錬金術師と毛糸のお花
この国では年に二回、大きなお祭りが催される。
一つは春の建国祭。
建国月である三月に行われ、王都では王城が一般公開されたり、王様や王妃様が街中を馬車で移動しながら挨拶をされたりする。
もちろん地方の街でも王都に負けず劣らずの賑わいを見せるお祭りである。
そしてもう一つが、秋の収穫祭。
毎年十月に行われる、収穫への感謝やお祈りをするためのお祭りだ。
主に農家や商人が主導となって行われるお祭りであり、元々は収穫に伴って大安売りを行っていたことが起源とされている。
どちらも数日掛けて盛大に催されるお祭りであり、その中でも目玉イベントの一つと言えるのが、準成人の儀と成人の儀である。
秋の収穫祭で行われる準成人の儀ではその年で十歳になる子どもが、春の建国祭で行われる成人の儀では十八歳になる人が、それぞれ教会へ赴きそれまでの成長の感謝と今後の健康をお祈りする。
もちろん、ただ教会でお祈りをして終わりではなく、その日はおしゃれをして少し街の中を歩き、街の人たちに成長を見せて回る。
つまり、女の子にとっては綺麗なドレスを着たり軽く化粧をしたりする絶好の機会でもあるのだ。
そして、今年の春にめでたく十歳になった女の子――アリエルちゃん。
彼女もまた、来月行われる秋の収穫祭で、準成人の儀を行う予定である。
「お姉ちゃん、いっしょに髪飾りを作ってほしいの!」
――だから、だろう。
珍しく一人で『妖精の贈り物』にやって来たアリエルちゃんが、突然そんなことを言い出したのは。
「髪飾り?」
「うん! 今度の、えっと……じゅんせいじんのぎ? で可愛いのをつけたいんだ!」
テーブルの上で首を傾げるロザリーに、たどたどしく答えるアリエルちゃん。
予想通り準成人の義で使うためのようだ。
「もちろん良いけど、私で良いの? ポーラさんとじゃなくて?」
「おばあちゃんにはないしょで作って、できあがったのを見せて驚かせたいの!」
「なるほど……。それは確かに喜んでくれそうだね」
「でしょー!」
アリエルちゃんは自慢げな笑顔を浮かべて胸を張る。
そんな可愛らしいアリエルちゃんの姿に頬を緩めながら、頭の中でさっと髪飾りの構想を練ってみる。
今回作る予定の髪飾りはアリエルちゃんの準成人の儀で使う物であり、またポーラさんを驚かせるための物でもあるため、錬金術を使うのはなるべく避けたい。
また、私が手伝う箇所も最小限に留め、できればアリエルちゃん自身の手で作って貰いたいところ。
となれば、アリエルちゃんの得意な編み物をメインに据えるのが良さそうだ。
「アリエルちゃん、編み物で髪飾りを作ってみない?」
「あみもの? うん、作ってみたい!」
「へー、編み物で作れるんだね」
「ピンとかはさすがに難しいけど、飾りの部分だけだったら普通に作れるよ」
「ああ、なるほど」
ロザリーが興味深げに聞いてきたので簡単に説明すると、納得したように頷く。
「あとはどんな髪飾りにするかだね」
「どんなのがあるの?」
編み物で作れると聞いたアリエルちゃんが好奇心いっぱいの目を向けてくる。
私は「うーん」と唸りつつ、アリエルちゃんの髪へ視線を移す。
私と同じセミロングではあるが少し長めで、編み込むには十分な長さがある。
これくらいの長さがあるのなら、私が準成人の儀の時に使った髪飾りをアレンジしたものにすれば、とても似合いそうだ。
「うん。ちょっと待っててね」
そう言って紙と万年筆を用意し、さらさらとデザインを描く。
簡単なハーフアップ――おさげにした三つ編みを後ろで留めるようなリボン付きの髪飾りで、中央に大きな花を添え、その周りにも小さな花をたくさんあしらう。
そんな絵を簡単に描いて見せると、二人から感嘆の声が上がった。
「わあっ! すっごく可愛い!」
「おー、確かに。というかレティ、絵描くの上手いんだね」
「まあ、錬金術師に必要な技術の一つだからね」
アリエルちゃんははしゃぎながら髪飾りの絵を眺め、ロザリーが絵を称賛してくれる。
