55 バトン父
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今回もちょっと長めですm(_ _;)m
生物室と書かれた札がぶら下がる教室の前。
フィリティとバトンは、扉を叩こうか悩んでいた。
中では、キースと誰かが話しているような声が聞こえる。会話は聞き取ることはできない。
(どうすっかなぁ)
バトンが頭を搔いていると内側からガチャリっと音がして、扉が開いた。
「「っ!!」」
突然のことで、緊張が増した二人は息を呑み、また目の前の人物を見て呆気にとられた。
「やぁ!新入生諸君!学園初日はどうだったかな?」
扉が開いた途端に歓迎の言葉を述べられて困惑する。なんせここにいるはずのない人だから。
「んん?驚きで声が出なくなったかな?」
「なっ!なんでいるんだよ…親父…」
「息子の晴れ姿を見に来てはいけなかったかな?」
「来るなら来るって言ってくれよ!仕事は大丈夫なのか?」
「大丈夫!だいじょーーーぶっ!!」
バトンは、あきれた様子で父親と呼んだ人物と言い合っている。
不覚にも呆然としてしまったフィリティは、二人のやり取りをただただ眺めるしかできなかった。
「…バトンのお父さん……」
「はぁい!フィーリちゃん。ご無沙汰だねぇ!」
(私の知ってるバトンのお父さんは…こういう人じゃない…)
「ごめん、フィー。鍛冶師として、仕事してない親父はいつもこんな感じなんだ…」
「ひっどいなぁ。ぼくのむ・す・こ・は!」
(語尾にハートやら星やらが浮かびそうなキャピキャピな話し方は…)
バトンが気色悪い爬虫類でもみているように顔を歪めている。
「そんなところで話しておらんで、はよ中に入ってきなさい」
バトン父のうしろから、キースの声だけが聞こえ、フィリティたちは中に入った。
生物室の中には、何かの液体に浸かった生き物たちが並び、不気味な雰囲気をかもし出している。
教室とは別に奥に進むと教師用の研究室と思われる空間が広がっていた。
奥の机には、キースが座っている。机の上には書類の束が積み重なっていて今にも倒れそうだ。
「キィじぃ、久しぶり」
他の生徒のまえでは出来ない挨拶を交わす。
「あぁ、フィー。久しかったな。びっくりしたか?」
「もう!びっくりしすぎて、顎が外れるかと思ったわ!…身体の方は、もう大丈夫?」
「そうだぞ!おいっ!じじいっ!言いたいことがたくさんあるんだからなっ!!」
「随分と威勢がいいの、バトンよ。でも、よかっただろうて。わしがいて」
「っ!!!……まぁそう…だな」
「??」
「フィーは気にしなくていいんだよっ」
「ほらほら、フィーリちゃんにそんな言い方しないんですよ~」
場所が生物室に変わっただけで、雰囲気は隠れ家と一緒なんだと思ったフィリティは、ふふっと笑う。鈴が転げたような笑い声が皆の笑いを誘う。自然と頬が緩み、心が癒される。
「フィー。わしはこの通り元気だ。心配かけたの。もう気にせんでいい。それより今日ここに来てもらったのは…」
「ぼくのことなんだよね」
「ほれほれ、先を急ぐな」
「おいおいっ、じいさんが教師ってだけで驚きなのによ。親父まで…ま、まさかっ!?」
どんどんバトンの顔色が青ざめていく。バトンの父はバトンのリアクションに満面の笑みで答えた。
「ご名答!ぼくも今日からここで働くんだ。教師じゃなく助手の扱いだけどね」
バトンの父エデルは、鍛冶師としての能力だけでなく、戦いにおける戦術の軍師。《この剣に対し、この戦法に勝機あり》剣についての知識は多岐にわたり、素晴らしい。
「国王陛下から以前納品したレイピアと短剣が非常に良い出来だったと、恐れ多くも感謝を述べられてね。近いうちに勲章をいただくことになったんだ。その前に学園での教育に助力を頼まれてしまって。仕事はちょうど落ち着くから、しばらく門人のためにもいいだろうとお受けしたんだよ」
