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30 クッキーの味

 

 翌日、ツピィーツピィーとルーの鳴き声でフィリティは目を覚ます。カーテンの隙間から差し込む光がやけに明るく感じた。


アルールの誕生日当日。

フィリティとミシェルは、出掛ける支度を済ませて、朝食もほどほどにアルールの家にお邪魔していた。


食卓には、パーティーだと一目でわかる料理の数々が並んでいる。イネスも朝から張り切って準備をしていた。

アルールの大好きなグラタンを手土産に持ってきたミシェルは、玄関先で早々にイネスへと手渡した。温めて直してもらい先程、食卓の真ん中に置かれた。


「改めて!お誕生日おめでとうアルくん」


「ありがとうございます。おばさん。グラタンとてもうれしいです!」


「アル…お誕生日、おめでとう」


「ありがとうフィーリ」


「あ…あの…あのね…」


視線を泳がせながらフィリティが今、プレゼントを渡そうか悩んでいた。

始まったばかりの誕生会にプレゼントといってもお土産みたいなクッキーを出していいのか悩んでいる。


「ん?」


こんなにも躊躇したフィリティを見たことがなかったアルールは、その姿に可愛い可愛いと心の中で連呼していた。何を言おうとしているのかに気づいているようで気づいていない。


「プレゼン…——」


「あーー!!あれね!あれは…後ででもいい?」


「あ…う、うん」


(今じゃないのね…)


二人のやり取りをそれとなく見守っていたミシェルとイネスは、顔を見合わせてクスクスと隠れて笑った。


(もじもじしてたのは、作ってきたものをいつ出すかってことだったのか…)


アルールは、手づくりの何かに心躍らせている。なんせ初めてなのだ。ここには双子の弟たちも含め、家族がいる。自身のために作ってくれた初めての手作り品を誰にも渡しはしないとメラメラと欲望を燃やし、後でと言った。


アルールの内心を察することなんて皆無だったフィリティは、さらに緊張が増す事態となった。


* 


イネスとミシェルの手料理を堪能し、弟から陶器の素材で出来た掛け時計が贈られた。イネスからは靴、ミシェルからは四角い包みだった。


「あちらの王城()に帰ったら開けて頂戴」


微笑んで差し出すミシェルには悪戯と言った色はない。素直に受け取り他の物と一緒に部屋に置きに行った。


「あっ、私のは「フィーリ」っ!!」


「後で、ね」


階段の上からニッコリ微笑むアルールにフィリティは戸惑っていた。イネスがフィリティの肩を抱いて大丈夫だとさとす。


「アルも見せたいものがあるみたいだから付き合ってあげてくれる?」


「…はい」


「「えー僕たちも行きたーい」」


背後から聞こえた息子二人にイネスがひと睨みで黙らせる。フィリティは二階の奥に消えてしまったアルールを追っていたためにイネスの表情には気づかなかった。



誕生会も終盤。

アル―ルは、フィリティを連れて家の裏庭に誘った。

「ごめん。寒くない?」


「…大丈夫」


ほんの数分前にアルールが座っていたフィリティの肩に手を置き、屈んで耳元で囁く。


『誕生日のリクエストをもって、ついて来てほしいところがあるんだ』


二人の母親にはすでに許可をもらっていたようで止められることはなかった。


手を引かれて、席を立つ。

フィリティは恋する乙女になっていた。





「ここに…入ってくれる?」


「これはっ!?」


家の裏庭には、雪の家ができていた。

中に入ると外の寒さが嘘のように暖かく、キャンドルがいくつかあり、優しい灯が揺らめいていた。

昼間に見た白い雪がキラキラと宝石でできていると錯覚するほどきらめいていて、幻想的な空間だった。いつかの日のドでかいキャンドルが鎮座していたかまくらとは大違い。



「きれい……それに あったかぁぃ…」


「…びっくりした?」


フィリティがゆっくりと家の中を見回す。アルールは眺めながらニコッと微笑みを浮かべる。十三歳になったばかりなのにどこか大人っぽい。


「昨日…作ったんだ。魔法で」


「魔法で?」


「そう。習い始めたんだけど、思ったよりも習得が早くてね。フィーリを驚かせたかったんだ」


大人っぽいと思っていたら急に少年に戻り、照れたようにこめかみ辺りを右手でかく。

部屋の中には、外を眺めらるように設置された机と椅子があった。魔法で寒さを感じないように作られている。乙女心がわからないと誰かさんに言われたアルールは、椅子にブランケットが用意した。