錬金術師は、完成系のイメージを明確にするためだったり、素材の特徴を記しておくためだったりと、とにかく絵を描くことが意外と多い。
ゆえに、私を含め多くの錬金術師は、ある程度上手く掛けるように練習しているのだ。
それはさておき、この髪飾り。
見た目が華やかということもあるが、お花をメインにしているので、アリエルちゃんの名前の由来でもある『アリエル』の花を模して作ることができる。
『アリエル』の花は淡い赤色、アリエルちゃんの艶やかな黒髪には映えるだろう。
さらに、ピンやリボンなどは私が用意し、飾りのお花をアリエルちゃんの得意な編み物で作って貰うつもりだ。
これであれば、アリエルちゃんが自らの手で作るという本来の目的を損なうことなく私も手伝える。
問題は中央に飾る大きな花だが、こればかりは様子を見ながらになるだろう。
「お姉ちゃん! わたし、これがいい!」
「気に入ってくれて良かった。じゃあ、まずアリエルちゃんには糸で小さな花をいくつか編んで貰おうかな。毛糸よりも細い糸になるから、結構難しいと思うよ」
「うん、がんばるの!」
気に入ってくれた様子のアリエルちゃんに内心でほっとしつつ、さっそくお花の大きさや形を伝える。
中央の大きな花は『アリエル』と同じ薄い赤色にするので、周りの小さな花は白や濃い目の赤色が理想だ。
ピンは飾りで隠れるから良いとして、リボンは薄い金色だろうか。
……と、そこまで考えて重要なことを思い出した。
「そういえば、準成人の儀で着るドレスって、どんなのにするか決まってる?」
「うーんとね、ピンクと赤のドレスで、ふりふりがたくさんあるやつ!」
「それなら問題なさそうかな」
聞いた感じ配色は問題なさそうだ。
念のため後で家に一緒に行って、ポーラさん……は秘密だから、アリエルちゃんのお母さんに確認しておこうと頭の片隅に置いておく。
「じゃあ、さっそく明日からやってみようか。あ、編み針は忘れずに持ってきてね」
「分かった!」
元気よく頷くアリエルちゃんに、私も釣られて頬をほころばせる。
さて、今日はロザリーに店番を任せて、編み物用の糸やリボン、ピンに使う金具を買って来るとしよう。
◇◇
「うー……。やっぱり難しいの」
翌日、お昼からお店にやってきたアリエルちゃんはさっそくお花を編み始めた。
……が、やはりいつも使っている毛糸よりも細いらしく、苦戦しているようだ。
何度目かの失敗作が出来上がり、アリエルちゃんがそう呟くと同時に、お腹がくうと可愛らしく鳴った。
「あはは、いったん休憩しよっか。おやつ食べる?」
「おやつ! うん、食べる!」
「アタシも!」
お腹を押さえたアリエルちゃんとテーブルの上でくつろいでいたロザリーが、おやつという言葉に反応して揃って目を輝かせる。
そんな可愛い二人の姿につい笑みを浮かべつつ、私は手早くお茶を入れ、クッキーを何種類かお皿に用意した。
「はい、お茶は熱いから気を付けてね」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「ありがと、レティ」
「どういたしまして」
私もアリエルちゃんの向かいのイスに腰掛け、テーブルの上に置かれた失敗作の毛糸の花を手に取った。
五枚の花びらを作ろうとしたそれは、しかしどれも大きさが不揃いになってしまっている。
お店に来てから既に二時間ほど頑張ってはいるが、一向に揃う気配は見られない。
ジャム入りクッキーを齧っていたアリエルちゃんだが、私の手元のお花を見て表情を暗くした。
「うまくできないの……」
「やっぱり難しい?」
「うん、棒がうまく輪っかにくぐらないの」
「……棒?」
同じくテーブルの上に置かれていた編み針は、以前見た時と違って一本しかないが、先端が少し曲がって鉤状になっている。
どうやら用途によって編み針を使い分けているらしい。
