33 ほうこくかい
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「それで?フィーリ様はどうお返事なさったのですか?」
テーブルから身を乗り出して、前のめり気味に聞くアナスターシャ。
彼女がこういった態度で話を聞くことは滅多にない。長年の二人のやり取りを見守っていた者として興奮せずにはいられなかった。
ここは、パッシュリー侯爵邸の庭園。
あれから半年が過ぎ、薔薇やツツジが咲き乱れる季節。
アルールと想いが通じ合ってから、少し時間を置いて、お茶会メンバーに軽く進展があったことだけを手紙に書いて伝えた。
早馬で届けられたヴァランティーヌの手紙には、いつもの達筆な字で返事があった。たった一文。
《早急に要報告すべし!》
デビュタントの準備が始まって、公爵家への出入りの業者が増えた。手紙の思いに反して、機会を得られることはないまま、本日アナスターシャとお茶会をすることになった。
日時を伝えると同席できないかと翻弄したらしい。
この場にヴァランティーヌの姿がないということは…そういうことだろう。
ナタレンシアは、早く詳しい話が聞きたいと、便箋8枚にも及ぶ思いの詰まった手紙が届けられた。
アナスターシャの弟君フォルクとの縁を結ぶべく、頻繁に二人で連絡を取り合っている。今日をいい機会に二人の仲を深められたらと試行錯誤したらしい。残念ながら、家族の誕生パーティと重なり実現できなかった。
そういう理由でアナスターシャと一対一でのお茶会が開催された。
「アナが私に力をくれたの。『フィーリ様ならできる』と……―…―…です…と…」
頬を赤く染め、うるうると羞恥で瞳を潤ませるフィリティは、どんどん声が小さくすぼんでいく。
(あぁ!こんなフィーリ様可愛すぎますわ!…ある意味、アルール様がお気の毒ですわね)
「フィーリ様…肝心なところが聞こえませんでしたわ。もう一度」
(ここが重要ですのよ!この瞬間のためのこの時間ですのよ!!)
フィリティの魅力にわあーきゃーと心内でお祭り騒ぎのアナスターシャ。ここは抑えて、冷静な風を装いフィリティへはっきり言うように視線で刺す。
「…ぅぅ………す…き…です…っと言えましたの…」
擦れたささやくような声だった。一番聞きたかった言葉が今度はちゃんとアナスターシャに届いたらしい。
「〜〜っ!!フィーリ様!やりましたわね!!とうとう!!とうとうっ!!両想いっ」
アナスターシャは、フィリティの席まで歩み寄り、床に膝をつけて、丁寧にけれど、勢いよく手を取る。
「っ!!あっあの?アナ?」
フィリティは、アナスターシャの気迫に仰け反り、息を飲む。
「わたくし…フィーリ様には絶対に幸せになっていただきたいのです!」
(あの日…あの幼い日にわたくしはあなたに恋をしたのですよ。フィーリ様)
アナスターシャは、婚約者である隣国ジョルテクス王国の公爵家の長男セリフォス・フロンジャートに嫁ぐことが決まっている。
政略結婚であり、両家良縁のもと結ばれた。
男性と婚約・結婚してもこの恋心はおそらく消えることはない。誰にも打ち明けることなく、一生の秘め事として、墓場まで持っていくと決めている。
憧れとは、明らかに違うこの想いをいつも自身の部屋に置いてくることでフィリティとの友情と付き合っているのだ。
目の前の彼女は、アナスターシャには引き出すことが出来ない表情を彼によって、拝めている。
(アル様には、感謝ですわね…けれど、やっぱり悔しいですわね。こんなっ可愛いフィーリ様!ああ、わたくし独占したいですわっ)
「是非とも、アル様には一度お会いしたいものですわね。ジョルテクス王国のご出身ですし、私が嫁いだ後、公爵家にお招きしたくてよ」
瞳の奥になにやら言いしれぬ想いを燃えたぎらせている空気を読み取った。
「ア…アナ?」
なぜか背筋がゾクッとする。
アナスターシャの瞳をフィリティは逸らすことができない。
「ごめんなさい。恋敵として、より興味が増しまして」
うふふと微笑む。
フィリティは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
* * *
私は、十四歳になった。
アルとは、なかなか会えない。
今までより短い間で手紙のやり取りをしている。お互いに送り合う交流しか出来ない分、余すところなく想いをしたため、着実に仲を深めている。
想いと言っても、すすすすすきっとか恋心に直結する言葉はペンを走らせる気にはなれない。
今日もアルからの手紙が届いて、目を通した後、大切にレターボックスにしまって鍵をかける。
「ツィツィ、ツィツィ!」
私の肩に乗り、ご飯のおねだりをしているのは、ヤマガラのルー。生活のほとんどを一緒に過ごすことになり、王宮の私室にルー用のスペースと止まり木を用意した。
ルーは賢くて、びっくりするぐらい粗相をしない。決まったところでしてくれるので、室内にいても不快な気分になったことがなかった。たまに窓を開けると外に出て飛んでいる。ちゃんと帰ってくるところが安心して送り出せるの。
こちらの話に返事代わりの鳴きがあるからついつい言葉をかけてしまう。
私にとってもう家族よ。
今季の隠れ家期間も終わりの日が来たとき。
ルーも一緒に王都の家で暮らすことをアルに伝えたら、ムッとして『こいつっ』とかなんとか言っていた。ヤマガラ相手になにムキになっているのかしら?ってお母様はおっしゃっていたけれど、ムキになるって?どういう意味だったのかしら?
