56 校内探検
今日から学園での学びが始まる。
私室で制服に着替えたフィリティは、髪を束ねてリボンで結ぶ。髪色を変えるために髪留めを刺して固定した。刺した途端に淡くひかり、蜜色が小麦色に変化する。
アイボリー色のブレザーに紺青色のチェックの膝丈スカートは、着心地が良く動きやすい。
「エリー、変なところはないから?」
「お可愛らしゅうございますよ」
「ありがとう」
ツツピィーツピィ―!
「ルーもありがとう」
ニーニーニー
ルーが頭を擦り付けてくるようにフィリティの肩に乗ってくっ付いてくる。
頭を数回撫でると、また部屋の止まり木へ飛び立った。
朝食を取り、もう一度鏡の前で変なところがないか確認した後、家紋のついていない馬車に乗り込む。
学園までの道中は、開店準備に忙しない人たちが見受けられ、王都らしい朝の光景が広がっている。
学園が見えてきた辺りで、馬車から降りる。石畳で出来た広めの歩道を歩いて、学園の正門をくぐる。
正門をくぐると、後ろからバトンが声をかけてきた。
「おはよう。フィー」
「バトン。おはよう!昨日ぶり」
「……あのさ、そいつどうしたんだ?」
バトンが視線をフィリティの瞳から外して怪訝そうにしている。
「……??ごめん言っていることがわからない」
「だからさ、肩に乗ってるヤマガラだよ」
「えっ!!!」
バッバッと両肩を見る。
ビィービィー
かくれんぼに失敗したかのように左肩から鳴き声が聞えた。
「ルー!?ダメじゃない」
「フィーの飼い鳥?」
「えぇそうなの。パティリテ湖で保護したの。それから懐かれて引き取ることにしたのよ」
「へぇ。あんなところにヤマガラがいるもんなんだな」
「いえ、あそこには生息していないと思うの。でも本当に珍しくいてね。怪我をしていてアルと一緒に保護することにしたのよ」
「アルと一緒?だったのか」
「そうね。だいたいパティリテ湖に行くときは一緒ね。あの時は…」
そこでアルドルトが湖に落ちたことを思い出し、顔に熱が集まるのを感じる。
急に話が途切れたのを不思議に思ったバトンが何かを察し、ムッとして不機嫌になる。
「なぁ、もしかして何かあったのか?」
「っ!!ち、違うの!ルーを助けるためにアルが湖に落ちちゃって…」
「ふ~ん。まぁあいつが落ちたんならいい気味だ」
気取ったアルールが湖に落ちたところを想像して、バトンはニカッと笑う。
「私のせいで落としてしまったのよ…」
あの時の自分の無謀な行動も思い出し、苦笑いで返す。
「あいつはそれぐらいでいいんだよ。それでさ、どうする?そいつ」
ビィービィー
「あっ、なんか怒ってる気がするな」
「そうなの?」
「なんとなくな。オレもルーって呼んでいいか?」
ルーの視線の高さに合わせて問いかける。ルーはバトンに向かって、《ツピィー》と、元気よく返事をした。
「……これは、了承ってことでいいんだよな?」
ツピィー
「いいみたい。ルーは賢いのよ。ふふっ」
ゴーンゴーン
話に夢中で、いつの間にか登校する生徒がいなくなっていた。
「大変!?始業の鐘がなっちゃった!!」
「フィー!荷物持ってやるから全力で走れっ!」
二人で教室まで走った。本気の全力疾走はしたことがなかった。
登校二日目にして遅刻なんて、第一王女としての恥…というよりも『時間は守りなさい』と小さい頃から耳にタコができるほどミシェルから言われ続けてきた。ミシェルに知れたら恐ろしいと必死で走ったのだった。
教室に着くとまだキースはいなかった。
――まっ間に合った…
はぁはぁと荒い息を続けながら席に着き、呼吸を落ち着かせることに専念する。
剣術の鍛錬は続けていたのに、この息の上りようにフィリティは内心気落ちした。
(もっと鍛錬の仕方を考えなくちゃ…)
「フィー大丈夫か?ほら飲め」
バトンが魔法瓶を差し出しながら心配そうに声をかける。
「あ…はぁ…はぁ…あり…が…と……」
差し出された魔法瓶を受け取り、喉を潤す。ドワッと身体から汗が滲むのがわかる。
汗を拭こうと、息を整えながらスクール鞄を机に置くとその上にルーがちょこんと座る。
「っ!!!」
フィリティには課題があった。
(忘れてた!この話をしていたから遅れたんだったわ!)
