錬金術師と髪飾り
今から約五年前のお話。
当時十歳だった私は、先生の元で家事などをこなしながら錬金術の基礎となるエーテル操作の練習をしていた。
そんなある日のこと、小さな木箱を小脇に抱えて帰って来た先生が、夕食の後にテーブルの上へそれを差し出してきた。
「先生、なんですか、これ?」
「レティも今年で十歳でしょう? 今度の秋の収穫祭で準成人の儀に出るので、その準備をしなければなりません」
「はい。なのでこの前、ドレスを仕立てて貰いましたね」
「ええ。似合っていましたから、できあがりが楽しみです」
突然褒められてちょっぴり頬が赤くなるが、いや、そうではなく、と頭を振って切り替える。
「それでは、この箱はドレス……? にしては小さいですよね」
小柄な私でも抱えられそうな木箱にドレスが入っているとは思えない。
そもそも今、先生が「できあがりが楽しみ」と言っていたので、まだできてはいないのだろう。
先生はいつもの柔らかな笑みを浮かべながら、木箱へ手のひらを向けた。
「ひとまず開けてみて下さい」
「……は、はい」
促されるままに木箱の蓋を両手で持ちそっと開ける。
現れたのは、白色を基調としたお花の髪飾りだった。
「これ、もしかして準成人の儀の……?」
「ええ。ドレスだけでは味気ないかと思いまして、こっそり頼んでおいたのです。気に入って貰えると嬉しいのですが」
「――とっても気に入りました!」
思わず食い気味にそう言うと、先生は少し驚いた表情を見せた後、ふっと目を細めた。
「それなら良かったです。試しに付けてみましょう、じっとしていて下さい」
「あ、はい」
先生が木箱の中の髪飾りを手に取り、立ち上がると私の後ろへ回る。
そのまま優しい手つきで髪を軽くまとめて、髪飾りを付けてくれる。
「できましたよ。ふむ、やはりレティの髪には白色の花が似合っていますね」
「わあっ!」
近くにある姿見の前へ移動して見てみると、見慣れた赤色のセミロングに白い花の髪飾りが留まっている。
私は先生へ向き直り満面の笑みを浮かべると、精一杯の感謝を伝えるように頭を下げた。
「ありがとうございます、先生!」
◇◇
「後は準成人の儀の当日に、仕立てて貰ったドレスと髪飾りを付けて出たんだよね」
髪飾りの製作を作り始めてから三日目。
昨日はアリエルちゃんがお店に来られなかったため、髪留めのピン用に金具を加工して終了。
そして今日、金具に開けた穴にリボンを縫い付けながら、私は準成人の儀で使った髪飾りの話をしていた。
「へえー。オレールも気の利いたことするじゃん」
「あ、あはは……。でも、私にとってはいつも気の利いた、優しい先生だったよ」
ロザリーが先生と知り合ったきっかけを聞いたことのある私は思わず苦笑してしまう。
「それで、その髪飾りをアレンジして作っているのが、これってこと?」
「うん。昔は今よりもう少し髪も長くて、ちょうど今のアリエルちゃんくらいかな」
別のテーブルで熱心に作業をしているアリエルちゃんに目を向けると、ロザリーも追うように視線をそちらに向ける。
名前を呼ばれたからか、アリエルちゃんが顔を上げてコテンと首を傾げるが、何でもないよと首を振れば再び手元に視線を落とした。
小さな花が十分に集まった今、アリエルちゃんには髪飾りのメインでもある中央の大きな花を編んで貰っている。
「だから似合うかなって思ったんだ。『アリエル』の花もイメージしやすいしね」
リボンを縫い付け終わったら、今度はアリエルちゃんが作ってくれた小さな花たちをピンで仮止めしつつ配置を整える。
ここを失敗すると全てが台無しになってしまうため、アリエルちゃん呼んで髪に当ててみながら、慎重に何度も調整。
それが済んだら順番に縫い込んでいく。
