32 つかまえた
キス をした
生まれて初めて
キス をした
ゆっくりと唇が離れる
息がかかる距離
お互いに潤んだ瞳を見つめて
もう一度 キスをする。
* * *
あの子達が家を出てから三十分ぐらい過ぎた頃だろうか。庭の奥から手を繋いで歩いてくる。
「イネス!帰ってきたわ。手を繋いでるわ」
ミシェルが二人の姿を確認して興奮気味にイネスを手招きしている。
「そろそろ暗くなるから心配してたのよね。ああ、よかったわ。でもミシェル、手を繋ぐなんていつものことよ?」
「私の勘なんだけど、なんか距離が近いと思うのよ!うふふ」
「本当に!?上手くいったのかしら!」
イネスは、片付けをしていた手を止めて、早足で窓際に近寄る。
「あら!本当ね!!これはやったわねアル!」
「昨日ね、私フィーちゃんにちょっとせっついちゃったのよ。だから今日は行けるんじゃないかって思ってたの」
「アルもね。庭の奥にちょっと作りたいものがあるから来ないでって。何を作ったのか教えてくれないのよ。だからね、親としては確認しとかなきゃでしょう?夜に見に行ったわよ」
「何ができていたの?」
「雪の家よ!ちゃんと魔法付与で室内は暖かくて。不思議なのが雪の椅子もテーブルも私達が普段使うものと同じなのよ。あの子、本当に魔法に才があるわ」
「雪の家!!まぁロマンチックじゃない!ってもうそこまで来てるわ。戻りましょ」
「ふふ。この後が楽しみね」
イネスは台所へ戻り、ミシェルはソファに座り、紅茶を一口飲んで高揚した気持ちを落ち着かせる。
ガタンっと、玄関が開く音がした。
いつもなら雑な開け方で家中に響かせる物音が今日はずいぶん大人しい。
アルールがフィリティをエスコートするように扉ひとつの扱いすら丁寧になる。
その変化にミシェルもイネスも顔を見合わせてクスッと笑った。
* * *
「………」
二度目のキスは、ファーストキスより少し長かった。
息をするのを忘れていて、気づいたらタイミングがわからなくて、唇が離れた瞬間に息を吸った。
そんな私をアルは、とろけたような微笑みでクスッと笑っていた。
釣られて私もクスクスっと笑う。
そして、また抱きしめられた。
「…やっと……つかまえた」
耳元でささやくように言われて、私は全身がゾワッとした。血がめぐる感覚して足の力が入らなくなる。
「おっとっ!」
アルが抱き留めてくれて、雪の椅子に座らせてくれる。アルは膝をついて目線を私に合わせる。
「ごめんっ…嬉しくて」
こんなに嬉しそうな恥じらうアルを初めて見た。
「…ぅぅん。いいの……わたしも……嬉しかったから…」
頬に熱が集まってくるのがわかって、ぷいっとアルとは反対側に顔を背けた。
「……フィーリ…可愛すぎ…」
はぁあ
小さく息をつく。
アルのため息までも今の私には過敏に耳に届く。
(もっとアルと一緒にいたい)
想いが通じ合って、さっきの緊張も解けて、より二人の距離が近くなる。
「……フィーリ。もう少し一緒にいたいけど…そろそろ陽が沈むから…その…帰らないと」
外を見るとオレンジ色が深くなり青みががかった空が夜の訪れを知らせている。
「……そう…ね…」
私の気持ちが伝わったのかアルがまた抱きしめてくれた。手を取り、甲にキスを落としてくれる。
その仕草がまさに【いちご姫を剣士の大冒険】に出てくる剣士様の誓いのキスに似ていて、あの物語が恋物語だったのかと今更に思う。
優雅な動きに見惚れていたら、アルと瞳が合ってしまった。
(私は今、どんな顔をしているの)
冷静になろうと思えば思うほど頭が回らない。
「……帰ろうフィーリ。ありがとう…クッキー大切に食べるね」
アルはそう言って、立ち上がり私の手を取って一緒に雪の家を出た。
家を出る直前に椅子に置いてあったブランケットを肩から掛けてくれた。
「もうだいぶ冷えるから…」
優しくかけてくれたアルも少し寂しそう。
肩と肩が触れ合いながら、ザクザク…雪の上を歩く。音が薄闇が迫る世界に響く。ブランケットの厚みすらもなんだかもどかしい。
踏み出す足の場所を見ながら私は歩いていた。
言葉はないけれど、それがなんだか私には心地よくって全然寒くない。
身体が火照っているからだって気づいたら、もっと熱を放つ。
アルが何かを感じとって繋いでいる手にぎゅっと力が込められる。
視線を感じて顔を上げたら、いつの間にか見つめられていた。
(ずっと見られてた?)
度重なる今までにない行動に春風が私を駆け巡り、頬を赤めさせる。気を緩ませたらニヤけてしまうと唇を引き結んだ。
アルは、ずっとにこにこしている。
いつになったら…この心臓の鼓動は大人しくなるんだろう。
切実に早く収まってほしいと願いながら、母たちの待つ家までゆっくりと歩いた。
* * *
今、女性三人台所で片付けをしている。
母上たちに何か聞かれているのかいないのか分からないがたまに後ろ姿のフィーリの耳が赤く染まる。
リビングのソファに座りながら、テーブルでエゴノキの実を器用に皮を剥いて、身だけを食べるヤマガラのルーを眺める。たまに視線を向けると水色の瞳が合う気がして期待を混ぜる。
やっと想いが通じ合い、一時も離れたくない気持ちを抑え、愛しいフィーリを眺める。
「…で?なんでフィーリに近づいたんだ?……ルー」
「………」
ルーは、ご飯に夢中のようでアルールに見向きもしない。
「…ルー、お前の声は僕にはちゃんと聞こえてる」
そこで初めてルーが顔をアルールに向ける。
アルールがフィーリを見つめていた視線を静かにルーに向け、瞳が交わる。
周りには《ツピィーツツピィー》とただ鳴いていているようにしか聞こえない。
「…なら、フィーリを頼むぞ。しばらく僕はここには来れないから」
ツツピィーツツピィー
またもとルーは鳴いた。
そのタイミングでフィリティがアルールのもとに近寄ってくる。頬は赤く少しだけ困った顔で。
「……ルーはご飯足りるかな?」
ツツツーツツ、ツツツーツツ
「あっおかわり欲しいときの声だわ。…アルちょっとまっててね…」
恥じらいながら、また台所へ行ってしまった。
「………おい、ルー」
ツツピィーツツ、ツツピィー
「っ!!」
最後の鳴声を聞いて目を見開いたアルールだったが"こいつっ”とルーの頭をコテッと人差し指で押した。
『まだフィーはやらん』