「…驚いたわ。とても…」


「大成功…だね」


「っ!!」


こてんっとしつつも、柔らかな声色と優しい眼差しでフィリティに答える。

幻想的な空間も相まって、アルールに見惚れ、心を奪われた。


二人の間に沈黙が続く。

その沈黙が嫌じゃない。心地がいい。フィリティはそう思った。


「っあ!これ…」


そこで思い出して、手に持っていた袋からエメラルドに似た緑色のリボンで結んである包みを取り出した。


「あ…あのね…あの…ね…」


なかなか言葉が見つからず、戸惑った時の口癖が漏れる。

視線を下げて、どうしていいのかわからないフィリティは目をつぶった。

そんな彼女を目を細めて、愛おしく見つめ、アルールは待つ。


「……お誕生日…おめでとう…」


包みをアルールに差し出して、そういう言葉を発するのがやっと。

アルールは、差し出された包みをみて、ふにゃりと相好を崩す。


「リクエストしたもの?」


「……クッキーなの…。何かって話だったけど、そんな大したものは作れる自信が…なかった…し…不安だったから…」


包みを受け取り、リボンを解く。シュルシュルと滑る音が耳を刺激する。


「……僕の色だね。作ってくれて…ありがとう」


リボンを大事に胸のポケットにしまい、包みの中に視線を預けた。


彼女の髪色のクッキーで埋め尽くされていて、破顔する。

数あるクッキーの中から見つけたハート型を一枚とる。キメ細い表面が気持ちがいい。


「食べていい?」


下を向いてぎゅーっと瞳をつぶったまま、フィリティはこくんっと頷く。

心臓の鼓動が早鐘を打ち、アルールに聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、身体の動きを奪う。


サクッと音がした。

咀嚼音がやけに大きく聞こえる。


「ん、おいしい」


ぱっと顔を上げ、不安と緊張でうるむ瞳が緑色の瞳に映る。


「ほんっーー」 


ぐいっとフィリティの身体が勢いよく抱きしめられた。ほんとうに?と、声にする前に。


「っ!!!…アッルッ!?」


アルールの腕の力が

抱きしめる力が


強くなる。


「ア…ル…?」


肩に乗るアルールの額。

呼吸が近い。


「……すき…だ…」


(えっ!?)


アルールの擦れたような声。

フィリティは目を見開いて、驚愕する。

反射的に身体が離れようとすると、抱き寄せるようにアルールの腕の力が強くなる。

フィリティの心臓の鼓動が彼のそれと重なる。


(…アルも…どきどき…してる………)


「………すきなんだ。フィーリ…」


ささやくような声は、震えていた。


「………」


『思い切ることを意識してくださいね』

『フィーリ様はできます』


脳裏に響くアナスターシャの声。


(あの言葉は…ここだったのね)


フィリティは、アルールの背中に手を回す。

ビクッと身体が小さく反応し、腕の力が少し緩む。


「……アル。私も…私も……すきっ」


思っていたよりも声が出ていなかった。

言葉の代わりにぎゅーッとより引き寄せられる。


(もう一度、今度はしっかり声を届けたいっ)


口を開こうとしたら、身体が離れた。


顔を上げ、アルールを見る。

彼は…眉を下げ、瞳は潤み、破顔していた。


「っ!!」


ハッと息が詰まるほどの整った顔にその表情。声をを忘れる。


「…もういっかい……いって?」


なけなしの唾液を集めて喉を潤わせ、今度こそしっかり声に乗せた。


「アルールがすきっ!すっーー」


フィリティは、もう一回すきですと言葉にしようとした。願いはそこで途切れる。


なぜなら…唇をふさがれてしまったから。


フィリティのファーストキス。


ファーストキスは

クッキーの甘い味がした。




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