86 虫取り少年
タイトル通り夏の代表的なあの子が登場します。
「虫」が苦手な方はご注意ください。
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一か月弱ぶりに教室の扉を開けると涼しい風が入ってくる。
「フィーおはようございます。お久しぶりですね」
アナスターシャが声をかけてくれた。
「久しぶりっ!元気だった?いろいろと立て込んでしまって夏休み中に会えなくてごめんなさい。お手紙、嬉しかったわ!」
フィリティは、アナスターシャとお茶会をしようと夏休み前に話をしていた。しかし、蓋を開けてみれば、隠れ家に行ったりと時間がとれずに日にちだけが過ぎてしまい、夏休みが終わってしまった。
「会えなかったのは寂しかったですが、問題ありません。わたくしもなんだかんだと忙しくしておりましたの。セリフォス様のおかげで…」
そういうなり、瞳を細め、うんざりとした様子で奥の席に座るセリフォスを見るアナスターシャ。セリフォスはアナスターシャの婚約者であるため、パッシュリー侯爵家の離れに滞在している。アナスターシャの希望で学園への通学の馬車は別にしているらしい。
「……何かあったの?アナ」
恐る恐る聞くと、アナスターシャは、はぁぁとため息をついて話し出す。
「もうありすぎですわ。普段から我が家に宿泊していただいているのですが…なんというか…その…」
「あぁ…セリフォスは元気だからね」
横から話に加わったのは、アルドルトだ。
「あれを元気と言っていいのかどうか…我が家の私兵と毎日、稽古稽古稽古。まぁそこは許しますわ。しかし、我が家の私兵なのに今では、セリフォス様の私兵にも見えてくるほどの仲の良さです。それが原因といいますか…」
「なんとなく、想像がついてしまうな。セリフォス、山に行かなかったか?」
アナスターシャは、アルドルトの言葉に理解者を見つけたとばかりにすがる瞳を向ける。アルドルトも何かを察したのか同情の眼差しで返した。
「ご明察です。行きました。行ってきました。そして持ち帰ってきました……」
「あぁ、夏だしね。好きなんだよセリフォスは」
「………」
フィリティは、何の話か分からずに決定的な主語が抜けている会話を聞きながら首を傾げていた。
しかし、アナスターシャの顔がみるみるうちに青くなっていくのをみて、心配になる。
「アナ?大丈夫?座った方がよさそうよ」
「フィーごめんなさい…この先は後日フォルクから手紙を送らせるわ。私には…書き連ねられない…」
「わっ、わかったわ」
手紙好きのアナスターシャが弟に任せる様子からあまり良い内容ではなさそうだと察する。アルドルトが“後で教えてあげるよ”と優しく耳打ちしてくれたのだが…。
(なんだろう…この言いしれぬ不穏な雰囲気は)
「とにかく…私…セリフォス様についていけるかどうか…自信がなくなりそうですわ」
「そこは、約束次第だと僕は思うよ。僕からも言っておいてあげる」
アナスターシャの表情が少し浮上したようで瞳を潤ませて、アルドルトへ懇願する。
「ぜひに!!お願いしますわ!!」
それからフィリティとアルドルトは席に着いた。アナスターシャとの会話で気づかなかったのだが、どうやら席替えが行われていたらしい。窓際は変わらないのだが、アルドルトはフィリティの前の席になった。アナスターシャは、セリフォスと隣同士。
教室を見渡し、バトンは、廊下側の後方でナタレイシアの隣になったようだ。レジェンは、ナタレイシアの後ろらしい。
ヴァランティーヌはフィリティの横になったが、まだ登校してきていない。
「でね、よくわからなかったから教えてくれる?」
「さっきの話?今聞く?」
「うん。今教えて」
「たぶんなんだけどね…、セリフォス【虫】が好きなんだ。だから何でもかんでも捕まえたんじゃないかな。去年、彼の家に招かれて行ったときにね…。彼の部屋には何でもいたよ」
「なんでも?」
「そう。夏の虫なら何でも…。そうだな…生きている虫もそうなんだけど…その課程のものとか。例えば、セミの抜け殻とか大量に」
「ヒィッ!」
「あ、それは普通の反応だね。もしかしたら、フィーリなら一緒に楽しんじゃうかなって思ってた」
「さすがに…あれが大量にいたら嫌よ」
「なら、数個ならまだ楽しめるのかな。まぁそんな感じでね。彼は収集したがるんだよ」
フィリティは、ミシェルから聞いたことのある「虫取り少年」を思い出した。その名の通り虫が好きな少年だ。子供の内は、平民の子たちにとって、虫獲りは遊びだ。フィリティも隠れ家で随分お世話になった。遊びから生態系へ興味を示し学習する。子どもにとって身近な生き物だ。
だが、それが度を越えると博士になる人もいるのだが、その光景は異様にしか見ることが出来ないだろう。
一般的に大人になるにつれて、虫を嫌がるようになる。それは「嫌悪感の病原体回避理論」に基づいており、病原体を持った生き物に対して感染症のリスクが高まることへの嫌悪だと、ミシェルは言っていた。
フィリティたちも王都に暮していたら、もっと虫に足しての嫌悪は強かっただろう。
王都でバッタや蛙一匹を見ても、アナスターシャをはじめ温室育ちの王都の貴族は声をあげるだろう。それが一般的な反応だ。
なのに、大量の虫と抜け殻が目の前に広まっていたら、卒倒もんだ。
「これが王都ではなくて、地方なら意外と同胞はいるんじゃないかな。彼はまだ子供でいたいだろうね。僕はそんな彼も好ましいと思うよ」
相棒となる彼が自然豊かな土地でいつまでも走り回って欲しいと、婚約者と机を並べる彼に向けて、優しいほほ笑みを浮かべている。
「虫だらけの光景は、遠慮したいけれど、セリフォスはいい人だと思うわ。落ち着くまでアナが苦労しそうだけど」
「ははっ、そうかもね。彼は虫博士だから取り上げられないことを祈るよ」
キリの良いところで、ヴァランティーヌが登校してきた。変わらないティーヌの澄まし顔になぜかホッとする。
「なんだか楽しそうだな。フィーリ、久しぶり」
「ティーヌ。久しぶりね、元気にしてた?」
「あぁ。長期休みもフィーリに会いたかったが夏は、いろいろと忙しいものでな」
「そうね。お父さんも忙しそうだったわ」
暑さによる作物への対策や干ばつ対策で王城内も忙しなかった。公爵家も領地が膨大であり、ゴーリック公爵はその筆頭である。何かと苦労の多い家であるのでフィリティにも想像がついた。
「これから社交シーズンに入るし、その前に茶会を開こう」
「それはティーヌが主催してくれるの?」
「どちらでもいい。学園のカフェテラスもあることだし、そこまでこだわらなくていいだろう」
「それもそうね。では近いうちに予約を取りましょう」
「あぁ」
ちょうど会話の途切れたタイミングでキースが教室へ入ってきた。
今日から実技の授業があると思うとキースに向ける眼差しが輝くフィリティだった。
実は、作者も蝉の腹が苦手です。玄関を開けてすぐに命尽きた蝉に悲鳴をあげてしまいます。悲鳴を上げてしまいましたが、その後は儚い命を全うした蝉さんは、土に還します。そのままに出来ない作者でした。