「そうだったのか…なんで教えてくれなかったんだよっ」
バトンが拗ねた様子で視線をそらした。
その姿が親にとっては嬉しかったようで、喜びを耐えきれないとばかりに胸の前に拳を握ってフルフルしながら「んん~」っと身もだえていた。
一通り身悶えた後、バッと愛しい息子に抱き着き、可愛い可愛いとデレデレとする。
当の息子は「やめろ!!(フィーがみてるだろうがっ)」と必死に抵抗していたが、エデルにはそんな姿も可愛らしく映る。
仲が良い父子の様子にフィリティもニコニコと微笑ましく眺めた。
「さて、そろそろ時間じゃ。バトンは寮だったな。フィーは馬車が待っている。あまり初日から遅くなるのは、よくないだろう。ここら辺でお開きとしようか」
「キィじぃ、要件ってバトンのお父さんのことだったの?」
「あぁ。まぁわしも個人的にフィーの顔が見たかったのもある」
職権乱用だと、目尻にシワを寄せて笑った。
「オレはおまけか?」
バトンが眉を寄せて、そんなことを口にするものだから、皆で爆笑した。
“がっはっはっは”と、笑うキースはいつも通りで、エデルは、まだ(愛が)足りなかったかと苦笑する。
「ふふっバトンっ。あなたが一番の目的だと思うわよ。ふふふっ」
頬を赤らめながら笑い続けるフィリティを見て、バトンは耳を赤くして頭を掻いた。
「なんだよそれ…」
バトンは、恥ずかしさと嬉しさが入り混じり素直になれない。
(フィーリちゃんがいると、こんなにも息子はコロコロ表情を変えるとは…手放すのが惜しいなぁ)
エデルは、フィリティの正体を知っている。仕事上、知る必要があり、やむなくだった。
(なかなかの天然さんだからな。バトンは報われるかなぁ)
*
フィリティとバトンは、生物室の扉を開けて廊下へ出た。パタパタと足音が廊下に反響する。
「ではまた明日!キース先生」
キースは、目を細め、フィリティの頭に手を置いて撫でてる。
「あぁ。気を付けて帰るんだよ」
「先生業がんばれよ、親父」
バトンは、エデルに向かって、照れながら告げて踵を返した。
足早に去るバトンに驚き、置いて行かれまいとフィリティは二人に一礼して追いかける。
二人の後ろ姿を見ながら、キースとエデルは先ほどの和やかな笑顔を消し、真剣なまなざしで足音が消えるまで見送った。
* * *
フィリティとバトンが生物室を出て、しばらくした後、ある人物が生物室を訪れた。
「フィーリは無事に帰宅しました」
「初日は何事もなくと言った様子だな」
「そうですね」
「本当に何かが起こるとは、ぼくには思えないほど、平和でしたね」
生物室だけに張った防音魔法。
外の音は、聞こえるように細工してあり、中の音だけは遮断されている。
「本当に明日からでいいんですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「これもかのお方からのご指示で?」
「そうなります。私にはあなたになるしかここには入れません」
「あの子は…気づくと思いますよ」
「気づかれたら、気づかれたときに説明することになっています」
「ぼくとしては…可愛い息子を騙すようで、気が引けますが王命とあれば、仕方ありません」
「……協力に感謝します」
「まぁぼくの最高傑作でもあるあの子たちがどう使われるのかは、楽しみしていますよ」
テーブルの上に開封済みの手紙が置かれている。
アンジュール国国王が使用できる封蝋印のついた手紙だ。
「して…我が子に勝算はありますかねぇ」
「わしには厳しいとおもうがな」
「親の欲目ですかね。ぼくもフィーリちゃん気に入ってるんですよ」
「………」
空気がひんやりしてきたところでキースとエデルは苦笑した。




