29 明日のじゅんび
今まで見たことないバトンの行動に一様が驚いていた。
フィリティは、腕の中から抱きしめた人物を見て驚き、なぜ止められたのかわかないと瞳が訴える。
アルールは、なぜ抱きしめる必要があるのか!と嫉妬がうごめいた。
ミシェルが完治させたとはいえ、あの勢いで抱き着こうとしたフィリティに驚愕したゼンがアングリと口を開けている。
ミシェルとキースは、その三人を見てクスクス笑いあう。
すっぽり収まったフィリティの感触にバトンは感動しながら、アルールに向かってニヤリっと笑った。
「バ、バトン?なんで?キィじぃのところに行きたかったのに」
上目遣いでブー―っと子供のように頬を膨らませているフィリティに向かって、にやけそうになるのを抑えて言う。
「フィー、あの勢いで行ったらじいさんでもさすがに受け止められねぇって。それに…ここで驚かせて怪我を悪化させる気か?」
「っ!そんなに勢いよかった!?」
ミシェルとゼン、そしてキースもうなずいている。
「ごめんなさいっ!キィじぃに会えたものだから……今度はゆっくり行くから…バトン、離して?」
バトンがフィリティの耳元に口元を持っていき、彼女にだけ聞こえる音量で囁いた。
「お転婆のフィーが可愛いから離したくないな」
「っ!!!」
普段、可愛いなんて言わない人の破壊力が抜群で、フィリティは照れてしまった。可愛い以外に聞き捨てならない言葉があったことに口をとがらせる。
「お転婆ってなによ」
「そのまんまだけど?」
「ほぉら!そこの二人!イチャついてないでキースのために場所をあけて頂戴」
キースが椅子に座り、抱き込まれたままのフィリティに向けて手を広げてくれた。
「フィー待たせたなぁ。おいで」
バトンが腕の力を緩めて腕の中から解放する。キースへ歩み寄り、広げた腕に抱き着いた。
「心配かけたなぁ。ごめんよ」
キィじぃがフィリティの頭をなでる。
(お母様もバトンもキィじぃのこと酷いっていうから…)
「思ったよりも元気そうでよかった。春にはまた一緒に野菜のたねを撒こうね。約束よ」
「あぁ、約束ぞ」
「あ!私、スープ作ったの。今持ってくるから食べれる?」
「うれしいのぅ。腹すいとってな。フィー、バトンと一緒に持ってきておくれ」
「わかった!バトン手伝って!」
「フィーが持っていったら落としそうだもんな」
「もう!またそういうこと言うんだから」
バシッバシッ
バトンの胸板あたりをこぶしで叩く。鍛冶師見習いとして毎日鍛えてきたバトンにはマッサージにもならない。
二人の姿が部屋から消えたあとキースはアルールを見つめ、手招きをした。
なぜ僕?と不思議そうな顔をしながら側に行く。
「わしのために来てくれてありがとう。そなたにも心配をかけてしもうたようだ」
苦笑するように笑うキース。
「あやつを悪く思わんでくれ。友がフィーしかおらんのだ。そなたとも友になりとうてたまらん様子だ。老いぼれの頼み、聞き届けてくれんかの」
そしてアルールにだけ聞えるように耳打ちする。
「ーーアルドルト殿下」
その言葉を聞いて、瞳を大きく見開きヒュッと息を呑んだ。
キースから発せられた自身の真の名に息を呑んだ。キースを見ると肩をすくめる仕草をしている。
(あぁ、ここには僕を知っている人がいる。ということは、この人はアンジュール国の中枢に入れる人…ということかな)
一連の流れからアルドルトは察する。ここで打ち明けるということは彼にも何かあると。
「おいっじいさんっ!今オレの悪口いったっろ!?」
扉を開けて、バトンがフィリティお手製のスープを人数分カップに注いで運んできた。
「なんのことかな?お前さんのことを言ったとは限らんだろうに」
「いや!オレしかいねぇ。じいさんがそういう言い方する奴は、オレしかいねぇ」
詰め寄りたいのにスープをこぼすわけに行かず、苦々しい顔をするバトンに向かって、がっはっはとキースは笑う。
温かいうちにとフィリティのスープを配ってみんなで頂く。
根菜がたっぷり入ったスープは、優しい味がした。
不思議と身体の疲れが取れていくようなそんなスープだった。
「これは約束とは別だからねっ」
恥ずかしそうにアルールに小声でフィリティが伝える。
モジモジと気遣う姿が可愛くて、その前にあったバトンへの嫉妬心が少しだけアルールは和らいだ。
この日、アルールにはちょっと…いや、かなり厄介な性格の友人が一人増えた。
* * *
いよいよ明日は、アルの誕生日。
アルは今日、別の用事で我が家には来れないんだって。来客を気にしなくていい。私は、気合を入れて台所に立った。
「よし!!作るぞ」
「がんばってね~」
ニーニーニーッ
お母さんもルーも見守ってくれている!