あんなにルーのことを気に入っていたから別れるのが惜しいのよね。
「はいはい。ふふっ。ルー、そんなにあせらないで」
私は、止まり木の窪みにエゴノキの実をおいた。くちばしで器用に食べる光景は、いつまでも見続けられる癒しの時間になっている。
* * *
あっという間に私の誕生日。
アルから手紙とプレゼントが私のもとに届いた。
手紙には、直接のお祝いが出来ない謝罪と愛おしさがあふれる言葉が書き記されていた。
プレゼントは、水色を基調とした雪の結晶がモチーフの髪留めが化粧箱に入っていた。
私の瞳の色を意識してくれたのだと思う。
結晶の端々には、エメラルドが細やかに散りばめられている。まるでエメラルドが水色を包み込むようなデザインだった。
(……アルの瞳の色)
「ルー、素敵な贈り物を頂いたわ。私に似合うかしら?」
「ツピィー!!」
「ありがとう。ふふっ」
私は…エメラルドを優しく撫でた。
* * *
定期的に届くアルの手紙に目を通す。
近況は、ジョルテクス王国王立学園に入学し、日々勉学に勤しんでいるらしい。
友人の名も登場するようになり、その中にアナスターシャの婚約者フロンジャート公爵令息があった。
(もしかしたら、アナにも婚約者から話を聞いているかもしれないわね)
アルには、私の親友の婚約者であることを返信に書いた。
(公爵令息と同じクラスって言うのは、アルは成績が優秀なのかしら?あ、でもエメラルドが入った髪留めを贈ってくれた人でもあるからやっぱり貴族?なの?)
各国の王立学園は、基本的に成績重視であると聞く。
ただ高位貴族は、中級クラス以上になる学園が多く、理由は、トラブルを避けるためらしい。
(これだけでは、まだまだアルの生家のこと、私ちっともわかっていないわ。次に会ったときに聞かなきゃ…聞く?)
アルとは、長い付き合いなのに何も知らないことを自覚して、急に不安を覚えた。
未だにお互いの家のことは話題にしていない。怖くて聞けない。それが一番の理由。
一歩を踏み出せない障害。
(お母様も特に気にした様子はない…わよね?お母様に一度きいてみる?とか…いや…とても…怖いわ。でも、アル本人に聞くよりは…マシなはず…よね?)
「ニーニーニー?」
「ルー、私、不安になっちゃった…あっ」
気づいてしまった。というかどうして今まできづかなかったのかしら。
アルの生家の話を聞くということは、自身の話もしなければならないという事に。
「ど、ど、どうしたらいいの…」
「ビィービィービィー」
「そ、そうね…まずはお母様だわ」
――お母様に時間を取ってもらって…
今後のことを考えながら、アルの手紙をもう一度読み返す。
アルのこと、私のこと、不安はたくさんあるけれど、手紙の内容は王立学園のアルだ。
王立学園はどんなところなのだろうか。
苦悩の数々が手紙に綴られているけれど、毎日充実している雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。
私も来年から母国の王立学園へ入学する。
(アルと学園生活を共にしたかったなぁ)
淡い夢を持つ程度には、王立学園の生活を夢見ている。
王立学園入学まであと半年…。
その前にデビュタントがある。
王立学園への不安よりも先立つものは、デビュタントへの不安だ。
(ちゃんと勤めなくては)
私は、気を引き締めて王妃教育に取り組もうと意識を改めた。




