34 ドレス
「ぴったりでございますね!フィリティ王女殿下の綺麗なボディラインを引き立て、可愛らしさを残しつつ淑女の気品を兼ね揃えておりますわ!」
「ええっ!とても素晴らしいわ!マルセル。やはり貴方に頼んでよかったわ!!ね!あなたっ」
ミシェルがジョーカスの肩に手をおいて、軽く揺らし、興奮気にキャッキャとしている。
揺られながらジョーカスは、娘の晴れ姿に見惚れていた。言葉よりも目に焼き付けることに必死になっている。
今日は、フィリティのデビュタント前、最後の衣装調整日。
アンジュール王国王宮の一室が一際、賑わっている。
光沢のあるシルク生地には、金と銀の刺繍がふんだんにあしらわれている。鶴・牡丹・組紐と縁起の良い模様が刺繍され華やかだ。
組紐はこの世界で馴染みがない。
日本の文化で、複数本の糸を組み合わせて、束ねて作る紐のこと。魔除けのような意味を持ち、ミシェルの提案にジョーカスも是非にと組み込んだ。
牡丹は、縁起が良い吉祥文様で、小さな蕾から大きな花を咲かせることで百花の王と呼ばれている。高貴さや富貴、幸福、豪華絢爛を象徴。
他にも日本で成人式なる成人になったお祝いをする時の衣装《振り袖》に使われる縁起の良い模様を組み合わせて図案されていた。
振袖は、フィリティが十歳の時に身にまとった袴に合わせた着物と同じ。袖が長く、着る者へ願いを柄にのせている。
両親がフィリティのために考えた図案を縫製士マルセル氏によって実現した。
『元日本人がいたらね、日本を満載したドレスに感極まる仕上がりになっているのよ』と、大きな声では言えないと前置きしてからミシェルは言う。
ジョーカスも何に納得しているのかわからないが強く共感し、頷いていた。
「正直、はじめに頂いた図案からここまでの精度で仕上げるのに大変苦労しました。ですが、私自身手掛けることで大きな成果がありました!新たな扉が開いたそんな感覚ですっ!王妃様に頂いたこの機会を遂行出来ましたこと!恐悦至極でございます!!」
何やら三人で熱い握手を交わし、縫製士マルセル氏が涙を流しながら感無量になってしまう。
「これからも貴方に期待しています。貴方さえよければ、王宮縫製士の称号を与え、国専属の縫製士になって欲しいわ。どうかしら?マルセル」
まさかの申し出にマルセル氏は、顎が外れてしまうのではないかと思うほどに口を開けている。数秒後には、涙を流しながら膝をつき、胸の前に片手を置き、忠誠の礼をとってしまった。
「このマルセル、王妃ミシェル様に忠誠を誓いその申し出、受けさせていただきたく存じます!」
ここに新たな王宮縫製士が誕生した。
「……」
目の前のやりとりに置いてけぼりのフィリティは、なにも言わずに事の成り行きを静かに、見守った。
(こういう時は、とにかく微笑んで待つことが大事よね)
そんなことを考えて待っていると、扉が控えめに叩かれた。
ミシェルの許可で入ってきたのは、兄のアルバートだった。
異様な空気を漂わせている部屋になんとも言えない表情で入室した。手前側三人を横目に移動し、奥に佇んでいるフィリティを認識すると足早に近寄った。
目の前まで来るとパァッと表情を明るく、数分前に見た人たちと同じ瞳を向けられる。
「フィーっ!!とても似合っているよ。このドレスはなんというか…神秘的で神々しさが溢れているね!」
「お兄様…ありがとうございます」
「こんな可憐なフィーを民衆の前に送り出すなんて…減るからやめよう!ねぇ父様」
アルバートも余所行きの言葉遣いと予想外の賞賛に腰が引ける。
(あれ?お、お兄様っ!?お兄様までな、何をおっしゃるのかしら?)
フィリティを溺愛しているアルバートの普段は、人好きのする微笑みを絶やさない人気の高い人。その反面、心情を悟りにくい。常に変わらぬ微笑みは、高位貴族間では恐怖する者も多い。アルバートの表情に深みがでたり、スンっと無表情になるときは、人生の終わりを意味する。
特に妹フィリティに対し、意図せずとも発言したことがアルバートの逆鱗に触れた場合、二度と社交界には出てこれないと実しやかにささやかれその真意は、不明。
これをマルセル氏は知っている。
貴族間で知る彼の噂とは異なる妹への態度に決して反応してはならない。
「アルバートもやはりそう思うのだな。さすが我が息子だ」
「アルバート、もっともっと褒めてあげて頂戴。それに、フィーちゃんを表に出さなければならない私たちの苦悩もわかって欲しいわ」
(皆…何を言っているのかしら?)