「というか、レティ、縫い物もできるんだね」
「お裁縫は昔からやってるし得意だよ。シャツのボタンとかよく直してたからね。編み物はやったことがないけど」
だからアリエルちゃんが編み物をやっているのを見た時は、ちょっと親近感が湧いたものだ。
……そういえば、私が錬金術を習い始めたのも、確か十歳の頃だっただろうか。
そう考えると、私とアリエルちゃんはどこか似ている気がする。
いや、私がまともに錬金術を使えるようになるまで数年掛かったのに対して、アリエルちゃんはもう編み物で色々な物を作れている。
比べるのは失礼だろう。
「お姉ちゃん、できたよ!」
私が心の中でちょっと落ち込んでいると、アリエルちゃんが弾けるような声とともに立ち上がった。
そして私とロザリーのいる方までとてとてと駆け寄って来て、手に持った淡い赤色の毛糸でできたお花をパッと広げた。
「どうかな?」
「もうできたの? 凄いね! そうだ、ちょっと貸して貰って良い?」
「えへへー。うん!」
はにかむアリエルちゃんからお花を受け取り、縫い掛けの髪飾りを膝の上に置く。
そしてその中心、開いているスペースに受け取った大きな花をそっと当てると、ぴったりと嵌った。
私がほっと小さく息を吐くのと同時に、アリエルちゃんとロザリーが「おおー!」と感嘆の声を漏らした。
「うん、ぴったりだね」
「すごい! やっぱりお姉ちゃんはすごいの!」
「あはは。何言っているの、アリエルちゃん。これを作ったのは、アリエルちゃんだよ?」
「……わたし?」
自身を指差しながらきょとんとした表情で首を傾げるアリエルちゃん。
やはりと言うか、分かっていなさそうな彼女に、私は静かに微笑み掛ける。
「そうだよ。このお花全部、アリエルちゃんが作った物なんだから。私は少し手伝っただけ。だから、この髪飾りを作ったのは、アリエルちゃん自身。ねっ?」
「――うんっ!」
まるで花が咲くように、これまでの中で一番の笑顔を浮かべたアリエルちゃんに、私もロザリーも笑みが零れる。
「じゃあ、後は私の作業だね。頑張らないと!」
「お姉ちゃん、隣で見ててもいい?」
「あ、アタシもー」
「もちろん!」
胸の前で握りこぶしを作り気合を入れる。
隣に座ったアリエルちゃんと、その膝の上に着地したロザリーをちらりと見た後、私は再度髪飾りを手に取り、最後の頑張りとばかりにお花を縫い込んでいくのだった。
◇◇
アリエルちゃんの髪飾りが完成してから一週間後。
お店のドアベルが鳴り、待ち人が来たことを告げた。
「こんにちは」
「あ、いらっしゃーい」
「いらっしゃい、ポーラさん、アリエルちゃん」
「こんにちは!」
そう、今回の仕掛け人であるアリエルちゃんと、ポーラさんである。
アリエルちゃんとは数日前から打ち合わせをしており、今日この時間にポーラさんと一緒にお店に来ることは既に把握済みだ。
という訳で、ここから作戦開始だ。
私は手にしていた本を閉じて、素知らぬ振りをしながらポーラさんに話しかける。
「今日はどうしたんですか?」
「いつものお菓子がなくなってしまってね。新しく買いに来たのよ」
「……ああ、なるほど」
ちらりとアリエルちゃんを見ると、アリエルちゃんはさっと視線を逸らした。
ポーラさんをお店に連れてくる役割はアリエルちゃんに任せていたのだが、まさかお菓子を全部食べてしまうとは思わなかった。
私は心の中で苦笑しつつも、作戦を継続する。
「いつものキャラメリィとクッキーで良いですか?」
「ええ。お願いするわ」
「分かりました。そうだ、アリエルちゃん。今作り掛けのアクセサリーがあるんだけど、ついでに見ていかない?」
「うんっ! 見たい!」
打ち合わせ通り、何気なくアリエルちゃんを二階へ連れて行く口実を提案し、アリエルちゃんもそれに乗ってくれる。