今日は明日のためにクッキーを最初から最後までひとりで作る。
材料を計量して、混ぜて、捏ねて、伸ばして…お母さんが使っている型抜きで生地を型取る!
型抜きには、丸形・三角・星型…ぬいぐるみみたいな形も入っていた。
ハート型も入っていて、使うかどうかに悩む。
(あっても…いいわよね?)
いろいろな形の中に三つだけハート型で抜いてみた。
失敗するかもしれないし、三つでいいわよね。
こんなに形にこだわったり執着したりしたことがなかったのに…こんなに気を使うものなのね…。
恋 が何もかもを意識させると知った。
『どんなときにも引いてはだめです。思い切ることを意識してくださいね』
アナスターシャが教えてくれた。
あのお茶会の日に。
恋が巻き起こす今までにない変化に動揺したり、躊躇したりするときは…思い切る。
『フィリティ様はできます』
アナ、私…思い切るわ!
練習したかいもあり、1時間で出来上がってしまった。私の髪色みたいな小麦色で焼き加減も悪くない。むしろ失敗作が1個もない。
「それはそうよ!お母さんの直伝なんですから!」
ツィツィツィー、ツィツィ
なぜかお母様がどや顔で胸を張っている。ルーもどことなくお母様の真似をしているみたい。ふふっ。
「お母さん!ありがとうございました。上手にできてよかったぁあ!ルーも応援ありがとう」
ニーニーニー
「本当によかったわね。ちゃんと味見した?」
「あ!してなかったわ。お母さん…代わりにしてくれない?今の私は、自分を信じられなくて…」
「いいわよ。うふふ。ドキドキなのね」
お母さんにひとつ手渡して、食べてもらった。サクッといい音がして期待が上がる。
「ど…どうかな?…」
さすが王妃、一枚のクッキーを食べるにしても手つきが綺麗!
「…サックサクしていて、とってもおいしいわ」
「よかった…」
「これでアルくんもフィーちゃんにメロメロね!」
「っ!!お、お母さんっ!?」
ツツピィーツツピィー
「ふふっ。フィーちゃんはアルくんが好きなんじゃないの?」
「えっ!」
一気に顔に熱が集まり真っ赤になってしまった。
お母さんは、ふふっ、知ってたわよと笑う。
「もうバレバレだから。可愛いフィーちゃん、耳まで真っ赤よ」
ミシェルは、手を伸ばしてフィリティの髪を耳にかけながらにっこりと微笑んでいる。
「…ゎ…わかってしまう?かな…ァ…アルにも……」
恋する瞳をフルフルと振るわせて、自身の気持ちが溢れていたのではないかと不安になる。
お母さんの言葉を待つ数秒がとても…とても長い。
「ん~うまく隠せていると思うけど…あの子察しがいいからねぇ」
ガーーンッ
今、そんな音が聞こえてくるような衝撃を私は感じた。
(あらあら。初めて見たわ。ガーンってガーンってしてる。うふふふっ)
「きっと大丈夫よ。フィーちゃんの気持ちがもし伝わっていたら、何かしらアクションしてくれると思うわよ。少なくともフィーちゃんを尋ねてきてくれるのだから、嫌っていることはないわよ」
「そう…かな…」
手をぎゅっと握りしめていたら、お母さんが手を重ねてきた。私より長い指には結婚指輪が光っていた。
「クッキー、楽しみにしてくれているんでしょう?」
ぎこちなく、こくんと頷く。だって、楽しみにしてるかまで見てられないんだもの。
「不安だったら、その時に聞いてしまえば? 私をどう思っているのか」
「ッ!!!」
ガバっと顔を上げ、驚愕に目を見開いて、ハッと息を止める。
「別に女の子からアプローチしたっていいんだから!ほらほら!クッキー詰めないと。もう冷めたと思うわ。どれを詰める?やっぱりハートは欠かせないわよね!」
ウィンクして、私の体をクルリッと簡単に反転させる。
(………私から?聞く?聞い…ちゃうの…?…)
袋に詰める手に戸惑いを纏っていて彷徨わせてしまう。背後ではお母さんの視線を感じるけれど、頭の中は明日のことでいっぱいだ。
「…ちょっと背中押しすぎちゃったかしら?うふふ。ルーくんもそう思うでしょ?」
ツィツィ、ツィツィ!
台所から移動してソファに座ったミシェルは、フィリティの背中を眺めながらつぶやいた。