「何よりフィー。フィーが剣術の鍛錬も怠らずに頑張った証がこの身体の線であることに気づいているかい?フィーが頑張っていなければ、こんなに綺麗なドレスラインにはならないんだよ?まさにフィーのための唯一無二のドレスなんだ!」
終始デビュタントのドレス(微調整中)を身にまとったフィリティは、溺愛の賛美を真っ向から受け取りながら過ごすことになった。
気恥しくてどんな顔で賛美を受け取ったらいいのかわからない酷な時間。
終わりの合図と共にいろんな意味で解放された。ドレスを着替えるために隣部屋と繋がっている内扉から部屋を後にする。
完全に扉が閉まり部屋ではジョーカス、ミシェル、アルバートと空気になっている侍女と護衛の六名になった。
ここでジョーカスから人払いがされ、侍女と護衛二人が席を外す。
「バート、当日のエスコート頼むぞ」
「はい、父さん。任されました……でさ、父さん」
「なんだ?」
「本当に…当日あれを?するの?」
「そう前に話したであろう?なんだバート、彼の者では不服か?」
「……いえ…」
「アルバートは、寂しいのよね?フィーちゃんを取られちゃって」
「母さんっ!!それはっ!!……否定は…しない…けどっ!俺はフィーが心配なんだ…」
「大丈夫よ。結果は一緒なのだもの。なんの問題もないわ。それにこれがしたくて今まで黙ってきたんですもの。ふふっ。あの子にはもっと【愛】と向き合ってもらいましょう」
「……うん」
(ごめんね。アルバート、貴方がこんなにも妹想いのお兄ちゃんになってくれて、お母さんは嬉しいわ)
すでにこの時には、決まっていた婚約者発表の場。
フィリティだけが何も知らない。
ただ、一つ。
フィリティは、誰よりも愛されて育った…何物にも代え難い大切な人。
* * *
今朝、フィリティはミシェルに折り行って話をしたいことがあると相談された。ドレスの最終調整後なら少し時間が取れそうと侍女と日程を組み直した。
「お、お母様…」
「どうしたの?フィーちゃん。そんなに硬い顔をして」
「…あの、あのね、前にも話をしたのだけれど、アルと…その…」
「ああ、アルくんとの話?」
「そ…そうなんだけど……」
「正式にお付き合いすることになったの?」
「えっ………」
想いは通じ合えたが付き合ってほしいと言う話にはなっていない。
その話をするためには、自身の身分を証し、家族間で婚約するなどの手続きをしなければならない。
「………」
「フィーちゃん、アルくんが好きなのよね?」
こくんと頷く。
「なら、貴女はどうしたい?」
(どうしたい……それはもちろん…アルと…)
「それは、どんな身分になっても?」
「………」
フィリティは、頭の中でミシェルの言葉を復唱しながら少し考え込んだ。
「…私は…どんな人生を歩むとしても隣にアルがいてくれたら乗り越えられる…と思う」
(彼のいない人生の方が耐えられない…そう想うわ)
「そう…なら…」
―――つべこべ言わないで相手を信じなさい。
*
「そんな事言われても…気にするし、話が進まない…じゃない…」
この数日、お母様の言葉を思い出しながら咀嚼できずにいた。
もうアルと最後にあった日から一年が過ぎていた。
会っていないからなのか、お互いが触れないようにしているからなのか、想いあっているはずなのに話が進んではいない。
私にとっては、婚約とか結婚とかどうでもいいと思っていた。ゆっくりでなんて口にしてたのに今は真逆。
アルは、学園で人気なのではないだろうか。
整った顔立ちにスラリとした容姿、何気に筋力もあって、性格も温厚で気の利くタイプとくれば有力株であることは確か。
さらに婚約者がいないともなれば…。
『相手の爵位なんて気にしないで信じなさい』
なんだか恋愛小説に出てくる台詞みたい。
私は…王女だけれど、公務もまだないただの居候みたいだなって思う。
「王女なんて…名ばかりね…」
「ビィービィービィービィービィー」
「励ましてくれるの?」
「ビィービィービィー」
「……そうだわ。王立学園で私がやりたいことやらなければならないことを探しましょう」
「ツピィーツツピィーツツピィー」
「ルー。ありがとう。名ばかりの王女だけれど、やっぱり役に立ちたいものね」
『フィーは自信を持つところからはじめりゃいい。その自信のなさが伝わるんかもしれん』
いつの日かキィじぃに言われた言葉が頭に降ってきた。
「そう…なのね…。あのときの言葉は、このことだったの。キィじぃ…」
《皆》と言ったのは、あのときの悩みに対してではなかったのだ。
アルとの関係も不安だけれど、私自身の価値を見出すことでアルに相応しい人になろうと、自信に繋がるものを考える。
フィリティは気づいていない。
貴女が息を吸うように告げた言葉が相手の心の枷を外し希望の光を与えたことを。
『フィーはそのままで、そのままが一番綺麗なのだ』
彼女に届かない鳴き声だけが部屋に溶ける。
【16 バトン】でキィじぃが話した言葉が出ています。




