしている。


「その前に魔法の練習だね」


「うん!」


妹の些細な野望すらもあの笑みで包んでしまいそうだと義兄を想像した。




いつもの場所で馬車を降りて、いつも通りに学園へ向けて歩き出す。

寮との分岐点で塀に背を預けて立つバトンが待っていた。その奥からひょっこりとレジェンが顔を覗かせる。


「ごきげんよう。フィーにアル。夏休みはどうだったかな?」


「レジェン久しぶりっ!充実した毎日だったと思うわ。ただ、今年の夏はいろいろ制限があって、一番見たかったものは見れなかったわ」


「一番見たかった?」


「フィーリ、もしかしてシレスコピィ?」


「そう。やはり満開は見たかったわよね」


「あぁ。あれは来週ぐらいだもんな。フィーはあれが好きなのか」


「シレスコピィ?」


「親指大の小さな花で、薄青色から紫にもみえる濃い青色のをしているの。小さいのだけれど密集してたくさん咲いているから辺り一面が青い草原みたいで、圧巻なのよ」


「へぇ。それは見てみたい」


「ええ。本当に綺麗で、また一年頑張ろうって思うわ」


正門に向かって歩きながら説明するフィリティは、目の前にシレスコピィが咲き乱れているパティリテ湖に思いを馳せる。


「そういえば図書館に行けば文献があるかもしれないわ」


フィリティ以外は、その言葉に表情を硬くする。

何気ない会話なのだが《図書館》で以前何があったのかを考えるとあまり近づきたくはない。全員の共通認識だと思っているが、フィリティだけは、あの出来事と図書館は繋がっていない。地下牢のような場所という印象が強かったからだ。


「どんなものにも本物には勝てないよ」


フィリティを気遣い、レジェンがさりげなく図書館へ遠ざけるようにする。


「それは最もだ。あの素晴らしさは目の前にあってなんぼだぜ」


「来年には、転移魔法を確実のものにして、学園終わりに行って帰るぐらいになるよ。楽しみにしててフィーリ」


「そうね。本物には勝てないわよね。んー、皆で行くためにはどうしたら良いかしらね。私も考えてみるわ」


そうこうしているうちに正門をくぐる。

正門には生徒会執行部の面々が新学期恒例の【お出迎え】を行っていた。


この【お出迎え】は、新学期の始めに生徒の体調チェックや服装の乱れを指摘し風紀を守る目的がある。

または、ネグレストや虐待と行った前学期になかった変化にも早期に気づく目的もある。



『『服装の乱れは心の乱れ、正しい制服の着用を』』


執行部は現在五名で取り仕切られている。

三年生が二人、二年生が二人、そして、卒業生から一人顧問役として理事長から声がかけられる。あくまで声をかけられるだけなのでもちろん断ることも可能なのだが、下級生の中に縁を結びたい家との交流が出来る機会があったり、学園と繋がっていられることで社交界にはない学生の世界を知るなど利点は多い。なので滅多に断る卒業生はいない。


「そこっ!ネクタイが曲がっている!そっちは校章が曲がっている。まっすぐに」


細かいところまでチェックしながら生徒の様子も伺う。


「君たちは…大丈夫そうだな。秋学期も切磋琢磨、勉学に励もう」


「ありがとうございます」


執行部の一人がふっと笑い、フィリティたちを送り出したのだが。


「あっ!小麦色の髪の彼女!」


フィリティが呼び止められた。


「はい?」


「春学期学年二位成績を収めたフィーリ・ミローリンデさん?」


「……そうですが…」


「生徒会執行部へ来ないかい?女子生徒が不足していてね。君の噂はかねがね聞いているんだ。どうだろうか?」


「…すいません。生徒会執行部がどのような活動をされているのかあまり詳しくなく自信がありませんので」


《お断りさせて下さい》


そう続ける予定だったのだが…手を固く握られ、切望と言った眼差しで迫ってくる。


(っ!!ちっ近いんですけどっ!!)


そう思って、距離を取ろうとした瞬間、握られた手の力が弱まる。


「ヒィッ!!!」


フィリティの手を握る執行部三年ボットロイ・ベスタテートは、フィリティの背後から複数の殺気に顔を白くして悲鳴を上げた。


「フィーの手に気安く触るな」


「先輩は、誰の許可を得て彼女の手を取っているのですか」


ベスタテートの視線をたどりフィリティが振り向くと、ニコニコとしているのに冷気が漂うアルドルト と睨みつけているバトンが視界に入る。


「さっさと手を放した方が良いと思いますよ。先輩」


唯一、殺気を感じないレジェンがベスタテートの手をフィリティの手から剥がしていた。

手が離れたフィリティは“もう!二人とも何怒ってるの!?”と先を歩く二人に駆け寄って諌める。


「僕は…ただ勧誘したかっただけなのだが……」


ぼーっと自身の手を見つめ言うベスタテートだったが、次の瞬間、先ほどの二人とは、また異なる鳥肌がゾワゾワっとする憎悪のような気配に、ギギギッ首をからくり人形のように横を向く。そこにはレジェンがいつまでもニッコリとベスタテートに笑顔をむけている。


(怖いっ!!)


これ以上、態度に出さないように必死に耐える水色の髪に汗が伝う。

レジェンはそのまま、ベスタテートにお辞儀をして、フィリティたちを追う。


校舎へ向かう四人の背を見ながら、ベスタテートは思った。


(あの三人には近づかないでおこう)


その願いにも似た思いは、果たして叶うのだろうか…。


「えっ?」




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