ルーを凝視しながら回らない頭で考える。
バトンが椅子に後ろ向きで座り、背もたれに顎を乗せてちょこんと座るルーを眺めた。
「ルー。授業中はその鞄に入って静かにしてろよ?じゃないとお前の主人が困るからな」
ピィー
バトンにやっと聞こえるくらいの小さな声で鳴いた。
そのタイミングでキースが教室に入ってくる。
「おーい席に着けぇ、出席とるぞー」
生徒がバタバタと席に着く。バトンも立ち上がり前向きに座り直した。
フィリティは、慌ててスクール鞄の中身を机にしまい、ルーを優しく入れて机の横のフックにかける。
「ルーごめんね。静かにお願いね」
ささやくように言うと鞄の中で座った。足を折り畳みお腹にたるみが出来る姿は上から見ても可愛らしい。キースが出席を取り、全員登校したのを確認して本日の授業内容へ話を移す。
「さて…今日は、校内探検といこうじゃないか」
キースは紙の束を手に取り、最前列の生徒に縦人数の枚数を配り”後ろに回せ~”と指示を出す。
「入学二日目だからな。どこになんの教室があるかちゃんと覚えるてこい。グループは…そうだな…縦で一組。廊下側から一班で、窓側が五班な。いいなー」
フィリティは、前の席のバトンと一番前の席のアナスターシャ、そして入学式で隣だったレジェン・デオロ伯爵令息の三人と同じグループになった。
「班同士で集まって挨拶しとけよー。昨日の挨拶なんて、もう忘れてるからなぁ」
生徒がそれぞれ立ち上がり前後に移動して班ごとにまとまる。
「アナ、一緒ね!」
「えぇ。フィーリ嬉しいわ」
「オレのことはバトンと呼んでくれ。アナスターシャ譲とデオロ殿」
「アナでいいわ。よろしく頼みますわバトン」
「俺のこともレジェンと呼んでくれる?」
「あぁわかったレジェン」
「よろしくね!レジェン」
「こちらこそ。よろしくどうぞレジェン」
「えっとその~」
「あ!私のことはフィーとかフィーリで!」
「じゃぁ、フィーと呼んでも?」
「ええ!もちろんよ」
互いに呼び名が決まったところでキースが声をかけた。
「各グループ自己紹介終わったかぁ?そろそろ説明はじめるぞ。どこへでも好きなところへ行ってこい。今配った校内図は、鍵替わりになっているから行ったらドアノブにかざすと鍵が開く。紙を持ったものが部屋から出ると自動で鍵がかかる。鍵が開くと開いた部屋の位置に印がつくからな。鍵を開けなくても中に入室するれば同じことが起こる。二回もいかんでいいからなぁ。いいな。ひとり一枚必ず持てよー」
なんと便利なものなのだろうとフィリティは思った。
同じことを思った人がいたようでバトンがすげぇと感嘆をもらし、レジェンが画期的ですねとつぶやいている。
アナスターシャはさすが侯爵令嬢、ふ~んっと言った様子で澄ましている。
「全員が必ず校内図に書かれた教室を全て回るように。入学二日目の初の掃除当番は、この校内探検で戻ってくるのが最下位だった班とする」
生徒から《えー》と反発の声が発せられた後、諦めて効率よく回るにはどうするべきかと考え出す。
「何もないよりか目標があった方がいいじゃろうて。それから各班のスタート地点をわしの采配で決めよう。そうさなぁ」
キースが顎に手をあてて校内図とにらめっこしている。
一斑は理科室、二班は食堂、三班は調理室、四班は生徒会室、五班は音楽室に決まった。
ナタレンシアは二班、ヴァランティーヌは四班だ。
「オレたちは音楽室か…」
「二号館の五階だね」
「しょっぱな遠いな」
「遠いところから攻めていけばゴールが近くていいのではないでしょうか?」
「「「たしかに」」」
声がそろったことで五班は皆で笑った。
「それでは、五分後から開始する。一応魔法瓶を各自に配るから校内図と一緒に持っていくといい」
『「「「はーい」」」』
フィリティたちは、五分間効率のいい周り方を模索し、あっという間に出発の時刻になった。
「帰ってきたら、この教卓上にボタンを置いたから押せよ。これを押した班から順位が確定するからな。それじゃぁ行ってこい」
一斑から順に教室を出ていく。
教室には前後に出入口がある。前の扉に肩を預け、胸の前で手を振って生徒を送り出すキース。
何人かの男子生徒は、キースにハイタッチをして楽しそうだ。
窓際の五班は、のんびり最後に教室を出る。
「じゃ…行ってくるな」
バトンが照れ臭そうにキースに声をかける。キースが頭に軽くげんこつを落とし”「いってきます」だろうが!”と生徒となったバトンに指導している。
「キース先生、行ってきます」
「ああ、楽しんでこい」
「はい!」
フィリティは満面の笑みでキースとハイタッチをして校内探検を開始した。