試しに花びらの一枚を編み針の先端に当ててみると、確かに花びらの大きさに比べて編み針が太すぎるようだ。
ただ、もしこれが失敗の原因というなら話は早い。
確かお風呂小屋を作った時に分けて貰った木材がまだ残っていたはず、と私は記憶を辿り、ガタッと勢い良くイスから立ち上がった。
「アリエルちゃん、ちょっとこの編み針借りるね!」
「ふえっ? う、うん」
「ちょっ、レティ、どこ行くの?」
「すぐ戻ってくるから! あ、アリエルちゃんのことよろしく!」
編み針を手にしたままロザリーに手を振り、私はお店の二階へと続く階段を駆け上がる。
そのまま窓際の作業スペースへ向かうと、細めの木材とナイフを手に取りさっそく作業へと入る。
「えっと、長さは同じで良いとして、太さだけもう一回り細くしてみようかな」
考えを整理するように言葉に出しながら木材をナイフで削っていく。
ある程度細くなったら編み針を手本にして形を整え、最後にやすりで磨いて完成だ。
「できたっ! うん、基本的には棒だし、意外と簡単だったかも」
さすがに鉤状の部分だけは注意を払ったものの、完成するまでに三十分と掛かっていない。
始めて先生に木材の加工を教わった時、ナイフで指を切って大騒ぎしていたのが懐かしい。
できあがった新しい編み針と以前の編み針を持って一階へ戻ると、ロザリーとアリエルちゃんが談笑していたところだった。
「で、その時レティが……あ、お帰りー」
「おかえり、お姉ちゃん」
「一体何の話してたの?」
「なんでもないよー」
そう言って口笛を吹く真似をしながら視線を逸らすロザリー。
明らかに私の名前が出ていた気がするが、アリエルちゃん相手に変な話はしないだろうし、気にしないでおくとしよう。
「……まあ、いいか。それよりアリエルちゃん、これ使ってみて」
「わっ! いつものより細い!」
新しく作った細い編み針を手渡すと、アリエルちゃんが驚いたように目を丸くした。
ロザリーもふわりと飛び上がると、アリエルちゃんの手元まで飛んで一緒に編み針を眺め出す。
「これ、レティが作ったの?」
「そうだよ。さっきアリエルちゃんが、うまく輪っかに潜らないって言ってたから、もしかしたら編み針が太いんじゃないかと思って」
「へー、こんなのも作れるんだ。ホントにオレールみたいに器用だよね」
「まあ、先生の娘で、弟子だからね」
先生みたいと言われて思わず頬が緩んでしまう。
こほんと咳払いをして表情を引き締め直し、アリエルちゃんの向かいに座る。
その間にもアリエルちゃんはさっそく新しい糸を取り出して熱心に編み始めていた。
「もし使い辛かったら遠慮なく言ってね」
「うん」
よほど集中しているのか、手元から視線を外さず返事するその様子に先生を重ねて苦笑しつつ、私はお皿の上に残っていたジャム入りクッキーを一つ口にする。
入っていたのはリンゴジャムだったようで、甘酸っぱい味にほっと一息。
ロザリーもアリエルちゃんの邪魔にならないようにと静かにテーブルの上に戻ってきて、クッキーを齧り始めた。
そのまましばらくの間、クッキーを齧るサクサクとした音だけがお店の中に響く。
やがて、アリエルちゃんが編み針を置いて「できたー!」と手を広げた。
小さな手のひらの上では、赤い毛糸の花が見事に咲いていた。
「できたよ、お姉ちゃん! どうかな?」
「うん、大きさも形もばっちりだよ! 頑張ったね、アリエルちゃん!」
「やったあ!」
お花を持ったまま嬉しそうに笑うアリエルちゃんに釣られて微笑みながら、ポンポンとその頭を撫でる。
それに合わせて「えへへー」と幸せそうな声を漏らしながら、表情が和らぐ。
「とりあえず完成の目処が立ったし、どうする? 今日は終わりにする?」
「ううん、もうちょっとがんばりたい」
「そっか。でも、暗くなる前には終わりにするからね」
「分かった!」
気合いを入れるようにふんすと鼻から息を吐いて頷くアリエルちゃん。
初秋の空が微かに色付き始めるまで、彼女のお花作りは続くのだった。




