84 わかってない
『それは、いずれ話そう……フィリティ・アンジュール』
ルーの声音は、緊張をはらんでいて固い。
静まり返る部屋に沈黙がながれ、二人の空気を重くする。居心地が悪い中、沈黙を解いたのはフィリティだ。
「……じゃ、これだけ教えて」
緊張感の増したフィリティの声にルーは何を言われるのかと身構える。
『なんだ』
「……ルーは、私を裏切らない?」
眉が下がり、先ほどまで凛としていた水色の瞳が揺れる。
――あぁ…不安にさせてしまったのだな。あんなことがあったんだ無理もないか。
先ほどの固い声音とは異なり、忠誠を全面に表し、はっきりと告げた。
『誓おう。我はフィリティ・アンジュールを裏切らない』
そういうとフィリティは、はぁあと部屋中に響くほどのため息をついた。
『すまない。我のことしか考えてなかった』
「ううん。話したくないこともあるよね。ごめん。でも…裏切らないって言ってくれたから、もういいの。大丈夫」
ルーの近くに寄って、優しく指の腹で撫でる。ルーが目を細めて嬉しそうに喉を鳴らしている。
考えてみれば、ルーは助けれくることはあっても、見放したり陥れたりといったことはなかった。
「…疑ってごめんなさい。私こそ周りが見えてなかったわ。助けてくれてありがとう」
泣きたかったわけではないのに、ポロポロと自然と涙が溢れてしまう。
ルーは、バサリッと羽音を立てながら、フィリティの肩に移り頬に顔をこすりながら寄り添った。
それからエリーを呼び、ぬるくなったお湯につかって身体を清めた。
今までは、ただの鳥だと思っていたけれど、会話が出来てしまう仲になった。ルーの前での振る舞い方も考え直し、肌は隠そうと改めることにした。
*
翌日、アルドルトと二人きりで話をしたかったフィリティは、アルドルトを誘って庭園を歩いた。
残暑が厳しい日が続いていたが、今日は秋の訪れを感じるような過ごしやすい気候だった。
歩きながら会話をしようと思ったが、なんだか落ち着かなくて、ガゼボに立ちより侍女にお茶を用意させた。ルーは今、フィリティの私室で大人しくしているように言ってある。
ガゼボから部屋が見える。窓際に青灰色の羽が光るのがわかる。きっと止まり木からこちらを見ているのだろう。
「昨日は、初めて見るものばかりであっという間だったね」
「うん、貴重な体験をさせてもらって魔法に対する気持ちが変わったかな。次の訪問時に箒の乗り方を教えてくれるって約束してくれたのも嬉しかった」
「私も。魔法が溢れてて、想像していたことなんてほんの豆粒程度のことだったわ。驚くことばかりで楽しかった」
「楽しかったよね。また一緒にいこう」
「うん」
そこで侍女のジーナがティーセットを持ってきた。
「ジーナありがとう。あとは私がやるから」
フィリティはジーナに微笑みながら下がらせた。
慣れた手つきで紅茶を入れ、アルドルトの前に差し出す。
「ありがとう。フィーリが紅茶を入れてくれる姿は、いつ見ても絵になるね」
「もうアルったら。アルが入れてくれた時だって、とても優美で素敵だわ」
互いに褒め合いながら和む。
フィリティが一口飲んでから本題を切り出す。
「アル…あ、あのね…」
「ん?」
「……ルーのこと…なんだけれど…」
そこでアルドルトの肩眉が跳ねる。にこやかな表情なのになぜか怖い。
「…ルーの言葉がわかるって本当?」
ティーカップを受け皿に戻そうとしていたアルドルトは、カチャリと小さな音を立てる。
ふーっと息を吐き、ティーカップから手を放して、フィリティを見据えた。
「どうして?」
「…ルーに聞いたから…」
アルドルトは、瞳を大きく見開き、再度聞きかえす。
「なんだって?」
「だからね、ルーから聞いたの」
「………フィーリ、君はルーと話ができるの?」
「……うん。昨日から」
(どういうことだ?今まで言葉がわからなかったのに)
そこでアルドルトはハッとして、昨夜、魔女カルテッタとフィリティの神秘的な光景を思い出す。
(あの時か。だからルーのことをって)
そこで今までのルーとの会話を思い出し、ジワッ汗が吹き出す程に焦りだす。
「ちょっ、ちょっと待って。ルーと話をしたの?どんな?」
「えっ…」
フィリティは赤面して、顔を伏せた。一日の…主にアルドルトのことを話したり、無防備に着替えをしていたこと…など、お互いに会話ができる環境ではなかったからこそ成り立っていたことを思い出していた。
(ルーのやつっ!余計なこと言ってないだろうな)
アルドルトは、フィリティの部屋がある方向へ視線を向け睨みつける。アルドルトはアルドルトで嫉妬心や妬みを見透かされたことをフィリティに暴露されたのではと懸念した。その心配は次の言葉で不要となる。
「たいした…話ではないない…のよ…ルーに対する意識が変わったというか…」
(あいつっ!!)
ルーは雄であり、男だ。
アルドルトは自分でも周囲の気温がひんやりと下がったのがわかる。
「でね、アルもわかるって本当なの?」
「ああ……、ルーを保護してする当たりに」
思ったよりも低い声が出て、アルドルトは一度言葉を切ってから続けた。
「そう…なんだ…教えて、ほしかったわ…」
あんまりにも切なげな声音にグサッと心に刺さったアルドルトは、素直に謝った。
「ごめん。フィリティを怖がらせたくなくて」
「アル、これからはなんでも教えてほしいわ。…ほ、ほら?…こ、婚約者になったのだし」
先ほどの切なげな声音から【婚約者】という立場を口にするだけで照れてしまうフィリティの変わり具合が可愛くて仕方がない。
(この顔を僕だけにみせてくれたらいいのに)
婚約者になってからもフィリティを取り巻く男たちが挑発的で全く安堵していられない。
しかし、ルーの言葉を理解できる共通点が生まれたことはアルドルトにとって、嬉しかった。
ただし、ルーもフィリティを溺愛している様子が言動からヒシヒシと伝わってくるため、手放しには喜べない。非常に複雑である。
「あぁ、もう隠さずに話すよ。だからフィーリも僕に隠さないでね?どんな些細なことでも教えて」
「うん、わかった」
(あーこの《わかった》は、わかってないな。どうしたらいいのかなぁ)
笑顔の奥で模索するアルドルトだった。