後はロザリーがポーラさんを引き留める役割……なのだが。
「あ、あー。ポーラさん、新しいクッキーがあるから、一緒にどうかなー、なんて」
思わず「嘘が下手!」と突っ込みそうになるのをぐっと堪える。
明らかに挙動不審な様子のロザリーにポーラさんは気付いているのかいないのか、あらあらと言いながら頬に手を当てた。
「じゃあ、せっかくだし頂こうかしら」
「しばらくアリエルちゃん借りますので、ゆっくりしていって下さい。ロザリー、後はよろしくね」
「お、おーけー」
引き留め役の意味を込めてロザリーに目配せすると、全然良くない返事が返ってきた。
これは早めに戻った方が良さそうだと思いつつ、アリエルちゃんを連れて二階へ上がる。
「ロザリーが持たなさそうだから、急いで準備するよ。そこ座って」
「分かったの!」
準備しておいたイスに座ってもらい、艶のある黒髪をくしで丁寧に梳かす。
急いで、とは言ったものの、手入れを雑にする訳にはいかない。
梳き終えると今度は耳の横で三つ編みを二つ作り、それを後ろで交差させる。
アリエルちゃんに毛糸のお花の髪飾りを取って貰うと、髪飾りのピンで三つ編みを固定するように留めた。
最後に三つ編みを軽く崩すようにほぐせば完成だ。
「できあがり! うん、可愛いよ!」
「わあっ! ありがとう、お姉ちゃん!」
ここには姿見はないので手鏡を渡してあげると、後ろを覗き込むように色々な角度から手鏡を照らすアリエルちゃん。
その微笑ましい様子はいつまでも見ていたいが、そろそろロザリーが限界だと思うので、さっそくポーラさんに見せに行くとしよう。
「さ、アリエルちゃん、そろそろ行くよ。準備は良い?」
「う、うん!」
「じゃあ、隠れるように付いて来てね」
手鏡をテーブルに置き緊張した面持ちで頷くのを見て、私はアリエルちゃんを背に階段を降りていく。
一階へ戻ると、ニコニコした表情を浮かべるポーラさんと、まるで尋問でもされているかのような様子のロザリーが、クッキーを入れたお皿を挟んで対面していた。
「あら、お帰りなさい」
「れ、レティー! 待ってたよー!」
私を見るや否や、もの凄い勢いでテーブルの上から飛び付いてきたロザリーを胸に抱き留める。
ポーラさんのいる方へ顔を向ければ、変わらないその柔和な視線と目が合った。
これはロザリーには荷が重すぎたようだ、と反省していると、今度は私の背後へ視線が移動した。
「あら、アリエル? そんなところに隠れてどうしたの?」
「さ、アリエルちゃん、出番だよ」
そう言って半歩移動しながら、隠れていたアリエルちゃんの背中を優しく押してポーラさんの前へ移動させる。
ポーラさんは前に出てきたアリエルちゃんの髪を見ると、一気に目を見張った。
「その髪型……それに、髪飾り?」
恥ずかしそうにもじもじと指を合わせるアリエルちゃんに、助け船を出すように説明する。
「アリエルちゃんが作ったんですよ。今度の準成人の儀で使うのと、ポーラさんを驚かせたいって」
「え、えっと……似合うかな?」
首を傾げておずおずと尋ねるアリエルちゃん。
それに答えるようにポーラさんはおもむろに立ち上がり、アリエルちゃんの隣まで歩いて来る。
そしてアリエルちゃんの目線を合わせるように少し屈んだ。
「もっと良く見せてちょうだい」
「こ、こう?」
「ええ、ありがとう。……この花、毛糸で編んであるのね。全部アリエルが?」
「うんっ! お花はわたしが編んだの!」
元の調子を取り戻したように、アリエルちゃんが元気よく頷く。
そんな彼女の頭をそっと撫でながら、ポーラさんは優しく微笑んだ。
「良く似合ってるわ、アリエル。まるでお花の妖精みたいだわ」
「えへへ。ありがとう、おばあちゃん!」




